第277話 後始末3

 デルヴィ侯爵の屋敷の応接室で、屋敷の主であるデルヴィ侯爵とグラーツ財務尚書が向かい合っている。

 グラーツは闇のオークションで、戦神の指輪を落札した瞬間に眠ってしまった。その後のパニックでは、でっぷりとした体型が災いして大怪我おおけがを負った。しかし、神殿で治癒をほどこして回復している。

 そして、戦神の指輪が盗まれた事を知り、こうしてデルヴィ侯爵の元へ訪れた。落札をしたのだ。品物の受け取る権利があると主張しているのだった。


「だから、呪われていると言ったであろう?」

「ふん! 犯人は見つかったのかね?」

「と、申されてもな。非合法のオークションですぞ?」

「わ、分かっている! だが、落札はしたのだ!」


 デルヴィ侯爵の言う通り、今回のオークションは非合法だ。裏組織「黒い棺桶かんおけ」が主催したので、そこに集まっている品は盗品ばかりだ。盗まれようがどうしようが、表立って捜査などやれない。

 表立ってやるのは、オークションを主催した者たちの捕縛の方である。裏組織の人間を捕縛したが、これも金を受け取って解放する予定だ。それに、再びオークションは開催される。デルヴィ侯爵が痛くもかゆくもない理由であった。


「金の支払いをしたわけではあるまい?」

「金などは、どうでもいいのだ。品物が必要なのだ」

「ほっほっ。でしたら、少々時間をいただきたいものですな」

「探してくれるのか!」

「グラーツ殿は親友ですからな。表立って探せぬが」

「それでも構わん! いや、私はよい親友を持ったものだ」


 今度はデルヴィ侯爵がグラーツを親友と言った。帝国内で皇帝ソルへ意見を言える数少ない人物の一人である。関係を切るわけにはいかない。


「グラーツ殿は、これからどうなさるのかな?」

「ぶひひ。オークションの続きがあろう」

「他に落札したい品が?」

「息子がな。せっかく連れて来たのだ。楽しませねばな」

「相変わらずの子煩悩ですな」

「ぶひひ。アルカスは私の宝だ」


 デルヴィ侯爵は目を細める。今まで産まれた男子は愚かだった。ハーラスの息子と言うだけで威張り散らしたり、金を無心したりした。

 才覚があればいいのだが、それすらもなかった。それゆえに事故と見せかけて殺したり、誘拐させ殺させていた。女子が産まれた場合は、自分の近しい貴族の家へ送り込んだ。すでに家族とすら思っていない。


