第258話 血煙の傭兵団4
「本当に居るのか?」
リリエラとルーチェは血煙の傭兵団とともに、グリムブルグの西にある小さな山の麓の近くまで来ていた。その数は、ざっと百人。魔族が三人だと、これぐらいは居ないと無理である。
その場所には細い木や草が茂っているが見渡しはよい。草も長く伸びているわけではないので、移動も簡単であった。
「い、居るっすよ」
「おう。それらしいもんは居ねえようだけどよ。どうなんだ?」
「だ、団長」
「魔族が三人だろ? へへ。いい稼ぎになるぜ」
「も、もう少し先で見たっす」
団員と話していると、団長であるグランテが近づいてきた。中肉中背で
団員からは怖がられているようだ。当然のようにリリエラも怖いので、ルーチェの後ろに隠れた。
「そんなに怖がるなよ。俺は優しい人間だぜえ。なあ?」
「そ、そうだぜ。団長は優しいんだぜ」
そう答えたのは、肩を
「ちゃんと居ればよ。小遣いは弾んでやるからな」
「あ、ありがとうっす」
「でも、居なかった時は……」
「居なかった時は?」
「はははははっ!」
内容を言わず、ただ笑うところが怖い。町の住民が怖がるわけである。無法者ではないが、問題も多い傭兵団であった。
「団長!」
「なんだ?」
「あそこを見てくだせえ!」
「ああん?」
グランテの笑い声が響く中、団員の一人が山の方角へ指をさす。すると、煙が立ち上っているのが見えた。
「煙だと? この辺に民家とかあるのか?」
「いえ。ないですね」
「じゃあ……。へへ。魔族だぜえ」
「「へい!」」
「オメエらも、ついてきな! 確認したら帰っていいぜえ」
「は、はいっす!」
魔族が獲物の狩りでもしてると、勘違いをしたのだろう。思惑通りに進み、ルーチェは口角を上げる。
グランテは団員に指示を飛ばして、包囲するように陣形を組んだ。それから前進を開始する。リリエラとルーチェは、傭兵団の最後尾を歩いていく。
「へへ。どうやら、ビンゴだぜえ。ほれ、これを持って帰りな!」
「あ、ありがとうっす!」
「おら! 追いかけろや!」
「「へい!」」
遠くには、鳥の死骸を持った三人の魔族が居た。グランテたち血煙の傭兵団は、情報通り三人だったため、小遣いを放り投げて追いかけていった。
三人の魔族は、傭兵団が近づいたところで逃げ出した。山の麓へ向かっているようだ。人間より身体能力が高いので、傭兵団は引き離されていた。
そして、途中で速度を落とした魔族の一人が火属性魔法を使っている。戦闘をしながら逃げているので、傭兵団は怒り狂って追いかけていったのだった。
「行きましたね」
「はいっす。でも、最低の傭兵団っすね」
ルーチェは足元に落ちている大銀貨を拾い、その光景を冷ややかな目で見ていた。魔族の近くまで連れてきて、大銀貨一枚とは恐れ入る。
「では、ついてきてください」
「え? 戻らないっすか?」
「主様と合流しましょう。私の
「そうっすか? でも、あの傭兵団が戻ってきたら」
「ふふ。主様は、一人も逃がさないと言っておりました」
「な、なら」
「ですので、戻ってくる事はないですよ」
「そうなんすね」
「仮に戻ってきても、私が殺します。御安心を」
「わ、分かったっす!」
ルーチェが強い事は聞いている。それに見た目は人間でも、アンデッドであるデモンズリッチだ。その彼女の言葉に安心をして、リリエラは傭兵団を追いかけるのであった。
◇◇◇◇◇
「ひょお! エロい女どもが居るぜえ!」
小屋から出たフォルトたちを前にした男性たちの第一声がそれだ。セレスの服は作っていないが、他の女性たちは露出が激しい服装である。
