第293話 接戦1

「御主人様! あーん」


 貴賓室でくつろいでいるフォルトは、カーミラから薄い肉をもらっていた。グリムが頼んだ食事である。全員の分があるが、暴食を満足させるには量が少なかった。そこで、一人から一切れずつもらっているのだった。


「もぐもぐ。まあ、これでも足りないがな」

「えへへ。トーナメントが終わったら調達しますねえ」

「そうだな。もうすぐレイナスの番か」


 フォルトは興味のない試合を見ていない。アーシャと見ていたフランス人は、秒で終わらせていた。デルヴィ侯爵の代役で出場したファインである。

 戦いはフェンシングを見ているようで懐かしさを感じたが、一突きで終わってしまった。レベル差と熟練度があり過ぎる試合であった。


「ティオ。レイナスは、あいつに勝てると思うか?」

「あの帽子をかぶったやつか?」

「うむ」

「終わるのが早すぎてな。だが、力量は互角ではないか?」

「ほう。ちなみにティオならどうだ?」

「負けるわけがないだろう。無敗の〈剣聖〉だぞ」

「ははっ。いいね。その通りだ」

「ラウールというやつも勝ちあがっていたな」

「す、すまん。興味が……」

「まったく。帽子のやつに勝てば、そいつとは決勝であたるぞ」

「なるほど。そいつは負けないか」


 途中で負けてくれれば楽なのに。そんな事を思ってしまう。しかし、ラウールは優勝候補の一人だ。そう簡単に負けないだろう。


「レイナス嬢は強いのう」


 今度はグリムが話しかけてくる。隣に座り茶をすすっていた。縁側で日向ぼっこをしながら、くつろいでいる爺様に見えてしまう。


「俺のレイナスは負けないさ」

「ほほう。俺のソフィアはどうじゃ?」

「ぶっ!」

「御爺様!」

「ほっほっ。寂しがらすでない」

「そ、そうだな。ソフィア、こっちへ」

「は、はい」


 結婚をしたわけではないが、親戚のような付き合いをしている感じだ。まったく困ったものである。しかし、ソフィアは先ほどまでグリムの相手をさせていたので、ここらで戻す事にした。彼女は頬を赤く染めて隣に座る。


「レイナスが優勝すると、グリムの爺さんに何かあるの?」

「ローイン公爵とデルヴィ侯爵に嫌みを言えるぐらいじゃな」

「そ、それだけか」

「冗談じゃ。陛下から何かいただけるじゃろう」

「金か」

「ほっほっ。お主に必要ないとしても、われらには必要じゃからな」

「分かっていますよ」


 レイナスはグリムの代役として出場している。そのため彼女の成績によっては、国王から褒美が出るらしい。もらえる金額にもよるが、グリム家なら領民のために使うだろう。


「ところで、デルヴィ侯爵からの嫌がらせって続いてますか?」

「ここのところはないのう。国境が騒がしいからの」

「それどころではないのか」

「そういう事じゃ」

「もうソフィアを狙ってないのかな?」


 フォルトは隣に座ったソフィアの手を握る。初めに彼女を庇護したのは、最悪の状況を考えたからだ。しかし、今のところ兆候はない。それでも相手はデルヴィ侯爵なので、何を考えているか分からない。


「今なら返り討ちにして、目玉をくりぬきます」

「ちょ!」

「うん? どうしたのじゃ」

「な、なんでもないです!」

「フォルトぉ。レイナスちゃんが入ってきたわよお」

「おっ! いいところに」


 闇ソフィアが顔を出しそうになっていたので、入場をしてきたレイナスに感謝だ。しかし、笑顔で毒舌をくところがたまらない。実にえる。


「さ、さあ。レイナスを応援しようか!」

「ふふ。楽しそうですね」

「ち、違う意味でな!」

「はい?」

「それより……」


 ソフィアの手を握った状態で立ち上がり窓際へ行くと、物凄い大歓声が聞こえてきた。観客は立ち上がって、舞台へ向かう者たちに声援を送っていた。


「うおおお! レイナス! レイナス!」

「キャー! ファインさまあ!」

「ファイン! レイナスさまの顔に傷を付けたら魚の餌だ!」

「ファイン様の華麗な剣で、あの女なんてイチコロよお!」

「レイナス! レイナス!」

「ファインさまあ! キャー! こっち向いたわ!」


「こ、これは……」


 トーナメントは四回戦が終わり、準決勝へと入った。他の試合を見ていなかったが、観客はヒートアップしている。それぞれにファンがついて、その応援合戦のようになっていた。


