第266話 新旧聖女3
相変わらずの成金趣味な応接室。デルヴィ侯爵の屋敷へ来たフォルトたちは、メイドが持ってきた茶をすすりつつ、侯爵が来るのを待っていた。
話によれば、屋敷へ戻ってくるまで時間がかかるらしい。それでも待たせてもらえるあたり、客人として対応されているようだった。
「どれどれ」
カーミラが奪ってくれたオークションの本を読みながら、ある品物が記載されたページで目が止まる。
「これが戦神の指輪か」
「わりと普通なのね」
「それは、魔道具なのかしらあ?」
「うーん。効果は書いてないな」
「出品者は、オービス。偽名でしょうね」
「アルディスの情報通りか」
この世界に写真などないので、魔法で模写をした絵が描かれている。ニャンシーが使える【ソートグラフィー/念写】の魔法だろう。
中級の魔法なのだが、それなりに使える者は居る。そういった者は雇われ口が多い。絵心やセンスがあると、高給取りだったりする。
「本物かな?」
「裏組織の主催なら、真偽は確かめてあるでしょ」
「グルになって、偽物を売るとか」
「その辺の一般人ならねえ。今回は御得意先になる人間たちよお」
「そうですね。長い付き合いにしたいでしょうし、本物かと思われます」
「はぁ……。やだやだ」
フォルトは
そういう者たちからは遠ざかりたいが、その大御所とも言うべき者の屋敷へ来ている。
(さて、さっさと用件を聞いて帰りたいが……。前に来た時は、そこに居たっけ? まあいいや。んじゃ、とっとと御登場を願うとするかあ)
フォルトはソファーへ座っているが、突然振り向いて壁へ向かって手を振る。ソフィア以外の者もクスリと笑い、同じように振り向いて手を振った。それから元の態勢へ戻って、扉を注視する。
「フォルト様?」
「ははっ。ソフィアじゃ無理だったか」
――――――トン、トン
ノックはされたが、間髪を入れずに扉が開いてデルヴィ侯爵が入ってきた。その後ろにはシュンが居る。侯爵へ仕えているからだと思われた。
侯爵はフォルトの前のソファーへ座る。こちらは座ったままなので、
「よく来たな」
「
「ふん! 試させてもらっただけだ」
「ふーん」
フォルトたちの後ろにある壁の向こうは、隠し部屋のようだ。魔力探知を使ったところ、人が居る事が分かった。それで手を振ったのだが、案の定デルヴィ侯爵とシュンであった。
もちろん最初に来た時も、隠れている者が居た事は分かっていた。興味がなかったので、放っておいただけだ。
「高位の魔法使いは、本当のようだな」
「そ、そうだ」
「そっちは、ローゼンクロイツ家の姉妹だな?」
デルヴィ侯爵は蛇のような目を細めている。マリアンデールとルリシオンを値踏みしているのだろう。それを分かるようにやるので、とても不快であった。
「人間の侯爵ごときが、私たちに
「生意気ね。燃えたい? つぶれたい?」
「侯爵様!」
「よい。動くな」
シュンが剣を抜こうとするが、それをデルヴィ侯爵が止めた。姉妹の名声は知っているはずだが、落ち着いているようだ。
実際のところ力で対応されれば、殺される事は分かっているだろう。やはり、侮れない人物である。
「ふん。其方たちは呼んでおらん。勝手に来るのが、魔族の礼儀か?」
「ふーん。口は回るようね」
「ワシを殺せば、家の名に傷がつくな」
「そうねえ。でも、許したわけじゃないのよ?」
「それでいい。用があるのは、そこの二人だ」
姉妹の対応を終わらせたデルヴィ侯爵は、フォルトとソフィアの方へ顔を向けた。こちらと向き合う事で、姉妹に口を出させないつもりだろう。
「まあいいわ。続けなさい」
「ふぅ。返礼としてきたが、なにも持ってきていないぞ」
「分かっておる。そんなものに期待をしておらぬ」
「それで、俺たちを呼び出した用件は?」
「その前に、其方らはオークションへ参加するのか?」
「あ……」
テーブルの上に本を置きっぱなしであった。デルヴィ侯爵は、その本が何かを知っている。さっそく聞いてきたので、とりあえず答えた。
「品物に興味があってな」
「其方の興味を引く品があったか?」
「あっ! これがほしいな!」
適当なページをめくって、とってつけた
「
「ぐっ!」
フォルトはシュンを見る。この部屋へ来てから話してもいないが、口元が緩んでいる。おそらく、告げ口をしたのだろう。
「其方では買えないだろうな」
「なぜだ?」
「帝国から、グラーツ・アリマーが来ている」
「ほう」
「帝国の財務尚書だ。落札して、戦神オービス神殿へ返すだろうな」
「………………」
「殺して奪おうとは思うなよ?」
「………………」
「ワシならば、出品者に届けさせる。偽名だからな」
(くそ。奪うには、戦神オービス神殿へ侵入しないと駄目という事か。でも、それはデルヴィ侯爵だからか? そのグラーツというやつも同じ考えか?)
