第十九章 裏のオークション
第261話 黒い棺桶1
血煙の傭兵団との戦いから数日後、フォルトはいつものテラスでカーミラを触っている。まったく変わらない毎日だ。同じテーブルの席には、セレスとソフィアが座っていた。
そのテーブルの上には、指輪が何個も置いてあった。ルーチェが見つけた物だ。血煙の傭兵団の死体から発見した物だった。
「ルーチェが言うには、魔道具だそうだ」
「こんなにですか?」
「うむ。たいした物ではないがな」
「ちなみに、どんな効果が?」
「身体強化魔法の【ストレングス/筋力増加】だってさ」
「そ、それは……」
「たいした事はありますよ。高級品ですね」
「そうなのか?」
「どんな魔道具でも、最低で大金貨一枚。上は上限がありません」
基本的に魔道具は高い。国家予算でも買えない物があると聞いていたが、最低でも大金貨一枚はする。つまり、百万円だ。
その程度であれば、たいした効果はない。筋力増加もそうだが、防御魔法を展開する魔道具もある。ただし、数回で壊れる。
「と、言う事は」
「壊れているものがありますよね」
「そうだな」
フォルトは指輪を手に取って見てみる。すると、宝石の部分が割れていたりする。輪っかの部分が欠けている物もあった。
「こんな使い捨ての代物で、大金貨一枚とはなあ」
「筋力増加は、もう少々高いはずです」
「へえ」
「使い方は、強敵と
「魔族狩りには必須かもしれないなあ」
「そうですね」
「ちなみに、魔族狩りの報奨金は?」
「基本は白金貨一枚からですね。相手の強さで上下します」
(十個も買ったら足が出るな。稼ぐための傭兵団で、そんな高い物は使わないか? 傭兵団の維持もあるだろうしな。でも、魔族に勝つには使う必要が?)
傭兵団の運営など分からないので、単純に計算する。そうすると、赤字経営になるだろう。給金が払えない傭兵団に、団員など集まるはずもない。
「なんか裏があるのかな?」
「団員の数と合致していないので、使う人数が決まってるのでは?」
「一度の戦闘で白金貨一枚として、全員が使うのではないとすると」
「三回使えるとして、白金貨三枚か」
「ここにあるのは三十個。百人中、十人が使うとなると」
「三回戦って、十個の消失だな」
「大金貨十枚なら白金貨が一枚ですので、白金貨二枚の黒字ですね」
実際は、もっと黒字である。一般の魔族の平均レベルは二十五だ。オーガと同等ぐらいなので、数人が使えば倒せる。
それに、魔族は集団で逃げているわけではない。一人や二人。家族で逃げていれば、もう少々居るぐらいだ。その場合は子供だったりするので、使わなくても倒せたりする。
傭兵団でもレベルの高い者が居るので、使わない場合が多い。よって、普段であれば大黒字なのだ。しかし、今回は相手が悪かった。
「魔族狩り以外では使わないでしょうね」
「なるほど。頻繁に魔族なんて見つからないしな」
「他の仕事もやっているはずですね」
徐々に頭が痛くなってくるが、ソフィアとセレスは優秀だ。こんな計算など簡単にやってしまう。そうなると、所持をしている理由とあわせて、傭兵団が持っていても不思議ではない。
「いろいろと考えてるんだな」
「それは、そうでしょう」
「まあ、持っていた理由が分かればいいや。それよりも……」
「転移の指輪ですね」
「そう、それだ! 絶対に入手してやる」
(転移が使えれば、飛ぶ必要もない。いや、歩く必要もない。寝室も風呂もテラスも一瞬で移動できる。みんなが風呂に入っている時に使えば……)
「御主人様が、イヤらしい顔をしています!」
「でへへ。い、いや。ほら、すぐに幽鬼の森へ移動できる!」
「えへへ。飛ぶのも面倒なんですねえ」
「
使い道はセコイが、ほしくてたまらなくなっている。これに関しては、
「もしかして、一回使ったらなくなってたりして」
「ありえますね。可能性は高いのでは?」
「まあ、奪えば分かる事だ。もしくは捕まえればいい」
「では、奪ってきますかあ?」
「いや。持っているか確認してからだな。ニャンシー」
無駄にカーミラと離れたくないので、ニャンシーを使う事にする。あの
「きゃあ! もふもふ!」
「こ、これ、やめんか! にゃあ」
呼び出されたニャンシーは、カーミラに捕まってしまった。膝の上に置かれて、もふもふを開始されている。
「カーミラ」
「はあい。ほら、ニャンシーちゃん。お仕事、お仕事」
「もうちょっとだけ、やってほしかったがの。なんじゃ、主」
「あの団長を調べといて」
「あやつか。リリエラの影に入っていた時に見たの」
「指輪を持っているか。まあ、奪えるなら奪ってもいい」
「分かったのじゃ」
「あれでも団長だから、無理に奪う必要はないぞ」
「うむ。負けるかもしれぬからのう。様子を見ながらじゃ」
ニャンシーのレベルは三十。それで負けそうなら、団長の強さはレベル三十をこえている。人間の中では中堅か。レイナスだと、ギリギリの戦いかもしれない。
そして、指令を受けたニャンシーが魔界へ向かった。転移の指輪については、
◇◇◇◇◇
(くそっ! くそくそくそくそくそっ!)
