第269話 魔人と新聖女3

 ニャンシーを呼んだ理由は一つだけである。リリエラとルーチェを引き返させる事だ。この商業都市ハンには、聖女ミリエが居る。出会う可能性は低いが、完全にゼロとしてしまった方が面倒がない。


「と、言うわけだ。リリエラとルーチェに伝えてくれ」

「うむ。わらわに任せておくのじゃ。して、その後は?」

「リリエラに渡したメダルを持ってきて」

「分かったのじゃ」


 リリエラたちは、リトの町にすら到着していないだろう。何もせずに戻る事になるが、これは致し方なかった。

 持ってきてもらうメダルは、シルビアたちから買ったメダルだ。オークション会場への案内や、参加するのに必要であった。


「ふぅ」


 シュンたちの屋敷は大貴族のような屋敷ではないが、フォルトたちは一部屋を与えられた。部屋自体は広くなく、調度品が少々置いてある程度だ。フォルトは部屋にある椅子へ座り、茶を飲んでいた。

 夕食はデルヴィ侯爵の屋敷で食べたので、現在は夜中近くになっている。その食事の場には侯爵やミリエがおり、とても気疲れをしてしまった。


「お疲れさまです」

「ははっ。それにしても、あの聖女はしつこいな」

「使命感はあるようですので、その関係かと思いますよ」

「そっか」


 夕食を食べている間は無言で食べていたが、他の料理が運ばれる間は質問攻めだ。庭とは違ってデルヴィ侯爵も居たので、ボロを出さないように気を使いまくったのだ。それでもソフィアがカバーしてくれたので助かっていた。


「しかし、死者の蘇生については聞いてこなかったな」

「リリエラさんの身の上を考えれば当然かと」

「そうだったな。一応は考えているのか」

「そのようですね」


(とにかく、今後は接触は避けたいな。もう会う事はなさそうだが……。いや、会わん! オークションが終わったら、すぐに帰る!)


「御主人様! オークションは、どうするんですかあ?」


 カーミラが首に巻きついてきた。その巻きついた腕に手を置いて、どうするか考える。お金はないので、馬鹿正直にオークションをやるつもりはない。奪う事が前提になるが、奪ったと知られないようにする必要があった。


「まあ、カーミラに任せる感じかな」

「私ですかあ?」

「帝国の財務尚書を『人形マリオネット』で操れば……」

「でもでも。受け渡しは帝国内ですよね?」

「こっちで受け取る事にできないかな?」

「オークションの事が分かりませんね」

「うーむ」

「主催者が「黒い棺桶かんおけ」ですからね。普段と違うと……」


 ソフィアの言う通り、オークションの事は分からない。すでに財務尚書が支払い方法を決めているならば、当日に変えるのは難しいかもしれない。

 力がありそうな人物なので、無理に言えば通る可能性は高い。しかし、オークションは裏組織が主催だ。少しでも変な事象があれば、ネタをつかむために調べられるだろう。弱みを握れたり、新たな情報が手に入る。


「面倒になったな。襲うか?」

「あら、いいの? 張りきっちゃおうかしら」

「さすがはフォルトねえ。御褒美は期待しててもいいわよお」

「でへ」

「フォルト様!」

「あ……。やっぱり駄目ですか」


 マリアンデールとルリシオンは喜んだが、ソフィアが怒り出してしまった。これには苦笑いを浮かべるしかない。そこで機嫌を直してもらうため、彼女を引き寄せて足へ座らせた。柔らかい桃の感触が伝わってくる。


「お二人に襲わせたら、フォルト様がやったと知られますよ」

「あ、そっち?」

「え? あ……」


 ソフィアは小首をかしげている。それを見たカーミラは薄い笑みを浮かべた。フォルトには、それが見えていない。


「で、できれば襲う以外の方法で」


(どうかしたのか? いつものソフィアとは違うな。いつもなら小言を言って止めさせようとするはずだが……。もしかして?)


