第二十章 闘技場の強者たち

第275話 後始末1

 シュンはデルヴィ侯爵の屋敷を訪れていた。オークションの混乱から数日がたっている。現場に居たので、その報告を求められていた。


「シュン! 報告しろ!」

「はっ!」


 裏のオークションは、何者かの襲撃を受けて中止となっていた。

 オークションへ参加していた客は、取り調べの後に解放されている。裏のオークションだったので、スラム街には大量の衛兵が入った。その後は「黒い棺桶かんおけ」の構成員が、何名か捕縛されていたのだった。


「オークションの会場では眠ってしまい、申しわけ……」

「いや。その件ではない」

「え?」

「たいした被害は出ておらぬ。後日に改めるそうだ」

「そ、そうなのですか?」

「うむ。犠牲者は一人だけだったしな。スケープゴートは捕まえてある」

「は、はぁ……」

「ほっほっ。シュンが気に病む必要はないぞ」

「ありがとうございます!」


 犠牲者はカーミラが殺した一人の男性だった。逃げるときのパニックで怪我人は多かった。それでも神殿で治癒してもらって回復している。

 建物の被害はあるが、もともとスラム街なので価値はない。しかしながら、首謀者を挙げる必要があったので、「黒い棺桶」から身代わりを捕まえていた。


「このあたりのノウハウは、ワシが教え込んでやるからな」

「はい!」

「まずは、フォルト・ローゼンクロイツについてだ」

「会場に居ましたが……。起きたときには居なくなっておりました」

「シュンの屋敷には?」

「戻っておりません!」


 フォルトは姿を消した。オークション当日も屋敷へ泊めるつもりだったが、誰も戻ってこなかったのだ。


「森へ帰ったようだな。まったく」

「屋敷へ泊まった礼ぐらい言ってから帰れと……」


 無理やり泊めたとしても、一言でも伝えるのが礼儀というものだ。もちろんフォルトのことはどうでもよく、ソフィアに会いたいだけであった。

 魔族の姉妹も一緒に居たので、おそらくは無事だと思われる。


「ふむ。戦神の指輪だけなくなっておる」

「まさか、あの騒ぎはおっさんが?」

「可能性は十分にある。間違いないだろう」

「捕まえますか?」

「迷いどころではある。戦神の指輪はグラーツが狙っておった」

「帝国の財務尚書でしたか?」

「うむ。あ奴との面会も頼まれたな」

「捕縛しますか?」

「まさか。利用価値があるから迷っておるのだ」


 デルヴィ侯爵はフォルトを高く買っている。しかしながら、シュンは評価を下げていた。不意打ちだったが、剣を避けることもガードもやれなかったのだから。


「そこまでの価値があるとは思えませんが?」

「不意打ちではな。それにシュンの評価どおりでも、魔族の姉妹がおる」

「な、なるほど」

「あ奴が死んだと仮定すると、野に解き放たれる」

「分かりました」

「ほっほっ。全体を見ることだ。シュンならできるだろう」

「はい!」


 このようにデルヴィ侯爵へ仕えてからは、貴族のノウハウを教えてもらっていた。バルボ子爵からも教え込まれており、貴族社会へ入る準備は整ってきていた。


「今回、裏のオークションの首謀者を捕まえた褒美をやる」

「え?」

「ほっほっ。名誉男爵位の授与だ。まずは第一歩だな」

「つ、捕まえては……。いえ、そういう事ですか」

「手柄が必要だったからな。ある意味、ちょうど良い事件だった」

「ありがとうございます!」

「貴族となるからには、家の名前が必要だ」

「名前ですか」

「ワシはハーラス・デルヴィだ」


 こちらの世界の平民は、名前を一つしか持たない。シュンならシュンだけである。王家や上級貴族から家名を付けてもらうことで貴族を名乗れるのだ。


「シュンには、デルヴィを名乗ってもらうぞ」

「は?」

「シュン・デルヴィだ。ワシの跡取りだな」

「ええ!」

「嫌か?」

「い、いえ。嫌ではないのですが、なぜ?」

「ワシには子がおらぬ。デルヴィ家はワシで最後だった」

「………………」

「ワシも齢六十を越えておる。死期を悟ったのだ」

「御冗談を」

「冗談だ。ワシの子はすべて愚か者だったからな。殺した」

「え?」

「シュンを養子とするが、デルヴィ家にふさわしくなければ……」

「っ!」


 突然の話で頭が混乱してしまう。

 こんなにも簡単に、デルヴィ侯爵の養子になってしまった。エウィ王国で二位三位を争う名家だ。ハッキリ言って、シュンには重すぎる。


「ほっほっ。家の名は使って良いが、泥を塗るなよ?」

「わ、分かりました」


(俺がシュン・デルヴィだと? 何の冗談かと思うぜ。だが、名誉男爵からは昇爵ができないと聞いたな。もしかして……)