フォルトたちとの戦いから逃げたグランテは、グリムブルグにある薄汚い酒場へ戻っていた。百人の団員を連れていったが、戻ったのは彼だけだ。
その酒場には、数十人の団員が居た。さすがに全員は連れていかない。血煙の傭兵団は、百五十人ほど在籍しているのだ。よって、五十人は残っている。
「だ、団長?」
その団員のうちの一人が、グランテへ話しかけてきた。会計などを任せているジュリアだ。グレーのショートヘアで、バンダナを巻いている。戦わせても強いのだが、今回は連れていかなかった。
「想定外だ!」
「指輪を使って戻ってくるなんてねえ。全滅かしら?」
「くそっ!」
「くそは分かったわ。それで?」
ジュリアに
「ふーん。まあ、私としては大助かりだわ」
「なんだと!」
「百人分の給金がチャラよ? 経営が楽になるわ」
「くくっ。まったく、おまえは」
いつものジュリアだ。金に関してはうるさい女性で、赤字になりかけた傭兵団を立て直してくれた。
団員への支払いが渋いので、あまり評判はよくなかったりする。しかし、魔道具を使って効率化を図る事といい、敏腕と言っていいだろう。
「それにしても、フォルト・ローゼンクロイツねえ」
「なんか、知ってるのか?」
「グリム家の客将ね。魔族が一緒に居るとなると……」
「どうした?」
「魔族の貴族に、ローゼンクロイツ家があったわね」
「まさか、あのローゼンクロイツ家か?」
「当主は、魔王軍六魔将筆頭のジュノバね。見た事があるでしょ?」
「勇魔戦争でな。傭兵団を起こす前だ」
「そのジュノバに、二人の娘が居たわね」
「〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉か。まさか、あいつらが?」
グランテは記憶を
「なんで、エウィ王国に居やがるんだ?」
「知らないわよ。でも、グランテ」
「なんだ?」
「逃げたところを見られたでしょ?」
「ぐっ! 仕方ねえよ。少しでも立ち止まってりゃ、死んでたぜ」
「別に責めてるわけじゃないわ。その指輪は、あなたの物だしね」
「そうだ。親父の形見だからな」
転移の指輪。転移の魔法が存在しないため、物凄く貴重な指輪だ。この指輪の能力を知っているのはジュリアだけである。もし、あの戦場から団員が戻ったら殺すつもりでいた。
「売っちまえば、一生を遊んで暮らせるのにねえ」
「けっ! 命は金で買えねえよ。それにな……」
「それに?」
「そんな男なら、ここにジュリアは居ねえだろ」
「ふふ。男は戦ってる時が、一番カッコイイからねえ」
ジュリアは不敵な笑みを浮かべている。この女性もよく分からない。グランテは御世辞にも、カッコイイとは言えない。力は強い方だが、彼以上の男などゴロゴロと居る。しかし、血煙の傭兵団を選び、彼を選んだ。
「ふふ。慰めてやりたいけどねえ」
「あん?」
「拠点を移動した方が、いい気がするよ」
「なんでだ?」
「グリム家の客将だよ? 狙われるんじゃないかい?」
「そ、そうだな……。どうするか」
(指輪は見られたと思っていい。その辺のやつらなら返り討ちにできるが、あいつらは駄目だ。なら、ジュリアの言う通り……)
この場に残るのは危うい。エウィ王国の重鎮の客将であれば、グランテを呼び出す事も可能である。敵対して戦ったのだ。呼び出されたら殺される可能性が高い。殺されなくても、指輪は奪われるだろう。
「どこへ向かうかな。ジュリア、どこがいい?」
「私の考えを言っていい?」
「いいぜ」
「デルヴィ侯爵領」
「あそこは、
「傘下に入っちまいな」
「な、なに!」
「幹部で迎えてくれるさ」
血煙の傭兵団はランキングBなので、五位である。トップテンのど真ん中だ。十位以下は何もない。ランキングも名乗れない弱小傭兵団である。
「たしかに、俺なら……」
「ふふ。あの傭兵団は、他の傭兵団を食ってるからねえ」
「なるほどな。競うよりは、入っちまえと?」
「これからランキングは下がるわよ」
「団員が減っちまったしな。また集めるのも大変だぜ」
「仕事も減って、魔族狩りも難しくなるわね」
「ジュリアは、それでいいのかよ?」
「団長に
「くくくっ。まあ、やつは嫌いじゃねえからな」
グランテは、
(二位になってからがよかったが、仕方ねえか)
「オメエら! 明日、拠点を移動するぞ!」
「だ、団長? 他のやつらは?」
「仕事へ出てるやつは伝えとけ! いいな、明日だぞ?」
「「へい!」」
他の仕事へ出てる者も居るので、それらには伝えないとまずい。ただでさえ数を減らしたのだ。残していた団員は貴重である。
「後、連れてったやつらだが……」
「………………」
「帰ってきたら、俺の部屋まで連れてこい!」
「「へ、へい!」」
あの戦場へ行った者は、散りぢりになって逃げたのだ。戻ってこれるやつが居るかもしれない。それらは殺して、口を封じるしかない。
「決まったわね。じゃあ、慰めてやるよ」
「俺のどこがいいのやら」
「ここだよ。大きいだけが取りえだねえ」
「言ってろ!」
グランテはジュリアと一緒に、酒場の二階へ上がる。そこには団長室があるので、彼女とともに中へ入る。それから鎧を脱いで、彼女へ襲いかかったのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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