「どちらがいいのやら」

「何か言ったかね?」

「いえ。では、本日の所は……」

「そうだな。そう言えば、奴隷も見ねばな。ぶひひ」


――――パンパン


 これ以上、戦神の指輪の事を話しても意味はない。そこで手をたたいて執事を呼ぶ。すると、すぐさま扉が開き執事が入ってきた。


「お呼びでしょか。旦那様」

「グラーツ殿が帰られる。外まで送って差し上げろ」

「畏まりました」

「では、グラーツ殿」

「ぶひひ。また今晩だな」

「迎えを出します」


 せっかく帝国からグラーツが来たのだ。歓待をしながら交流を深め、帝国の軍事的な圧力を弱めたい。彼が町へ滞在する間は、毎日のように会う必要があった。

 そして、彼が出ていった後にバルボ子爵が入ってくる。こちらも早急にやってもらう事があったので、呼びつけていた。


「デルヴィ侯爵様。お呼びで?」

「うむ。グリムへ手紙を頼む」

「なんと、お書きすれば?」

「フォルト・ローゼンクロイツより、戦神の指輪を引き取れ」

「………………」

「拒否するならば、グリムの客将ゆえ、そちらで対処をせよ」

「………………」

「期限は手紙が到着してから一週間。対処できぬ場合は……」

「場合は?」

「管理できぬものとして、ワシが管理をすると陛下へ申し上げる」

「………………」

「もし、対処ができた場合は……」

「貸しにしておく。ですか?」

「ほっほっ。よろしく頼むぞ」

「畏まりました」


 バルボ子爵は理解したようだ。一礼して応接室を出ていった。それを確認したデルヴィ侯爵は、窓から外を眺める。そして、口元に笑みを浮かべるのであった。



◇◇◇◇◇



 フォルトは寝室で、セレスとリリエラの相手をしていた。これで、双竜山の森へ残った身内たちとの交わりは済んだ。後はいつも通り、好き勝手するだけだ。


「リリエラ。あれからすぐに戻れたのか?」

「はいっす。でも、ビックリしたっすよ」

「まあ、ミリエに会わせるわけにはいかんからな」

「ミリエっすか……」

「会いたいのか?」

「ミリアは死んだっす。それに、会うと迷惑がかかるっす」

「そうだな」


(この葛藤は、ずっと続くのだろうな。病死と発表され存在を抹消されていても、本人は生きているわけだし。ミリアだった時の記憶が消えるわけでもないしな)


「無理に殺す必要はないぞ。すでにリリエラはリリエラだ」

「はいっす!」

「ふふ。旦那様は御優しいですね。ちゅ」

「身内だからな。レベルを上げる必要があるが……」


 リリエラの成長は必須である。彼女は一般人と変わらない。まずは戦闘訓練をして、基本を身に着けるのだ。その後は成長の方向性を決める。


「一応、アーシャさんと訓練をしてるっす」

「そうか。ティオの修行じゃキツイしな」

「そうっす! あの人たちは化け物っす!」


 レイナスはベルナティオに修行をつけてもらっている。そのため、いつもアーシャとやっていた日課の訓練をやっていない。

 よって、リリエラの訓練は彼女が見ていた。彼女とて、召喚されてからは城で訓練を受けていた。その知識を使っているのだろう。


「リリエラは『俊足しゅんそく』しかないしな」

「が、頑張るっす!」

「適度にな。それでも、身を守れるぐらいは……」


 最低限の条件として、護身術ぐらいは覚えさせたい。クエストへ出す場合はルーチェを付けるので、彼女の邪魔にならない程度だ。


「そう言えば旦那様? ちゅ」

「どうした」

「闘技場への参加は、どうなさるのですか? ちゅ」

「人間同士の戦いが組まれたら、レイナスを出場させるつもりだが」

「多人数での参加の場合、エルフはどうなのでしょう? ちゅ」

「それは確認しておく必要があったな。忘れてた」

「では、ソフィアさんですね。ちゅ」

「そうだな。その辺も含めて、ソフィアの所へ行ってくる」

「分かりましたわ。ちゅ」

「あの……。終わらないのだが」

「あ、あら。失礼しましたわ。ちゅ」


 セレスの猛攻撃でベッドから出たくなくなる。しかし、思い立ったらやっておかないと忘れるので、仕方なく寝室から出ていった。

 そして、ソフィアの部屋へ入る。彼女は何かの紙を見ていた。フォルトがゆっくりとベッドへ座ると、彼女も同じく横へ座ってきた。


「それは?」

「これはレオンですね」

「ああ。模写の魔法か」

「はい。私の弟ですので、送ってもらいました」

「でも、産まれたばかりの赤ん坊には……」

「模写をしたのは父様ですからね」


 紙に描かれていた絵は、笑っている赤ん坊だ。しかし、産まれたばかりだというのに髪の毛が長い。しかも整っている。どう見ても、生後一年以上は経過した赤ん坊だった。


「ま、まあ。将来はカッコよくなりそうだな」

「私の時も、同じだったとか……」

「………………」


 ソネンが子煩悩なのは分かっている。ソフィアを庇護していた時から、仕事をほっぽり出して度々来ていた。しかも気づいたら居なくなっていたので、フォルトが話す事はなかった。


