第271話 裏のオークション2
商業都市ハンにある高級料理屋。貴族しか使えない料理屋で、働く者や食材などは厳選されている。その料理屋でも特別な貴族しか使えない部屋で、デルヴィ侯爵とグラーツ財務尚書が会談をおこなっていた。
「帝国からはるばる、よく来てくれましたな」
「ぶひひ。戦神の指輪が出品されるなら、来るしかありませんなあ」
「ほう。その情報はどこからですかな?」
「聞かずとも知っておるだろう? 侯爵殿も人が悪いですな」
「これは一本、取られましたな」
デルヴィ侯爵はグラスへワインを注ぎ、それを一口だけ飲む。グラーツも同じように別のワインをグラスへ注いで、一口だけ飲む。
このワインは、アルバハードで購入したものである。エウィ王国とソル帝国が、国境で
「ぶひひ。侯爵殿が競り合いますかな?」
「どうしようかと、悩んでいるところですな」
蛇と豚の戦いとでもいうのか。いや、ブラックヴァイパーとオークか。お互い腹の探り合いをしている。
「侯爵殿の財力には勝てませんからな。引いてもらえると助かりますぞ」
「御冗談を。グラーツ殿も、相当な財力と聞き及んでいますな」
「あの不毛な領地では、金など落ちませんなあ」
「ダマス荒野はそうでしょうな。ですが……」
「想像通りと言っておきましょうかな」
「言ってもよろしいので?」
「ぶひひ。侯爵殿もやっている事ですな。想像は想像ですぞ」
「で、ありましょうな」
グラーツは大笑いだが、デルヴィ侯爵は表情を変えない。ポーカーフェイスの極みだが、相手のそれも同じである。
「では、本題に入るとしますかな?」
「いつになれば三国会議の取り決め通りに、兵を退くのですかな?」
「皇帝陛下には御伝えしておりますがな。どうもルインザード殿が」
「ほう。帝国四鬼将の?」
「皇帝陛下の
「御冗談が過ぎますな」
「ぶひひ。これが冗談ではないのですよ」
「では、三国会議の取り決めを履行しないのですな?」
「そうは言っておりません。時間がほしいのですよ」
「すでに与えていますな。まだほしいと?」
「ぶひひ。彼も頑固ですからな」
このやり取りは、もう何回もやっている。三国会議以降に対面で話すのは初めてだが、手紙では何度もやっているのだ。外交を担当する貴族同士でもやっているが、その答えはいつも同じだった。
「聞き飽きたと言った方が、よろしいですかな?」
「そうですなあ。私も言い飽きました」
「では、開戦の準備をしないといけませんな」
「それは早計と言うものでは?」
「残念ながら、ローイン公爵がキレましてな」
「あのローイン公爵がですか?」
「
「ほう」
「ワシが止めている最中ですが、彼の気性は知っておられるな?」
「
「すでに開戦派へ流れた貴族もおり、そろそろ止めるのも……」
ここでデルヴィ侯爵が先手を取る。ローイン公爵は国内の軍をまとめる司令官である。その彼が開戦を主張しだしたのだ。他の貴族にも
「困りましたな。そうなると、ルインザード殿も黙ってはいませんぞ」
「ワシも、このハンを戦場にしたくはないですからな」
「それはそうでしょうな。この領地は商業の中心地だ」
「ですので、兵を引いてもらえればと」
「しかしですな。それを聞いたら、皇帝陛下も開戦を決意しますな」
「………………」
今度はグラーツが盛り返す。皇帝ソルは、勇魔戦争でガタガタになった帝国軍を立て直した人物だ。性格も短気で激情型である。
その彼が立て直した帝国軍は精強であり、大陸随一の強さを誇る。まともに戦えば、多くの犠牲を出す事になるだろう。と、いう
「ですので、もう少々時間をいただければと」
「戦争は金を食いつぶすだけですからな」
「その点は同意しますぞ」
「ほほっ。では、もう少しだけ頑張ってみますかな」
「ぶひひ。私の方も、できるだけ頑張ってみますぞ」
結局のところ、元に戻っただけである。エウィ王国にデルヴィ侯爵が居るように、帝国にはグラーツが居るのだ。
彼は、その外見と話し方で侮られる事も多い。しかし、それは演技である。デルヴィ侯爵は知っているので、侮る事はしない。
「ふむ。では、料理を運ばせましょうかな」
「待ち遠しいかったですな。デルヴィ侯爵殿は、美食家であられる」
これで国の重要な案件は終わりだ。何も進展をしていないが、お互いが
今度は料理を食しながら交流を結ぶ。前回の三国会議へグラーツは来なかった。しかし、それ以前には何度も会っているのだ。
「ところで、つかぬ事を聞くが」
「なんですかな? グラーツ殿」
「フォルト・ローゼンクロイツについて」
「彼がどうかしましたかな?」
「会う事は可能ですかな?」
「………………」