「伯爵を目指せばよろしいですか?」

「よく分かったな。期待しておる」

「はっ!」


 シュンの読みは当たっていた。養子ということは、異世界人の騎士ではなく、デルヴィ家として権力争いができるということだ。このやり方は、剛腕といった言葉が似あう。物理的な力はないが、権力という力は絶大である。

 この場で言われた養子とは建前だと思われる。義父とは呼べないものだ。それを言うと、即座に見限られるだろう。家名を道具として使えといった話だ。


(参ったな。俺の望みではあったが、侯爵様のほうが何枚も上手だぜ。投資されたぶんは、きっちり利子を付けて返さないと始末されそうだ。だが……)


 デルヴィ侯爵は、投資した金銭をドブへ捨てる人物ではない。シュンを気に入っただけで、ここまでやるわけがないのだ。

 それでも貴族として上を目指すことは望みだった。もうレールに乗っているのだ。貴族社会については、このまま突き進むしかないだろう。


「まあ。伯爵までなれれば、そのまま侯爵家を譲っても良いな」

「は?」

「ワシは不老長寿ではないからの。死んだ後の事は知らん」

「はぁ……」

「貴族は家が一番大事だが、ワシは違う」

「………………」

「それも、シュンが伯爵になってからだ」

「分かりました」


 この件は話半分で聞いておけば良いだろう。

 たしかに老人なので、いつ逝去するか分からない。この場で死ぬ可能性すらある。しかしながら、百歳以上は生きそうな気配がした。


「シュン、旅に出ろ」

「え?」

「レベルを上げるのだろ? フェリアスか」

「は、はい! そのつもりです」

「もう出立して構わん。後でバルボ子爵に通行許可証を届けさせる」

「ありがとうございます!」


 これで話は終わりだ。

 フォルトの件は、デルヴィ侯爵が対応するのだろう。シュンを使うつもりはないようだ。それにしてもうれしい反面、デルヴィと名乗るのには戸惑いもある。

 仲間にどう説明しようか考えながら、部屋を退出するのだった。



◇◇◇◇◇



 双竜山の森へ戻ったフォルトは、テラスへ座りながら戦神の指輪を眺める。隣にはカーミラが座り、左右にはアーシャとシェラが立っていた。


「早く調べてみてよ!」

「そうだな」


 横から戦神の指輪を眺めていたアーシャが催促をする。今のところ問題はないが、渡した瞬間に変な効果があっても困る。

 そこでフォルトは鑑定魔法を使った。



【アプレイザル・オールマジックアイテム/鑑定・全魔法道具】



「どう?」

「スキルの発現?」


 戦神の指輪の効果は、特定スキルの発現である。残念ながら、どのスキルが特定されているかは分からない。


「なんのスキルだろ?」

「特定ですし、違ったら発現しないだけなんじゃ?」

「そうかもな。なら危険はないか」

「じゃあ、ちょうだい!」

「はい、はい」


 アーシャが左手の薬指を出してきたので、フォルトは戦神の指輪をはめてあげた。結婚指輪をはめる指だが、その顔を見るとニヤニヤしている。それには恥ずかしくなってしまった。まったく、ツボを心得ている。