隣に居るカーミラはもちろん、ベルナティオもエロ女侍セットを着ている。レイナスは魔法学園の女性用の制服だが、アーシャはヘソだしルックの超ミニスカートだ。そして、最強のビキニビスチェを着たソフィアである。
「ふん! イヤらしい目で見るな!」
「ああん? テメエ、何者だ?」
決戦の場とも言うべき小屋の前に、とうとう血煙の傭兵団が来た。フォルトの後ろには、マリアンデールとルリシオンとシェラが居る。その横には、おっさん親衛隊が居るのであった。
「ふん。俺はフォルト・ローゼンクロイツだ」
「ローゼンクロイツだあ?」
「魔族の貴族だ。この魔族を救いに来たのだ」
「はあ? オメエら、人間じゃねえか!」
「問答は無用。面倒になったので、後をよろしく!」
名乗ったはいいが、途中で面倒臭くなった。それに対して、カーミラや姉妹は笑っている。その顔に浮かんでいるのは、やっぱりなといった表情だ。
「ぷぷっ。ミュ、ミュージックスタート!」
アーシャが笑いを
「な、なんだ!」
「ええい! そいつらも一緒に狩っちまえ! 数で圧しつぶせ!」
「「へ、へい! 団長!」」
「アレも使えよ? 相手は魔族だ!」
傭兵団の数は百人ぐらいだ。ルリシオンが途中で何人かを殺していたので、多少は減っている。それらが、小屋を取り囲むように三つの隊で包囲していた。
そして、目の前の一隊に居る
「アレってなんだ?」
「さあ? 分かりませーん!」
「まあ、いいか。んじゃ、こっちも始めろ」
「はい……。やあ!」
それを見て、まずはセレスが動く。ジャンプをして小屋の屋根へ上ったのだ。それから後方へ、弓を射ていく。
「私は後ろを。レイナスさんは、左をお願いします!」
「分かりましたわ」
【ヘイスト/加速】
セレスの指示で、レイナスも動き出す。いつも通り加速の魔法を使い、聖剣ロゼを構える。そして、スキルを使った。
「決めるわ。『
「「ぎゃああ!」」
レイナスが使えるスキルで一番強力なものだ。最初に使って、数を減らそうという事だろう。左から迫ってきた団員の幾人かは、地面から生えた氷の樹に串刺しになり、赤い血の花びらを散らしていた。
「やああ!」
それからレイナスは間髪を入れずに、左の集団へ向かって走り出した。その援護に、ソフィアが支援魔法を唱える。
【ストレングス/筋力増加】
ソフィアの支援を受けたレイナスは、集団の中へ入って戦い始めた。しかし、傭兵団はフロッグマンのような魔物ではない。武器を持ち防具も着ているので、一撃で斬り伏せるのは無理なようだった。
(対人はシュンだけだったな。さすがに、自動狩りのようにはいかないか。相手は傭兵団だし、組織だった動きだな。それに、結構強いのか? これは面白い)
フォルトは小屋の前で周りを
「数が多いですね」
「屋根の女を狙えや!」
【ディフェクト・アロー/矢逸らしの防壁】
傭兵団の中には弓を持った団員も居る。それらがセレスを狙いだしたようだ。しかし、踊っているアーシャが風属性魔法を使い、彼女を矢から守る。
この魔法により、彼女へ飛んできた矢は手前で曲がっていく。一本も当たらずに、
「ふふ。ありがとうね。『
今度はセレスが攻撃する番だ。矢を三本持ち、スキルを使い射る。すると、その矢は蛇のように軌道を変えながら、三人の団員の額へ命中した。あんな射線が読めない動きで射られた矢など、避ける事は難しいだろう。
「さて、私も行くとしよう」
レイナスの戦いを見ていたベルナティオも出る。一斉に襲い掛かってきていたが、彼女の前の集団は二手に別れているようだ。一隊はジリジリと向かってくる。そして、もう一隊は後方で待機していた。
「おら! さっさとかかれ!」
