第二十一章 ベクトリア公国誕生

第290話 魔剣士の戦いと猫眷属の機転1

 エインリッヒ九世の開催宣言など聞いていないフォルトは、マリアンデールとルリシオンの間へ入り、立ちながら闘技場の舞台を見ている。シモベになった姉妹は、いつもと変わらずであった。


「貴方。もっと引き寄せなさいよ」

「あはっ! 私もねえ」

「でへ」


 シモベなのに命令してくるとは、これ如何いかに。それでも嫌ではないので、姉妹の言う通りにする。


「組み合わせは?」

「今、やってるところじゃないかしら」

「くじ引きみたいだな」

「こんなに広い舞台で、中央に固まっちゃって」

「ははっ。特大スクリーンでもあればなあ」

「なにそれ?」

「日本にあったものだ。まあ、この世界じゃ無理だな」

「ふーん。そんな事より、決まったようよ」


(しかし……。いまさらだが、魔人になって目がよくなったな。レイナスがハッキリと見える。ってか、みんなは見えるのか?)


 闘技場は大きく広い。観客席から舞台まで距離があるが、ほとんどの観客は凝視しているように見える。双眼鏡などもないので、よく見えるもんだなと思った。


「マリとルリは見えるの?」

「見えるわよお」

「でも、さすがに表情まではね」

「そっか。改良の余地がありそうだな」

「改良って?」

「貴賓室を一番下にするとかな」


 ここまで話したところで、グリムが近づいてきた。この女性だらけの部屋で爺様は邪魔者以外の何者でもないが、部屋を貸してもらったので相手をする。


「ほう。よい案じゃな。改修を計画させてもよいのう」

「ここまで造っておいて、さすがに難しいんじゃ?」

「ほっほっ。魔法を組み合わせれば、やれるじゃろう」

「そ、そうなんだ」

「舞台と観客席は高さがあるからの。壁を掘れば……」

「まあ、その辺は任せるよ」

「そうじゃな」


 実際問題としては難しいような気がした。舞台から貴賓席へ、どうやっても入れないようにしなければ襲われる可能性がある。そうすると防弾ガラスなどが必要だろうが、この世界にはない。


「俺が考える事じゃないな」

「あら。レイナスは一番目の試合ね」

「ほう。くじ運がいいのか悪いのか」


 どうやらレイナスは一番を引き当てたようだ。後は対戦相手だが、相手はブレーダ伯爵旗下のイライザのようだった。そして、トーナメントの組み合わせが決まるとソフィアが近くへくる。


「ありゃ。あの組み合わせは……」

「フォルト様。三人とも当たるようですね」

「あちゃあ。カーミラとアーシャの予想が!」

「順当に勝ち上がればファインさん。そして、決勝でラウール様ですね」

「ま、まあ。頑張ってもらうしかないな」

「ふふ。そうですね」


 このトーナメントは試合なので、殺し合うわけではない。逆に、三人と手合わせができるのはよいかもしれない。レイナスの経験になるだろう。


「途中で負けなければだが」

「レベルだけでしたら、イライザさんには勝てますね」

「そうだろうな。お手並み拝見ってところか」


 こんな事を話ながら舞台を見ると、レイナスとイライザを残して誰も居なくなった。その後は審判役であろう騎士が五名ほど入ってくる。その騎士たちは舞台の四隅へ移動して、中央へ一人が移動したのだった。



◇◇◇◇◇



「侯爵様。よろしいのですか?」


 シュンたち勇者候補一行は、デルヴィ侯爵の貴賓室へ入っていた。シュンだけではなく全員だ。レベルを上げにフェリアスへ向かう途中だったが、トーナメントの観戦については怒られなかった。


「構わぬぞ。いや、見ておいた方がよい。今後のためになるだろう」

「ありがとうございます」

「そう緊張するな。今回は普段のまま観戦せよ」

「はっ!」


 これは無礼講という事だ。しかし、元の世界では無礼講など当てにならない。よって、礼儀だけは弁えた上で、いつも通りにするのだった。


「ひゃあ! 広いねえ!」

「いいじゃねえか! 特等席だぜ」

「ギ、ギッシュさん」

「あん? 侯爵……。様もいいって言ってんだ。いいじゃねえか」

「ほっほっ。構わぬぞ」

「ほらな。次は出場してえなあ」


 エレーヌの制止もなんのその。唯我独尊のギッシュはハメを外している。格闘技などは大好きなようだ。彼は強さを求めているので、それは仕方のない事である。本来なら出場をしたかったようだが、さすがに認められない。


「スキルや魔法は禁止なのですよね?」

「今回はそうだな。今後は分からぬ」


 ノックスが恐る恐るデルヴィ侯爵へ聞くと、気さくな感じで答えてくれた。何度か侯爵を見ているので、ある意味気持ちが悪い。しかし、とても機嫌がよさそうだ。それだけ、このトーナメントが楽しみだったのだろう。


「今回は、ワシのところからファインという剣士が出場するぞ」

「ファイン様ですか? 同じ異世界人と聞き及んでいますが」

「そうだ。シュンには会わせていなかったな」

「はい」

「トーナメントが終わり次第、会わせてやる」

「ありがたき幸せ」

「勇魔戦争を経験しておるからな」

「それは……。いろいろと教えを乞うとしましょう」

「それでいい」


(ファインか。シェリダンとは違うだろうな。勇魔戦争からって事は、十年以上も剣士として仕えているのか。仲良くさせてもらうぜ)


