第279話 姉妹と堕落の種1

 フォルトはカーミラとともに、湖のほとりへ来ていた。そこでは毎日のように、ベルナティオとレイナスが修行をしている。その邪魔をするのが目的だ。


「座禅か」

「うむ。そろそろ完成だろう」

「完成?」

「きさまも手伝え!」

「面倒、ダルい、見てるだけだ!」

「そう言わずにな」


 ベルナティオはフォルトの手を取って、レイナスの脇の下へ滑り込ませた。その感触にデレっとしてしまい、悪い手を解放する。


「………………」

「でへ、でへ」

「………………」

「でへ、でへ、で……。うん?」

「御主人様。どうしたんですかあ?」

「いや……」

「………………」


 何かがおかしいと思いつつ、脇の下から手を戻す。今度は後ろから体を密着させて腰のあたりへ手を伸ばした。


「ここだ!」

「………………」

「あれ?」

「………………」

「そらそらそら!」

「………………」

「あれ?」

「ちっ。触り過ぎだ。その手は私にな」

「あ、ああ」


 ベルナティオはフォルトの手を取り、自分の体へ引き寄せた。カーミラは腕を首に巻き付けて、後頭部を刺激してくれている。


「御主人様。レイナスちゃんは、どうしたんですかねえ?」

「ふむ。よく分からんが、しばらく見ておくか」

「はあい!」

「ちょん、ちょん」

「………………」


 見ている間にもレイナスへちょっかいを出すが、まったく反応がない。そして、そのまま数分が過ぎたのだった。


「よし! レイナス。いいぞ」

「はぁはぁ」


 フォルトはキョトンとしてレイナスを見る。カーミラも同じように見ていた。いつもの彼女と違ったが、ベルナティオの合図で元に戻ったようだ。顔を紅潮させて、体を寄せてくる。


「フォルト様! 我慢できませんわ!」

「が、我慢をしてなかったか?」

「レイナス。カードを見てみろ」

「あ……。はい」


 レイナスは名残惜しそうに、スカートのポケットからカードを取り出す。そして、スキルの欄を見た。フォルトも横から見てみる。


「師匠! 『一意専心いちいせんしん』を覚えましたわ!」

「うむ。上出来だ。これで最初の修行は終わりだ」

「ありがとうございます! ピタ」

「おっと。でへ」


 ベルナティオから合格の言葉をもらい、レイナスは嬉しそうに抱きついてきた。この感触がたまらない。


「そ、それってなんだっけ?」

「集中力を高めて、ひらすらに一つの事へ集中するスキルだ」

「ほう。何が変わるんだ?」

「雑念が消えるな。戦いの最中に、レイナスがキレたと聞いたが?」

「ああ。そんな事もあったらしいな」

「まあ。恥ずかしいですわ」


 レイナスはシュンと模擬戦をした時に、フォルトをけなされてプッツンをした。それからの戦いは記憶に残っていないが、大勝利を収めていたらしい。


「それがなくなる。他にも精神が研ぎ澄まされてだな」

「あ……。もういいや。強くなったって事だな?」

「ちっ。そういう事だ」

「フォルト様。レベルも三十八になりましたわ」

「お! もうすぐレベル四十じゃないか」

「『一意専心いちいせんしん』を覚えたからですわね」

「そこまで上がるものなのか?」

「私が相手をしているからな。戦いの幅は広がったと思うが?」

「なるほど。もしかして、マリと戦えば……」

「駄目だな」

「なぜだ?」

「すでに戦っているからだ」

「そ、そうか……」


 マリアンデールとルリシオンは、暇つぶしでレイナスの相手をしていた。姉が無手の近接戦闘を得意とするので、いい経験になったようだ。レベルが三つも上がったのは、そのためだろう。


「ははっ。なら、トーナメントへ出場しても大丈夫だな」

「勝敗の事なら分からん。今の状態の中では調整が済んだ」

「強い者がいるかな?」

「レベルだけで言えば、四十以上も居るだろう」


 王国〈ナイトマスター〉であるアーロンはもちろんの事、王直属の騎士の中にはレベル四十以上の者もいる。フォルトやシュンたち以外の異世界人も居れば、この世界での強者も居る。

