第265話 新旧聖女2

 ビッグホーンの解体も終わり、森へ戻ったフォルトは、リリエラをクエストへ出した。今回もルーチェが一緒だ。徒歩と馬車になるが、問題なく行けるだろうと思われる。問題があるとすれば、出発前に疲れ切っていた事だけだ。


(リリエラは体を鍛えないと駄目だな。あの程度でバテるとなると、なると……。まあ、他の身内が居るしな)


「フォルト様?」

「すまん。考え事をしていた」

「空の上で考え事をされると、危ないのですが」

「ははっ。平気だ。こうやっても大丈夫だろ?」

「あんっ!」


 悪い手がソフィアを触る。悪い手というか、フォルトの手だ。現在はデルヴィ侯爵領へ向かうために、超高度を飛んでた。


「も、もう! 怖いのですからね!」

「そうか? それよりも、どこへ降りればいいと思う?」

「さすがに町の中では……」

「あの町の近くって」

「御主人様! 国境をこえるの時に、待機していた小山がありまーす!」

「ああ。じゃあ、そこへ降りるか」


 マリアンデールを抱いたカーミラが近寄ってきた。飛行機などで考えると近すぎるが、魔力で飛んでいるのでバランスなどは崩さない。


「ふん! 余はカーミラについていけばいいのか?」

「うむ」


 もう一人は、憤怒ふんぬの悪魔であるサタンだ。彼女はルリシオンを抱いている。この空を飛べる三人が、三人を運ぶのだ。その中のうち、サタンは到着後に双竜山へ戻って警備を担当する。


「じゃあ、ついてきてくださーい!」


 カーミラは角度を変えて落ちていく。フォルトとサタンは、その後を追いかけていった。物凄い加速である。この方法は、相当な魔力量がないと無理だ。残念ながら、ベルナティオではやれない。


「相変わらず速いわねえ」

「堕落の種を食べれば、マリとルリならやれるんじゃないか?」

「まだいいわ。運んでもらえるからね」

「俺の自堕落でも移ったか……」

「ふふ。強く言えば食べるわよ?」


 マリアンデールとルリシオンは、いまだに堕落の種を食べていない。ベルナティオと同じで、食べればすぐに悪魔となるはずだ。

 この間の限界突破で覚醒をしたが、それを待っていたわけではないようだ。強く言えば食べるという事は、いつもの気まぐれだと思われる。


「そうだなあ。逆に俺を運んでもらいたい」

「嫌よ。貴方が運んで、私を楽しませなさい」

「ははっ。変わらないなあ」

「そうねえ。みんなの限界突破が終わったら食べようかしらあ」

「ほう。もしかして、待っていたのか」

「なんとなくねえ。一緒の方がいいでしょうお?」

「そうだな」


(ツボを心得てるなあ。彼女たちの気遣いを、俺は返せているのだろうか? まあ、そういう事は考えず、返そうとしていればいいな)


 人間味のある考えだが、この考えは身内だけにしか向かない。彼女たちからすれば、それだけで返してもらっていると思っている。

 フォルトが居なかった場合、姉妹は今でも魔族狩りから逃げている。それは神経をすり減らす事だ。連戦が続けば、姉妹とて死んでしまう。魔人の身内になっていなければ、ゲッソリと苦しい表情をしていただろう。


「分からないものねえ」

「どうした?」

「なんでもないわ。あ、見えてきたわよ」

「御主人様! スピードを落としてくださーい!」


 前方を飛んでいるカーミラが速度を落とした。それに合わせて、フォルトとサタンも速度を落とす。

 眼下には小さな山があった。周りには民家などはなく、チラホラと動くものが確認できた。山に生息する魔物の類だろう。


「ハンは?」

「あそこですねえ」


 カーミラが指をさした先に、行った事のある町が小さく見えた。この小山から低空で速度を調整して飛んで行けば、すぐに到着しそうな感じである。歩けば半日以上はかかる距離のようだ。


「ハンまで落ちても、よかったんじゃないのかしらあ」

「透明化の魔法も使えるでしょ?」

「透明化を見破る目はある。せっかくのアンダーカバーだしな」

「慎重ねえ」

「こういうロールプレイは、やってみたかったのだ」


 高位の魔法使いになりきる事で、遊んでいるのだ。魔法使いになりきるなど、日本でやれば厨二病と言われる。

 それぐらいならばいいが、四十代のおっさんがやる事ではない。自分の部屋で知られないようにやっても、虚しくなるだけだった。


「んじゃ、行こうか」


 ここからは低空飛行でゆっくりとだ。町へ近づく前に透明化で消えて、壁をこえていけばいいだろう。この状態であれば、見破られても言い訳はたつ。壁をこえるのは、カードを見せられないからである。

 その後は、デルヴィ侯爵の屋敷へ向かうだけだ。なんの話があるか分からないが、町へ近づくにつれて、フォルトは嫌そうな表情に変わっていくのだった。



◇◇◇◇◇



「ですよね」


 フォルトたちは商業都市ハンへ入った。そして、デルヴィ侯爵の屋敷の前から戻っているところだ。


「アポイント。取ってなかったな」

「馬鹿なの? ニャンシーちゃんでも、走らせればよかったのに」

「いやあ。頭から抜けてたよ」

「確認すればよかったですね。ごめんなさい」

「いや。これは俺が悪い」

「まったく、しっかりしなさあい。呼びつけないのだからねえ」


 人間の貴族など呼びつけろと言いそうなものだが、デルヴィ侯爵は呼びたくない。あの金と権力の化け物が、フォルトの屋敷へ来たらと思うとゾッとする。絶対に喜んで来るだろうと思われる。

