第292話 魔剣士の戦いと猫眷属の機転3

 レイナスの試合を見ていたフォルトは、頭をいて苦笑いを浮かべていた。隣に居るマリアンデールとルリシオンは不敵な笑みを浮かべている。

 同じく立ち見をしていたベルナティオは、腕を組んでうなずいていた。アーシャなどは彼女の応援で大騒ぎしている。他の者も試合が終わったと同時に拍手をしていた。


「お、お、思ったより早いな!」

「二回しか剣をまじえてないからね」

「十分ぐらいはかかると思っていたが……」

「アレを相手に十分はかかりすぎよお」

「そ、そうか」


(勝ったのだからいいが、もうちょっと戦うと思ってたよ。二、三分ぐらいで終わったような気がする。あんなもんか?)


「きさまには分からんだろうな」

「何がだ? ティオ」

「レイナスには十分以上戦った感触があったと思うぞ」

「へ?」

「実際に戦わないと分からん」

「そ、そうか」


 戦っている者同士だと、時間は遅く感じるらしい。戦いながら相手を観察し、その対応を考える。相手が達人になればなるほど、動きがスローモーションのように見えるらしい。そのため、何分も戦っている感覚におちいるという話だ。


「ふーん。分からん」

「貴方。ティオと戦った時は、長く感じなかったかしら?」

「サッパリだな。あの時は、とにかく必死で……」


 ベルナティオとの戦いは問答をしながら戦っていた。初の強敵という事で、どうやって状況を打破しようか考えていただけだ。

 そう思うと長く戦った気がした。何体もリビングアーマーを召喚して、その間にゴチャゴチャと考えていた。あの戦闘は実際のところ、そこまで長くない。


「お主。ベルナティオ殿と戦ったのか?」

「も、模擬戦だ。な、なあ。ティオ」

「練習だな。ちょっと手合わせをしただけだ」

「ふむ。魔法使いの身でありながらのう」

「ほ、ほら。魔法使いでも接近されればさ!」

「そうじゃのう」


 グリムが話に割り込んできた。耳のいい爺様である。〈剣聖〉ベルナティオは人間の最大戦力である。その彼女と戦うなど、狂気の沙汰と思ったのだろう。


「はぁ……。言い訳を考えるのも一苦労だ」

「何か言ったかの?」

「いやあ。なんでもないです!」

「ふむ。レイナス嬢はしばらく出てこないのう」

「そ、そうか。んじゃ、休憩がてら飯でも」

「そうじゃな。運ばせよう」


 さすがは貴賓室である。グリムが扉から顔を出して、通りかかった女性へ食事を頼んでいる。この女性は闘技場へ勤める平民ではなく、貴族が連れてきたメイドだ。この階に平民は入れない。


「ふぅ。座るか」

「あら。他の試合は見ないのかしら?」

「次の試合の勝者が、レイナスと当たるんだっけな」

「そうなるわねえ」

「まあいいや。どっこいしょっと」


 今の姿はおっさんなので、違う意味で絵になる座り方だ。フォルトはレイナス以外の試合に興味を失っている。よって、身内との時間を満喫するのだ。


「おっさんくさっ! ちゅ」

「でへ」

「フォルトさん。レイナス先輩、すごかったね!」


 アーシャが隣の席へ座ってきた。彼女は興奮が収まらず、応援をしていた時のテンションで頬へ口づけをしてくる。


「そ、そうだな! さすがは俺のレイナス」

「言い方、言い方!」

「ははっ。アーシャも出場したかったか?」

「嫌よ。団体戦だっけ? それなら出てもいいけどね」

「今回はないからな。それにしても……」

「どうしたの?」


(マモンとニャンシーは、うまく近づけたかな? さすがにまだか。こんな派手さもない試合より、転移の指輪の方が気になるな)


「いや……。カーミラ。あいつは?」

「観客席には居ませんねえ」

「そっか」


 試合が始まるまで観客席を歩いていグランテは居ないようだ。こればかりはマモンとニャンシーに任せるしかないが、転移の指輪を手に入れたくてウズウズする。レイナスの試合も大事だが、転移の指輪も大事なのだ。


