第280話 姉妹と堕落の種2

 商業都市ハンの北東に、小さな町であるエウリカがあった。その町の北にそびえるエウリカ山脈をこえれば、フェリアスへ入国できる。しかし、山道はなく険しい山である。魔物も多いため、誰も山越えをしようとは思わない。

 山越えをしたところで、フェリアスの有翼人や獣人族に捕縛されるだけだ。そのままエウィ王国へ引き渡されて、国境を破った罪で牢獄ろうごく行きである。


「さて、傘下へ入ったのはいいが……」

「よかったじゃないかい。幹部だよ!」

「まあ、クラウケスの近くで戦いたかったからいいけどよ」

「しっかりしな! ここを縮こませてる場合じゃないよ!」

「へっ! でけえのが取りえだからよ」


 ジュリアはグランテの下腹部をたたく。それに気をよくしながら、拠点の中を歩いていた。エウリカにあるむくろの傭兵団の拠点であり、血煙の傭兵団で使っていた酒場とは雲泥の差だ。収容人数は五百人ほどか。


「入るぜ」


 グランテは目の前の大きな扉を開ける。ここは団長室だ。中へ入ると大きなソファーが何個もある。そのソファーには誰も座っていなかった。


「グランテか」

「あ、ああ。クラウケス……。いや、団長」

「クラウケスでいい。おまえも傘下とはいえ団長だ」

「分かった。クラウケス」


 むくろの傭兵団団長クラウケス。その顔には六つ目の頭蓋骨をかたどった仮面を装備している。体格は中肉中背。全身を茶色のフルプレートで固め、傭兵団の紋章の入ったマントを羽織っていた。武器は体格に合っていない巨大な戦斧である。

 彼の素顔を見た者は居ない。たとえ幹部であってもだ。そして、〈デスロード〉の二つ名を持っている。見た目はまさに、死の王であった。


「血煙の傭兵団はランキングから除外される」

「分かってる」

「座れ」

「ああ」


 グランテは空いているソファーへ座る。隣にはジュリアだ。団長のクラウケスは、むくろの傭兵団へ迎えられてから初めて会う。最近は忙しかったらしく、拠点へ戻ってきたばかりのようだった。


「編成した団員はどうだ?」

「ああ。俺らの団員と打ち解けてるようだぜ。でも、いいのか?」

「何がだ?」

「団員をもらっちまってよ」

むくろの傭兵団は大所帯だ。傘下へ分散させないと管理ができん」

「なるほどな。これで血煙の傭兵団は二百人になったが……」

「他の傭兵団も同じだ」


 むくろの傭兵団には三個の傭兵団が傘下に入っていた。それぞれに団員が居るが、二百名前後で固定させているようだ。これでむくろの傭兵団は、四個の傭兵団をまとめた事になる。本体を入れれば五個の傭兵団だ。


