第262話 黒い棺桶2
アルバハードから三台の馬車が、デルヴィ侯爵領へ向かっていた。どの馬車にも、豪華な紋章がついている。
その一団の中央の馬車には、でっぷりと肥えた男性と、ほっそりとした男性が乗っていた。その二人のうち、ほっそりとした男性が話を始める。
「パパ。まだ早いんじゃないの?」
「やる事があるのだ。アルカスの遊びで来たのではないぞ」
「そうだけどね。エウィ王国に居るのかな?」
「皇帝陛下の話では、居るらしいがな。会う事などないだろう」
「ええ! パパ、見つけ出してよ」
「わがままを言うな! そんな暇などない」
「ちぇ。まだ、おなかが痛いよ」
「
「そうだけどね。屈辱だよ、パパ」
ほっそりとした男性は、アルカス・アリマー。アリマー家の嫡男である。パパと呼ばれた者は、そのアリマー家の当主であるグラーツ・アリマーだ。馬車の席を二人分以上取っている。
「魔族の貴族のクセに、アリマー家に手を出すとはな」
「そうだよ、パパ。あのメス豚には、
「まあ、聞いてはみるがな。期待はするな」
「えええ!」
「その代わり、オークションへ連れてきただろ。我慢をしろ」
「分かったよ、パパ」
アリマー家は帝国貴族の名家である。皇帝ソルに意見が言える、数少ない家だ。当主のグラーツは、帝国の財務尚書を務めている。この世界での財務尚書は、日本で言うところの財務大臣だ。
「ぶひひ。今回も、よい品が出品されるはずだ」
「パパの趣味は分かんないや。僕は、あの魔族の女がほしい」
「しつこいやつだな。そんなに憎いのか?」
「そうさ。アリマー家に泥を塗ったんだよ? パパも屈辱でしょ?」
「ぶひひ。家の事を思ってくれて嬉しいぞ」
「へへ。僕はアリマー家の嫡男だからね!」
三国会議の最終日に開かれた晩餐会。アルカスは小さな魔族に殴られた。それを恨みに思っているのだ。当然である。皇帝ソルも出席した晩餐会で、恥をかかされたのだ。見つけ出して
「たしか……。フォルト・ローゼンクロイツだったな」
「一緒に居た男だね。男に用はないさ」
「ふむ」
「どうしたの? パパ」
「いや、ちょっとな」
グラーツは座っているのも大変な体型だが、腕を組んで考え込んだ。しかし、普通に腕は組めない。手首を交差させているだけだ。
(もし出会ったら、失礼のないように扱えと仰せだった。アルカスには悪いが、皇帝陛下の
「ぶひひ」
「パパ、気持ちが悪いよ」
「ぶひひひ。それでいいのだ」
「そ、そう?」
「それよりもアルカス。おまえ、最近大きな買い物でもしているのか?」
「していないよ?」
「おまえのために用意している金がな」
「ああ、そうだった。いつの間にか……」
「落としたのか?」
「分かんない。誰かにあげたような?」
「寄付でもしてるのか。偉いな」
「そ、そうさ。寄付をしてるんだよ!」
アルカスは嫡男という事で、グラーツが金を分配している。税金逃れ用の裏金の一部だが、好きに使わせていた。
「まあいい。オークションでは、ほしい物を自分で買え」
「ええ! 足りなかったら、出してくれるでしょ?」
「足りると思うがな。まあ、足りなかったら言え」
「さすがはパパ!」
グラーツはアルカスを
その二十年以上の間に、次の子供は産まれなかった。それもあって、甘やかしているのだ。周りから指摘を受けるが、聞く耳を持っていなかった。
「その魔族は無理そうだからな。似たような奴隷でも買って帰るか」
「ほんと? いたぶってもいいの?」
「好きにしろ。どうせ、裏で買う奴隷だ」
「やった! 愛してるよ、パパ」
育て方は間違っているかもしれない。自分が死んだ後は、アリマー家をつぶす可能性が高い。しかし、それでもアルカスを愛している。どうしても甘やかしてしまうのだ。
(まあ、今後だが……。私のノウハウを教え込めばいいか)
これから向かう場所では、デルヴィ侯爵との会談やオークションが控えている。グラーツは、今後がアルカスの心配だった。しかし、今は直前の楽しみに思いをはせるのであった。
◇◇◇◇◇
「主。一足、遅かったようじゃ」
グリムブルグから戻ったニャンシーは、片手を自分の頬に当てて
その彼女の報告を、食事をしながら聞いていた。食卓には全員がそろっている。ルーチェに食事は不要だが、クウは食べていた。
「そっか。どこへ行ったか分かる?」
「残念じゃがのう」
「うーん。本当に残念だ」
血煙の傭兵団のアジトである、薄汚い酒場は分かっていた。
(追いかけようにも、足取りが分からないなあ。あの顔は特徴的だけど、空からじゃ見分けがつかん。せめて、どこへ行ったかが分かればなあ)
「あ、そうだ。ソフィア」
「はい?」
「グリムの爺さんに、俺が訴えられていないか聞いといて」
「訴えですか?」
「あのリザ……。んんっ! 傭兵団が俺たちに襲われたってな」
「なるほど。分かりました」
名前を名乗ったので、グリム家の客将だと知られただろう。魔族狩りは国の方針なので、魔族を助けた事や、いきなり襲われた事を訴える可能性があった。訴えられていれば重畳だ。連絡先が分かるので、見つけたと同じ事である。
「主様。すみません」
ソフィアとの話が済んだところで、ルーチェが話しかけてきた。なぜかは分からないが、とても落ち込んでいるようだ。
「どうした? ルーチェ」
