第276話 後始末2

 どことも知れない部屋で、ライゼンとリドが話をしている。裏のオークションが襲われた後は、いったん二人でアジトへ戻ってきたのだ。

 他の部下は後始末に追われている。その報告は逐一入っていた。今も部下の一人が戻ってきたところだ。


「ボス! やっぱり戦神の指輪だけないですぜ」

「ちっ。まあ、期待はしてねえよ」

「では、あっしは戻りやす!」

「おう。なんかあれば報告をしろよ」

「へい!」


 リドの話だと戦神の指輪は持ち去られている。しかし、あの戦いの中だ。万が一でも落とした可能性は否定できない。ほんのわずかな希望だったが、一応は会場内を探させたのだ。


「まあ、あるわけねえよな」

「すまん」

「しょうがねえよ。起きてたのはリドだけだったからな」

「………………」

「あの会場の全員を眠らせる魔法だと? 馬鹿馬鹿しいぜ」

「ああ。あの男は強かった」


 リドは戦いを思い出す。最初の不意打ちは決まったが、その後はいいようにあしらわれてしまった。何体も動く鎧を召喚されて動きを封じられたのだ。

 一体一体は弱かったが、あの短時間で倒しきるのは不可能。そのまま戦神の指輪を奪われてしまった。


「リドでも勝てねえやつが居るのかよ」

「さあな。戦った事がないだけで、他にも居るのではないか?」

「それで、見てくれは?」


 リドの答えは、濃い赤紫の上着に黒いスラックスと靴。それと裏地の赤い黒のマントだ。体型は少々太めの四十代から五十代の魔法使いだった。


「魔法使いか。アルバハードの領主じゃねえよな?」

「俺は知らん」

「いや、違うか。太ってねえはずだ。それに、アンデッドだしな」

「もともとの体型からは変わらないだろう」

「後、女が二人か?」

「おそらく、両方とも悪魔だ」

「は? 悪魔だあ?」


 ライゼンは素っ頓狂な声を上げる。話に聞いた事はあるが見た事はない。神々に敵対する悪魔王の従者たち。しかし、実際に存在する事は認知されている。

 人間を堕落させ、『契約けいやく』を結んだ相手すらあざむく。人間の悪感情や魂を悪魔王へささげて愉悦にひたる。悪魔すらだませた者は、どんな願いもかなうという。


「あの男は召喚魔法が得意のようだ。その関係だろう」

「だ、だが、悪魔を二体も召喚できんのか? 他にも動く鎧だろ?」

「魔法については知らん。見たままを言っただけだ」

「それは分かってる。リドがうそをつかない事もな」


 実際はカーミラがシモベで、サタンがスキルで創造した大罪の悪魔だ。召喚魔法を使って使役していない。しかし、そんな事は二人に分からない。


「まあいい。とにかく見つけ出して、落とし前をつけねえとな」

「落とし前か」

「「黒い棺桶かんおけ」へ喧嘩けんかを売った馬鹿だ。初の大仕事を邪魔されたしな」

「そうだな」

「戦神の指輪も取り戻す!」

「………………」


 裏組織は顔で商売をしているのだ。顔に泥を塗られたままで済ませたら、他の組織になめられる。示しもつかない。「黒い棺桶かんおけ」の威信にかけて、落とし前をつける必要があった。

 そんな事を話していると、扉が開けられて部下の一人が入ってきた。その手には手紙のようなものを持っている。


「ボス! 犬から通達がきましたぜ」

「犬? 情報部門長の犬か?」

「へい! これを」


 部下が持ってきた手紙を受け取ったライゼンは、書かれている内容に目を通す。すると、目が血走ってスキンヘッドの頭に血管が浮き出た。


「どうした?」

「ああっ! 落とし前は不要だと!」


 ライゼンは手紙を床にたたきつけ、何度も足で踏む。情報部門長の犬は「黒い棺桶かんおけ」のおさの一人だ。下の者は命令を聞く必要があった。ライゼンは警備部門長だが、彼らの下で働く者なのだ。