「改めて言っておくが、傘下の団長は幹部だ」

「本気で新参者の俺を幹部にするのか?」

「そうだ。それが俺の方針だ」

「古株も居るだろうに……」

「関係はない。俺は組織力を重視する」

「ほう」

「団をまとめた事もない古株など、何の役にも立たん」

「そりゃあ、なんか狙いでもあんのか?」

「そうだ。だが、グランテが気にする事はない」

「ランキング五位を買ってもらったと思っとくぜえ」

「そうしろ。ランキングに入っていただけでも十分強い」

「へへ。嬉しいねえ」


 むくろの傭兵団がランキング一位なのは、他の傭兵団を傘下へ加えている事が大きい。ランカーの傭兵団が一個の仕事をする間に、四個の仕事をしていたのだ。

 ランキング二位以下の傭兵団もマネをすればいいのだが、そうは問屋が卸さない。各傭兵団は方針が合致せず、実力も拮抗きっこうしている。団長同士の仲も悪い。

 それにランキング外の傭兵団を加えても、あまり意味はない。実力が追いつかず、同じ難易度の仕事を受けられないからだ。


「それで、俺を呼んだ理由は? 仕事か?」

「闘技場の警備をやれ。期間は二日。トーナメントの開催日だ」

「闘技場か。依頼主は?」

「デルヴィ侯爵だ。他の幹部は、別の仕事が入っている」

「オッケーだ。で、分配は?」

「今回は全額をやる」

「い、いいのか?」

「初仕事の御祝儀だ。次回からは決められた配分を入れてもらう」

「ありがてえ。さすがはクラウケスだぜ」


 傘下の傭兵団は、報酬額の幾らかを上納する必要がある。それが傘下に課せられた義務だ。その代わり、ランキング一位なりの仕事が舞い込んでくる。

 今回の闘技場の警備もそうだ。トーナメントにはエインリッヒ九世も見物するため報酬が高額だ。それに依頼主がデルヴィ侯爵である。こういうおいしい仕事は、ランキング三位以下に回ってこないのだ。


「んじゃ、開催日の三日前から準備しとくぜえ」

「それでいい」


 警備には万全を期して望む必要がある。「黒い棺桶かんおけ」のライゼンたちと似ているが、こちらは表の警備だ。しかし、万全を期すことに変わりはない。

 仕事を受けたグランテは、ジュリアとともにソファーから立ち上がる。それから団長室を出て、自分の隊が居る場所へ戻っていくのであった。



◇◇◇◇◇



「水の精霊ウンディーネよ!」


 シェラの掛け声とともに、前へ伸ばした右手から水の球が放出される。その水の球は畑の中央で弾けて、地面へ吸収された。


「ほうほう」

「シェラ。すごいじゃない」

「へえ。やるわねえ」

「そ、そんな。恥ずかしいですわ」


 マリアンデールとルリシオンが手をたたいている。パチパチパチといった感じだ。フォルトにはよく分からなかったが、どうやらこれが精霊魔法のようだ。シェラは精霊の力を、自ら使っていた。


「水の精霊かあ」

「下級精霊ですわ。こちらがウンディーネです」


 シェラが手のひらを上にしてフォルトの前へ出す。すると、その手のひらから水が湧き出て女性の形をとった。手のひらサイズだ。これが水の精霊ウンディーネである。水の精霊というくらいなので、体は青く透き通っていた。


「おっ! かわいいな」

「っ!」

「あ……」


 ウンディーネが顔を上げてフォルトを見ると、一目散に消えてしまった。胴体の部分を触ろうとしたのが、いけなかったのかもしれない。


「精霊にも手を出す気?」

「あ、はは……。俺が魔人だからか?」

「そうですわね。ですが、慣れると思いますわ」

「ドライアドは慣れているからな」

「それとは違いますね。召喚ですので」

「ああ。違うんだったな」


 シェラの場合は、野良の精霊と話ができるという感じだ。そこらじゅうに水分があるので、手近なウンディーネと話したという事である。


「なんか、友達になったとか?」

「似たような感じでしょうか」

「ふーん。召喚は使役だしな」

「そうですわね。小難しい術式を覚えなくていいですね」

「ふんふん。では、祝いだ」

「あんっ!」


 フォルトはシェラを抱き寄せて、腰へ手を回す。しかし、その手をマリアンデールがつかんだ。彼女の顔を見ると、溜息ためいきをついている。


「練習中よ。終わってからにしなさい」

「そうでした」


 シェラは現在、畑の水やりをしながら精霊魔法の練習をしている。ここで慣れておかないと、戦闘では使えない。


「他には?」

「まだ、ウンディーネだけですわね」

「へえ。他とも仲良くなれるの?」

「そうですわね。声を聞くところからですが」

「ふーん。なら、頑張って!」

「はいっ!」


 フォルトは精霊の召喚ができるので、仲良くはならない。使役して命令をする方だ。当然のように、野良の精霊とは話ができない。


「フォルトぉ。カーミラちゃんは?」

「ここですよお」


 カーミラの声が聞こえるが、どこにも見当たらない。そこで魔力探知を使うと、目の前の森の中に反応があった。


「えへへ。私も精霊魔法は使えまーす!」


 その声を合図に、目の前の森の影からカーミラが現れた。どうやら影と同化していたらしい。彼女が使う精霊は、闇の精霊であるシャドーだ。精神もつかさどるので、レイナスを堕とす時に使っていた。