 戦神の指輪は魔道具のようだ。サイズが調整されて指に収まった。これで目的を達成したことになる。


「やったねっ! 限界突破よっ!」

「本当に、こんな簡単でいいのか……」

「大丈夫ですわ。限界突破をされたようですよ」

「そっか」

「はい」


 ハッキリ言って、アーシャは何もしていない。やったことといえばフォルトへの催促だけだが、限界突破の神託を受けたのはシェラである。

 よって、間違いはないだろう。


「なんか変わった?」

「待ってね。カード、カードっと。あっ!」

「どうした?」

「へへ。称号が「情熱の舞姫」だって。なんか、エロくない?」

「そ、そうだな! たぎるものがあるな!」


 まさにアーシャにピッタリの称号だ。情熱的と言われると、たしかに情熱的だ。いつもフォルトは主導権を握られてタジタジであった。


「でへ」

「考えてることは分かるけどぉ。あっ! スキルも増えたよ!」

「おっ! すばらしいな」

「『戦神の舞せんしんのまい』だね!」

「ほほう。名前からして、筋力増加関係か?」

「『奉納の舞ほうのうのまい』の筋力バージョンね。士気高揚も付いてるわ」

「へえ。なんとなく分かった」


 身体強化魔法のストレングスと士気高揚がセットのようだ。士気高揚は、熱意や意気込みが高まる。戦いで怖気づいたり気後れせずに済むらしい。


「アーシャ。もう一回、指輪を渡して」

「いいけど。結婚指輪じゃないの?」

「ぶっ! ち、違う! 違ってはないけど!」

「やーねー。冗談よ。なんかゴツゴツしてるしね」


 戦神の指輪は、アクセサリーとして見れば最低だ。デザインもたいした事がなく、女性が指にはめても似合わない。輪っかの部分にゴツゴツした石みたいなものが付いている。アーシャには、もっと可愛い指輪が似合うだろう。


「称号とスキルは?」

「残ったままね。その指輪がなくてもいいわ」

「やっぱりな」


 特定スキルの発現。発現したら無用の長物になったようだ。最後の確認として、アーシャから戦神の指輪を受け取り、再び鑑定魔法を使ってみた。



【アプレイザル・オールマジックアイテム/鑑定・全魔法道具】



「ふむふむ」

「なんか、効果があるの?」

「なにもなくなった」

「へ?」


 鑑定結果は、なんの効果もない指輪に変わった。名称は戦神の指輪のままだが、ただそれだけであった。


「御主人様。力を使い果たしたって感じなんですかねえ?」

「そうみたいだな」

「じゃあ、捨てるの?」

「いや。持っておく」

「なんで?」

「俺が奪ったと知られてる可能性があるからなあ」

「あはっ! 返すつもりなんだ?」

「そうそう。まあ、言われたらだけどな」


 裏組織「黒い棺桶」のリドに奪うところを見られている。

 戦ってもいるので、その件は伝わっているだろう。フォルトとは初対面だが、姿格好から割り出されている可能性は高い。


「とにかく。限界突破、おめでとう」

「ありがとね! 何もしていないけどっ!」

「いいさ。なら、後はシェラだけか?」

「いえ。私も精霊魔法を使えるようになりましたわ」

「おっ! すばらしいな。よく頑張った」

「はい。ちゅ」

「ああっ! あたしも! ちゅ」

「でへでへ」


 憤怒ふんぬの魔人グリードと思われるリドと戦ったことなど忘れたように、フォルトの周りはピンク色の空間であった。


「カーミラ、他に残ってるのってなんだっけ?」

「転移の指輪と悪魔崇拝者でーす!」

「そうだった。転移の指輪か。爬虫類はちゅうるい顔の奴の居場所がなあ」

「分かりませーん」

「足取りを調べたいところだな」

「この国は広すぎますからねえ」


 転移の指輪に関しては、まあいいかでは済まない。絶対に入手するつもりなので、なんとかして見つけ出す必要があった。


傭兵団ようへいだんの名前は分かってるし、シルビアとドボで探せるか?」

「そうですねえ。雲隠れしてなければですけど!」

「探させるだけ探させるか。ニャンシー!」


 シルビアとドボへの連絡役はニャンシーだ。相変わらずカーミラに捕まってもモフモフされている。


「きゃあ! モフモフ!」

「こ、これ! にゃあ」

「カーミラ。やめてやれ」

「はあい!」

「それで主よ。わらわに何の用じゃ?」

「いつもの伝令だ。爬虫類顔の奴の行方を探させて」

「血煙の傭兵団じゃったな? 良いぞ。では行ってくるのじゃ」


 早速ニャンシーは魔界へ消えた。伝令も板についてきたようだ。


「悪魔崇拝者はどうしますかあ?」

「それもシルビアとドボ次第だな。俺からは絶対に動かん!」

「えへへ。大変でしたからねえ」

「まったくだ。さてと……。寝るとするか」


 フォルトはカーミラとアーシャとシェラを連れて、屋敷の中へ戻っていく。やることは多いのだ。まずは、双竜山の森へ残った身内ときずなを深めたい。

 後のことは終わってからジックリと考えれば良い。そんなことを思いながら、顔の筋肉を緩めるのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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