「あいつって?」

「あの爬虫類はちゅうるい顔のやつ」

「ニャンシー先生でも向かわせたの?」

「マモンと一緒にな」

「なら、平気じゃない? 私には分からないけどね!」

「ははっ。そうだな」


 さすがにムードメーカーだ。アーシャを見ると不安が吹っ飛んでしまう。任せるしかないのだから、任せておけばいいのだと思える。


「それより、ほら! あれがフランス人じゃない?」

「おっと、そういうのが居たな!」


 フォルトはアーシャと立ちあがり窓の近くへ行く。そこから舞台を見ると、つばの広い羽付き帽子をかぶった男性が居た。貴族のような服装で、チョビひげを生やしている。見た感じは、いかにも欧州の人間だった。


「あんな帽子。この世界じゃ売ってないっしょ」

「特注か? まさか、召喚された時の帽子じゃないよな」

「ソフィアさんより前の聖女が召喚したんでしょ?」

「そう言ってたよな」

「じゃあ、特注じゃない?」

「だよなあ。そういや、俺の服は……」


 召喚された時の服装を思い出して恥ずかしくなる。部屋着でTシャツに短パンだけの簡単な服装だった。当時も恥ずかしかったが、思い出すと顔から火が出そうだ。その服は城のロッジから出る時に捨てている。


「まあ。せっかく立ったから見ておくか」

「へへ。一緒に見よっ!」

「御主人様! 私も!」


 今度の観戦はカーミラとアーシャと一緒だ。後ろには触れそうになるぐらい近くにベルナティオが立っているが、グリムが居るので抱きついてこない。それでも左右の腕に絡みついてきた二人の柔らかさを堪能しながら、舞台の上に立っているフランス人を見るのであった。



◇◇◇◇◇



(ちっ! やっぱり難しいぜ)


 フォルトから命令を受けたマモンは、ニャンシーの案内でグランテの近くまできていた。もちろん『透明化とうめいか』を使っているので気づかれてはいない。

 しかし、転移の指輪を奪う算段がつかないのだ。どう考えても、指にはめている指輪を気づかれずに奪う事が不可能に思えた。


(殺していいとは言ってたけどねえ)


 マモンは大罪の悪魔である。フォルトの一部なので考えは分かる。殺すのは本当にどうしようもない時だけだ。基本は騒ぎを起こさないように奪う必要があった。それは近くの影へひそんでいるニャンシーも理解している。

 この場で殺すと騒ぎになる。観客席からは出たが、通路にも大勢の人間が歩いている。警備を担当しているようなので、たまにグランテも観客へ話しかける時があった。そのため、彼を見ている人間も少なからず居る。


「参ったなあ」

わらわに何かできるかの?」


 二人は小声で話す。周りは騒がしいので、二人の会話を聞かれる事はない。そして、見えてすらいない。しかし、お互いの声は聞こえている。


「まだ時間はあるはずだよ」

「そうじゃな。よく吟味せねばならぬのう」

「ああ。転んだ拍子に腕を折るとか……」

「指だけを食いちぎればよいかのう?」

「いや。普通に傷つけると騒がれるよ」

「それはそうじゃが、足を引っかけても転びそうにないのじゃ」

「まあ、戦士のようだしねえ。バランス感覚はあるだろ」

「失敗は嫌じゃ。なんとかせねばな」


 フォルトから伸びている魔力の糸から分かる。何が何でも転移の指輪がほしいと。この場での失敗は失望を生むだろう。マモンはいいだろうが、ニャンシーにとっては死活問題だ。眷属を解消されたくはない。


「マモンは強欲の悪魔じゃろ? 何かないのかの?」

「と、言ってもなあ。実力で奪うなら楽なんだけどねえ」

「おっ! ちょっと待つのじゃ。あれは……」

「どうした?」


 ニャンシーが影から周りを見ると、見覚えのある者たちが歩いていた。勝手な行動になるが、その者たちとコンタクトを取るしかない。そう思った彼女は、眷属たちに必要な物を集めさせる命令をする。