 ベルナティオは人間の最大戦力である〈剣聖〉だが、それに近い人間も居るだろう。世界は広いという事だ。


「ふーん。出場選手を見ないと、なんとも言えないか」

「そうだな。ちゅ」

「むほっ!」

「きさまも、慣れんやつだな」


 フォルトはムッツリ度が高いため、毎回のようにやられている事でも喜んでしまう。感触が素晴らしいのだ。


「ところで、フォルト様」

「どうした? レイナス」

「我慢ができませんので……」

「そ、そうだな! 体は反応しているようだし」


 フォルトは手に感じる湿り気を確認して、その手でレイナスの腕をつかむ。それから逆の手でベルナティオの腕をつかんだ。そして、カーミラに後頭部を刺激させながら屋敷へ戻っていくのであった。



◇◇◇◇◇



 シュンたちは荷物をまとめて、亜人の国フェリアスへ向かうところだ。バルボ子爵から通行許可証をもらったので、審査をせずに国境をこえられる。

 ソフィアから討伐隊の話が出ていたが、まずは小手調べにフロッグマンを退治するつもりだった。


「おっしゃ! でっぱつじゃい!」

「は、はい。ゼッツー、発車しまーす」

「もっと気合を入れた声を出さんかい!」

「は、はい!」

「ギッシュ。馬鹿な事を言ってんじゃねえよ」

「久々の遠征だぜ。血がたぎるってもんよ!」

「そういうもんかねえ」


 ギッシュに付き合うエレーヌも大変だが、馬車の中の雰囲気はよい。フェリアスへは今まで行った事がなく、旅行へ向かう感じであった。


「アルバハードは通らないのよね?」

「ああ。直接入れるからな」


 フェリアスの隣接地帯は多い。アルバハードから向かう道と、商業都市ハンから向かう道がある。アルバハードに用はないので、このまま直通の道を進む。


「シュン。あっちに入った人間は居るの?」

「数百人とか聞いたな。蜥蜴とかげ人族への技術支援らしい」

「へえ。リザードマンだっけ? ボク、爬虫類はちゅうるいは苦手だよ」

「そういうのは、言わない方がいいらしいぜ」

「そうなの?」

「人間と確執があるからな。差別ってやつか」

「へえ。そういう面倒なのは嫌だなあ」

蜥蜴とかげ人族はあれだが、獣人族の見た目は人間と変わらないらしいぜ」

「え? そう言えば見た事がないわね」

「動物にちなんだ耳が付いてるぐらいらしい」

「わっ! もしかして、猫耳とか?」

「そうらしいぜ。行ってからの御楽しみだな」


(まあ、コスプレイヤーのようなもんか。そういうやつらは見た事がある。それに、店のイベントで猫耳とか付けた事があったな……)


 シュンとて初めて見る事になるので、想像力を働かせておく。イメージをしておく事は重要である。見た目にビックリして、要らぬ誤解を招きたくない。


「ラキシスは見た事があるのか?」

「神殿へ治療に来られた方を、見かけた事がありますね」

「ほう。多少は交流があるんだっけ?」

「ええ。ドワーフの付き合いで来てる方々が居るようです」

「ドワーフかあ」

「アルバハードに居たよね。ずんぐりむっくりしたひげモジャの」

「ノックス。よく見てたな」

「ゲームとかは好きだからね。本当に居たからビックリしたよ」


 ノックスは普通の大学生だったので、それなりに幅広い知識を持っている。理系で賢いが、堅いイメージはない。家庭用ゲームなどで遊ぶし、外出をして遊ぶ事もあった。多趣味だが、広く浅くといった感じだ。


