第291話 魔剣士の戦いと猫眷属の機転2

「初戦からフォルト様に、いいところを見せられますわ」


 レイナスは舞台の中央へ立ち、対戦相手と向かい合っていた。相手はブレーダ伯爵旗下のイライザだ。さやから抜いていない鉄の剣を使って、肩をトントンとたたいている。ブレストプレートと腰当を装備してズボンを履いていた。


「何言ってんだ? オメエ」

「ふふ。なんでもありませんわ」

「オメエ。本気で、そんな装備でやろうってのか?」

「もちろんですわ。この制服は魔法付与がされていますのよ」

「ほう。いいもんを装備してんだな」


 レイナスの着用している魔法学園の制服には、フォルトが魔法で付与をしてある。軽量化やサイズ調整はもちろん、防御力もアップさせていた。その辺のチェインメイルより硬いだろう。


「武器はミスリルか?」

「そうですわね。その剣で受けられますか?」

「まあ、折れるって事はねえよ。刃こぼれはするだろうがな」

「なら、遠慮はしませんわ」

「する必要はねえぜ。どうせ、あたいが勝つからな」

「ふふ」

「(ムキー! あんなボロい剣なんて、折ってやるんだからね!)」


 レイナスしか聞こえない聖剣ロゼの声に眉を動かす。話しかけてはまずいので、思念で話す事にした。


「(うるさいですわよ!)」

「(あーんな雑魚は、さっさと倒しちゃいなさいよ!)」

「(そのつもりですが、聖剣だと気づかれますわ)」

「(ふーんだ。あんな雑魚に分かるもんですか!)」

「(ところで、ロゼから見ても雑魚ですか?)」

「(そうね。魔法とスキルを使わなくても勝てるわよ)」

「(どのみち禁止ですが……。分かりましたわ)」


 レイナスは自分の見立てが合っている事に笑顔を浮かべた。聖剣は持ち主を認める事で、その力を最大限に出せる。認めるという事は、強さが分かるという事だ。よって、ロゼの見立ては正確だろう。


「二人とも、開始位置へ下がりたまえ!」

「はい」

「おうよ!」

「「おおおっ!」」


 審判からの声で、レイナスとイライザは舞台の中央から後ろへ下がっていく。それを見た観客はどよめいた。試合が始まる期待感が高まったのだ。


「では、始め!」

「「おおおっ!」」


 レイナスは審判の合図を聞いて、聖剣ロゼをさやから抜く。そして、正眼に構えた。対するイライザもさやから剣を抜き、右斜めへ垂らして構えた。そして、お互いがジリジリと前進する。と、思われたその時。


「はっはー!」

「っ!」


 イライザが突然走り出してきた。その動きは独特で、右へ左へジグザグに走っている。右から左へ行く途中で右へ戻ったりと、これでは動きが読めない。


「おりゃあ!」

「はっ!」


 イライザが右から攻撃を仕掛けてきたので、聖剣ロゼで受け止めようとした。しかし、彼女は剣を落として体を沈める。


「え?」


 レイナスは剣を受け止めたが、イライザが手を離しているので、そのまま弾いてしまう。そのイライザは足を刈るように、蹴りを放ってきた。


「転んじまいなあ!」

「ちっ!」


 イライザの蹴りをジャンプでかわす。すると彼女は跳びあがって殴り掛かってきた。なんとも素早い動きだ。その動きに合わせて、観客席からどよめきが起こる。


「「おおお!」」

「うぐっ!」

「はっはー!」


 おなかを殴られたレイナスは、そのまま後方へ飛ばされた。魔法付与をされていなければ、いていたかもしれない。

 地面へ降りたイライザは剣を拾った。それから最初と同じような走りで向かってくる。まるで野獣のように止まる事を知らない。


「ゆ、油断をしたわけではないですが……」


 レイナスは体勢を戻して、再び聖剣ロゼを構える。しかし、これでは最初と同じである。イライザの動きが読めないため、後手後手の戦いが強いられてしまう。それには眉をひそめる。