「ボ、ボス!」

「ライゼン」

「はぁはぁ。すまねえな。上の命令は絶対だ。「蜂の巣」だった時もな」

「そうだな」

「オメエ、行っていいぞ」

「へ、へい!」


 落ち着きを取り戻したライゼンは、椅子へ座って足を組む。落ちついたとしても、腹の底は煮えくり返っているだろう。


「フォルト・ローゼンクロイツか」

「俺が戦った男の名前か?」

「そうらしいな。おさたちは、そいつの扱いを決めかねてるらしい」

「ほう」

「宮廷魔術師長グリムの客将だそうだ。どっちにしても手が出せねえな」

「ライゼンが殺せと言えば、殺してくるが?」

「そう言うと思ったよ。やめとけ。組織がつぶれる」

「そうか」

「前にも言った通り、組織へ恩を返せ。今は「黒い棺桶かんおけ」がそうだ」

「大きすぎてな。ライゼンへ返す事にした」

「へっ。馬鹿なやつだ」


 リドは拾われる前の記憶がなく、ガマスの息子へ恩を返すと決めた。それからライゼンにさとされて、組織へ恩を返す事になったのだ。

 今の組織は「黒い棺桶かんおけ」である。しかし、まったく恩を感じなかった。この組織へ入った後は、拾われてからずっとコンビを組んでいたライゼンへ、恩を返す事に決めたのだった。


「戦神の指輪は、どうするんだ?」

「あの御方が対応するそうだ。俺らに出る幕はねえよ」

「そうか」

「まあ。他の組織がなめてきたら、つぶせばいい。頼りにしてるぜ」

「ああ」


 機嫌が直ったライゼンは、椅子から立ちあがってリドの腰をたたく。先ほどの手紙に書いてあったが、裏のオークションは日程を変えてやるそうだ。

 今度は失敗をしないようにする必要がある。オークション会場の後始末を終えた後は、部下を集めて念入りに警備体制を整えようと考えるのだった。



◇◇◇◇◇



「フォルト様。今回は大変だったみたいですわね。ピタ」


 双竜山の森へ残った身内たちと夜をともにしているフォルトは、寝室のベッドで横になっていた。左右にはベルナティオとレイナスが居る。


「きさまは油断しすぎだ!」

「そんな事を言うティオには、こうだな」

「あっ!」

「油断し過ぎだ、ティオ」

「そ、そうだな! もっと油断してやる」

「ズルイですわ。私も油断しますわよ! ぁっ!」

「御主人様は、不意打ちの名人ですね! ぅくっ!」

「ははっ。そうだろう」


 行為の終わった後の余韻にひたりながら、三人の身内をかわいがる。惰眠だみんも終わらせてあるので、今はさわやかな昼を迎えていた。寝室の下からは料理の匂いがしてくる。もうすぐ食事の時間だろう。


「きさま、全員が限界突破を終えたのだろう?」

「そうだな」

「では、幽鬼の森へ戻りますか?」

「うーん。この国に血煙の傭兵団が居るなら……」

「急ぐ必要はない。こうやって、ゆっくりとしていればいいのだ」

「そうだな。ティオの言う通りだ。おほっ!」


 ベルナティオの不意打ちが決まった。シュンやリドの不意打ちとは違い、こういう不意打ちなら大歓迎だ。


「ところでレイナス」

「はい?」

「聖剣ロゼで、俺は斬れるのか?」

「え?」

「魔剣らしき剣で斬られたからなあ」

「ロゼがフォルト様を斬ったら、湖に捨てますわ!」

「あ、ああ。そういう事ではなく……」


(気持ちは嬉しいが、魔剣や聖剣は最上級の武器だ。魔人を斬れるなら、なんとかしたいところだなあ。ハッキリ言って痛かった)


 リドが憤怒ふんぬの魔人グリードと同一人物かは憶測である。名前や漆黒の大剣、人間の格好と共通点らしきものは多い。

 しかし、魔人にしては被害が少ないとも思える。その共通点である漆黒の大剣は、魔人であるフォルトを傷つけた。普通の剣であれば傷つかないはずだ。マリアンデールのナイフを根元から折ったように……。