これは答えづらい質問だ。無理だと言うのは簡単である。しかし、相手はグラーツだ。無理という答えから、フォルトを管理下に置けていないと見抜かれる可能性が高い。そうなると、裏で接触される恐れがあった。
「異世界人ですからな」
「無理と言う事ですかな?」
「ワシの一存ではな。陛下へ
「いえいえ。お手を
「ワシとグラーツ殿の仲ですぞ? その程度なら引き受けても」
「ぶひひ。では、お願いしましょうかね」
「では、聞いてみよう。グリム殿が拒む可能性が高いですが」
「情報では、グリム殿の客将でしたな」
「よく御存知で」
「その程度なら。しかし、あのクソ爺……。あ、いや失礼」
「分かりますとも。ですので、気長に御待ちくだされ」
「ぶひひ。分かりました」
二人は同じ人物を思い浮かべながら、苦々しい表情になった。過去に何かあったのかもしれないが、お互いが知る
「で、話を戻しますがな」
「戦神の指輪ですかな?」
「あれは戦神オービス神殿の秘宝。私に落札させてくれませんかね?」
「そうしたいのは山々ですがな」
「もし、デルヴィ侯爵殿が落札をすると……」
「どうなりますかな?」
「お分りでしょう? 戦神オービス神殿が、聖戦を発動するかと」
「まさか。たかだか指輪ですぞ」
「聖戦は言い過ぎでしたな。ですが……」
「神殿勢力が、うるさいでしょうな」
「国内にも戦神オービスの信者は居るでしょう?」
「居ますな」
エウィ王国の国教は聖神イシュリルだが、別に強制をしていない。他の神を信仰する者は居るのだ。小さいながらも、神殿とて存在する。
「身の危険があるかと」
「で、ありましょうな。ですが、ワシを引かせるには弱いですぞ」
「そうでしょうとも。そこで、提案なのですが」
「ほう。ワシに提案ですか」
「帝国へ寝返りませんかな?」
「なんと?」
「皇帝陛下は、この領地を侯爵殿に任せると仰せだ」
この話には、デルヴィ侯爵も眉を動かす。この手の誘いは、すでに何回も受けている。しかし、グラーツから直接聞くとは思っていなかった。
「そこまでワシは、軽く見られておるのか?」
「ぶひひ。軽いですかな?」
「軽いのう。これでもワシは、王家に忠誠を尽くしておる」
「ですが、侯爵殿のやりようを遠くから見ていると……」
「ほっほっ。それは、グラーツ殿とて同じでは?」
「違いますなあ。似てはおりますがね」
「逆に、グラーツ殿が寝返ってはいかがかな?」
「ぶひひ。残念ながら、この体で泥船に乗ってしまうと」
グラーツは自分の腹をたたく。漫画であれば、ポヨンポヨンと文字が躍っているだろう。でっぷりと肥えていて、肉厚が凄まじい。そして、その手を下降させる。この意味はよく分かる。
「エウィ王国は沈むと?」
「どうでしょうな。それは侯爵殿次第では?」
「ほっほっ。
「ぶひひ。いつでも門は開いておりますとも」
「そうですな。見積もりが甘かったと言っておきますか」
「で、話を戻しますが」
「ふむ」
しつこいが、どうしても戦神の指輪がほしいようだ。気持ちは分かる。持ち帰れば、さらにグラーツの地位が盤石になる。
帝国の国教である戦神オービス神殿とのパイプが太くなるからだ。デルヴィ侯爵とシュナイデン
「まあ、よかろう」
「本当か!」
「グラーツ殿への嫌がらせにしかならぬからな」
「ぶひ、ぶひひ。対価なぞないぞ?」
「対価か。それよりも、いい事を教えておこうかの」
「いい事?」
「戦神の指輪。あれは呪われておる」
「ぶひひ。何を言い出すかと思えば……。落札は確定ですぞ」
「それは分かっておるがの。せいぜい気をつける事だな」
「気をつける事はないとも。品物の受け渡しは帝国だからな」
「そうだったな」
「だが、親友の忠告だ。気をつけるとしよう。ぶひひ」
グラーツの親友という言葉に、デルヴィ侯爵は眉を動かした。親友になったつもりはない。しかし、伝えたい事は分かる。今の関係を続けたいだけであり、言葉通りの意味ではない。
(さて、本当に呪われているかは……)
デルヴィ侯爵は考える。戦神の指輪はフォルトがほしがっている。落札してやるつもりだったが断られた。その彼が、馬鹿正直にオークションをやるとは思えない。
この件に関しては静観と決めている。シュンが力量を見たと言うが、それだけを信じるほど落ちぶれてはいない。
それにオークションがどうなろうと、痛くもかゆくもないのだ。数日後には結果が分かる。それを楽しみにしながら、グラーツと交流を深めるのであった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、
本当にありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます