第278話 フォルト禄1 七つの大罪とは
「フォルト様。御爺様が参りました」
裏のオークションから数日後。双竜山の森へグリムがやってきた。それをフォルトはテラスで迎える。森へ来たのは久しぶりな感じがするが、険しい表情をしながら向かいの椅子へ座った。
「今日はどうしたんです?」
いつもの専用椅子の隣にカーミラを座らせ、同じテーブルにはソフィアを座らせた。他の身内は自由にしているが、リリエラだけは屋敷の中へ隠している。グリムとて、ミリアの事を知っている人物なのだ。
「どうしたもこうしたも、ないのじゃがな」
「え?」
「お主。裏のオークションへ参加したな?」
「しましたよ。ほしい品物があったんで」
「それが、戦神の指輪か」
「あれ? 話しましたっけ?」
「デルヴィ侯爵から来た手紙に書いてあったの」
「ああ……」
グリムの答えに納得をする。フォルトが戦神の指輪をほしがっていたのは知られている。商業都市ハンでは、裏のオークション会場で騒ぎがおきているのだ。デルヴィ侯爵ならば、フォルトを疑って然るべきであった。
「まず問おう。戦神の指輪を返してもらえるかの?」
「いいよ」
「か、軽いのう」
「アーシャの限界突破で必要だっただけだよ」
「ほう」
「ずっと持ってる必要がないので、もう要らない」
フォルトは戦神の指輪をポケットから取り出す。それをグリムへ手渡した。返せと言われるのは分かっていたので、さっさと返してしまうに限る。
ずっと持っていると、裏組織の人間が追ってくる可能性は高い。リドに顔を見られ、素性は知られたはずなのだから。
「ふぅ。こうも素直に返してもらえると助かるの」
「どうかしたの?」
グリムが相手だと軽い口調になってしまう。長く世話になっている爺様であり、ローゼンクロイツ家の当主というよりは、茶飲み仲間のような感じがしている。森へ来てる時は、いつもそうであった。
「お主を管理できねば、デルヴィ侯爵が管理するとな」
「うげっ。勘弁してほしい」
「ワシは管理をするつもりはないがの」
「俺も管理されるつもりはないからなあ」
「ほっほっ。ソフィアが管理しておるからのう」
「た、たしかに……」
「もう。御爺様!」
「それより、お主。デルヴィ侯爵へ貸しができたのう」
「え?」
「おとなしく返せば、不問にすると言っておるな」
「まあ、悪い事をしたとは思ってますけどね」
「裏のオークションじゃからの。罪には問えんが……」
「そうなんだ」
「書いてはおらぬが、裏組織を止めたじゃろうな」
「ああ。でも、本当につながってるの?」
「憶測じゃ。証拠はないの」
黒い
それでも彼の言う事は合っているだろう。つながりがないとしても、戦神の指輪を返す事で不問にさせる力は持っている。
「でも、俺に直接言ってこないのか」
「お主は森へ引き籠っておるじゃろ。どのみち手紙などは届かん」
「それもそうか」
「それにワシを使う事で、両方へに貸しが作れると踏んだのじゃろ」
この件にグリムを巻き込む事で、フォルトへ貸しを作るとともに、グリムに監督責任を問える。あわよくば、フォルトの管理を手に入れられると踏んだ。まったく、ずる賢い人物である。
「はぁ……。貸しかあ」
「無視しても構わぬがの」
「そうなると、グリムの爺さんに迷惑がかかるなあ」
「そうじゃな。まあ、ソフィアに任せるとしようかの」
「御爺様は、またそうやって」
「ほっほっ」
迷惑がかかると言いつつ、ソフィアに全てを任せるのがグリムである。フォルトとしても判断が難しいので、頭のいい彼女に任せてしまう。迷惑がかかるようなら、何かしらを言ってくれるだろう。
「ところで、お主に朗報じゃ」
「朗報?」
「闘技場へ出場したいとかなんとか言っておったじゃろ?」