「次は、どうすっかなあ!」

「っ!」


 向かってきたイライザは、左から剣をすくい上げるように斬りかかってきた。それを同じように受けようとすると、また体術を使うだろうと思われる。


「こうね」

「は?」


 レイナスはイライザの剣を受け止めようとせずに、先ほどの彼女と同じように体を沈める。すると、剣が頭上を通過した。

 完全に振り抜いてしまったイライザは体勢を崩している。そこへ、レイナスが下から突きを放った。


「はあっ!」

「やべえ!」


 虚を突かれたイライザの脇腹を聖剣ロゼが貫く。すると、イライザは吹き飛ばされて尻から地面へ落ちた。そこでまた観客席からどよめきが起こる。立ち上がった観客も多い。


「「おおお!」」

「いてぇ! 死んだ!」


 イライザは脇腹を押さえてのたうち回っている。しかし、彼女の周りに血は飛び散っていない。脇腹からも血は出ていなかった。


「勝者、レイナス!」

「「うおおおおっ!」」


 審判が試合終了の合図をする。その声は観客に聞こえないが、手を挙げているので伝わったようだ。物凄い大歓声が起こった。


「ちょっと、うるさいですわね」


 その大歓声を聞いたレイナスは、聖剣ロゼをさやへ戻した。試合が終わった事で、集中力が切れたようだ。耳をふさぎたくなるが、視線をイライザへ向ける。すると、まだ痛がっているようだった。


「あの……。死んでいないですわよ?」

「いてぇ! 死んだって……。あれ?」

「ふふ」


 イライザは動きを止めて、自分の脇腹を触っている。痛かったかもしれないが、彼女に傷はないはずである。

 レイナスは聖剣ロゼの柄で突いたのだ。このトーナメントは寸止めをする必要がある。刃の部分で突いていたら、イライザは死んでいただろう。


「テ、テメエ。手加減をしやがったな!」

「手加減と言いますか、殺せませんので」

「あたいのマネをしやがって!」

「ふふ。いい参考になりましたわ」


 レイナスはイライザへ手を差し伸べて起き上がらせた。彼女は負けたが、悔しい表情をしていない。負けてもともとといった感じだ。


「あーあ。負けちまったあ! オメエ、強えな」

「もうすぐレベルが四十ですわ」

「はあ? その若さでか?」

「ふふ」

「クソ! 『素質そしつ』持ちかよ」

「そうですわね」

「天才にゃ勝てねえか」


「両者とも、中央へ戻って!」


 試合が終わったのだ。しゃべっている場合ではない。すぐに次の試合を始めたいのだろう。審判が苛立いらだっている。

 それに苦笑いを浮かべたレイナスは舞台の中央へ戻る。イライザも頭をきながら舞台の中央へ向かった。そして、お互いが礼をして舞台を去っていく。


「(ロゼ。どうでしたか?)」

「(覚えたわよ)」

「(使えそうですか?)」

「(パターンの解析は、やってる最中よ)」


 聖剣ロゼの本領は、成長型知能にある。戦えば戦うほど情報が蓄積され、装備した者へ瞬時に伝える事ができる。まさに聖剣であった。


「(なら、次の試合では使えますわよね?)」

「(当り前よ! 私をなんだと思ってるの? ムキー!)」

「(相棒でしょ?)」

「(そ、そうよ! でも、あんな野獣のような動きをしたいの?)」

「(そうですわねえ。上品にやれるように)」

「(またそうやって難しい事を……。まあいいわ)」

「(よろしくね)」


 レイナスは聖剣ロゼと思念を交わしながら控室へ歩いていく。ここまで意思の疎通ができるという事は、そろそろ認められてもいい頃だろう。


「(ねえ。まだ認められないのかしら?)」

「(認めてもいいけど……。レベルが四十になったらね)」

「(あら。今でもよろしいのではなくて?)」

「(駄目よ。記念に認められた方が、あの魔人も喜ぶでしょ?)」

「(そ、そうね! ロゼ、いいこと? まだ認めちゃ駄目よ)」


 満面の笑顔になったレイナスは、聖剣ロゼの柄をトントンとたたく。このトーナメントでレベルが上がるかは不透明だが、上がった時のフォルトの褒美を思い浮かべる。それに気をよくして、控室の椅子へ座るのであった。



◇◇◇◇◇



「親父!」


 王族専用の貴賓室。そこにはトーナメントの開催を宣言したエインリッヒ九世とリゼット姫。そして、第一王子のハイドが座っていた。エインリッヒの近くにはアーロンが立っている。他の王族は来ていない。


「どうした?」

「あの女、強かったな!」

「そうだな」

「あいつを俺にくれ!」

「なんだと?」


 ハイドは立ち上がり、両手を広げてエインリッヒへ頼み込んでいる。どうやら私兵として雇い入れたいようだ。さすがに婚姻を望んでいるような顔ではなかった。しかし、それには渋い表情を浮かべている。


