第255話 血煙の傭兵団1

「久々に、まともな御風呂よ!」


 湯けむりが立ち込める木で作られた風呂場。フォルトの屋敷にある風呂場だ。この屋敷の外観はボロ屋敷である。しかし、食堂やキッチン、それと風呂場はまともに作られていた。

 その風呂場にアルディスが入ってきた。それに続いて、エレーヌとラキシスも入ってくる。隠す場所はタオルで隠していた。食堂で夕飯を食べ終わったので、サッパリしてから小屋へ戻るつもりなのだ。


「これは……。よい御風呂ですね」

「でしょ? おじさんの家で、一番まともな場所だわ」

「そ、そうですね」


 湯船へ入る前に体を洗えと言われているので、三人は体を洗い始めた。おけを使って湯船から湯をみ上げ、ドロドロの液体のようなものを体へ塗る。

 これは昔の石鹸せっけんのようなもので、油脂と木灰で作る物だ。騎士訓練所にある物に似ているが、あちらは臭い。しかし、この石鹸せっけんはいい香りがした。


「これ、材料はなんだろ?」

「さあ? おじさんは魔法使いだし、魔法じゃないかな」

「ふーん。まあ、いいや。ラキシスさん! 洗ってあげる!」

「い、いいですよ」

「まあまあ」


 こんな感じに、女性同士でスキンシップをしている。お互いを洗い合った三人は、体に付着している泡をおけに入った湯で流す。それから湯船に入った。


「ふぅ。極楽ねえ」

「そ、そうね」

「こんな湯に入れるなんて……。神殿では考えられません」

「でしょうね。騎士訓練所にもないわよ」

「拠点の屋敷は、大きなおけと小さなおけしかないですしね」

「あんなの。座っても腰までしか……」

「か、肩までかりたいでもんね」

「屋敷を改造してさ。同じような風呂を作ればいいんじゃない?」

「む、無理ですよ。お金はないし、維持は無理だと思うよ」

「それもそうね。ブラウニーだっけ? 便利ねえ」

「召喚魔法ですか。あまり見られませんが……」

「そ、そうよね。どうやって覚えたのかしら」

「おじさんに聞いてみればいいんじゃない?」

「お、教えてくれるかな?」

「破廉恥だし、体でも要求されるんじゃない?」

「ええっ! で、でもありえそう……」


 女子トークに終わりが見えない中で、三人はホッとした表情で湯船に入っていた。しかし、長湯をするとのぼせてしまう。


「私は先に出ますね」

「そう? ボクは、もうちょっと入ってるよ」

「わ、私も、もう少し」

「では、先に戻っていますね」


 ラキシスが早々にのぼせそうだった。体が赤みを増して火照っている。その彼女は、風呂から出て脱衣所へ向かった。


「ねえ。ラキシスさんってさ」

「うん」

「なんか、体にアザがなかった?」

「そ、そうね。どこかでぶつけたのかな」

「かもね。ああいうアザは、なかなか消えないよ」

「そうなんだ」

「空手の組手でできるような、青アザみたいな感じだったしね」

「へえ」


 二人はシュンとラキシスの関係を知らない。あのアザはシュンのDVの結果だが、それを知るよしもなかった。

 そんな話をしていると、どこからか男性の声が聞こえてきた。それに驚いたアルディスは、大声を上げるのだった。


「アルディス」

「だ、誰? シュン? ノックス? のぞきなんて、いい度胸じゃない!」

「大声を出さずに、梯子はしごを使って上へ登ってこい」

「はい……」

「ア、アルディス?」


 エレーヌも深く湯船へかりながら驚き、タオルで大きな胸を隠している。それからアルディスの行動を見て、さらに驚いた。男性の声に導かれるまま、風呂場に設置されている梯子はしごを登り始めたのだ。


