第268話 魔人と新聖女2
「フォルト様。起きてください」
デルヴィ侯爵の屋敷にある庭の中央で、三人の男女がテーブルを囲んでいた。一人はフォルトである。椅子の背もたれに寄りかかり、腕を組みながら寝ている。
それを、元聖女のソフィアが起こしているところだった。
「んがっ! ぐぅぐぅ」
「あの……。フォルト様?」
最後の一人が、現在の聖女であるミリエだ。出会って間もないために、恐る恐るといった感じに声をかけている。
「起きませんね」
「お疲れなのでしょうか?」
「
「バ、バレてたか」
「あ、あら……」
二人がテーブルを離れて散歩をしている最中、フォルトは薄目を開けて見ていたのだ。ソフィアの困った表情は、実に可愛かった。
そして、戻ってきたので寝てるフリをした。そのせいで、
「フォルト様」
「なんだ?」
「今後、フォルト様と御会いするにはどうすれば?」
「会わないよ。会う必要がないからな」
「私にはあります!」
「えー」
(聖女って面倒臭い。ソフィアの時もそうだったが、なんでこう、しつこいのか。断っても、しぶとく付きまとうように……)
フォルトはとても面倒臭そうな表情をする。その表情は昔、ソフィアへ見せていたものだ。それを思い出して目を移すと、必死に笑いを
「ちなみになんだが……。会って何を話すんだ?」
「え、えっと。悩みとか? 相談に乗りますわ!」
「悩みか……。
「あら。私から言いますわよ? どなたが?」
「俺の目の前に……」
「ソフィア様。あまりフォルト様へ近づかないように」
「い、いや。あなたですよ」
「なんですってぇ!」
「ミリエ様?」
「あ、いえ……。そんなに
こうやって涙目で聞かれると困る。見た目がリリエラと被るので、身内を
被ると言っても別人であり、姉妹として似ているだけであったが……。
「ああ、いや。ま、まあ、そうかもしれない」
「では、気をつけますわ」
「そうしてくれると助かる」
「このように会って話すのが、聖女の仕事なのです」
「なるほど。だが、俺には不要だ」
「そうなると、困ったことになりますわよ?」
「困ったこと?」
「泣きます」
「勘弁して」
本気なのか冗談か分からないが、なにがなんでも食らいつく気だ。聖女の仕事とはいえ、それほどの仕事なのかと思ってしまう。
「私が泣きだしたら、テラスに座っている男が来ますわ」
「そ、そうだろうな。だが、会わん!」
「………………」
「そこまでしつこいのは、やはり死者の蘇生か?」
「それもありますわ」
「それも?」
「デ……」
「ミリエ様!」
ミリエが何かを言おうとしたところで、ソフィアが声をあげた。その後は渋々といった表情で、話を続きをするのだった。
「後でソフィア様に、お聞きになればよろしいですわ」
「ふーん」
「ですが、諦めませんわよ?」
「とにかく、死者の蘇生はやれん。神殿に聞くんだな」
「そうですか」
「それに、俺の住んでいる場所へは入れん。来ても迷うだけだ」
「………………」
フォルトは強く念を押す。実際、言った話は本当だ。リリエラが生きているということを抜きにしても、死者を蘇生させる魔法を知らない。
双竜山の森へ来ても、ドライアドが迷わす。心配なのはグリム家だが、ソフィアが言えば許可証の発行はしないだろう。
「そこまで邪険にしなくても、よろしいのではなくて?」
「これは、おまえのためでもある。ローゼンクロイツ家には近づくな」
「なぜですか?」
「魔族は人間を憎んでいるからな。先ほどの姉妹が、おまえを殺すだろう」
「ですが、私を殺すと困ったことになりますわよ?」
「またそれか……」
「私は聖女です。それに属国とはいえ、カルメリー王国の王女ですわ」
「俺には関係ないな」
「他にもありますわ。フォルト様は好色です。みすみす私の体を……」
「違うから! い、いや。違くはないが、違うから!」
「ふふっ。面白い方ですわね」
ミリエはクスクスと笑い出した。その顔は素敵だが身内にする気はない。言われたように聖女で王女だ。手を出せば、厄介どころの話では済まないだろう。
フォルトは絶対に手を出さないと誓う。
「とにかく、そういうことだ」
「分かりましたわ。ですが、邪険にはしないでくださいね」
「今後は会わないのに、邪険もなにもないだろう」
「本日のように、またお会いする機会があるかもしれませんわ」
「分かった分かった。考えておく」
「お願いしますわ」
本当に面倒臭い女性である。魔の森へ来たソフィアは、頭脳を使った面倒臭さだった。ミリエは天然の面倒臭さだ。どちらも面倒なのは変わりないが……。
そんな事を考えていると、シュンが歩いて近づいてきた。
「おっさん、終わったか?」
「ああ。もう話すことはないぞ」
「それは良かった。では、ミリエ。部屋へ戻りましょうか」
「呼び捨てにされる覚えはないですわよ?」
「まあ、いいじゃないか。知らない仲じゃないだろ?」
「知りませんわ。ですが、もう時間ですわね」
「そういうことだ。ところで、おっさん」
「なんだ? っ!」
フォルトへ話しかけたシュンは、腰に差している剣を抜いた。それから首を
魔人といっても、戦闘訓練を受けていない。力が強いだけで、剣技などはサッパリだ。このように突然のことだと、とてもじゃないが反応できない。
「シュン様!」
「シュン!」
「………………」
当然のように、ソフィアとミリエが非難の声を上げる。それでもシュンは、剣を引こうとしない。その目はフォルトを
「何のマネだ?」
「高位の魔法使いっつっても、こんなもんか」
「は?」
「冗談だよ」
そこまで言ったところで、シュンは剣を引いた。冗談と言っているが、剣を振り抜かれていたらと思うとゾッとしてしまう。
(まあ、残念ながら振り抜けないがな。あんな剣じゃ、俺を傷つける事はできない。でも、途中で止めてもらって助かったのは事実か)
シュンが剣を振り抜こうとしても弾かれる。そうなると、フォルトが人間ではないと知られてしまう。魔法で防御したと言ってもいいが、魔法を使った形跡がない。
考える時間があれば良いが、咄嗟に思いつく言い訳では納得しないだろう。
「おっさんは、食事が終わったらどうすんだ?」
「さっさと双竜山の森へ帰る」
「そう言うな。
「は?」
「おっさんの敷地に泊めさせてもらった礼だ。俺らの屋敷に泊めてやる」
「結構だ!」
「だから、そう言うなって言っただろ。同じ日本人じゃねえか」
「………………」
「それに、オークションへ参加するんだろ?」
「そそっ、そうだったな」
フォルトは応接室でのやり取りを思い出した。デルヴィ侯爵とシュンには、オークションへ参加すると勘違いをさせている。
それに、戦神の指輪を欲しがっていると知られているのだ。
(シュンたちの屋敷か。ハッキリ言って行きたくない。昨日、泊まった宿屋でいいと思うが……。ここで断った場合のデメリットはなんだ?)
