第281話 姉妹と堕落の種3

 寝室の窓の外から太陽の光が入ってきた。その光はフォルトの目を照らしており、深い眠りから浅い眠りにさせる。寝室の中ではブラウニーが掃除を始めており、カタコトと音がしていた。


「うーん!」


 フォルトは両腕を枕に眠っているであろう、マリアンデールとルリシオンの頭を胸に乗せる。そして、ゆっくりとでるのであった。


(おやおや。どちらの頭も変わってないな。まあ、もともと魔族は角があるし、新しく生えても頭が重くなるだろう。さて、起きるとするか)


「マリ、ルリ」

「ふふ。起きてるわよ」

「あはっ! 私たちは一度、外へ出たのよお」

「そうなんだ」

「貴方が楽しみにしていたから、戻ってきたのよ」


 フォルトは目をこすりながら上体を起こす。それに合わせて姉妹も起き上がる。その姉妹を見ると、何も変わっていない。


「あれ?」

「翼は出せるわあ。こんな感じにねえ」


 ルリシオンがニヤリと笑みを浮かべると、その背中に炎の翼が生えた。しかし、熱くはない。これには心が躍ってしまった。


「おお! カッコいい!」

「ふふ。お気に召したようねえ」

「次は私ね!」

「み、見せてくれ!」


 マリアンデールが両手を横へ広げると、時計の歯車のような円形の翼が生えた。しかし、機械のようではなく、魔法陣のような感じに光っている。


「マリが……」

「どうしたのかしら?」

「成長したなあ」

「どういう意味よ!」

「えへへ。御主人様、どうですかあ?」

「カーミラか」


 声がした方向を見ると、食堂へ向かう直通の扉を開けてパタパタと飛んできた。そして、フォルトの背中へ降りて首に腕を巻きつける。


「マリとルリに食べさせた堕落の種って、何の悪魔なんだ?」

「マリがラプラス種の悪魔で、ルリがマクスウェル種の悪魔でーす!」

「は? もう一回、お願い」

「マリがラプラス種の悪魔で、ルリがマクスウェル種の悪魔でーす!」

「それって……」


(ラプラスって、物理学で言われる悪魔じゃなかったっけ? マクスウェルは統計学だっけ? この世界じゃ、普通に悪魔なのか)


 ラプラスの悪魔は、因果律に基づいて未来の決定性を論じる時に使われる概念である。フランスの学者であるラプラスによって提唱されたものだ。

 マクスウェルの悪魔は、思考実験、ないしその実験で想定される架空の働く存在である。これも、スコットランドの学者マクスウェルが提唱したものだ。


「この世界だと違いますよお」

「へえ」


 この世界のラプラスは、時間を操作する悪魔である。同じくマクスウェルは、熱量を操作する悪魔であった。


「ふーん。どっちも二人にはピッタリだな」

「えへへ。カーミラちゃんに、お任せです!」

「そうだな。よくツボを心得てる」


 カーミラはフォルトの喜ぶ事をしてくれる。ベルナティオのニーズヘッグ種もそうだが、このラプラス種とマクスウェル種も気に入った。

 マリアンデールとルリシオンも、見た目が変わらなかったのは嬉しいようだ。尻尾もないので、見た目で悪魔とは分からない。翼だけは特徴的だが……。


「力は?」

「あがったわよお」

「どれぐらい?」

「ティオと同じような割合じゃないかしらね」

「へえ。まあ、数値じゃないしな」

「御主人様。マリとルリが覚醒で得たスキルがありますよお」

「あっ! そうだ。教えてくれるって言ってたな」


 姉妹は限界突破をした時に覚醒をした。覚醒でギフトと呼ばれるスキルを覚えたはずだ。それを教えてもらう事になっていた。


「いいけどお。おねだりがあったでしょお」

「うん? なんだっけ?」

「私たちを、シモベにしてくれって言ったでしょ」

「ああっ! そうだったな。カーミラが駄目って言ったけど」

「ふふ。堕落の種を食べて悪魔になったわよお」

「カーミラ。どうなのよ?」

「えへへ。合格でーす!」


 マリアンデールとルリシオンのおねだり。ギフトで得たスキルを教えてもらう代わりに、シモベにしてくれと言われていた。カーミラが堕落の種を食べないと認めなかったので、食べるまで待っていたのだ。しかし、すっかり忘れていた。


