第282話 動き出す策謀の影1

 南方小国群の一国である民主主義国家ラドーニ共和国。大陸では経済大国と呼ばれ、小国ながら景気がいい国だ。首都であるラドーニは大都市で、人間がせわしなく歩いている。


「建物は違いすぎるが、なんだかニューヨークを思い出すぜ」


 リガインは独り言をつぶやく。人口が密集しているのか、この都市には人間が多すぎる。そして、この首都の周りには壁が作られていない。魔物の被害が多発しそうだが、独特の都市計画のために襲われない。


(民主主義、万歳って言えばいいのかねえ?)


 その都市計画とは、首都ラドーニを国の中心地に置き、他の町や村との距離をワザと短くした事である。町や村を壁と見立てる事で、魔物の侵入を阻んでいるのだ。この首都と他の町の間に居る魔物は狩り尽くしていた。

 これは小国という利点と地形に関係がある。この国は広い平野部にあるのだ。山もなければ森もない。そういったものは、国を囲むように存在している。よって、そちらからの侵入を阻めばいいだけであった。


「金を切り詰めたいからって、よくもまあ考え付いたもんだぜ」


 壁を造るには、莫大ばくだいな費用と材料が必要である。ラドーニ共和国は、それを惜しんだのだ。そして、知恵を絞って練り上げた都市計画であった。


「先人に感謝ってか? さて、待ち合わせはここだが……」


 リガインは町の中央にある広場へ来ていた。そこには大きな石像があり、その前に設置されたベンチに座っている。

 この石像は、運命と富をつかさどる幸運神アリッサらしい。見た目は子供の女性の姿をしている。経済大国らしい神を信仰しているようだ。


「待った?」

「オメエは……」


 しばらくベンチに座っていると、リガインへ話しかける女性が居た。茶色いディアストーカーハットと呼ばれる帽子をかぶり、背中にカバンを背負っている。

 この帽子はシャーロックホームズが着用していた帽子に近く、その見た目から探偵のようであった。服装は普通の上着とズボンだ。見た目は若く、二十代前半のように見える。


「シェンナだよ」

「リガインだ。よろしくな」


 リガインは体格のよい蓬髪ほうはつの男性だ。しわくちゃなジャケットを着ており、どこかのやさぐれ刑事のような見た目である。なんとなくだが、いいコンビに見えるかもしれない。


「隣、座るね」

「ああ。持ってきたか?」

「はい。これ」


 シェンナは背中のカバンを太ももの上に置き、そこから分厚い書類の束を取り出した。それを受け取ったリガインは、ペラペラと紙をめくる。


「ほう。なるほど、なるほど」

「お兄さん、読むのが速いよ!」

「お兄さんとは嬉しいねえ」


 シェンナから話しかけられても手を止めない。速読はお手のものだ。書類の内容を、全て頭の中へたたきこんでいた。


「へへ。冗談ぐらい言えないと、情報なんて手に入らないよ」

「ちっ。それを本人の前で言ったら、意味がねえだろ」

「お兄さんは、私たち側の人間だからね」

「まあな。んじゃ、報酬だ」

「へへ。まいど!」


 リガインは大金貨三枚を包んだ紙を取り出した。それをシェンナに手渡す。受け取った彼女は笑顔になった。


「はぁ……。これで家を追い出されなくて済むよ」

「おめえ。貧乏なのか?」

「フリーだからね。収入のない時の方が多いんだよ」

「もったいねえな。これほどの情報収集能力があるのに」


 リガインは元FBI捜査官の職歴を生かし、情報収集を担当している。ジオルグから受けた命令を遂行中であった。リガインをこっち側の人間と言ったシェンナも同類だ。しかし、国へ就職していないフリーの人間だった。

 彼女のような人間は多い。この国は情報で商売をしているからだ。先物取引情報や転売情報などは一般的な部類である。商人への投資や、その他諸々。価値のある情報を使い金を生み出す。この国が経済大国になった理由である。


「ところで、これなんだがよ」

「え? なになに?」

「ファスト大統領の動きが、おかしくねえか?」

「そう? 発表されてる動きを書いただけだけど」

「ふーん」


 この国は民主主義国家のため、国政に関する情報を、国民が自由に入手できる権利があった。これが知る権利という表現の自由の保障だ。

 情報がただ漏れのようだが、残念ながら重要な情報などは出てこない。基本的には、知られてもいい情報だけが発表されている。これらはフェイクとして使われる事もしばしばあった。


(まあ、そういうのを勘案しても動きが激しいな。そうであれば、そろそろ公国の樹立宣言といったところか。なら、早いとこ……)


「なあ、シェンナ」

「どうしたの?」

しばらく、オメエの家に泊めさせてくれや」

「はあ?」

「用事を済ませたら出ていくからよ」

「ちょっと! 私、女の子なんですけど!」

「同じ穴のムジナってな。大っぴらに宿へ泊まれねえんだよ」

「だから!」

「手は出さねえから安心しろ」

「信用できるかあ!」


 リガインはシェンナと初めて会ったのだ。その彼女の家へ泊まりたいなどと、よく言えたものだ。四十代のおじさんがである。彼女が怒り出すのも無理はない。しかし、非合法な手段を使って入国をしているのだ。

 この首都には多くの宿屋があるが、万が一にも見つかってはまずい。ベクトリア公国が樹立されれば、エウィ王国は敵視国家になるのだ。樹立の直前であれば、リガインのような者は警戒されているだろう。


