第274話 (幕間)リドと憤怒の魔人

「ううん。ここは?」


 シュンはオークション会場の中で目覚める。ソフィアを遠くから見守るつもりで来ていたのだ。近づくと知られるので、同じ最後列の一番端に居た。

 オークションの開始からは何も起きず、品物が落札される様子を見ていた。しかし、戦神の指輪が落札された時、急激な眠気に襲われたのだ。そして、そこからの記憶がなかった。


「きゃあ!」

「に、逃げろ!」

「な、なんだ! ひぃ!」


 どうやら、会場の人間も眠っていたようだ。シュンが起きたのと同時に、眠りから覚めたようだ。そして、会場内はパニックになった。


「ど、どうなってやがる!」


 ステージの上には無数の鎧が散乱して、その中に一人の大柄な男性が立っていた。その近くには露出の激しい女性が、やりつかまりながら膝を付いている。


「きゃあ! 逃げるのよ!」

「だ、誰か! ワシを守れ!」

「外に! とにかく外へ!」


 その間も会場は大混乱だ。会場の出口には、無数の人が殺到していた。シュンは最後列の端っこなので、人混みに襲われずに済んだ。

 出口では、何人かの男女が倒されて踏まれている。助けようにも人が押し寄せて、どうしようもなかった。


「ちっ! ソフィアは?」


 シュンはソフィアを探すが、どこにも見当たらない。と、いうよりは分からない。人が多すぎるのだ。客はもちろんだが、警備を担当する者も逃げていた。


(おっさんたちは最後列に居たはずだ。なら、逃げられたか? そうであってほしいが、ど、どうする?)


 ステージの上に居る男性は見た事があった。裏組織「蜂の巣」の幹部として、デルヴィ侯爵の秘密の屋敷で会った。たしか、リドと言う名前のはずだ。


「それに、あの女は?」


 膝を付いている女性は、傷を負っているようだ。どうやらリドと戦っているらしい。これには迷ってしまう。本来なら女性を助けたいが、リドはデルヴィ侯爵の手駒だ。味方をするなら彼になるだろう。