「レイナスを出場させるつもりだよ」
「試しにじゃが、人間対人間をおこなう運びとなった」
「おっ! それはそれは」
「盛り上がれば、今後もやっていくじゃろうな」
「で、いつ? 形式は?」
「一カ月後じゃ。トーナメント形式でやるそうじゃぞ」
「トーナメントかあ」
総当たり戦ではなくトーナメント。グリムが言うには、貴族の代理で戦うようだ。決められた貴族から戦士を出場させて戦わせる。
「と、言う事は?」
「お主の枠はない。ワシの枠を使え」
「いいの?」
「うむ。レイナス嬢だからのう。楽しみじゃ」
「ローイン公爵家も出場するのでは?」
「うむ。しかし、廃嫡した者じゃ。関係はないの」
「そうなんだが……。バツが悪くない?」
「気にするな。貴族とはそういうものじゃ」
「そ、そうだった」
レイナスは、元ローイン伯爵家令嬢だ。ローイン家は公爵家へ昇爵するためと、ついでにフォルトを魔の森から連れ出すために彼女を廃嫡した。
いまさら戻す事はできない。第八王子とはいえ、王家の者を養子にしたのだ。戻せば、御家騒動へ発展する可能性が高い。
「御主人様。席とかはどうするんですかあ?」
「貴賓席があるの。ワシの分じゃが、同じ部屋でよかろう?」
「なら、大丈夫ですね!」
「それは助かるなあ。普通の応援席じゃ酔う」
「少しはマシになっていると思っておったがのう」
「ははっ。少しだけですよ」
(野球やサッカーの観戦席のようなものだが、ハッキリ言って座りたくはない。うるさいし狭い。身内も連れて行くから、ゆっくりと観戦したいのだ)
「レイナス嬢の出場は、ワシが登録しておこう」
「それは助かります」
グリムの答えに安堵する。レイナスの出場の事で頭がいっぱいだったので、カーミラの問いは助かった。これで闘技場の話は終わりだ。後の事はグリムに任せる事にする。その後、茶を飲んだグリムが違う話を始めた。
「ここは、相変わらずよい場所じゃの」
「そうですね。俺もそう思います」
「ダマス荒野はどうじゃ?」
「ドライアドが目視できる範囲は、代り映えしませんね」
「そうか。なら安心じゃの」
「帝国が攻めてくると?」
「そうじゃのう。デルヴィ侯爵領は、商業の中心地じゃ」
「帝国も荒らしたくはないのかな?」
「うむ。
帝国の嫌がらせは続いている。しかし、デルヴィ侯爵領を攻めれば帝国とて打撃を受ける。無血開城が望ましいはずなので、ダマス荒野から攻めて西から圧迫するのだ。西から南まで抑えれば、降伏させることも可能だろうと思われる。
「ふーん。その考えは、帝国も読んでいるのでは?」
「そうかもしれぬのう。それでも二面作戦の警戒は必要じゃ」
「でも、動いてるようには見えないけど」
「そのようじゃな」
「石化三兄弟が居るしね」
「過信はできぬのう。石化対策をすれば、簡単に倒せる魔物じゃ」
それでも難しいと思われる。魔道具は金銭的に高いのと、全ての兵へ行き渡らせるほどの数もない。そうなると、ダマス荒野を渡る前に兵力が半分以下に減るだろう。それだと、双竜山をこえる事は不可能だ。
「それで、決めておかねばならぬのじゃが」
「なにを?」
「もし帝国が攻めてきたらじゃな」
「ああ。素通りさせたら?」
「駄目に決まっておろう」
「冗談だよ。俺の自堕落生活を邪魔する者は、皆殺しにする」
「ほう。前線に立ってくれるのかの?」
「うーん。そうなっちゃうのか」
「ほっほっ。それとも森を返却するかの? その場合は兵を入れる」
「ですよね」
(この森へ来る時に、裏があるとは思っていたけどな。想定はしていたけど、そういう時期になっちゃったかあ)
帝国と隣接していると聞いた時から、この話を言われる事は分かっていた。しかし、
「そこが嫌いになれないところだよ」