「フォルト様。泊めさせていただきましょう」
「ソフィア?」
「ローゼンクロイツ家の当主様が宿屋では……」
「そ、そういうものか」
「はい。限界突破を終えた勇者候補の屋敷です。警備に問題はないかと」
「ソフィアが言うなら、そうさせてもらおうか」
「決まりだ。んじゃ、さっきの応接室へ送るぜ」
フォルトとソフィアは、シュンの案内で成金趣味の応接室へ戻る。そこでは、カーミラと姉妹がおとなしく待っていてくれた。
ミリエは別の部屋へ向かったようだ。魔力感知を周囲に張ってみるが、隠れている者は居ないようだった。
「御主人様! どうでしたかあ?」
「俺が好色だそうだ」
「いまさら何を言っているのかしらあ?」
「ま、まあ、そうなんだが。面と向かって言われるとな」
「貴方。あの女も欲しくなったとか?」
「要らん。リリエラが居るからな。向こうにも、その気はないだろう」
「似てましたからねえ。さすがは姉妹です!」
「まあな。姉妹はマリとルリで十分だ」
フォルトはソファーへ座り、マリアンデールとルリシオンを両隣に座らせる。それから腰へ手を回してから引き寄せた。
「それで?」
「死者の蘇生のことを聞かれたな」
「そんな魔法はないわよ?」
「アカシックレコードにもない。カーミラ、悪魔のほうは?」
「聞いたことがありませんねえ。あっても、神の領域だと思いますよお」
「だろうな。俺は「神々の敵対者」。どのみち使えん」
召喚されたときにもらったカードは、神殿で作られる物だ。そこへ表示される称号などは、天界の神々が関係していると思われる。
フォルトの称号は「神々の敵対者」。神から敵だと烙印を押されたようなものだ。そう考えると、少々笑ってしまう。
「森へ戻ったら、シェラとセレスにも聞いてみよう。特にセレスだな」
「自然神ですか。可能性としては低そうですが」
「まあ、死者の蘇生は自然に反する気がするけどな」
「はい。ですが死者の蘇生とは、また
「口からの出まかせな気はするがな。リゼット姫から聞いたらしい」
「頼りになる男性で、死者の蘇生ができる。ですか」
「そんな事実はないのだがな」
「あら。半分は合ってるわよ?」
「そうよお。こうしていられるのも、フォルトのおかげだしねえ」
「「ちゅ」」
「でへ」
マリアンデールとルリシオンの攻撃で、フォルトは撃沈寸前だ。
それにしても、リゼット姫は何を言っているのだろう。死者の蘇生はできない。また、頼りになる男性とも思っていない。身内にならば魔人としての力を頼られても良いが、その以外はまるで駄目男だ。
しかも腰が重い。軽いのは、あの時だけである。
「リゼット様は、どういう意図で?」
「分からんな。嫌がらせか、それとも……」
「姫様の人柄で、それはないかと思われますよ」
「まあ。会った時の感じだと、そうだな」
ソフィアはフォルトよりも、リゼット姫の人柄を知っている。
それを受けて、エインリッヒ九世の舞踏会へ呼ばれたときを思い出す。あの年若い姫は、踊ると死んでしまう病の冗談が通じなかった。
それは置いておいても、可愛らしく
「まあいい。それよりも、オークションだな」
「あら? 参加しないと言ってなかったかしら」
「流れでなあ。それに、あの女が町に居るのも……。ニャンシー!」
マリアンデールの問いに答えず、フォルトはニャンシーを呼ぶ。今は双竜山の森に居るので、魔界を通ったとしても時間がかかだろう。
それでも、食事の前には到着するはずだ。
「はぁ……」
フォルトは
デルヴィ侯爵は食事をしていけと言っていた。きっと、聖女ミリエと同席するつもりだろう。その食事の後は、シュンの屋敷へ向かう話になってしまった。
それを考えると、とても憂鬱になってしまうのであった。
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Copyright(C)2021-特攻君
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