「リド!」


 シュンは叫ぶ。すると、リドがこちらを向く。しかし、その一瞬のすきをついて、やりを持った女性が魔法を使った。


「ふん!」



【ヘル・フレイム/地獄の炎】



 女性が使った魔法が、リドに直撃をした。その赤黒い炎は、リドの全身を焼いている。その火力は圧倒的で、一気に炎が燃え盛っていた。

 炎は燃える範囲を広げながら会場をも焼き出した。とにかくリドを中心に炎が噴き出しているのだ。あれでは骨も残らず灰になるだろう。


「ふん!」


 その赤黒い炎が女性へ到達した瞬間に、背中にある翼を広げて飛んだ。天井を突き破って、そのまま外へ飛び出していったのだった。


「リド!」

「があああああっ!」


 リドは赤黒い炎に焼かれながらも、生きているようだ。すると、炎が一瞬にして消えた。会場へ燃え移った炎もだ。まるで何事もなかったかのように消えてしまった。


「がはっ! がっ!」

「リド! 大丈夫か?」

「お、おまえはデルヴィ侯爵の……」

「とにかく治療をするぞ!」

「あ、ああ。頼む」



【ヒール/治癒】



 相変わらず初級の信仰系魔法しか使えないが、あの炎に焼かれたリドの傷は浅いようだ。なぜかと考えそうになるが、まずは治療が先だった。


「あの女。逃げたか?」

「あ、ああ。だが、ありゃ人間じゃねえだろ?」

「そうだな。角と翼があった。悪魔か?」

「悪魔?」


 シュンは悪魔という言葉に混乱しそうになる。しかし、神が居るのだ。悪魔が居てもおかしくはない。とにかく、細かい事は後回しだ。


「でもよ。なんでおめえは生きてんだよ?」

「さあな。俺にも分からん」

「ちっ。それだけしゃべれれば平気だな?」

「ああ。しかし、あの男……」

「男? あいつは女じゃ?」

「いや。とりあえず、おまえも逃げておけ」

「なんでだよ?」

「裏組織の会場だぞ。デルヴィ侯爵の騎士が居ていい場所じゃない」

「そ、そうか。そうだな」

「後始末は俺たちがやる。さっさと行け!」

「わ、分かった」


 たしかに、このまま会場へ留まってはまずい。逃げ出した客が衛兵に保護されるだろう。そうなれば、突入をしてくる可能性があった。

 わけを話せば見逃されるだろうが、そんな時間はない。フォルトやソフィアを探す必要があった。特にソフィアだ。


「おめえとの連絡方法は?」

「デルヴィ侯爵が知っている。俺たちは「黒い棺桶かんおけ」に入った」

「分かった。んじゃ、またな」

「………………」


 このリドという者とは、関係を結ぶ必要があると判断をした。裏組織の人間だが、デルヴィ侯爵が彼らを使っている。これにはなんらかの運命を感じた。

 それからシュンは、会場から足早で逃げ出した。大声や騒ぎのする方向とは反対方向へ逃げる。


「おい、おめえ。スラムの外に案内をしな」

「あん? なんだ、テメエ」

「神聖騎士だ。神の名のもとに、殺してもいいんだぞ!」

「わ、分かった。外へ出ていくなら、案内してやる」


 スラム街は入り組んでいるが、適当な者を捕まえて案内に立たせた。問答をすると時間がかかるので、神聖騎士の地位を最大限に生かす。その甲斐かいもあって、シュンはスラム街から脱出をするのだった。



◇◇◇◇◇



「ちょっと、どういう事よ!」


 商業都市ハンから離れたフォルトたちは、近くの小山にひそんでいた。オークション会場から逃げ出した後は、『変化へんげ』を使い三人をまとめて運んできたのだ。

 背中から翼と触手を出して、彼女たちへ巻きつけた。それから透明化の魔法を使い、一気に小山まで逃げたという寸法だ。


「なんか、斬られた」

「はあ?」

「どういう事ですか?」

「眠らなかったやつが居てな。襲いかかってきたのだ」

「警備のやつかしらねえ」

「そう言ってたけどな。魔法に抵抗されるとは思わなかったよ」


(なんなんだ、あいつは? リビングアーマーともやり合ってたし、ティオぐらいの強さでもあるのか? それに、あの大剣はいったい……)


「しかし、剣で斬られると痛いな!」

「あ、当たり前です! ですが……」

「俺、魔人だよな?」

「いまさら何を言っているのやら」

「ただの鉄の大剣じゃ、傷なんて付かないはずだが」

「そうね。私のナイフも折ったしね」

「ははっ。マリと最初に出会った時だな」


 マリアンデールはフォルトの首をナイフでき切ろうとした。しかし、根元から折れてしまったのだ。彼女は魔族の中でもトップクラスの強さである。その一撃でも傷を与えられなかったのだ。