「何か言ったかの?」
人間が
そういう観点で考えると、自分勝手だなと思う。相手にも言い分はあるだろうが、大罪に身を任せて制裁をしたのだ。それからは好きに生きると決めた。
「いや。俺は、この森を気に入っている」
「そうかの?」
「やる事は変わらないさ。森へ入るなら追い返す」
「追い返せなければ?」
「殺す」
「ふむ。なら、森は任せようかのう」
「いいよ。旗色が悪くなったら逃げるから」
「ほっほっ。防衛ラインは森の外に引くとしよう」
「そうしてくれ」
つい最近、フォルトは七つの大罪の事を理解したのだ。血煙の傭兵団と決戦をする前に、ソフィアとベッドの中で話した時に理解した。現在の行動原理は、それを踏まえての行動だ。
「では、帰るとするかの」
「御爺様。送ります」
「不要じゃ。飛んで帰るからの。お主のように」
「ははっ。グリムの爺さんたちならいいよ」
「ほっほっ。ソネンやフィオレにも伝えておこう」
グリムも律義である。最初から飛んできてもよかったが、いちいち森の中を歩いてきていた。フォルトや姉妹を警戒しての事だが、今後は不要と判断したようだ。ある意味、気苦労の多い爺様である。
「では、またな」
最後の茶を飲み干したグリムは、椅子から立ち上がり飛行の魔法を使う。そして、そのまま南の方角へ飛んで行った。
「御爺様ったら」
「ソフィア。レイナスたちへ、闘技場の事を伝えといてくれ」
「はい」
ソフィアも立ち上がり、湖の方へ歩いていった。レイナスはベルナティオとともに修行をしているだろう。歩いている彼女の後姿を見ながら、カーミラを引き寄せて目を閉じる。
「御主人様?」
「少々寝る。寝るまで
「はあい!」
――そして、目を閉じて考える。
七つの大罪。フォルトの理解した七つの大罪は、ただの力である。これは自然神の存在を知った時から、おぼろげに思っていた事である。
罪とは、知性ある者が決めた物差しに過ぎない。この世界なら、天界に住む神々の基準か。しかし、自然から見れば営みの一つに過ぎない。殺すのも犯すのも自然の摂理だ。その事に気づいた時、全てが
(倫理観や常識。それも同じだ。知性ある者が勝手に決めたもの。知性のない動物などに説いたところで、理解し得ないものだ)
社会を形成する上で必要なものと言われるだろう。知性がある生き物の義務だとも言いだすはずだ。他にも、さまざまな考えを押し付けるように説いてくる。しかし、狼などは知性が低くても群れを形成している。
同族を殺しメスを犯しても、罪だとは言わないし何も言われない。逆にそうする事で強ければ、群れのボスになる。それが自然だからだ。
(人間とて自然な生き物。抑止したいやつは、勝手に抑止をしていればいいだろう。俺は気の向くままに決める。そうさ、好きにやればいい)
行きついた答え。好きにやれである。罪と思うなら勝手に思えばいい。しかし、何をしても罪などは存在しないのだ。やはり「弱肉強食」が正しかった。
(こうなると知性が罪と言いたいが、それすらも罪ではない。ならば、知性の有効活用だ。知性のない獣にならない。俺がそう決めたから、それでいいのだ)
最初にカーミラと魔の森へ行った時に、彼女は物事の良し悪しを決めるのはフォルトだと言った。あれが正解であった。すでに教えてもらえていたのだ。それに初めて会った時にも、力を抑えてもいい事などないとも言われた。
教えてくれたカーミラは、言われた通り
――結論。罪というものは存在しない。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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