「それで、何の御用でしょうか?」

「それだ。闘技場のスケジュールを聞いておいてくれ」

「スケジュールですか?」

「うむ。レイナスの調整が終わりそうだ。いつでも参加できるからな」

「分かりました」

「それと、エルフも参加できるのかもな」

「あら、セレスさんも出場ですか?」

「いや。団体戦があればって感じだ」

「団体戦と言えば、私もですね?」

「そうだなあ。おっさん親衛隊の戦いを見たいな」

「ふふ。御期待に沿えるようにしておきますね」


 ソフィアは実家と連絡を取っているので、外の情報は彼女に御任せだ。そのおかげで、多少は外の情報が入ってくる。


「では、手紙を書いてから食堂へ行きますね。ちゅ」

「でへ。そうだった。飯の時間か」

「はい。今日は、わ、私も……」

「そ、そうだな!」


――――――ぐー


 商業都市ハンでは、残念ながら別々の部屋だった。そのため、ソフィア成分の補充も必要だ。しかし、もう昼間を過ぎているので暴食ぼうしょくが悲鳴を上げだした。


「で、では、後で」

「はい」


 ソフィアへの用事を済ませたフォルトは、寝室へ戻って食堂へ飛び降りる。セレスとリリエラは、食事の準備に参加していた。


「さあ、飯だ飯!」

「えへへ。今日は久しぶりのペリュトンですよお。はい、あーん」

「あーん。もぐもぐ」


 食事が運ばれている間に、カーミラからつまみ食いをさせてもらう。ペリュトンの太もも肉だ。これが食べ終わるまでに、テーブルへ料理が並ぶだろう。


「きさま! 私にも寄越せ!」

「はいはい。あーん」

「あーん」

「まったく。脳筋は体を使うから、おなかが減るのかしらね」

「その通りだ! 羨ましいだろう?」

「ちょ! ま、まあいいわ」


 テーブルにはベルナティオとマリアンデールが座っている。全員で運んでも邪魔になるだけなのだ。こんな調子で歓談をしていると、ソフィアが二階から降りてきた。それから全ての料理が運ばれて、全員が席に座る。


「「いただきます!」」


 日本式な食前の挨拶あいさつだが、この世界には存在していない。元の世界でも日本だけの風習である。他国でも似たような言葉はあるが、意味は違ったようだ。


「それで貴方。これから、どうするのかしら?」

「どうするって……。自堕落生活をするけど」

「戦神の指輪を奪って、大騒ぎなんじゃないかしらあ?」

「知らん! 森へ来たら、ドライアドが追い返してくれるさ」

「それだけで済むでしょうか?」

「さあな。どのみちここで、シルビアとドボの報告を待つ必要がある」

「転移の指輪ですわね」

「奪ったらだが、ルーチェやニャンシーに調べてもらいたい」

「ルーチェさんっすか?」

「一人用だとなあ。多人数を運べればいいのだが」


 フォルトだけが転移できても、セクハラにしか使えない。何人かを運べるなら、移動が便利になる。ルーチェやニャンシーなら、転移の指輪から解析が可能かもしれなかった。


「あ……。そのあたりに詳しい人物を知っています」

「本当か? ソフィア」

「サザーランド魔導国女王パロパロ様です」

「パ、パロパロ?」

「ぷっ! な、なにその名前? あははっ!」


 アーシャが大笑いだ。フォルトも吹き出しそうになった。しかし、他の身内は普通だった。どうやら普通の名前であり、気になったのは異世界人であるフォルトとアーシャだけのようだ。


「そ、そうか。普通の名前なのか」

「さ、さすがに笑っちゃったわ」

「ふふ。サザーランド魔導国は、南方小国群の一国ですね」

「へえ。南かあ」

「今はベクトリア公国になりそうな情勢とか」

「それはどうでもいいや。それより、魔法の解析とかに詳しいのか?」

「改良した延体の法の儀式を終わらせた、超天才魔法使いですね」

「ほう。超天才か」

「わずか七歳ぐらいの時だったと」

「ぶっ! ま、まさか、子供の姿なのか?」

「ええ。今は二百歳ぐらいだと聞いていますね」

「マリが百歳だと……」

「どういう意味よ!」


 マリアンデールは見た目が十三歳くらいで、実際は百歳だ。延体の法は老化を遅らせるだけなので、七歳の時から二百歳であれば、多少は成長しているだろうか。改良しているなら、相当遅いと思われる。そうなると、彼女と被った。


「他意はない。でも、それは超天才だな」

「はい。御爺様より魔法に詳しいかもしれませんね」

「なるほどな。まあ、うちにはニャンシー先生も居るしな」

「主よ。呼んだかの?」

「きゃー! もふもふ!」


 ニャンシーも見た目は子供のケットシーで、魔法の知識は高いほうだ。今は食事中であるが、カーミラに捕まってもふもふをされている。


「まあいいや。カーミラ、覚えといて」

「はあい!」


 会うつもりはないが、ソフィアからの貴重な情報だ。絶対に忘れるので、カーミラメモに任せておく。それからもたわいない話をしながら、用意された食事を平らげていくのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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