第259話 (幕間)戦いの後
(ど、どうなってやがる……)
魔族を追いかけてきた場所に、強者たちが居た。一人を除いて全員が女性だが、まったく歯が立たない。
その中の一人は男性で、「フォルト・ローゼンクロイツ」と名乗っていた。ローゼンクロイツ家は聞いた事がある。魔族の名家で、魔王の次に位置した家だ。
「おら! 数でつぶせって言ってんだろ!」
「「ぎゃああ!」」
戦場ではあるまじき事だが、軽快なオーケストラが流れている。その出所は、やはり小屋の前で踊っている女性だ。飛び道具を使うでもなく、ただ踊っているだけだった。少なくとも、グランテにはそう見えた。
「な、なんだってんだ……」
「だ、団長! 退却しましょう!」
「馬鹿野郎! みすみす魔族を逃がせってのか!」
「魔族より命の方が大事ですぜ!」
「うるせえ! 俺らは血煙の傭兵団だぞ! おまえも行け!」
「ひ、ひいぃ」
退却を進言してきた団員を足蹴にして、戦況を分析する。三方から小屋を囲んで、それぞれで包囲を縮めているはずだ。しかし、こちらから見て右手の集団は止まっていた。
そして、残念ながら小屋の後ろ側は見えない。屋根の上で弓を射ている女性が居るが、よく見るとエルフのようだ。耳が長い。
(エルフだと? なんで、こんな所に……。い、いや。それよりも右の集団は、何をやってやがる! 女が一人じゃねえか。さっさと殺せ!)
次は右の集団を見る。そこには魔法学園の制服を着た女性が剣を振るっている。しかし、アレを使っているにも拘らず、まったく相手になっていなかった。
(アレを使って駄目なら、相当な手練れだな。くそっ! あんなに強い女は聞いた事がねえ。だが、まだ人数は勝ってる。疲れてヘトヘトになれば……)
「「ぎゃああ!」」
グランテは、小屋の前の集団の一番後ろに居る。二手に分けた集団が進んでいるが、そこにも女性が立ちはだかっている。いや、向かってきている。
その女性は、もっと強い。一太刀で数人の首を斬っていた。そして、その女性が前へ進むたびに、集団が下がってきている。
「だ、団長! 助けて。ぎゃあ!」
「ちっ。こりゃ駄目か?」
たかだか相手は一人だ。相手をせずに通り過ぎればいいのだが、そうする者は遠距離攻撃にやられている。しかし……。
「もういい! そいつらは無視して、一斉に小屋へ行け!」
「「おお!」」
グランテの大声が届いたのか、小屋の後ろからも声が返ってきた。これで一気に小屋へ迫って、魔族の首を狩ればいい。
と、その時。小屋の屋根に、ここまで追いかけていた魔族らしい女性が上った。らしいとは、角がないからだ。大きなリボンがあるために、確認できない。そして、右の集団には、角が立派な魔族が歩いていった。
「馬鹿が! そのまま隠れてりゃいいのによお」
「魔族だ! 討ち取れ!」
「行け行け! 獲物が前に出てきてくれたぞ!」
「「おお!」」
たとえ団員が半数以下になっても、魔族さえ討ち取ればいい。そうグランテは考えている。血煙の傭兵団の血煙とは、相手の血煙だけではなく、自分たちの血煙も入っているのだ。
(へへ。いいぞ。そのまま進んで、一気に……。なにっ!)
――――――ドーン! ドーン!
右の集団は
それからハッとなって小屋を見ると、屋根へ上っていたエルフと魔族が、こちらを向いていた。それから予測できる事は、小屋の後ろの集団も全滅したという事だった。
「た、退却だ! 散開して逃げろ!」
「「へい!」」
この段階で負けを悟ったグランテは撤退を指示する。散りぢりになって逃げれば、誰かしらは逃げられるだろう。連れてきた三分の二が倒れたが、まだ三分の一が残っている。
「俺は先に帰るぜえ。せいぜい逃げ切ってこいや!」
「「だ、団長!」」
グランテは剣を降ろして、片手に
◇◇◇◇◇
「て、転移だと……」
たしかに今、傭兵団の団長らしき人物が消えた。小屋の前で戦いを見ていたフォルトは、驚きの表情をしながら
「カーミラ! 透明化の可能性は?」
「ないでーす! あれは、魔法でしょうか?」
「わ、分からん。転移と言う概念はないはずでは……」
「ぎゃあああ!」
いろいろと考えたいが、まだ戦闘は続いていた。しかし、他の団員たちは、さまざまな方向へ逃げ出している。
ベルナティオが『
「マリ、ルリ。追えるか?」
「無理ね。時空魔法でも、あそこまで離れちゃうと」
「そうだよな。まあ、いいか。あの団長も逃がしちゃったし」
前方のベルナティオも、追うのを諦めたようだ。刀を腰の
「フォルト様」
「ん? どうした、レイナス」
「あの傭兵たちですが、レベル以上の強さがあったように感じましたわ」
「ほう。単純に見誤っただけでは?」
「いえ。ロゼも同じ意見ですわね」
「そうか。まあ、怪我もなく倒せたんだ。どうでもいい事だな」
「はい!」
レイナスが腕に絡みついてきた。慣れていてもデレてしまう。それほど彼女が魅力的なのだ。いや、身内の全員は魅力的なのだ。