(こ、ここまで盛り上がるのか。たしかに娯楽が少ないから、分からない話ではないが。と、とにかく応援するか。レベルは近いが、フランス人の方が……)


 レイナスとファインのレベル帯は同じぐらい。魔法やスキルが使えないので、実践経験の豊富なファインが有利だろうと思っている。フォルトは彼女の体に傷がつかないか心配をしながら、試合の開始を待つのであった。



◇◇◇◇◇



「うおおおおっ! レイナス! レイナス!」

「キャー! ファインさまあ!」


 観客の大声援に包まれながら、レイナスは舞台の中央で立ち止まる。ファインは帽子を手に取り、そのまま腰の前へ下ろして礼をした。


アンシャンテはじめまして。レイナス嬢、お会いできて嬉しいですぞ」

「初めましてファイン様。残念ながら、私は嬉しくありませんわ」

「ははっ。これは手厳しいですな」


 どちらも笑顔で言っている。レイナスは貴族を捨てているので、遠慮なく本音を言う。それに対してファインは社交辞令だ。


「しかし、お若いのにレベルが高いですな」

「ふふ。これでも頑張りましたのよ」

「そう言えば、レイナス嬢の近くには〈剣聖〉が居ましたな」

「そうですわね。師匠と呼んでおります」

「ほう! それは羨ましいですな。私も手ほどきを受けたいものです」

「師匠は他に弟子を取りませんわ」

「それは残念ですなあ」

「それよりも、無駄口をたたいていてよろしいのかしら?」

「ははっ。そうですな。そろそろ始めましょうか」


「では、開始位置へ下がりたまえ!」

「「うおおおおっ!」」


 審判からうながされたレイナスとファインは、中央から外へ向かって歩いていく。そして、二人が歩き出した瞬間に大歓声が沸き起こった。

 しかし、レイナスは『一意専心いちいせんしん』を修得する際につちかった集中力で、その歓声を聞かないようにする。


「(あいつは強いよ!)」

「(分かっているわ)」

「(ふっふーん! 私の力を使うしかないわね!)」

「(さあ。どうしようかしら)」

「(つ、使いなさいよ! ムキー!)」


 聖剣ロゼとのやり取りで、レイナスは口元に笑みを浮かべてしまう。よくしゃべり騒がしい聖剣だが、それなりの付き合いになっていた。

 そして、開始位置まで移動して聖剣ロゼをさやから抜いた。ファインを見ると、エストックと短剣を構えている。


(あの短剣……。ギザギザが付いているわね)


「ふふ。ロゼが折れるかしら?」

「(ムキー! あんな短剣に折られるわけないでしょ!)」

「(ちょっと、動かないでくれるかしら)」

「(ふ、ふんだ!)」


 聖剣ロゼがプルプル震えていた。普通のミスリルの剣と思わせているので、勝手に震えられると困る。


「では、始め!」


「「うおおおおっ!」」

「「レイナス、レイナス!」」

「「ファイン様! ファイン様!」」


 レイナスのファンは、やはり男性が多い。逆にファインは、女性から黄色い声援をもらっている。貴族のような格好をして、強い事が琴線きんせんに触れたのだろう。


「さて」

「………………」


 ファインはエストックの先端をクルクルと回しながら、り足で近寄ってくる。レイナスも聖剣ロゼを正眼に構えながらジリジリと近づく。

 両者が近づくにつれて観客の声援が消えていく。観客は両者の初撃を見るために、固唾かたずを飲んで凝視していた。


「はっ!!」

「っ!」


 まだ互いに距離はあったが、ファインが仕掛けてきた。右足を大きく前へ出して、前屈みに沈みながらエストックを突き出したのだ。しかし、集中しているレイナスは体をひねってかわす。