 フォルトはひらめいた。堕落の種の事をだ。レベル四十以上になれば芽吹くのだが、レベルが上がる度に精神が悪へかたむいていくのかもしれないと。

 ソフィアはパワーレベリングのおかげでレベル三十になり、限界突破を終わらせたばかりだ。その可能性は高い。


「カーミラ。いまさらだが、堕落の種って」

「そうですよお。徐々に悪魔の思考へ変わっていきまーす!」

「やっぱりそうなんだ」

「えへへ。詳しい効果を伝えてなかったですね!」

「まあ、俺は結果がよければいいからな」

「えへへ。ちゅ」

「でへ」


 この程度の伝え忘れなど、別に怒る事ではない。悪魔であろうが、カーミラを信じているからだ。それに堕落の種については、今の話で終わりのようである。

 期間限定の不老。レベル四十以上で悪魔へチェンジ。食べた後はレベルが上がる度に悪魔の思考になっていく。悪魔が使う消費アイテムらしい効果だ。


「私が、悪魔の思考へ……」


 ソフィアが何かを考え込んでしまった。そこで、足へ座らせた彼女をまさぐる。何を考え込んだのか理解できたからだ。彼女がバグバットへ相談した内容は知っている。


「ぁっ!」

あらがえなくても、俺が魔神にならなければいいだけと言ったろ?」

「っ!」

あらがうのを止めろとは言わないさ。やるだけやってみろ」

「分かりました。ちゅ」

「むほっ!」


 やりたい事は無理に止めない。ソフィアは今後もあらがうだろう。フォルトはどちらに転んでもいいように、最後のストッパーになるだけだ。魔神にならなければ、彼女の望みはかなうのだから。


「さて、続きをやりたいが……」

「駄目ねえ。お邪魔虫が来たわよお」

「ソフィアは帰ってからにしなさい。今日は私たちが楽しむわ」

「は、はい……」


 マリアンデールの言葉に頬を真っ赤に染めたソフィアは、フォルトの足から立ち上がった。すると、扉がノックされてアルディスが入ってくる。


「ソフィアさん! ベッドの用意ができたよ」

「はい。分かりました」

「私と一緒だけどね!」


 ソフィアはフォルトにかくまわれているだけ。シュンにはそう思い込ませている。よって、同じ部屋で寝るとは思っていないのだ。そこで同性であるアルディスと寝かせるように言われていたのだった。


「では、フォルト様」

「うむ。明日な」

「おじさんも早く寝なさいよね!」

「分かった、分かった。んじゃ、おやすみ」


 絶対服従の呪いで遊びたかったが、それをソフィアは快く思っていない。それにカーミラと姉妹が居るので、遊ぶ必要もなかった。

 部屋から出たソフィアは、アルディスとともに遠ざかっていく。他に人は居ないか魔力感知を広げてみたが、誰も居ないようだった。


「盗み聞きやのぞき見はないな」

「そうね。じゃあ、寝ようかしら」

「そうしたいのだが……」


 部屋にはベッドが設置されている。いるのだが、シングルベッドだ。四人が寝るには狭すぎる。そして、壁が薄そうだった。

 この屋敷はシュンたちの屋敷のため、声は抑える必要がある。いつものように激しくはできないが、フォルトは椅子へ座りながら開始するのであった。



◇◇◇◇◇



「ふぁぁあ」


 フォルトは椅子の上で目覚める。カーミラと姉妹はベッドの上だ。魔人であっても男性である。ここは女性へ譲るのが、昭和に生まれたおっさんの役割だ。


「んんっ。御主人様?」

「起きたか。こっちへ来い」

「はあい!」


 さすがはシモベというべきか。主人であるフォルトが目覚めると同時に、目を覚ましている。マリアンデールとルリシオンは夢の中であった。


「ぶっちゃけ。魔人も悪魔も寝なくていいんだけどな」


 カーミラを足の上へ座らせて抱き寄せる。魔人も悪魔も睡眠は不要だ。寝る事はできる。フォルトは惰眠だみんこそ幸せなので、寝てるだけである。カーミラも付き合っているだけだ。