「すまんな」
「気にするな。そうだ! ティオも見てたよな?」
「うむ。あの男……。一瞬で消えたな」
「魔法か?」
「私に魔法の事は分からん。しかし、なにやら指輪が光っていたな」
「ほう。指輪か。魔道具かな?」
(魔法だと、俺のアカシックレコードにはない。
「マスター!」
「うん?」
思考の旅へ出そうになったところで、遠くから聞き覚えのある女性の声がした。聞こえた方向を見ると、リリエラとルーチェが歩きながら近づいていた。
「主様。戻りました」
「うむ。逃げてる傭兵団とは会わなかったか?」
「マスター! ルーチェさん、すごいっす!」
「会いましたが、殺しておきました」
ルーチェの強さを見たリリエラが、彼女の腕を
「それで、主様」
「なんだ?」
「死霊と
「ははっ。気が利くな」
「いえ。全滅させると聞いていたものですから」
恐怖をまき散らすレイス。レベル三十のアンデッドウォリアー。これらをセットにして放ったそうだ。恐怖で動けなくなっている人間を、
「それでルーチェ。聞きたい事があるんだが」
「あ、すみません。その前に」
「なんだ?」
「あの人間どもの死体から、魔道具の香りが」
「香り……」
フォルトには判別できないが、ルーチェは何かを感じたようだ。魔道具であれば貴重な物だろう。ここは、彼女に任せる事にした。
「い、いいぞ」
「ありがとうございます」
「一緒に行くっす!」
「ま、待て!」
ルーチェが人間の死体のある場所へ歩いていった。リリエラも一緒に向かおうとしたが、それはさすがに止めた。きっと、気分が悪くなるはずだ。
「グチャグチャのデロデロだ」
「え?」
「ほら、リリエラちゃんはこっちね!」
「はいっす!」
アーシャが気を利かして、レイナスと小屋へ入っていく。ルリシオンが殺した人間は、爆発して焼けている。マリアンデールが殺した人間は、地面へ
「それにしても……」
(転移の指輪ってやつか。ほしいな。あのリザ……。んんっ! 団長には
「えへへ。でも、あいつ。どこまで行ったのかなあ?」
「グリムブルグだろう」
「拠点でしたねえ。じゃあ、奪ってきますかあ?」
「そうだなと言いたいが、森へ帰りたい……」
「えへへ。じゃあ、みんなを運んだ後に考えますかあ」
「そうしよう」
カーミラに任せたいが、彼女は身内を運ぶ者だ。サタンも出すが、何度も往復する事になる。団長が持っていると分かっているので、まずは森へ帰還したかった。それからでも遅くはないだろう。
「あ、魔人様」
「どうした、シェラ」
「あの。ここまでおびき寄せた御褒美を……」
「あら、それを言ったら、私たちもじゃない?」
「そうよお。こんなボロ布の服まで着たのだからねえ」
ルリシオンが、ボロ布の服をピラピラとさせている。いつもの服だと高貴そうに見えてしまい、傭兵団が追ってこないと思っていた。
そこでボロ布の服を使ったのだが、みすぼらしい魔族に見えたようだった。姉妹のプライドは高い。怒ってはいないが、埋め合わせは必要だろう。
「そ、それでしたら」
「ソフィア?」
「私の限界突破でしたので、手料理でもどうですか?」
「「止めて!」」
ソフィアの礼がこもった手料理。喜んで食べてみたいが、姉妹とシェラは手のひらを向けて同時に止めた。これには笑ってしまう。
「はははははっ! まあ、俺の発案だ。全員に御褒美だな!」
「ふん。きさまは、いつも御褒美ではないか?」
「その通り! 自分への御褒美にもなるしな」
「旦那様は
「待て待て。さすがに周りが死体だらけではな」
「そうねえ。時間がたてば臭ってくるしね」
「それに
「で、では、私の手料理でも」
「「止めて!」」
「はははっ!」
さきほどまで戦闘をしていたとは思えないほど、和やかな雰囲気に包まれる。彼女たちの笑顔は、フォルトを笑顔にしてくれる。
「よし、帰るか。『
「ふん! 余に何のようだ?」
「森へ帰る。運んでくれ」
「ふん! お安い御用だ」
「さあ、ソフィア。運んでやる」
「は、はい!」
今日の主役はソフィアだ。フォルトは彼女を抱えた。いつもの御姫様抱っこだ。その彼女は首にギュッとしがみついている。
「よく頑張ったな」
「え、ええ。ちゅ」
「でへ」
(ソフィアは、これから考える事になるな。壊れる事はないだろうが、
今回の件で、ソフィアは初めて人間を殺した。しかし、やり方がよかったのか、いつも通りの彼女だ。それにはホッとした。
レイナスに初めて人間を殺させた時は、発狂寸前になっていた。アーシャの場合は、どん底まで落ちた精神状態で冒険者を殺した。
ソフィアの場合は、これから自問する事になるだろう。しかし、彼女の支えになろうと決めたのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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