第267話 魔人と新聖女1

「なんだ? リ……」

「フォルト様」


 聖女ミリエが対面の椅子へ座って質問をしてきた。またもやリリエラの名前を呼びそうになったが、ソフィアが止めてくれた。


「死者の蘇生についてなのですが」


(危ない危ない。双子じゃないけど、結構似てるよな? 歳が一つだけ違う姉妹だったか。それにしても、この質問は……)


 リリエラがカルメリー王国第一王女ミリアだった時は、下に二人の姉妹が居たと聞いている。一人は聖女になって目の前に居るミリエだ。もう一人は、カルメリー王国第三王女のミリムである。

 リリエラはミリアという自分を捨てたので、昔の事は話さない。時々フォルトが何気なく聞く時に答えるだけだった。


「死者の蘇生?」

「そ、そうですわ。そういう魔法が使えると聞きました」

「は?」

「姉さまを生き返らせてほしいのですが……」

「え?」

「お、御礼なら、なんでも差し上げます!」

「な、なんだってぇ!」

「フォルト様?」

「い、いや。なんでもない」


 カーミラがよく突っ込んでくれた驚きの声に、ソフィアも突っ込んでくれた。それはそれとして、死者の蘇生などと言われても困る。そんな魔法は、アカシックレコードにないのだ。

 たとえ、そのような魔法があったとしても使えない。いや、意味がない。ミリアであったリリエラは、生きているのだから。


「何か、勘違いをしていないか?」

「え、あ。そ、そうですわよね。御礼が先ですか?」

「いや、そうではなく」

「フォルト様は、好色と聞きましたわ」

「誰に!」

「わ、私で満足をしていただけるかどうか……」

「話を聞いて!」

「はい?」


 途中で聞き捨てならない事も言っていたが、まずは話を止めないと話が進まない。矛盾しているが、ミリエは自分の世界へ入りそうだった。


「ま、まずだな。死者を蘇生する魔法はない!」

「な、なんですってぇ!」

「ミリエ様。落ち着いてください」

「あ……。し、失礼しましたわ」


 なんとなく親近感がわいたが、ソフィアのおかげで、ミリエの声のトーンが下がった。落ち着いてもらわないと、やっぱり話が進まない。


「それに死者の蘇生って、信仰系魔法じゃないのか?」

「魔法の事は、よく分かりませんわ」

「頼むなら神殿だな」

「で、ですが。姫様が……」

「姫?」

「リゼット様から聞きましたのよ?」

「へ?」


 リゼット姫とは一度しか会っていない。王であるエインリッヒ九世に呼ばれて、舞踏会へ行った時だけだ。しかも立ち話程度で、マリアンデールとルリシオンがあしらっていた。


「うーん。あの王女様か」

「フォルト様は、とても頼りになる方とも」

「はい?」


 フォルトは頼られた事もなければ、その舞踏会以降に会ってもいない。頼りになる方と言われる覚えはなかった。


「あの……。フォルト様?」

「お、俺は頼りにもならん。無職で引き籠りなのだ!」

「そうなのですか? 何か、特殊な事情でも?」

「まあ、俺の世界は狭い。そういう事だ」

「それは、どういう事でしょう?」


(厨二病っぽい言い回しだったか? リリエラなら意味が分からずとも「そうっすか」と言ってくれるのだがなあ)


「そ、そんな事より、俺が好色というのもリゼット姫が?」

「いえ。あのテラスに座ってる男ですわ」

「くそっ。シュンか……」


 昔から陰口などは気にしないのだが、実際に言われていたと聞くと腹が立つ。何か悪い事でもしたのかと思ったが、よく考えればありすぎるような気がした。


「まあ……。最初から嫌われていたようだし……」

「はい?」

「シュンが付き合っていたアーシャは、俺のものだし……」

「どうかしましたか?」

「今の女も玩具か……」

「あの?」

「狙っているだろうと思われるソフィアも、すでに俺のものだし……」

「フォルト様? もう一度、いいですか?」


 フォルトはブツブツとつぶやいているが、声が小さかった。聞こえるように話すつもりがなかったので、ミリエが問い返してくる。


「あ、ああ。なんでもない。好色と言えば好色だ」

「え?」

「だから、俺に近づくな」

「もっと御話を!」

「ソフィア……」

「ミリエ様。フォルト様は、お疲れの御様子です」

「そうなのですか?」

「はい。ですので、庭を散歩しながら、私と話しましょうか」

「え、ええ。ソフィア様とも話したかったですわ」

「ぐぅ、ぐぅ」


 ここはソフィアの機転を受け入れて、狸寝入たぬきねいりをするに限る。質問には答えたし、これ以上話をしても意味がないからだ。

 言えない事も多い。リリエラが生きていた事は伝えられない。デルヴィ侯爵に捨てられて、何人もの男どもに慰み者とされ、処分される寸前だった事も伝えられない。そして、今は身内であるが、その前は玩具にしていたのだ。


「諦めろ。死んだ者は生き返らない。昔の自分を殺したやつもな」


 フォルトは目を閉じながら考える。リリエラをミリエに会わせられないと。どうなるか予想ができるだけに、それだけは避けたい。そこまで考えたところで、完全な惰眠だみんへ入ったのであった。