「「へ、へい!」」
後方で待機している
「ティオ、やつだ」
「分かっている! 〈剣聖〉ベルナティオ。推して参る」
ベルナティオは刀を二本抜いて、無造作に歩いていく。そして、迫りくる傭兵団の一隊を相手にしていた。
「はっ! やっ!」
まるで無人の野を歩くがごとしである。レベル差があり過ぎる。同時に三人や四人が同時に斬りかかっていたが、全てを一刀のもとに斬り伏せていた。
刀は剣と違い、斬る事を目的として作られている。そして、彼女は鎧の部分を狙わずに、全て首を斬っていた。まさに〈剣聖〉である。
(推して参るとか……。絶対にアーシャの
フォルトはベルナティオの後ろ姿を見ながら
「ソフィア。準備をしておけ」
「は、はい」
ソフィアは支援魔法を使っているが、攻撃魔法は使っていない。魔力を温存させているのだが、それ以上に攻撃魔法を見せたくなかった。それを見せると、最後のトドメで避けられたり防がれる可能性がある。
【ファイアボルト/火弾】
そして、傭兵団の中にも魔法使いは居る。今度はその魔法使いから、ベルナティオへ向かって火属性魔法が飛んできた。
「ふん! 『
ベルナティオは、飛んできた火弾をスキルで迎撃した。刀から放たれた真空の刃が火弾を
そして、それを合図にアーシャとソフィアから魔法が放たれる。それは、先に打ち合わせをしていた事であった。
【レジスト・ブレイク/抵抗力・破壊】
【ファイアボール/火球】
ベルナティオが斬った魔法使いが、一瞬だけ光を発した。その直後にソフィアから大きな火球が飛んでいく。
その火球はアーシャの『
「ぎゃああああ!」
直撃を受けた魔法使いは、全身を燃やしている。そして、すぐに地面へ倒れ息が絶えた。それでも炎は消えずに、魔法使いを焼いている。それを見た
「な、なんだ!」
「す、すごい……」
「ははっ。やったな、ソフィア!」
ソフィアは狙って殺したくはなかった。これは、言われた事をやっただけだ。ベルナティオがスキルを使って傷つけた相手に、全魔力を使って魔法を撃つ。殺す殺さないを別にして、それだけをやれと言われていた。
「ふふ。限界突破、おめでとう」
屋根の上からセレスが話しかけてきた。まだ戦っている最中なので、それを伝えただけである。どうやら魔法使いのレベルが、二十以上あったようだ。
「さすがは傭兵団ってところか。一般兵より強い者が居る」
「えへへ。他にもチラホラ居るようですよお」
「そっか。まあ、達成したならどうでもいいな」
「あのリザードマンはいいんですかあ?」
「リ、リザ……。ま、まあ、そう見えるな」
隣に居るカーミラは、
「ふぅ。マリ、ルリ」
「なあに?」
「ふふ。もしかして…」
「いいぞ。全滅させろ」
ソフィアの限界突破が終われば、他の人間に用はない。そこで当初の予定通り、全滅を指示する。
「私はレイナスちゃんの方を担当するわあ」
「なら、私はセレスね。ティオは、放っておいてもいいでしょ」
「そうだな」
ルリシオンはレイナスが戦っている集団へ歩いていく。マリアンデールはセレスと同じくジャンプして屋根へ上った。
「わ、私は?」
「ソフィアは、そのまま見てろ。すぐに終わるからな」
「は、はい!」
「まだまだ踊れるよお。マリ様とルリ様も五割増しなんだからっ!」
アーシャは『
小屋の周りには、軽快なオーケストラが流れている。目の前に居るベルナティオは、さらに前進していた。フォルトは彼女の後ろ姿を見ながら、これから始まる悪夢の始まりを期待するのだった。
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