「同じだ。馬鹿もん」
「………………」
考えを読まれたようだ。表情にでも出ていたのだろうか。そんな事を思うが、デルヴィ侯爵の言った事は本当である。
帝国は実力主義の国だ。名家というだけでは、財務尚書になれない。この程度の事は思いつくのだ。
「ワシが落札をしてやってもいい」
「なに?」
「その代わり、落札金額分の働きをしてもらおう」
「嫌だ」
即答だ。そんな事をするなら、戦神オービス神殿を襲うほうがマシである。もしくは、オークションの会場を襲うかだ。
今は最大戦力がそろっている。フォルトやカーミラが戦わずとも、マリアンデールとルリシオンが喜んで戦うだろう。
「其方は相変わらずだな」
「無職こそ、わが人生」
「おっさん……」
シュンが
「まあ、冗談であって冗談ではない。俺はやりたい事をやるだけだ」
「ならば、好きにしろ」
「そうするつもりだ」
デルヴィ侯爵へ借りなど作りたくはない。借りはバグバットだけで十分だ。それすら、まだ返せていない。
「では、呼んだ理由を教えよう」
「そうだった。結局、何の用だ?」
「うむ。会ってもらいたい者がおってな」
「会ってもらいたい者?」
―――――パン、パン
デルヴィ侯爵はフォルトの疑問に答えず、扉の方を向き両手で手をたたく。すると、一人の少女が入ってきた。
「リ……」
「フォルト様、違います」
「あ……」
入ってきたのは、聖女ミリエだ。姉妹なので、姉のミリアだったリリエラと似ている。これには思わず呼びそうになってしまった。ソフィアの機転がなければ、呼んでしまっていただろう。
そして、デルヴィ侯爵へ目を戻した。すると、テーブルへ身を乗り出してフォルトを見ている。顔が近い。これにはビックリして、後ろへ体を反らす。
「あ、あの。そういうのは、止めてもらえますか?」
「ワシの
「いや……。さすがに気にする」
「とにかくだ。其方は会っておらぬだろ?」
「会ってないな」
「聖女は異世界人の世話もする。だから、会わせたのだ」
「世話とかは要らないので」
「ふん。元聖女のソフィア嬢も会っておらぬだろ」
「そ、そういう事なら……」
ミリエの立場など知った事ではないが、ここは押し切られた感じだ。本当に化け物である。おそらく、ソフィアはダシに使われたのだろう。グリムの孫であり、元聖女だ。新しい聖女と会わせる事に不思議はなかった。
(まったく。たしかに新しい聖女と合わせると言われても、森から出なかっただろうなあ。まあ、ソフィアは引継ぎとかしていないだろうし……)
「始めましてフォルト様。ミリエと申します」
「あ、ああ。フォルト・ローゼンクロイツだ」
「宮廷魔術師長グリムの孫娘。ソネンとフィオレの娘。ソフィアです」
ミリエは礼儀正しく
「食事も用意してある。泊まれとは言わぬが、お互いで話をしておけ」
「話す事はないけど?」
「馬鹿を申せ。ソフィア嬢の顔に泥を塗る気か?」
「そうきたか」
「まずは三人で話すがよかろう。庭でも散歩したらいかがかな?」
「そうですわね。フォルト様とソフィア様が嫌でなければ……」
「大丈夫ですよ。ねえ、フォルト様」
「あ、ああ」
嫌だったが、ソフィアが決めた事だ。聖女の事などは分からないので、ここは彼女に任せる方が無難だろう。そう思ったフォルトは、カーミラを見た。
「マリとルリと一緒に、ここへ残っておくのでえ」
「そうね。楽しんでらっしゃい」
「暴れないから安心しなさあい。当主の顔に泥は塗らないわあ」
「わ、分かった。では、ソフィア」
「行きましょう」
「シュン、案内してやれ」
「はっ!」
デルヴィ侯爵は立ち上がり、話は終わりとばかりに部屋を出ていった。それからシュンの案内で庭へ出る。途中にテラスがあったが、通過してしまった。
庭先の中央には、テーブルと椅子が用意されてあった。わざわざ用意したようだ。まるで、手のひらで踊らされているようであった。ここまでは、デルヴィ侯爵のシナリオ通りなのだろう。
「俺はテラスに居るからよ。終わったら声をかけろ」
「分かった」
シュンは聖女ミリエの護衛をやらないようだ。これも試されているのだろう。聖女は重要人物のはずだが、それすらも手駒に使っている。
そして、彼が近くから離れていった。それとともに、三人は椅子へ座る。テーブルには茶や茶菓子が置いてあった。
「話せと言っても、何を話せばいいのやら」
「そうですわね。では、召喚されてから今までの経緯を」
「長いし面倒。報告書とか、あがってないの?」
「あがっていますが、それ以外にもあるかと」
「ソフィア……」
「ふふ。聖女の仕事で必要な部分は、私が御話しましょう」
「よろしく」
ここは元聖女のソフィアに任せる。彼女は長年聖女を務めていたので、何が必要なのかは知っている。それを引き継がせればいいのだ。
それでも長い事に変わりはない。フォルトは茶菓子を食べながら聞く事にした。さすがに、この場で寝るような事はしない。
「ふぁぁあ」
「眠そうですね」
「こうポカポカしてるとな」
それでも眠くなってくるが、どうやら話は終わったようだ。何を話したかは右から左だった。ソフィアは余計な事を言わないはずである。
「ところでフォルト様」
「なんだ?」
「高位の魔法使いだと、お聞きしましたが」
「そうだな。そういう事になってる」
「そういう事?」
「あ、いや。そうだ」
「で、では。お聞きしたい事があるのですが」
また質問攻めかと思いウンザリとするが、ミリエの話は少々興味がわいた。とりあえず、眠い目を
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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