「おう! ホスト。そういや、闘技場は行かねえのか?」

「たしか、トーナメントが開催されるって聞いたな」

「出ようぜ!」

「出場は無理だぞ。貴族の代役だけで試合だ」

「なんだよ。んじゃあ、どんなやつらが出るかだけ見ねえか?」

「いずれ戦うってか?」

「おうよ! ホストだって気になるだろ?」

「うーん。レベルを上げるのが俺らの目的だしなあ」

「数日だろ? いいじゃねえか。見てから行こうぜ!」


 闘技場の事は聞いていたが、デルヴィ侯爵から出立していいと言われた。これは、すぐにフェリアスへ入ってレベルと上げろという命令だ。

 だからこそ黙っていたのだが、ギッシュもどこかで話を聞いたようだ。たしかに数日程度なら問題はないだろう。


「他のみんなはどうしたい?」

「ボクも見たいかも」

「シュンに任せるよ」

「わ、私も任せます」

「お任せします」

「はぁ……。分かったよ。エレーヌ、闘技場へ向かってくれ」

「は、はい。城塞都市ミリエの北だったわよね?」

「そうだな」


 シュンたちの馬車は向かう方向を変えて、城塞都市ミリエへ進路をとる。それから今がチャンスとばかりに、ある話を始めた。


「そうそう。みんなに言っておく事がある」


 いい雰囲気なので、デルヴィ侯爵の養子になった件を伝える。どこかで言う必要はあったので、ギッシュの頼みを聞いた今が最適だった。


「名誉男爵ですか? 貴族になられたのですね」

「一番下だけどな。んで、デルヴィ家を名乗れと言われた」

「はあ? シュン、あんた何をやってんのよ」

「俺も急激な変化についていけねえけど、もうなっちまったんだよ」

「じゃあ、侯爵様の跡取りって事?」

「建前だけどな」

「ど、どういう事ですか?」

「名前だけ貸してもらった感じだ」

「なるほどね。侯爵様の名前を使えれば、いろいろと便利だしね」

「ノックスの言う通りだ。だから、今まで通りにしてくれ」


 ノックスのおかげで、話が簡単に済みそうである。しかし、その彼から不満の声が漏れた。


「シュンさ。ちょっと足を突っ込みすぎじゃない?」

「どういう事だ?」

「侯爵様は、悪いうわさが絶えない人物だよ?」

「そうだな」

「いいように利用されてるんじゃ?」

「いいんだよ。そのおかげで屋敷も手に入っただろ?」

「そうなんだけどさ。うまい話は裏があるってね」

「知ってるさ。でも、その裏が望みだからよ」

「え?」


 今度はアルディスがキョトンとした。仲間たちには、シュンが貴族になりたいという話を伝えていない。このままレベルを上げて、勇者級になるつもりだと思っているだろう。アルディスの表情もよく分かった。


「シュンって、貴族になりたかったの?」

「両方だ。勇者級になって貴族にもなる」

「はあ? 馬鹿かテメエ」


 ギッシュもあきれている。彼は勇者級になれば、マリアンデールと決着をつけるつもりだ。その後の事など考えていない。


「そうか? おまえらさ。勇者級になった後はどうすんだよ?」

「ああん?」

「いつまでも、国に言われるがまま戦うだけか?」

「異世界人だから、そうなんだろうよ」

「馬鹿馬鹿しい。言われるがまま戦ってりゃ、いつか命を落とすぞ!」

「っ!」

「そんなのは御免だ。だから貴族になるのさ」

「へ、へえ。老後の心配でもしてんの?」

「そういう事だな」

「なるほどね。ちょっと見直したよ」

「ノックス。見直したってなんだよ!」

「はははっ! 悪い意味じゃないよ。たしかにそうだ」


 シュンの目的は少々違う。貴族となって領地をもらい、好き放題に遊びたいのだ。女性をはべらせて、いい料理を食べたい。いい服も着たい。領民に無理難題を押し付けて愉悦にひたりたい。要はマウントを取りたいのだ。悪い貴族の見本のような、ゆがんだ権力欲であった。


「けっ! まずは勇者級になってからにしろ!」

「同時に進められるなら、進めといた方がいいだろ」

「あん?」

「若いうちにな。そう思わねえか?」

「お、俺は、テメエとは違え!」

「はははっ。なら、そっちは俺に任せとけよ。悪いようにはしねえ」

「い、いいぜ。その代わり、チームへ迷惑をかけんな!」

「決まりだ。俺だって勇者級を目指してるからな」


 ギッシュを言いくるめたシュンは、ニヤリと笑った。今のシュンなら同時に進められる力を手に入れていた。すでに一番下でも貴族になっている。後ろ盾も巨大だ。国で二位三位を争う大貴族に仕えている。


「おまえたちも、それでいいか?」

「ま、まあ。チームへ迷惑をかけないならね!」

「お、お任せします」

「リーダーはシュン様ですので」


 これで一応は納得してくれたようだ。シュンとて、ビックリするほどのスピード出世なのは分かっている。しかし、今はこのチャンスをつかみたかった。

 その後はさっさと話題を変えて、一路闘技場へ向かう。シュンは薔薇色ばらいろの人生を思い浮かべながら、雑談に花を咲かせるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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