「転移の概念があるなら、私が作りませんと……」
「この世界にはないって話だったしな。なあ?」
フォルトは全員に確認する。
「御爺様からは聞いた事がないですし、文献にも載っていませんね」
「魔族の方でも、聞いた事はないわあ」
「あったら使いたいわ。すぐにルリちゃんの所へ行けるじゃない」
「暗黒神デュールの神殿でも、聞いた事がないですわね」
「私の知識は、ソフィアさんより少ないと思いますわ」
「修行で遠出をしても、すぐにきさまと会えるのか。ほしいな!」
「知るわけないしぃ。ねぇ、リリエラちゃん」
「そうっす。知るわけがないっす!」
「………………」
やはり聞いた事はないようだが、セレスだけが黙っていた。そこで、話すように
「セレス、何か知ってるのか?」
「うーん」
「どうした? 何か知ってるなら褒美だぞ」
「あ! 思い出しました!」
もったいぶったのか褒美に釣られたかは分からないが、セレスは満面の笑顔で耳を動かしている。感情が耳に表れるのがエルフの特徴だ。
「いいね。さあ、言ってみろ」
「魔導国家ゼノリス」
「それって……」
五十年前に
「あの国は、さまざまな魔法を研究していましたね」
「ほほう」
「転移についての術式を、発見したのかもしれません」
「でも、知られていないという事は?」
「あくまでも予想ですよ」
「術式かあ」
「主よ。魔法は術式の組み合わせじゃ。あながち、
「主様。転移の指輪があると言う事は、魔法もあるかと思われます」
「ほう」
ニャンシーとルーチェの補足は、フォルトに希望を与えるものだ。そうなると、その術式を手に入れればいいだろう。
「で、その術式は?」
「知らぬ。知っておれば、伝わっておろう?」
「だよな」
「でもでも。そんな術式があったら、大発見だったんじゃないですかあ?」
「そうだな。悪魔も使えないのだろ?」
「そうでーす!」
フォルトは考える。転移の魔法があれば、移動が楽になる。戦う事も有利であり、戦わずに逃げる事も可能だ。他の魔人と戦う時に、さっさと逃げる事ができる。これは絶対に、手中へ納める必要があった。
「時間は無限にあるが、すぐにほしいものだな」
「なら、あいつを探す以外にないわよ」
「マリの言う通りだが……。ルーチェ」
「はい。主様」
「魔道具から術式って分かるの?」
「魔道具は術式を組み込んで作りますので、分かるかと思います」
「いいね」
これには口角を上げてしまう。持ち主が分かっているのだ。見つけ出す事に時間がかかりそうだが、奪う事は簡単だ。
「フォルトさん。戦神の指輪は?」
「そっちは、オークションの情報次第だ」
「へへ。忘れてなきゃいいよ!」
「さて、やる事のリストが増えたな。カーミラ、覚えといて」
「はあい!」
戦神の指輪の事が、危うく頭から抜けそうだった。アーシャの限界突破も急務のため、先に終わらせる必要がある。
「そうだ、カーミラ。オークション用の金は?」
「それがですねえ」
「どうかしたのか?」
「金を奪っていた貴族が、出かけてるみたいなんですよお」
「ありゃ。じゃあ、ないの?」
「冒険者へ渡す分はありますねえ」
「他の貴族からは?」
「オークション用ですよね? さすがに、多すぎると思いまーす!」
「ふむふむ」
(まあ、オークションをやってみたかっただけだしな。戦神の指輪は、落札者から奪うつもりだからいいか)
日本では無職の引き籠りだったフォルトが、高額のオークションなどやれようはずもない。貯金など微々たるものだ。オークションサイトすら使った事がない。
「それで、誰を連れていく気かしら?」
「オークション?」
「そうよお。人間どもを殺していいなら、行きたいわあ」
「場所の情報次第だけど、行かないよ」
「あら?」
「リリエラに行ってもらって、落札者を追いかけてもらう」
「私っすか?」
オークションへ参加しないなら、行く意味はない。落札者さえ分かれば、後はなんとでもなる。森から出ずに、自堕落生活を続けたいのだ。
「なんなら、わらしべ長者を狙ってもいいぞ」
「なんすかそれ?」
「例えば、リリエラの下着を馬と交換するとか?」
「嫌っすよ!」
「その馬と宝石を交換するとか?」
「そ、そういう事っすね」
わらしべ長者とは、今昔物語集や宇治拾遺物語に原話が見られる
オークション会場の周りでも、さまざまな品物が売り出される事だろう。たまに掘り出し物があったりする。
「ルーチェ、一緒に行ってやれ。奪えそうなら、奪ってもいい」
「はい。主様」
フォルトは大きな肉を食べながら、ルーチェへ指示を飛ばす。それもこれも、シルビアとドボが情報を持ち帰ってからだ。
「あ、フォルト様。そろそろ肉の調達を、お願いしたいですわ」
「そ、そうか」
「すぐにではないので、お手すきの時にでも」
レイナスの話で、やる事が増えた。ビッグホーンを倒すだけだが、これもカーミラに覚えておいてもらう。
これ以上増えると、全てを放り出したくなるので、これで終わりだ。後はたわいもない話をしながら、食事の続きをするのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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