「それって、その辺の影に居たとか?」

「そうですよお。私はシャドーしか要りませんけどね!」

「悪魔だしな」

「そうでーす!」

「それで、ダマス荒野はどうだった?」


 カーミラには、ダマス荒野の偵察を頼んでいた。空からチラっと見てもらっただけなので、すぐに帰ってきたようだ。

 先日、グリムに帝国の事を言われたからである。攻めてくるならダマス荒野からと言っていたので、少々気になったのだ。


「人間の姿はなかったですよお。あちこちに石化三兄弟が居ましたあ!」

「そっか。まあ、ドライアドの目視だけじゃな」

「空は飛べませんからねえ。たまに私が見てきますねえ」

「よろしく。ついでに金も」

「それなんですが、まだ帰ってないみたいでーす」

「行ってきたのか」

「はい!」

「すぐ必要になるものではないしな。また今度でいいよ」


 カーミラが金を奪っていたのは、帝国の財務尚書グラーツの息子である。名前は聞いていないが、なんとなく見覚えがあった。


「マリ?」

「なによ」

「マリが殴った貴族って……」

「へ?」

「ほら。バグバットの晩餐会で」

「そんな事をしたかしら? 覚えてないわ」

「あっそ。さすがはマリだ」

「どういう意味よ!」


 マリアンデールなら覚えていなくても仕方がないだろう。忘れっぽいのではなく、彼女から見ればゴミ虫だったからだ。


「そう言えば、そんなやつも居たわねえ」

「ルリは覚えていたか」

「薄っすらとねえ」

「ははっ。そいつが金づるだ」

「へえ。カーミラちゃんが金を奪ってる相手ねえ」

「えへへ。偶然でしたけどね!」


 カーミラとて狙ったわけではない。たまたま領地がダマス荒野の先にある町で、そこの領主の息子だっただけだ。


「名前は……」

「覚えてませーん!」

「当然ね」

「残念ながら、私も覚えてないわあ。ゴミ虫だったし」

「そ、そうか。まあ、そうだな」


(グラーツの息子ってだけでいいか。会う事もないだろうしな。そうだよ。あいつのせいで注目を浴びたんだった。ああ、皇帝を思い出しちまったよ)


 フォルトは皇帝ソルを思い浮かべた。三国会議から何のアプローチもないが、覚えておくと言われていた。このまま忘れていてもらいたい。


「ところでフォルトぉ」

「どうした? ルリ」

「堕落の種を食べてもいいわあ」

「おっ!」

「リリエラは抜きにしても、全員が限界突破を終えたしね」

「なら……」

「はあい! これでーす!」


 カーミラは懐から堕落の種を取り出した。それから姉妹へ手渡す。二人はそれを、ゴクンとのみ込んだ。


「アッサリしてるな」

「ふふ。みんなが食べるところは見てるからねえ」

「これで、私たちも悪魔なのかしら?」

「明日まで待ってくださーい!」

「明日?」

「えへへ。ティオも調教の二日目に食べましたよお」

「そうだっけ?」

「それで三日目に調教が終わったら、悪魔になりましたあ」

「ああ。そうだったな」


 フォルトはベルナティオを責める事で頭がいっぱいだった。よって、覚えていない。カーミラが勝手に食べさせていたらしい。

 そう言えば、唇を重点的に責めていた時があったような、なかったような。そんな事を思い出しながら、顔の筋肉を緩めた。


「御主人様が、イヤらしい顔をしています!」

「でへ。あれは忘れられないな」

「と、言うわけでえ。マリとルリの悪魔化は、明日のお楽しみです!」

「分かったわ」

「ふふ。どういう悪魔になるのかしらねえ」

「それも、お楽しみでーす!」

「じゃあ、今日はマリとルリと寝よう」

「ふふ。待ちきれないって顔ね」

「いいわよお。まだ昼だけどねえ」

「そうだな。カーミラ、膝を貸して」

「はあい!」


 フォルトは地面へ腰を下ろして、そのまま仰向けになった。それからカーミラに膝枕をしてもらいつつ、シェラの練習風景を見ている。

 マリアンデールとルリシオンも隣に座り、同じ光景を見ている。姉妹にとってシェラは魔族の仲間という認識だ。成長が嬉しいのだろう。その視線を一身に浴びている彼女は、恥ずかしそうに練習を続けるのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る