◇◇◇◇◇



「フォルト様は召喚された時も、あのような感じだったのですか?」


 庭の中央に設けられた席から離れたソフィアは、ミリエとともに庭を散歩している。新旧の聖女がそろった。


「根本的な部分は変わっておりませんね」

「根本的な?」

「負の思考が大きいのです」


 ソフィアは言葉を選ぶ。人間がみにくくて嫌いだとは言わない。誰も信じていないとも。本人が言っている事だが、他人に言われると傷つくものなのだ。

 そして、魔の森で再会した時の事を思い出す。慎重に、丁寧に話したつもりだ。その甲斐かいもあって、森から連れ出す事に成功をした。


「ソフィア様?」

「す、すみません。考え事を」

「なにやら難しい問題を、抱えていらっしゃるのですね」

「そうですね。本人は放っておいてほしいだけでしょうが」

「他の異世界人には会いましたが、フォルト様のような方は初めてです」

「そうですね。私もそう思います」


 どうやらミリエは、聖女としての仕事をやっているようだ。異世界人と対面で会話をして、悩み事や相談などを聞く。その上で打ちけて、異世界の事を聞き出すのだ。そして、彼女は勇者召喚をおこなったと聞いていた。


「そう言えば、勇者召喚の儀をおこなったとか」

「ええ。フォルト様のように、年齢が高い方々でしたわ」

「その話は御爺様から聞いておりました」

「ソフィア様が召喚された方々は、お若いのですわよね?」

「そうですね。フォルト様だけは違いましたが」

「聖神イシュリルの考えは、よく分かりませんわ」

「ふふ。神の思考は考えるだけ無駄ですよ」

「そういうものですか?」

「ええ。それに分かったところで、何もできないですしね」

「そうですわね。デルヴィ侯爵を殺してくれないかしら」

「え?」


 和やかな話の最後に、ミリエはとんでもない事を言いだした。デルヴィ侯爵を殺してほしい。そう、たしかに言ったのだ。


「あの、ミリエ様?」

「あ……。聞かなかった事にしておいてほしいわ」

「わ、分かりました」

「私はね。エウィ王国……。特にデルヴィ侯爵が大嫌いなのですわ」


 聞かなかったことにと言っていたが、どうやら続けるようだ。この話を続けられても困ってしまう。


「そ、それは……」

「私たちの国を属国とし、姉さまを奪い、さらには殺したわ」

「あの。病死と聞いていますが?」

「そうね。でも、同じ事だわ」


 いきなりの豹変ひょうへんぶりに、ソフィアは目を丸くする。歩いている庭は、その大嫌いなデルヴィ侯爵の屋敷の敷地内だ。

 それに侯爵へ対し、暴言とも受け取れる事を言った。平民であれば死刑といかないまでも、不敬罪ふけいざいで投獄されてもおかしくはない。


「フォルト様なら、殺してくれるかしら?」

「ミリエ様!」

「そ、そうね。ごめんなさい。聖女にはなりましたが、私の思いは……」

「先ほど言われた通り、聞かなかった事にしておきますね」

「そうしてもらえると助かるわ」


 ミリエは自国を愛し、家族を愛しているのだろう。カルメリー王国はエウィ王国の属国となり、不当な扱いを受けていた。

 そして、カルメリー王国の後見人はデルヴィ侯爵なのだ。侯爵は黒いうわさの絶えない人間である。彼女の国の扱いは察せられた。


「私はエウィ王国の人間ですので」

「そうですわね。不思議と話し易いですが」


 ソフィアを嫌う人間は極少数だろう。領内では人気があり、聖女として長く勤めあげた。人柄もよく、見た目も奇麗だ。同性でもれてしまうだろう。


「それにしても、いつまでフォルト様と御一緒に?」

「え?」

「聖女の役目は終わり、一緒に居る必要はないのでは?」

かくまってもらっています」

「誰からですか?」

「それは言えません。ミリエ様が巻き込まれてしまいます」


 ソフィアの決まり文句だ。実際のところ、デルヴィ侯爵の思惑が分からない。狙われていると思っていたが、今はそうでもないようだ。

 しかし、それすらも演技と思ってしまう。それをミリエに言えば、一緒になって殺しましょうぐらいは言いそうだった。彼女の話は、そう思える内容だった。


「分かりましたわ」

「そうですか」

「もう一つ、御聞きしてもいいかしら?」

「はい」

「今後、フォルト様に御会いするにはどうすれば?」

「え?」


 ミリエが言うには、エウィ王国は嫌いだが、聖女の仕事は好きなようだ。全ての異世界人に会っているので、今後も接触を持ちたいとの話だった。


「会う必要はないかと」

「なぜですか? 聖女の仕事ですわよ」

「国からは、会わなくてもいいと言われていますよね?」

「ですが、今回は御会いしましたし……」

「デルヴィ侯爵の計らいでしょう」

「一度会えば、二度も三度も変わらないのでは?」

「どうでしょうか。フォルト様は嫌がるかと」

「ソフィア様が聖女だった時は、何度も御会いしたと聞きましたわ」

「た、たしかに会いましたが」


 ソフィアは困惑してしまう。しかし、ミリエの気持ちも分かる。自分も同じような感じだった。聖女の使命感ではないが、やれることはやっていたのだ。


「困りましたね」

「ソフィア様が困る必要はありませんわ。フォルト様に直接……」

「はぁ……」


 ミリエが食い下がるが、フォルトに聞いたところで意味はない。嫌がって拒否されるだけだろう。そして、それをソフィアに止めるすべはない。


「分かりました。聞くだけ聞いてみましょうか」

「ええ。そうしましょう」


 ソフィアは諦めた。昔の自分に、同じ事を言っても無駄だっただろう。そう思えるほど、ミリエは聖女をやっていた。

 そして、二人は庭の中央へ設置されたテーブルへ戻っていく。そこではフォルトが寝ていた。彼を起こした後はどうなるか。ソフィアは意地悪をする子供のような顔になり、隣の椅子へ座るのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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