第273話 裏のオークション4

 フォルトは目覚める。久しぶりの朝だ。久しぶりと言うのは、長期間を眠っていた事ではない。いつも昼間際か昼過ぎに起きるので、久々という事だ。


「俺より寝てると、悪戯いたずらしちゃうぞ?」

「いいわよお」

「す、好きにしなさい!」

「御主人様、ドンとこいです!」

「ちっ。起きてたか」


 初日はソファーで寝たが、すでにシングルベッドで寝ていた。三人の女性がまとわりついていて、実に寝心地がいい。たまには狭いベッドもいいものだった。


「さて、オークションか。何時からだ?」

「昼過ぎから開始らしいですよお」

「そっか。『人形マリオネット』、恐るべし」

「えへへ。適当にくつろいでから出発すれば、間に合いますねえ」

「そうしよう。飯は?」

「会場にあるみたいですよお」

「そっか。『人形マリオネット』、恐るべし」

「えへへ。カーミラちゃんに、お任せです!」


 どうやら寝ている間に、スラムの住人から聞き出していたようだ。それを聞いたフォルトはベッドから起き出して、テーブル近くの椅子へ座る。


「結局、何かを考え付いたのかしら?」

「そうだな。面倒だから、簡単に済ませる事にした」

「へえ。私たちの出番はあるのかしらあ?」

「ないな。さっさと奪ってトンズラする」

「トンズラって……」

「盗みは、華麗に優雅にだ」

「御主人様! 奪うから盗むに変わってますよお」

「まあ、似たようなものだしな」

「奪うにしておきなさい。家の名に傷が付くわ」

「そ、そうだな! とにかく、華麗に優雅にだ」


 よくよく考えれば分かる事だった。なんと簡単なのだろうと。難しく考え過ぎるからいけないのだ。


「ソフィアが来たら出発だな」

「今日も泊まるのお?」

「そのまま帰りたい……。いや、帰る!」

「ふふ。やつらは泊めたいようだけどね」

「知らん! 用事は戦神の指輪だけだ。俺はホームシックなのだ!」

「そうねえ。アーシャも待ってるでしょうしねえ」

「そういう事だ」


 アーシャの限界突破は、戦神の指輪を入手する事だ。持ち帰って手渡しても完了する。なんとも他人任せだが、そう神が決めたのならそうなのだ。


「まあ、アーシャだけじゃ無理だったか」

「そうねえ。裏組織に捕まって犯されるわねえ」

「ブルル。考えたくもないな。俺のものに手を出したら殺す!」

「えへへ。わざと捕まっちゃおうかなあ」

「面倒だから止めてくれ。基本的には動きたくないのだ」

「冗談ですよお。私に触っていいのは、御主人様だけでーす!」

「あはっ! 触られる前に殺すわあ」

「ふふ。そういう事ね」


 感無量である。彼女たちを見ると、引き籠りのおっさんには勿体もったいない。毎度のように思うが、異世界万歳であった。


「ほら、馬鹿な事を言ってないで行くわよ」

「この大きさはソフィアか。んじゃ、行くぞ」


 屋敷へ張った魔力探知にソフィアを確認した。こちらへ向かっているようなので、部屋を出て合流をする。それからオークション会場へ向かうのであった。



◇◇◇◇◇



 スラム街へ入ったフォルトたちは、そこにいる人間にメダルを見せて、オークション会場へ足を運んだ。近づくにつれて客らしい人間が増え、会場へ入る頃には大勢の人間が居た。


「酔う……」

「えへへ。大丈夫ですかあ?」

「な、なんとかな」

「私たちの席は、どこでしょうか?」

「座らないよ。立ち見でいい」

「あ、あら。そうなのですか?」

「戦神の指輪が落札された時が勝負だからな」

「どういう事ですか?」

「ふふん。見てれば分かる」


 フォルトは得意満面の笑みでソフィアを見た。それからカーミラが持ってきてくれた肉を食べている。会場には、さまざまな食事が用意されてあった。どうやら無料で食べられるらしい。


「もぐもぐ。さっさと始めろ」


――只今ただいまより、オークションを開始します!


「始まったようよお」

「戦神の指輪は何番目だろうな」

「本の通りなら、十五番目ですね」

「長い……。まあ、見学しておこう」


 オークションが開始された。順番は本のページ番号の通りに進むらしい。ステージでは出品された品物が出され、それを見ながら落札をしていく。

 一番目に出されたのは、何かのつぼのようだ。フォルトに価値は分からないが、マリアンデールが目を細めている。


――この品は、かのローゼンクロイツ家が所有していたつぼです!