「眷属たちよ。出番じゃぞ。ほれ、わらわのほしいものを取ってまいれ」

「「にゃ」」

「お、おい」

「いいからわらわに任せておくのじゃ」

「まあ、いいけどよ。何も思い浮かばねえしな」


 マモンから許可をもらい、しばらく待っていると眷属たちが戻ってきた。そして、ある物を受け取って影から飛び出す。ある物とは帽子とローブだ。帽子をかぶって耳を隠し、ローブを羽織って尻尾を隠した。


「お主たち。こんな所におったのか?」

「あん? よお! オメエもか」

「へへ。オメエのところの姉ちゃんに賭けたら大当たりだぜえ」


 ニャンシーが知っている者たちとは、冒険者のシルビアとドボだった。観客として闘技場へ遊びにきていたらしい。ソフィアの小言など忘れたように、トーナメントで賭けをしていた。「黒い棺桶かんおけ」が主催する賭けだ。

 ドボは大当たりと言っているが、残念ながら闘技場での収支はマイナスである。これからむしられるだろう。


「まだ依頼は途中だよ」

「血煙の傭兵団の居場所と悪魔崇拝者じゃったな」

「おう。まあ、トーナメントが終わったら探すぜえ」

「と、言ってもな。ほれ、後ろを見てみるのじゃ」

「はあ?」


 ニャンシーからうながされたシルビアとドボは後ろを見る。すると、爬虫類はちゅうるい顔の男性が部下と話していた。


「あれ? あの顔って……」

「血煙の傭兵団の団長じゃねえか!」

「ははっ! なんだよ。依頼の一個は片付いたねえ」


 血煙の傭兵団については、情報屋のフリッツに探させていた。しかし、今は目の前に居る。これには二人も喜んでいるようだ。


「うむ。わらわらが見つけたがの」

「そう言うなよ。んじゃ、後は悪魔崇拝者だけだね」

「今日はツイてるな!」

「ええい! 傭兵団の件で手伝ってもらいたいのじゃ!」

「なんだい。新しい依頼かい?」

「ぐぬぬ。そ、そうじゃ」

「簡単な依頼なら、タダで受けてやるぜ」

「それは助かるのじゃ!」


 これにはニャンシーも喜んでしまう。依頼料が発生すれば、フォルトに内緒でコンタクトを取った事を怒られる可能性があった。

 怒られる可能性があるだけで、怒る事はないだろうと思っている。それでも命令以外で、彼らの前へ姿を現す事ははばかられた。しかし、今は背に腹は代えられない。まさに、猫の手も借りたいのだ。


「んで? 何をすればいい?」

「あやつを人気ひとけのない場所へ連れてきてほしいのじゃ」

「そんな事かよ。連れていくだけかい?」

「うむ。後はこっちでなんとかするのじゃ」

「なんとかってなんだい。まさか、犯罪でもする気じゃねえよな?」

「それは内緒じゃ」

「ふーん。変な事に巻き込むなよ?」

「確約はしかねるのう」


 グランテを人気ひとけのない場所で襲撃して、トーナメントが終了するまで縛りあげておくつもりだった。終了した後であれば、騒ぎも小さくて済む。

 しかし、シルビアとドボが呼び出せば、その後の事は容易に想像がついた。それを二人は危惧している。


「悪いけど駄目だね。犯罪の片棒をかつげねえよ」

「駄目かの? 要は、お主らが関わりを持たねばいいのじゃな?」

「そうだね。仲間だろと言われたくないからねえ」

「それでは、これでどうじゃ?」

「これとは?」

「ゴニョゴニョ」

「ふんふん。それならいいよ。んじゃ、さっそく」

「ま、待つのじゃ。まだ準備が」

「いいけどよ。あいつ、行っちまうぜ?」

「わ、分かったのじゃ。では、あそこへ呼び出してほしいのじゃ!」

「どうやって?」

「ゴニョゴニョ」

「あいよ。んじゃな」


 シルビアとドボは手をヒラヒラとさせて、グランテへ近づいていく。急ぐ必要がでてきたので、ニャンシーは素早く影へ隠れた。そして、何をするのかをマモンへ説明をして魔界へ向かったのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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