「ティオは?」

「彼女はギフトをもらったらですねえ」

「ふーん。んじゃ、レベルが足りないとか?」

「そうですねえ。次の限界突破じゃないですか?」

「って事は……。レベル60ぐらい?」

「カードを見てないんですかあ?」

「ああ。そういや、見てなかったな」

「興味がなかったんですねえ」

「ま、まあな。強いから、それで十分かと」


 ベルナティオに「剣聖」の称号がついたのは最近だ。そこからあまりレベルは上がっていないだろうと思われる。そして、「剣聖」の称号は「勇者」の称号と同等だ。ならば、勇者級であるレベル50台だと推察できる。


「そんなところじゃないですかあ?」

「それを言ったら、私たちのレベルが分かっちゃうじゃない!」

「あ……。レベル60なのか」

「違うわよ! で、でも近いわね」

「レベル70か」

「誘導するんじゃないわよ!」

「分かった、分かった。それぐらいって認識しとく」


(レベル60で近いって事は、レベル七十ぐらいか? 百はないだろう。魔王スカーレットが二百とか言ってたから、だいぶ差があったんだな)


「考えるのも、デリカシーがないわよお」

「す、すまん。それでギフトは?」

「パッシブスキルよ。私は『魔法攻撃軽減まほうこうげきけいげん』」

「私は『物理攻撃軽減ぶつりこうげきけいげん』よお」

「えへへ。ルリは私と一緒ですねえ」


 マリアンデールは近接戦が得意であるため、『魔法攻撃軽減まほうこうげきけいげん』はいいスキルだ。ルリシオンは魔法攻撃が主体のため、『物理攻撃軽減ぶつりこうげきけいげん』は相性がバッチリである。さすがはギフトといったところだ。


「へえ。硬くなるな」

「ちょっと! 人を石みたいに言わないでよ」

「ははっ。ゲーム用語だ。もう最強じゃないのか?」

「残念ながら、パパはもっと強いわよお」

「そ、そうなんだ」

「六魔将は、全員が覚醒を終わらせてるわ」

「それはまた、強いな」

「それでも人間に負けちゃったけどねえ」

「まあ、人数やパーティの連携があるとな」


 ゲームでは一体のボスを数人で倒すレイドボスと呼ばれる敵が居た。ステータスは恐ろしく高いが、パーティを組んだ者との連携と攻略法があれば簡単に倒せたものだ。現実世界なのでゲームといかないまでも、勇者たちはさまざまな戦い方をして魔族を倒していたと思われる。当然、一般の兵でもだ。