「「おお!」」


 なんと、姉妹の家にあったつぼらしい。しかし、どう見ても芸術性がないように見えた。つぼと呼んでもいいのかすら分からない。あんなものに金を出すやつの気が知れなかった。


「白金貨十枚!」

「は?」

「白金貨十五枚!」

「は?」

「白金貨三十枚!」

「はい?」

「他に居ませんか?」

「な、なん、だと……」


 最初の品物からヒートアップをしている。たしかにローゼンクロイツ家は魔族の名家だ。あのつぼは魔族の国を滅ぼしてからあさった物だろう。そういう観点から見れば、高いのかもしれない。しかし、日本円に直せば三億円である。


「あれ……。私がパパにあげたものだわ」

「へ?」

「子供の時にね。粘土で作ったの」

「へ、へえ。じゃあ、大切な物だな。奪うか?」

「要らないわよ。捨てたのを、パパが拾っただけだしね」

「そ、そうか」


 品物の逸話を聞くと、肩の力が抜けてしまう。マリアンデールから見ればゴミのようだ。それに三億円とは末恐ろしい。

 しかし、コレクターから見れば関係はない。教えたところで、気にもしない人種である。しかも教えた逸話に尾ヒレを付け、さらには誇張して価値がある物にするはずだった。


――続きまして、二番目の品は


 その後もオークションは続いていく。最初のつぼから絵画まで、さまざまな品が落札されていった。そして、貴金属類の品物の順番がきた。


――続きましては、戦神オービス神殿の秘宝。戦神の指輪です!


「「おお!」」

「盗まれたと聞いていたが、とうとう日の目を見るのか」

「十年以上も行方が分からなかった品だぞ」

「しかし、アレを買ったら神殿勢力がうるさかろうな」

「落札した倍の値段で売ればいいんじゃない?」

「何を言ってるのかしら? 私の指にこそ収まるべきだわ!」


 ついに戦神の指輪の落札が始まった。指輪は本に載っていたものと同じだ。おそらく本物だと思われる。

 しかし、最初の一声で会場が静まり返った。その声を発した人間は、最前列に座ったでっぷりとした貴族だった。


「白金貨五百枚!」

「「………………」」


 いきなり勝負に出たのか。この後に続く者が居ない。白金貨五百枚とは、五十億円である。それでも余裕の表情をしており、ぶひぶひと笑っていた。


「ほ、他に居ませんか?」

「「………………」」

「い、居ないようですので、グラーツ様が落札されました!」

「「おおおお!」」


 あるところには、あるものである。金が。帝国の財務尚書グラーツが落札をしてしまった。そのグラーツを見て、フォルトは首をかしげる。


「あれ? あいつがグラーツか」

「えへへ。いつも金をくれる男の近くに居たやつですね!」

「きっと親子なんだろうな。隣に座ってるし」

「そうですねえ。なら、奪うのは後でいいんじゃないですかあ?」

「いや。直接神殿へ送るかもしれん」



【マス・スリープ/集団・睡眠】



 ここでいきなり、集団化した睡眠魔法を使う。フォルトは最後列で立っているため、誰も気づいてはいない。そして、この魔法により会場に居るの全ての者が眠ってしまった。

 これが狙いである。オークションは本物の品を見ながらおこなうものだ。奪うならば、この場が絶好の機会なのだ。

 それに集まっているのは、ただの人間である。レベルなどは当然のように低い。後は眠っている間に、戦神の指輪を奪うだけであった。


「なるほどねえ。起きた時が騒ぎになるでしょうけどお」

「知らん。その時は、もう空の上だ」

「ふふ。いい泥棒になれるわねえ」

「止めてくれ。まあ、これならソフィアも納得するだろ?」

「な、納得はしませんが、もう!」

「じゃあ、外で待っていてくれ。あれを取ったら帰るとしよう」

「はいはい」


 フォルトはカーミラを連れてステージの上へ向かう。さすがはオークションといったところで、品物はガラスケースに入っていた。この世界のガラスは高い。特に透き通ったガラスは高いのだ。