「行け……。ないわね」


 驚くほど右足を出したので、ファインの体勢が崩れていると思った。しかし、すぐに元の体勢へ戻っていた。あれは、そういう型なのだと理解する。


「ははっ。慎重ですな」

「厄介な突きですわね」


 今度はファインが、時計回りにジリジリと動いていた。レイナスも、それに合わせるように時計回りに動く。


(あの突きは、できれば正面から受けたいわね。突きが伸びたような気がしたわ。それにあの構え……。イヤらしいですわ)


 ファインはエストックの先端をレイナスへ向け、クルクルと細かく回している。それを見ているとタイミングがつかみづらいが、無視はできない。

 それにエストック自体が軽く細いので、聖剣ロゼで突いても速さで負けてしまう。振りかぶれば、その瞬間に突いてくるだろう。


「ふふ。突かれれば死んでしまいますわね」


 レイナスは言葉で惑わそうとする。殺傷が禁止されているので、普通の制服なら貫いてしまうはず。そう思わせて、攻撃が鈍ればシメたものであった。


「ははっ。そのような無様はさらしませんとも」

「そうかしら? この制服はもろいですわよ?」

「そうでしょうか? 私の服と同じく、魔法で付与をされていますな」

「ちっ」

「ははっ」


 残念ながら通用しないようだ。この手の駆け引きには慣れているのだろう。そうなると、正攻法で戦う以外に道はない。


「仕方がありませんわね」

「さて、来られますかな?」

「はあっ!」


 レイナスは正眼の構えから、反時計回りに走り出した。それから聖剣ロゼを右下へ降ろす。走りは普通だが、構えがイライザと同じになった。これならば右手でエストックを持っているファインは、先ほどの突きを出しづらい。


「そうでしょうとも」


 それを見たファインは、左足を軸に何故なぜか半回転した。しかし、これでレイナスへ背中を見せた事になる。誘われているだろうとは思うが、チャンスとばかりに彼へ向かって走り出す。そして、右下へ降ろした聖剣ロゼを跳ね上げた。


「甘いですなあ」


 レイナスへ背中を見せたファインは、そのまま先ほどと同じように右足を大きく前に出す。それにより一気に前屈みとなって剣をかわした。

 それだけでは止まらない。剣をかわした後は右足を軸に半回転する。そうなると左足を前へ出した状態になり、彼女の脇腹が無防備な状態で目に映った。


「ま、まずっ!」

「もらいましたぞ!」


 聖剣ロゼを振り抜いてしまったレイナスは剣を戻せない。ファインは機を逃さず、右足をバネにして体ごと前へ飛び出す。そして、右手に持ったエストックを突き出してきたのだった。


「はあっ!」


 エストックがレイナスの脇腹に迫るが、振り抜いた聖剣ロゼの柄の部分を一気に下ろす。筋肉の筋が切れそうな動きだが、ファインの動きを聖剣ロゼが読んでいる。

 そのため振り抜きに力を込めておらず、スムーズに柄の部分を下ろせた。それが功を奏し、エストックが脇腹へ到達する前に弾く。


「なっ!」


 エストックは弾かれて軌道がずれた。それによりファインはバランスを崩すが、すぐに突き出した腕を引いて後方へ飛ぶ。その間にレイナスも体勢を整えて、聖剣ロゼを正眼に構え直すのだった。


「危なかったですわ」

「何をおっしゃる。誘われていたのは私の方ですか」


「「うおおおおっ!」」


 観客には何が起こったか分からないだろう。しかし、両者が距離を取った事で、大歓声が沸き起こった。達人同士の攻防を目の当たりにしたのだ。これにはテンションが爆上がりした。


「「レイナス! レイナス!」」

「「ファイン様! 頑張って!」」


 レイナスにとって観客の歓声はどうでもいいが、今の攻防をフォルトが見ているはずだ。それには口元に笑みを浮かべてしまう。


「何が可笑おかしいですかな?」

「いえ。失礼しましたわ」

「(覚えたわよ。パターンは……)」


 レイナスは表情を引き締めて前方を見る。ファインは先ほどと同じ構えをして、エストックの先端をクルクルと回していた。

 振り出しに戻ったわけだが、今の攻防で聖剣ロゼが相手の型を覚えた。そこから導き出された動きを聞いたレイナスは、彼と同じ構えをするのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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