 それに、グリム家の出産祝いの返しだ。本来ならソネンとフィオレが出向くのだが、ソフィアにも金貨が送られた。そのため、返礼に来る必要があった。


「『人形マリオネット』を使っても、意味がないですしねえ」

「無理やり屋敷へ入っても、居ないんじゃな」


 デルヴィ侯爵が町に居ないのだ。よって、衛兵を操って屋敷へ入っても意味はない。それに衛兵や家人の人数が多いので、いろいろと面倒臭い。


「御主人様、どうしますかあ?」

「まあ、宿屋だな。商業都市ってぐらいだから、近くにあるだろ」

「この大通りにあると思います」

「でもでも! お金なんてないですよお?」

「あれ? ないの?」

「あの冒険者どもと、残りをリリエラちゃんへ渡しちゃいましたあ」

「ああ、そうだったな」


 リリエラの手持ちだけでは心許なかったので、シルビアとドボへ支払った残金を渡していた。すぐに帰るつもりなので、金など必要がなかったのだ。


――――――グー


「あ……」

「御主人様の暴食ぼうしょくタイムでーす!」


 さっさと宿屋を見つけて、彼女たちとイチャイチャしたかった。しかし、暴食ぼうしょくが悲鳴を上げだした。よく考えれば、起きてから何も食べていない。これも、すぐに帰ると思っての事だ。


「金はない。ど、どうするか」

「適当なやつから奪いますかあ?」

「エウィ王国ではまずい。グリムの爺さんとの約束が……」

「じゃあ、じゃあ。この町に居る帝国の貴族ならどうですかあ?」

「居るのか?」

「あいつが居ますねえ」

「あいつ?」


 カーミラが顔を向けた先に、でっぷりと肥えた男性と、ほっそりとした男性が居た。その男性たちは、豪華な服を着ている。どう見ても貴族だ。

 道には豪華な馬車が停まっており、その近くに衛兵らしき者が居た。どうやら、何かの受け渡しをしているように見える。


「いつもは、あのほっそりとした男から奪っていまーす!」

「なんで帝国貴族が、こんな所に居るんだ?」

「分かりませーん!」

「貴方は馬鹿なの? オークションに決まってるじゃない」

「お姉ちゃんの言う通りだと思うわあ」

「ああ、そうかもな。裏って聞いてたけど、集まるものなのか」

「金持ちに、表も裏もないのでは?」

「ははっ。ソフィアの言う通りだな」


 取り締まるとしても、オークションで働く従業員を取り締まるのがせいぜいである。参加者を捕まえる事は、いろいろと問題があったりするのだ。

 他国の貴族であれば、国際問題に発展する。大商人であれば、経済的な損失になる。日本ほど厳正ではないので、適当に見逃してしまうのだ。


「じゃあ、あいつから奪ってきてくれ」

「はあい!」


 さっそくカーミラは、その貴族の所へ歩いていった。彼女は『隠蔽いんぺい』を使っているので、ごく普通の女の子だ。ソフィアと同じようなローブを着て、露出が高い服を隠している。


「ふむふむ。さすが……」


 カーミラは衛兵へ話しかけた。貴族の二人は怒りだしそうになっているが、衛兵がなだめている。おそらく、割り込むとは何事だといったところだろう。


「あ、決まったわね」


 次に、衛兵の方を向いたほっそりとした男性に『人形マリオネット』を使った。そして、なだめ終わった衛兵にも使っている。最後に、でっぷりと肥えた男性に使って終わりだ。流れるような動きで、れしてしまう。


「さすがねえ」

「慣れてるな」

「さすがは悪魔ね。恐ろしいわ」

「………………」

「ソフィア?」

「私は何も見ていません!」


 フォルトと姉妹はカーミラを見ているが、ソフィアはソッポを向いている。偽善と思っているが、偽善ではないとも思っている。それをやっているのが、ソフィアだからである。相手が知らない者なら、偽善と思うだろう。


「御主人様! 戻りましたあ」

「全部は奪ってないな?」

「もちろんですよお。いつも通り、各貨幣を一枚ずつでーす!」

「うむ。ところで、それは?」

「なんか、オークションの本みたいですよ?」

「お! 見せて!」

「えへへ。まずは御飯を食べませんかあ?」

「そうだな! じゃあ、それは後でゆっくりと見よう」


 あの衛兵が、「黒い棺桶かんおけ」に関わっていたようだ。衛兵が構成員とは、組織の大きさが想像できる。


「でかい組織なんだな」

「そうですね。御爺様の苦労が察せられます」

「あの衛兵を訴えても意味がないだろうしな」

「はい。蜥蜴とかげの尻尾のように切られるだけですね」

「それより、どこで何を食べるのお?」

「ははっ。そうだなあ……。クンクン」


 暴食ぼうしょくが悲鳴を上げているのだ。立ち話は終わりにして、食べるものを決める。フォルトたちが居る場所は大通りだ。食事をする場所は多い。その中から、おいしそうな匂いを探してみた。


「あそこだな」

「貴方……。犬みたいね」

「ま、まあ。行こうじゃないか」


 フォルトの見つけた場所は、肉の種類が多そうな店だ。これも暴食ぼうしょくのおかげかどうかは分からない。とにかく、まずは腹をふくらませる事が大事であった。

 この店でも、アルバハードの出店のように驚かれるだろう。そうとは知らず店員は、笑顔でフォルトたちを迎え入れるのであった。



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