「ふふん。いただきだな」

「ご、御主人様! 危ない!」

「え?」


 フォルトがガラスケースを割ろうとした瞬間に、横から物凄い勢いで大柄な男性が突っ込んできた。そして、漆黒の大剣を振るう。


「ふん!」

「があっ!」


 シュンの時と同じで対応ができなかった。漆黒の大剣で斬られたフォルトは、吹き飛ばされてしまう。


「ご、御主人様! 腕が!」


 カーミラが叫びながら近づき、フォルトの傷口を触る。その手にはドロっとした血が付着していた。それを見たフォルトは、急に痛がりだす。


「い、痛てえ! き、斬られたのか?」

「御主人様! 『超速再生ちょうそくさいせい』を!」

「痛てえ! や、やってる! だが、治らん!」

「ええ!」


 フォルトを傷つけた男性は、ガラスケースの前で立っている。周りを警戒して、追撃をしてこないようだ。それには助かったが、斬られた傷口が治らない。

 斬られた場所は左腕だ。しかも、切断寸前である。その傷口へ激痛が襲い、当然のように左手が動かない。


「い、痛てえ、痛てえ! く、くそ!」



【ウーンズ・トランスファー・カース/傷移しの呪い】



「ぎゃあ!」


 なんとか意識のあるうちに、傷を他人へ移す呪術系魔法を使う。すると、フォルトの腕は元通りになり傷がなくなった。

 その傷を受けた者は、最前列の一番端の者だ。名前などは分からないが、腕が切断寸前になり血を噴き出していた。痛みで起きて、苦痛の叫びをあげている。


「カーミラ。黙らせろ」

「は、はい! えいっ!」

「ぐぼぁ!」


 カーミラは魔界から鎌を取り出して、その叫んでいる者の首を斬った。頭部は床へ落ち、首から血を噴き出している。


「ちっ。おまえは誰だ?」

「リド。警備を担当している」


 大柄な男性はリドと言うらしい。フォルトの睡眠魔法に抵抗した者だ。強敵と判断して間違いはないだろう。それに、魔人のフォルトを傷つけた。

 そのため、傷移しの呪術は彼へ使えなかった。使っても抵抗されれば傷が移らない。そうなると、ずっと痛いままなのだ。


「俺を傷つける人間が居るとはな」

「おまえも強そうだな。魔法使いか?」

「しかも、その剣……」

「さて、死んでもらおう。会場を荒らす盗人よ」

「盗人とは聞き捨てならんな!」



【サモン・リビングアーマー/召喚・動く鎧】



 ベルナティオ戦で使った動く鎧だ。そのいで立ちは、まさに鎧武者である。中身が実体のないアンデッドだ。それを十体召喚した。


「やれ」

「面倒なやつだ」


 リトは大剣を構えて、そのままリビングアーマーへ斬りかかってきた。迷いがなく、一撃ごとに倒している。まるで、ベルナティオを見ているようだ。


「カーミラ」

「分かってますよお」



【サモン・リビングアーマー/召喚・動く鎧】



 さらにフォルトはリビングアーマーを召喚する。これも同じく十体だ。その間にも、最初に召喚したリビングアーマーが斬り伏せられている。そこへ援軍のように群がらせた。


「ええい! 鬱陶うっとうしい!」

「まだまだいくぞ」



【サモン・リビングアーマー/召喚・動く鎧】



 またもやリビングアーマーを召喚する。これも魔人だから可能な事だ。三十体も召喚できる人間など居ない。魔族にも居ないだろう。

 リビングアーマーたちは、斬られようがリドを取り囲んでいる。その時、ステージにあるガラスケースが割れた。


「えへへ。いただきでーす!」

「よし! いいぞ、カーミラ」

「き、きさま!」


 戦神の指輪を奪ったカーミラは、そのまま魔界へ消える。『透明化とうめいか』で近づいたのだ。これでリドは、追いかける事が不可能になった。


「さて、俺も逃げさせてもらうぞ」

「ぐうう! ま、待て!」

「そいつらと遊んでろ。こいつともな。『大罪顕現たいざいけんげん憤怒ふんぬ』!」

「ふん! 敵か?」

「そうだ。そいつの相手をしてやれ。殺しても構わん」

「ふん! 骨がありそうなやつだ」


 フォルトはサタンを召喚する。命令をした後は、オークション会場の外へ向かった。そこではソフィアと姉妹が待っているはずだ。


(ちっ! なんなんだ、あいつは?)


 すでに傷などないが、斬られた腕を触りながら走る。そして、会場の外に出たフォルトは、ソフィアと姉妹と合流をする。それから何も説明しないまま、スラム街の中へ消えていったのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る