「傷と言っても、かすり傷でしょ?」

「いや、腕が取れかかった」

「はあ?」

「大丈夫なのですか?」

「まあ、呪いで適当なやつに移したがな」

「その警備のやつに移しちゃえばよかったのにねえ」

「抵抗されたら困るだろ? 睡眠も効かなかったやつだ」

「なるほどねえ。ところで、カーミラはどこかしらあ?」

「ここですよお!」


 ルリシオンの問いに、フォルトの後ろに現れたカーミラが答える。そして、首に巻きついてきた。


「御主人様! 戦神の指輪ですよお」

「ありがとな」

「あら、奪う事には成功をしたみたいね」

「カーミラのおかげだな。おっと、町に煙が……」


 戦神の指輪を受け取ったフォルトは、ハンから煙が上がっているのを見た。置いてきたサタンの仕業しわざだろうと思われる。

 その彼女が、ハンから高速で飛んで戻ってきた。魔力的なつながりがあるので、居場所を特定したようだ。


「ふん! 戻ったぞ」

「お、おい! 傷だらけじゃないか!」

「ふん! この程度、問題はないぞ」


 サタンは体じゅうに傷を負っていた。致命傷になる傷はないが、漆黒のレオタードやマントは切り刻まれていた。そこから血も流れ出している。


「傷を移す相手が……」

「ふん! 消えれば元に戻る。気にするな」

「そ、そうか」

「ふん! なかなか手ごたえのあるやつだったわ!」

「そうだ。サタンにまで傷を負わせたのか」

「ふん! 余の力が半減したぞ。どういう事か、余が聞きたいぐらいだ」

「力が半減?」

「ふん! それがなければ余裕だったわ!」

「そ、そうか。まあ、御苦労だった。消えて休め」

「ふん! やつと戦う時は、他の大罪を呼べ」

「分かった」


 サタンはふんふん言いながら、その場から消えた。これで一週間は呼び出せない。しかし、他に六体の大罪の悪魔が居るので問題はない。


「あいつは何者なんだ?」

「警備担当なら、裏組織の人間でしょうね」

「そうか。だが、ただの人間で、ここまで強いのは……」

「ティオ相手でも、傷は負ってないでしょ?」

「そうだけどな。あの時は、対峙たいじしてから戦闘だったし」


 今回は不意打ちのようなものだ。カーミラの声がなければ、もっと傷が深かったかもしれない。しかし、対峙たいじしてからは、フォルトのペースだった。


「まさか、魔人でしょうか?」

「こんな所に魔人が居るわけ……。あるわね。貴方が居るし」

「そ、そうだな! それに魔人グリードは人間の姿……。あっ!」

「「グリード?」」

「名前はリドだっけ? グリード……。リド……。そのままだな」

「じゃあ、貴方が傷を負ったのって」

「魔剣シュトルムでしょうか。漆黒の大剣ですが」

「それだ。黒い大剣だったしな」


 憤怒ふんぬの魔人グリード。最後に確認されたのは五十年前だ。セレスが言うには、人間の姿をしているらしい。文献では、魔剣シュトルムを持ち、魔道国家ゼノリスを滅ぼした魔人だ。名前、魔剣、人間の姿は合致している。


「でも、グリードにしては被害が小さくない?」

「力を隠してるとか? セレスが言うには、話が通じるようだしな」

「知性があるって事ねえ」

「詳しい事は分からんが、サタンの力の半減は……」

「相手が憤怒ふんぬの魔人だからですかねえ。サタンは憤怒ふんぬの悪魔ですし」

「やれやれだな。まあ、怒ってないから被害が少ないとか?」

「かもしれませんが、今のところは憶測ですね」

「そうだな。しかし……」


(顔を見られた。全力で戦っていないが、魔法使いだと知られた。リドが裏組織の人間なら、俺の正体などすぐに知られるな。くそっ!)


「面倒くせえ!」

「フォルトぉ。どうしたのかしらあ?」

「やつらに俺の正体が知られる。戦神の指輪を取り戻しに来るだろ?」

「そうね。でも、殺しちゃえばいいのよ」

「他の人間ならな。リドが来たらどうする?」

「逃げてこれたでしょ? 逃げればいいじゃない」

「そ、そうなんだがな。みんなが居る時だと……」


 今回は逃げられたが、次回も逃げられるとは限らない。それにリドの力が未知数だ。あれで全力ではないだろう。国を一つ、滅ぼしているのだから。

 もし国を滅ぼした力を出されたら、フォルトとて全力で戦う必要がある。上級魔法を撃つだけでも、甚大な被害を出す。禁呪まで使った日には、目も当てられない。そうなると、身内にも危険が及ぶのだ。


「今なら、ハンへ隕石いんせきでも落とせばよさそうじゃない?」

「フォルト様! さすがにそれは」

「全部、グリードのせいにできそうじゃない?」

「それで死ぬとは限りません! そうなるとハンの住民が」

「人間なんていっぱい居るし、あの町程度なら……」

「フォルト様!」


 とうとうソフィアが怒ってしまった。さすがに言い過ぎたか。フォルトは身内の全てを愛しているのだ。困らせるつもりは毛頭ない。


「す、すまん」

「御主人様。それは私も反対ですねえ」

「え?」


 珍しい事もあるものだ。悪魔であるカーミラが、大量に人間が死ぬ行為を反対した。普段なら喜びそうなものだ。


「せっかくの玩具ですから、もっと遊ばないと飽きますよお」

「そ、そうだな! アルディスたちも居たな」

「それもそうですけどお。もっと苦しめてから殺さないとお」

「そ、そういう事ね」

「カーミラさん!」

「えへへ。私は悪魔なので、小言は聞きませーん!」

「もう!」

「ふふ。決めるのはフォルトよお」

「そうね。好きにしなさい」


 ソフィアはプイっとソッポを向いた。身内同士は尊重し合うので、彼女はこれ以上言わない。ルリシオンの言う通り、決めるのはフォルトなのだ。

 そして、身内の意見は最大限にかなえるつもりでいた。ならば、さっさと双竜山の森へ帰るに限る。後の事は、後に考えればいいのだ。


「さ、帰るか。『大罪顕現たいざいけんげん傲慢ごうまん』!」

「はははははっ! 私を呼ぶとは、分かっているじゃあないか!」


 ルシフェルの傲慢ごうまんな高笑いが小山に響く。フォルトは翼を出してソフィアを抱えあげた。カーミラはマリアンデールを、ルシフェルはルリシオンを抱える。 

 そして、三つの影が空へ飛んで行く。その影はグングンと高度をあげて、西の方角へ飛んで行くのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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