「その辺で寝なさいよ!」

「そうしたいのは山々なんだがな」

「情報は渡したから、仕事は終わりよ!」

「そう言うな。宿代は出すぜ」

「え?」

「俺の素性なんて、薄々分かってるだろ?」

「そ、そりゃあね。エウィ王国の人間でしょ。諜報部?」

「近いけどな。国の命令で来てるんじゃねえんだ」

「へ、へえ」

「だから、見つかるとまずいんだよ」

「こんな公園に居るのに?」


 今は昼間で公園には大勢の人間がいる。しかし、だからこそ安全と言えた。怪しい動きをしない限り、職務質問をされる事はない。それに公園なので見通しがいい。衛兵がくれば即座に分かるので、人混みに紛れて逃げる事は容易いのだ。


「そういうわけだ。よろしくな」

「よろしくじゃなーい!」

「まあまあ。飯もおごってやるからよ」

「むぅ。次の仕事も、よろしくしてくれたら……」

「決まりだ。今後は仲介屋を通さねえからよ」

「な、なら、いいよ。でも、変な事をしたら衛兵に突き出すからね!」

「分かった、分かった」


 これで寝所は確保できた。これからシェンナにもらった情報を使い、さらに情報を仕入れる必要がある。リガインが求め、ジオルグが必要としている情報だ。

 その情報は、主人になったブルマンのために使われる。それにある人物とも会う必要もある。この国でやる事は多いのだ。


(まあ。とにかく、やるしかねえしな)


 これが成功すれば、未来は明るいものとなるだろう。こんな世界で野垂れ死になど御免である。リガインはシェンナを見ながら、仕事を完璧に終わらせる事だけを考えるのであった。



◇◇◇◇◇



「さて、そろそろか?」


 ジオルグは役所の局長室にある椅子へ座り、書類を見ながら茶を飲んでいる。前局長をめて失脚させた見返りだ。ブルマンからローイン公爵へ話を通してもらい出世をした。公爵も異世界人の能力が見たいと言ったそうだ。


(まだまだ足りないな。ブルマンを選んだのがいいが、資金に乏しい。まずは、これを何とかする必要があるが……)


 ローイン公爵へ知られていないが、役所のシステムを変えた。ここで発生する金銭を自動的にピンハネをするシステムだ。システムと言っても機械などはない。やっている事は古典的な手法であり、人間の手でおこなわれている。


――――――トン、トン


「入れ」


 扉がノックされたので許可を出す。すると、ドレスを着た女性が入ってきた。この役所へ勤めている者ではない。


「ジオルグさん。ブルマンちゃんは迷惑をかけてない?」

「これはこれはレイラ様。言っていただければ、迎えを出したものを」

「いいのよ。ちょうど役所の前を通ってね」


 レイラはローイン公爵婦人である。つまり、レイナスの母親だ。体の線が細く、顔立ちは彼女に似ている。どうやら母親似だったようだ。

 彼女が廃嫡された事で、ずっと病んでいた。しかし、ブルマンが養子へ入ってしばらく経過した後に元気を取り戻している。今では彼を実の息子のように、かわいがっているのだった。


(これは……。悪化をしてるようだな。実の娘が居た事を、なかった事にしてるようだ。おかげで仕事はやりやすいがね)


「それで、ブルマンちゃんは?」

「はははっ。聡明そうめいな御方ですので、私の方が迷惑をかけないかと」

「あら、やっぱりそう思う?」

「ええ。将来はローイン公爵様をしのぐ逸材かと思われます」

「まあまあ。あっ! お土産があるのよ」


 レイラは手に持っているバッグから、小さな茶菓子の入った箱を取り出した。情報通り、御茶会の帰りに立ち寄ったようだ。ジオルグはリガインの集めた部下に、レイラの情報を集めさせていた。


「ありがたく、ちょうだいいたします」

「後で食べてね」

「はい。それで、本日はどちらの御茶会で?」


 ジオルグはレイラから情報を引き出す。彼女が病んでいるのを、ローイン公爵領に居る貴族は知っている。その彼女を呼ぶのだ。貴族たちもブルマンに取り入っておこうと考えているだろう。


(今からブルマンに唾を付けるなら優秀な貴族だな。それでも俺のように、深くは踏み込んでいない。まあ、何事もなければブルマンが家を継ぐからな)


 現在のところ、ローイン公爵は病気らしい病気をしていない。まだ働き盛りで元気が有り余っている。ブルマンも十五歳の若者で、養子に入ったばかりである。そして、ローイン家に跡取りは彼だけだ。普通に考えれば選択をする必要がない。


(馬鹿め。選択肢がなければ作ればいいのだよ。火種を作り、争わせる事で選択肢が生まれる。それでブルマンが勝てば、俺の勝ちだ!)


 ジオルグは、この手の火遊びが大好きである。火遊びをしながら、この世界でいい目を見るつもりだ。この性格は永遠に変わらないだろう。


「それでね。みなさん、ブルマンちゃんを褒めてくれるのよ」

「ブルマン様が居れば、ローイン家は安泰でございます」

「そうよね。そうなると、早く婚姻をしないとねえ」

「ブルマン様に相応しい伴侶は、そうそういらっしゃらないでしょうな」

「そうなのよね。でも、もう十五歳よ。許嫁ぐらいは必要よ」


 ジオルグの思惑など露とも知らず、レイラの話が止まらない。これでは普段の仕事が進まないが、それよりレイラの機嫌をとる事が重要である。


「あらやだ。もう夕日が沈みそうね」

「ははっ。楽しい時間でしたぞ」

「そう言ってもらえると助かるわ。ブルマンちゃんの事は頼みますね」

「畏まりました」


 レイラは扉を開けて外へ出ていった。窓から外を見ると、彼女の護衛が待っている。長時間、お疲れさまである。

 それから馬車が役所から出るところを確認して、自分の椅子へ座った。ジオルグは火種を何にしようか考えながら、残っている仕事を片付けるのであった。



――――――――――

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