 十年以上も剣士としてデルヴィ侯爵の近くへ仕える。これは並大抵の者では難しいだろう。侯爵の中では、バルボ子爵と同等以上の者だと推察される。

 側近中の側近と言っても過言ではない。シュンもそれを目指しているので、気に入られる必要があった。


「そろそろ陛下の宣言が始まる。静かに聞くがよい」

「はっ!」

「「はい」」


 窓から外を見ると、ざわついていた観客が静まり返った。シュンたちからエインリッヒ九世の姿は見えない。隣の部屋だからだ。


(それにしても……)


 デルヴィ侯爵は、本当に王族へ忠誠を誓っているのか。シュンの脳裏に考えてはいけない事が浮かんだ。侯爵の人となりを見れば、誰かの下に付く人物でないのは分かる。やっている事も、王国へ不利益をもたらしていた。しかし、それを聞く事は無理というものだ。


「おっ! 出場者がこっち向いたぜ」


 シュンがよからぬ事を考えていると、エインリッヒ九世の宣言は終わっていた。そして、ギッシュの一言で正気へ戻る。これ以上を考えては駄目だ。何かあれば侯爵から言ってくれるだろう。その時に選択肢を間違えなければいいのだ。


「ほ、ほう。どれどれ……。なっ!」

「ちょっと、シュン! レイナスさんが出てるわよ!」

「ほ、本当だ。な、なんで?」

「なら、あの方が来ているのでは?」

「そうだね。おっさんが来てるんじゃない?」

「ちっ!」


 レイナスの出場には驚いた。それにラキシスやノックスの言う通り、近くにフォルトが居ると思われる。彼が嫌いなシュンは、舌打ちをしながら苦虫をみつぶしたような表情をした。それを見たデルヴィ侯爵が、笑いながら答えを言う。


「ほっほっ。グリムの貴賓室へ来ておるぞ」

「そ、そうですか」

「今回は放っておけ」

「は、はい」


 デルヴィ侯爵の命令だ。無礼講だが強い口調で言われたので、これは守る必要がある。実際、挨拶あいさつへ行くつもりもないので問題はない。とりあえずフォルトの事は忘れて、仲良くしておきたいファインを探す。


「どの方がファイン様ですか?」

「うむ。帽子をかぶっておる男だな」

「あれがファイン様か」


 帽子をかぶっているのは一人だけだった。つばの広い羽付き帽子をかぶった男性だ。容姿などはイギリス人のプロシネンに近いか。


「どこの国の人だろ?」

「フランセーズと言っておったぞ」

「フランス人ですか。ありがとうございます」

「ほう。あちらの世界では、その国は有名なのか?」

「そうですね。大国と言えば大国です」

「ほっほっ。そのあたりの事も、いずれ聞き取りをさせてくれ」

「分かりました」


 いずれという事は、今すぐではない。これについては聞かれた時に答えればいいだろう。そんな事を考えながら舞台をながめる。


「しかし、レイナスちゃんが出場するとはな」

「ホストは負けたからなあ」

「うるせえぞ! ギッシュ!」

「次に勝ちゃいいんだよ」

「ほう。其方、よい事を言うのう」

「へへ。ありがとうございますです」

「ギッシュの敬語が変……」

「空手家! よ、余計な事を言うな!」


 貴族が慣れないギッシュに、この場は大変そうでだった。特にデルヴィ侯爵は大貴族であり、この広い貴賓室を一人で使える人物だ。

 こういった権力を目の当たりにすると、いくらツッパリでも分かるというものだろう。それでも外へ出たら忘れるだろうが……。


「其方たち。出場者や試合については、屈託のない感想をな」

「「は、はい!」」

「わ、分かりましたです」

「ほっほっ。茶でも飲みながら、ゆるりとな」


 デルヴィ侯爵は手をたたいてメイドを呼んだ。そして、茶菓子や飲み物を運び込ませる。そして、それらをテーブルへ置いて去っていった。

 今回は無礼講と言われているが、シュンはデルヴィ侯爵の隣に座る。他の仲間は別のテーブルだ。その中で、アルディスだけを呼び寄せる。


「アルディスはこっちへ」

「ん? そっちなの?」

「ははっ。女性の勇者候補だろ。感想を聞きたいのさ」

「ほっほっ。そうじゃな」

「わ、分かったわ」


 アルディスは恐る恐る近づいてくるが、別に取って食うわけではない。デルヴィ侯爵は笑顔で迎え入れ、それに安心した彼女はシュンの隣に座る。


「さて、組み合わせが始まったな」


 どうやら組み合わせは、くじ引きのようだ。そして、一番を引いたのがレイナスだった。ファインは四番だ。


「いきなりレイナスちゃんか」

「面白い組み合わせだな」

「そうですね。ファイン様とは次にぶつかるのか」

「あ、あの。レイナスさんの相手って?」

「ブレーダ伯爵旗下のイライザという者だ。そこまで強くないの」

「知っておられるのですか?」

「闘技場へ来る前にな。ファインが圧勝しとった」

「それは見たかったですね」

「あの女よりは、レイナス嬢と戦った方が面白いだろうな」

「そうですね」


 デルヴィ侯爵の中では、ファインは準決勝へ進んでいた。一回戦の相手を気にしていないので、侯爵から見て弱いのだろう。ならばシュンも気にする必要はなかった。まずは一回戦のレイナスを見る事に集中する方がいい。


「シュン。始まるよ」

「おう。さて、魔法もスキルも使わない戦いか」


 このような試合は興味深い。訓練などではやっているが、試合となると違うだろう。素のレイナスがどれほど強いかを、見ておくのは重要であった。

 あまり差がないとすれば、魔法やスキルに差があるという事だ。ならば、そっち方面を鍛えればいい。逆に素の差があった場合は、基礎を磨く必要がある。シュンは真面目な顔になり、舞台へ立つ二人の女性を見るのであった。



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