「お兄さま。それは無理だと思われますわ」

「なぜだ? 命令すれば平気だろう?」

「あの方は、フォルト様の私兵ですわ」

「そいつは誰だ?」

「もぅ。グリム様の客将ですわよ」

「ローゼンクロイツ家だったか? 魔族へ寝返った異世界人だな」

「物言いには気をつけてくださいね」

「知るか! 寝返った事には変わりがない!」


 ローゼンクロイツ家は魔族の貴族。その家の令嬢である姉妹も一緒に居るのだ。フォルトを人間だと思っているので、ハイドの考えは正しいとも言える。


「落ち着け、ハイド」

「ああ、済まない。だが、もともとはローイン公爵の娘だろ?」

「廃嫡したから平民だぞ」

「関係ねえよ。俺は強い者を近くへ置いているからな」

「まったく。王族としてわきまえろ! おまえは第一王子なのだぞ!」

「分かったよ。でも、あいつはほしい。気品はあるだろ?」

「まあ、貴族の娘として育ったからな」

「それに平民なら王族に逆らえねえ。逆らったら死刑だ!」

「ハイド! 国民を何だと思っている!」

「家畜さ」

「ハイド。おまえ……」

「ああ。親父、悪かったよ」


 ハイドの考え方は危険である。しかし、その苛烈かれつな考えは貴族の支持を集めているのだ。これにはエインリッヒも困っている。それでも教育をしている最中なので、いずれ考えを改めるとも思っていた。


「とにかく、国民は家畜ではない。国のいしずえだ」

「そうだったな。それよりも、あいつをくれよ」


 どうも心底レイナスを気に入ったようだ。しかし、フォルトたちへ手を出すのは危険であった。グリムも同じ見解であり、その意見は無視できない。


「駄目だ! あいつらの扱いは苦慮しているのだぞ」

「苦慮だと? 親父がなあ」

「とにかく座れ」


 ハイドは渋々と自分の席へ座った。しかし、その顔は諦めた顔ではない。それを見たリゼットは、溜息ためいきをついて話しかける。


「はぁ……。お兄さま」

「なんだ?」

「グリム様の立場もあります。今は控えてくださいね」

「爺さんか。そうだな。でも、爺さんでも扱いに困っているのか?」

「ええ。ですが、今はグリム様の客将です。この関係は崩せませんわ」

「まさか……。いや、なんでもねえ」

「ふふ」


 ハイドの言葉に、リゼットは誰にも気づかれないよう下腹部を押さえる。そして、かわいらしい笑顔を浮かべた。


「そうだ。アーロン」

「はっ! 何でございましょうか。ハイド様」

「おまえから見て、あの女はどうだった?」

「魔法もスキルも禁止で、あの動き。今後が楽しみですな」

「今後か。その口ぶりだと、おまえには勝てないか?」

「ははっ。やってみなければ分かりませんが、まだまだでしょうな」

「そうか」


 アーロンの評価にハイドは腕を組んで天井をあおいだ。そして、目を閉じる。それを見たエインリッヒは、笑いながら話し始めた。


「はははっ! このエウィ王国で、アーロンに勝てる者なぞおらぬぞ」

「爺さんなら勝てるだろ?」

「爺は別格だ。それに、魔法使いだからな」

「そうだった。勇者の仲間だったやつは?」

「そいつらは、どのみち手を出せんが……。どうだ? アーロン」

「それも分かりませんな。申しわけない」

「よい。アーロンの立場では、それ以上言えぬのは分かっておる」

「はっ!」


 王国〈ナイトマスター〉の二つ名。これはとても重いのだ。王を守る盾として、または王の剣としての役目をになっている。負ける事が許されない上に、勝てると思わせてもいけないのだ。


「次の試合が始まるようだぞ」

「おっ! こいつも楽しみだ。デルヴィ侯爵の快刀だったな」

「ファインだな。こいつもほしいなどと言うなよ?」

「分かっている」


 デルヴィ侯爵の扱いも苦慮しているのだ。それでもファインは異世界人であるため、レベルが四十をこえれば手に入れられる。しかし、勇魔戦争から上がっていない。それにはおかしいと思いつつも、口を出せないでいた。

 それを知っているハイドはエインリッヒの言う事を聞く。そして、椅子へ深く座り直して舞台を見るのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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