「えへへ。ゆっくりと静かにやるのもいいですねえ」

「でへへ。まさにスローライフ」

「ライフはスローじゃないみたいですけどね!」

「そうみたいだな。まったく……」


 フォルトの魔力探知に引っかかる者が居る。もう扉の目の前だが、一向にノックをする気配がない。

 そこでカーミラを椅子へ座らせながら立ち上がり、扉の前まで歩いた。それから溜息ためいきをつき、扉を開けるのだった。


「はぁ……。どちらさま?」

「あっ!」


 扉を開けると、目の前には聖女ミリエが居た。デルヴィ侯爵の屋敷に居たはずだが、わざわざシュンたちの屋敷へ来たようだ。朝っぱらからと言いたいが、すでに昼になっていた。


「ミリエか」

「あ、あの……。フォルト様は破廉恥です!」

「え?」


 ミリエはフォルトごしに部屋をのぞき、その光景を目の当たりにした。自分の部屋のように汚していないが、ベッドの上にはマリアンデールとルリシオンが寝ている。椅子へ座らせたカーミラは、ローブをまとっていない。つまり、いつもの露出が満点の服だった。


「い、いや。俺の身内だし」

「み、身内ですってぇ!」

「あの、ミリエ?」

「い、いえ。失礼しましたわ。で、でしたら、そういう事なのですね?」

「そ、そういう事だ」


 ミリエとて年頃の女性である。それにカルメリー王国の王女であり聖女でもある。知識として知っていても経験などないのだ。それでも多少の冷静さが残っているのは、さすがは王女・聖女といった感じである。


(まあ、ソフィアも似たような感じだったし……。い、いや。それよりも)


「んんっ! それで、何の用だ?」

「お話をしようかと思いまして」

「昨日、あれだけ話しただろ?」

「足りませんわ。それに、お食事がまだの御様子」

「起きたばかりだからな」

「で、でしたら、御一緒にいかがかしら?」

「みんなと食べるんで」

「でしたら、彼女たちも一緒に!」

「まだマリとルリは寝てるので」

「で、でしたら庭で御茶でも!」

「はぁ……」


 面倒臭い。断っても断っても、次から次へと誘ってくる。モテているなら顔がニヤけてしまうだろうが、どうやらそういう類のものではない。


「なんで、そこまで?」

「まだ聞きたい事があるのと、聖女としての仕事ですわね」

「なるほど」


(面倒だなあ。魔法を使うか?)


 単純な好奇心と、聖女としての仕事のようだ。そんなものに付き合ってはいられない。玩具にするかと考えたが、絶対服従の呪いは避けたい。

 ミリエの後見人はデルヴィ侯爵である。フォルトに近づくなと言えば、その違和感に気づくだろう。帰れと言っても同様だ。すぐに戻った彼女を見れば、絶対に感づかれる。支配や魅了の魔法は、もっと駄目である。効果中の記憶が残っている。本当に面倒臭い相手であった。


「分かった、分かった。じゃあ、茶だけな」

「分かりましたわ。困らせるつもりはありませんのよ?」

「はぁ……。カーミラ、ちょっと出てくる。説明は任せた」

「はあい!」


 十分に困っている。こんな妹をもったリリエラも大変だったのかもしれない。そんな事を考えながら、部屋を出ていく。

 ミリエは庭へ出る途中で、メイドに茶を頼んでいた。そして、そのままテラスへ向かい椅子へ座る。デルヴィ侯爵の屋敷より格段に狭いが、一応テラスらしきものはあった。もともとは貴族の屋敷なので当然か。


「それで?」

「そうですわね。まずは……」


 ここからミリエの質問攻めが始まる。今回はソフィアが居ないので、慎重に対応をする必要があった。まったく、頭の痛い話である。

 途中でメイドが茶と茶菓子を持ってきたが、それに口をつける暇もないほどに質問をしてきた。これにはゲッソリとしながら、天を仰ぎたくなるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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