「戦略や戦術だな」

「魔族は力が全てだけど、一人の力で戦いすぎたわねえ」

「へえ。反省してるのか?」

「冗談。私たちは負けていないわ。でも、ソフィアやセレスがね」

「雑談のついでか」

「そういう事。いろいろと聞いたわ」

「特にソフィアは現場に居たからねえ」


 ソフィアは勇者の従者として、魔王スカーレットが消滅するところまで冒険をしている。戦う時は頭脳を担当していたので、戦略や戦術が豊富だった。

 勇者より強い魔族はゴロゴロ居る。それらを倒して魔王城まで進んでいたのだ。そう考えると、やはり彼女は賢者である。


「それより、シモベにして」

「カーミラがよければいいよ。どうやるんだっけな」

「儀式ですよ、儀式!」

「そ、そうだったな。どうも忘れっぽいな」

「自堕落のしすぎよ。思考能力が止まってるんじゃない?」

「ははっ。そうかもな。んじゃ、簡単に……」


 フォルトは姉妹へ両手を突き出して儀式を始める。儀式といっても難しいものではない。お互いの同意があれば可能である。


なんじ。わがシモベとなり、生涯にわたり仕えよ」

「ふん! いいわよ」

なんじ。わがシモベとなり、生涯にわたり仕えよ」

「あはっ! いいわよお」


 姉妹が合意をしたところで、彼女たちの周りに数十個の魔法陣が描かれた。そして、それが光った時に魔力的なつながりを感じる事ができるのだった。


「御主人様? そんな言葉、要りましたっけ?」

「は、恥ずかしいから言うな!」

「えへへ。かっこよかったですよお」

「そ、そうか?」


(ノリと勢いで言葉にしてしまった。まあ、一回シモベにすればやらないしな。記念だ、記念。でも、恥ずかしい!)


「これがシモベ契約ねえ」

「ふーん。なんか、変な感じね」

「マリとルリは召喚魔法が使えないから、つながりとか分からないだろ」

「でも、魔力があふれてくるわね」

「ちょっと、人間を殺したくなっちゃったわあ」

「うん? 精神も悪魔になったか」

「これは違いますねえ。もともとがこんな感じでーす!」

「そ、それもそうだな」


 マリアンデールとルリシオンは、人間に対しては冷酷で残虐だ。裏組織「蜂の巣」の構成員を大量に殺した時は、そんな感じである。殺す事に愉悦を覚えながら、虐殺ぎゃくさつを続けていた。そう考えると、悪魔のような姉妹と言えよう。


「力を抑える練習をやっといてくださいねえ」

「分かったわあ。シモベ契約で、さらに上がってるしねえ」


 シモベとは眷属より上のつながりだ。ニャンシーは眷属になり強さが上がった事で、ケットシーの女王になった。当然、シモベとなった姉妹も強さが上がっている。急激に上がっているので、慣れるまでには時間がかかるだろう。


「貴方。私たちはシモベなのだから、レベルを教えなさいよ」

「え?」

「そうよお。もういいんじゃないかしらあ?」

「分かった。俺のレベルは五百だ」

「「五百!」」

「驚いたか?」

「当たり前よ! 魔王スカーレットより高いのよ?」

「でも、隠したいのは分かるけどねえ」

「まったくね」


 マリアンデールとルリシオンは目を丸くしている。しかし、隠していた理由を理解したのだろう。両腕を組んでうなずいていた。


「カーミラのレベルは知ってるっけ?」

「聞いてるわよ。百五十でしょ」

「えへへ。みんなには教えてありますよお」

「そっか」

「リリスは上級悪魔ですからねえ。その中では高い方なのかなあ」

「そ、そうなのか」

「上級悪魔は、レベル八十以上ですよお」

「最低でもレベル八十か。なら、高い方なんじゃないか?」

「えへへ。バッチこいです!」

「そうそう。バフォメットは?」

「分かりませーん! でも、確実に上でーす!」


 エルフの女王へ呪いをかけたバフォメットは、悪魔の中でも最上級の強さを持ち、悪魔王に近い悪魔である。魔界の神に近いという事は、レベルは相当高いと思われる。カーミラでも勝てない悪魔だ。


「貴方。レベルは隠しなさい」

「やっぱり、そうだよな」

「シモベじゃないと教えちゃ駄目ねえ」

「そうしよう」


 姉妹からも言われてしまった。もともと教えるつもりがなかったので、それは甘んじて受けておく。


「さて、ティオでもからかってこようかしら」

「ティオ?」

「シモベになったって言ったら、羨ましがるでしょうねえ」

「ははっ。ほどほどにな。カーミラ、俺たちもテラスへ行くか」

「はあい!」


 今回の件で、フォルトのシモベは三名になった。暴食ぼうしょくの魔人ポロは、カーミラを道具のように使っていたと聞いた。それが、シモベの正しい使い方である。

 しかし、姉妹を道具のように使うつもりは微塵みじんもない。カーミラと出会った時、シモベとつながった魔力を赤い糸と例えた。ならば、この赤い糸が増えるようにする事。そして、切らさないようにしようと心の中で誓うのであった。



Copyright(C)2021-特攻君

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