「魔法の剣であれば、傷つくのではないか?」

「それはあるかもしれないな」

「なんなら、レイナスに斬ってもらえ」

「嫌だ! 斬られると痛いんだぞ。試しでもやりたくない!」

「『魔法剣まほうけん』で指先をチクリと」

「無理。俺は痛いのが苦手だ」

「腰抜けめ。木の枝で突っつくようなものだ」

「そ、そうか。そこまで言うなら……」


 ここまで言われれば、やってやれない事はない。要は注射のようなものだ。日本でやった健康診断では採血があるので、その程度は我慢できた。

 そして、レイナスが聖剣ロゼを持ってくる。刃を手の甲へ乗せて、フォルトの腕を突こうとした。


「あ、待って。心の準備が……」

「ちっ。これでどうだ?」

「むほっ! いたっ!」

「終わりましたわ。血が出ていますわね」

「ほう」


 フォルトは腕にプクっと膨らんだ血を指でぬぐう。それから『超速再生ちょうそくさいせい』で傷を治した。あっという間に傷口がふさがったようだ。


「ふむ。なら、レイナス。次は私の刀を使え」

「分かりましたわ」


 今度はベルナティオの刀を使い、レイナスのスキルである『魔法剣まほうけん』で試す。これも同じような方法でフォルトの腕が突かれる。


「ちょっと待て。心の準備が……」

「またか。ちゅ」

「御主人様! 私も、ちゅ」

「でへでへ。いたっ!」


 完了である。どうやら魔法の武器なら傷を付けられるようだ。この事から、一次的に魔法を付与した剣でも傷つけられるのだろう。

 これも『超速再生ちょうそくさいせい』で傷口がふさがった。カーミラとベルナティオのおかげで、全然痛くはなかった。しかし、リドの魔剣は傷が治らなかった。


「うーん。まあ、魔剣の特殊能力のようなものか?」

「そうかもしれませんわね」

「と、とにかく。魔法の武器には気をつけるとしよう」

「そうですわね。ですが……」

「どうした? レイナス」

「刀の方は、力を込めないと駄目でしたわ」

「そうなんだ」

「御主人様。付与した魔法が弱いと、たいした事はないみたいですね!」

「なるほどな。よく分かった」


 フォルトもカーミラと同じように、パッシブスキルなどは持っている。常時発動型のスキルと呼ばれ、彼女の場合は『物理攻撃軽減ぶつりこうげきけいげん』を持っている。フォルトの持っている『毒耐性どくたいせい』や『気絶耐性きぜつたいせい』などは、それにあたる。


「俺の場合は多いからな」

「さすがはフォルト様ですわ。ピタ」

「カーミラの元主人だったポロのものだけど……」

「えへへ。今は御主人様のものですよお」

「だな」

「それはいいのだが、きさま!」

「なんだ? ティオ」

「戦闘訓練をした方がいいのではないか?」

「た、たしかに、それは考えている」


 ベルナティオとの戦闘から、自分の戦闘訓練は考えていた。しかし、怠惰たいだが常に全開である。そのため、考えただけだった。


(シュンにも斬られそうになったからな。冗談って言ってたけど……。でも、動きたくないなあ。動くのは、あの時だけにしたい。でへ)


「どれ、私が修行をつけてやろう」

「い、いや、早まるな!」

「どうした? 不意打ちで傷つきたくないのだろ?」

「そ、そうだが。さすがに〈剣聖〉様の修行は早いだろ!」

「私なら寸止めが容易だ。そ、それに、一緒に居られるではないか」

「なら、私も御手伝いしますわ!」

「そ、それは飯を食べてからだ!」


 やはり面倒臭いので、ここはいったん逃げるに限る。しかし、ベルナティオとレイナスの様子を見ると修行に付き合わされそうだ。

 とにかく楽をしたいと思っているので、食事を腹へ放り込みながら考える事にした。フォルトは食堂への直通の扉を開き、一目散に飛び降りるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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