「あ……。バスタオルは巻いてね」

「はい……」


 これも声に導かれるまま、脱衣所へ戻ってバスタオルを体に巻いている。それを見ているエレーヌは、周りをキョロキョロと見た。


「だ、誰ですか?」

「エレーヌも一緒か。んじゃ、俺が降りる」

「え!」

「エレーヌもバスタオルを巻いてこい」

「はい……」


 エレーヌも湯船から出て、フラフラと脱衣所へ向う。これもアルディスと同じく、バスタオルを体に巻いて戻ってくる。

 その時には、声の主が風呂場に立っていた。隣には一人の女性が居る。その男性は腕を組みながら、二人が来るのを待っているのだった。



◇◇◇◇◇



「御主人様! 顔がだらしないですよお」


 寝室で寝そべっているフォルトは、隣にチョコンと座っているカーミラの手を握りながら口角を上げていた。


「そ、そうか」

「面白い玩具でしたね!」

「そうだな。実に……。でへ」

「ほしいんですか?」

「いや、シュンの女だし要らない。だから、俺は抱いてない」

「そうですね!」

「でも、あれはあれで……。んんっ!」

「えへへ。戦神の指輪の情報が手に入りましたねえ」

「うむ。これで、アーシャの限界突破ができるな」

「でもでも、本当に持っているんですかねえ?」


 つい先ほど、風呂場で戦神の指輪の情報を聞き出した。確率は低いかもしれないが、ある人物が持っているそうだ。


「十年以上も見つかってない代物だしな。情報があっただけマシか」

「そうですねえ。どっちを先にやりますかあ?」

「傭兵団の方だな。近くにいるらしいが、問題がある」

「逃げている魔族ですね?」

「そうだ。その魔族を助けるフリをして、殺す必要があるんだよな」


 普通に傭兵団と戦っては、グリムに迷惑がかかる。そこで、魔族を助けるという建前を使いたい。しかし、その魔族たちには逃げられたらしい。


「じゃあ、まずは見つけないと駄目ですね」

「あ! 見つける必要はないか」


 フォルトは何かを思いついて、両手をポンとたたいた。


「あれ?」

「身内には、魔族が三人も居るじゃないか」

「でもでも、マリとルリじゃ面が割れてますよお」

「一人も逃がす気はないし、分からないだろ」

「さすがは、御主人様です! ちゅ」

「でへ」


 わざわざ逃げた魔族を探す必要などないのだ。それに、マリアンデールとルリシオンの顔を知ってる者が多いとは思えない。シェラは有名でもなんでもない。


「まあ、後はセッティングだな」

「そうですねえ。ここへ誘い込みますかあ?」

「それは嫌だ。それに、警備兵が巡回してるはずだったような」

「じゃあ。明日にでも、空から見繕みつくろってきますねえ」

「よろしく!」


 オーガなどを移動した関係で、双竜山と森は立ち入りが厳禁になっている。違反者が出ないように、グリムの用意した巡回兵が見回っていた。

 そこまで話したところで、扉が開いてベルナティオとレイナスが入ってくる。そろそろ夜も深まりそうだった。


「お! いいところに」

「御一緒しますわね」

「きさまに呼ばれた気がしてな」


 この後は二人を加えてうたげを開始した。このうたげはフォルトが眠くなるまで続き、その後は四人とも寝てしまった。

 そして、次の日。窓から太陽の光がサンサンと入ってくる頃、フォルトは眠い目をこすりながら起き出した。すでに三人の姿はなく、隣にはセレスが寝ていた。


「ふぁぁ」

「旦那様。ちゅ」

「んっ。みんなは?」

「いつもの通りにですね。カーミラさんは出かけたようですが。ちゅ」

「うん。聞いてるから平気」

「そうですか。ちゅ」

「そう言えば、シェラの精霊魔法はどう?」

「まだですね。精霊は寄ってきてますが。ちゅ」

「ふーん。仕組みは分からないけど、苦労してそうだな」

「ふふ。ですが、それほど時間はかからないかと思います。ちゅ」


 セレスの猛攻撃が止まらない。実に素晴らしい。寝起きで始めてもいいが、起きたらやる事があった。


「さて、テラスへ行くか。よっと!」

「きゃ」


 ベッドから起き出したフォルトは、セレスを抱きかかえて、窓からテラスへ飛び降りる。それから猛攻撃を受けながら、いつもの専用椅子へ座った。


「どっこいしょっと」

「おっさんくさ!」

「ははっ。おっさんだからな」

「主よ。起きたようじゃな」


 同じテーブルには、ニャンシーとアーシャがいる。魔法の勉強をしていたようだ。抱いてきたセレスは隣に座らせた。


「シュンたちは?」

「帰ったわよ」

「早いな!」

「ソフィアさんに金貨を渡すだけでしょ?」

「そうらしいが……。もうちょっと、居座るかと思った」

「ま、忙しいんでしょ」

「ふーん」


(さっさと帰ってくれたなら、それは喜ばしい事だが……。限界突破をした勇者候補でも、お使いクエストをやるんだな。ご苦労さん)


「それで、戦神の指輪の話は聞けたの?」

「聞けたけど、もうちょっと待ってね。先にソフィアの件を終わらせる」

「レベル二十以上の人間だっけ」

「そうそう。魔族狩りをしてた傭兵団が、近くに居るらしいからな」

「主よ。その件は、あの冒険者どもに頼んでなかったかの?」

「別件もあるからな。継続でいいさ」


 ニャンシーの指摘通り、シルビアとドボに傭兵団の事を調べてもらっている。しかし、マリアンデールとルリシオンを襲った傭兵団とは限らない。見つけて殺すつもりはないが、調べておいて損はないだろう。


「余計な御世話じゃったの」

「いや。言ってくれた方が助かる」

「そうかの?」

「俺は忘れっぽいからなあ」


 フォルトは行き当たりばったりが多いため、結構な頻度で忘れる事がある。彼女たちに指摘してもらっているので、今後も続けてもらいたい。


「たしかにのう。そこが、主の面白いところじゃがな」

「ははっ。忘れっぽいついでに、ちょっと頼まれてくれるか?」

「なんじゃ?」

「シルビアとドボにさ。今度のオークションの情報も仕入れろとな」

「なんじゃ、それは?」


 オークションとは競売とも言われ、販売目的で場に出された物を、最もよい条件を提示した買い手に売却する事だ。落札価格の天井がないため、買い手を競わせる事で、より高額な取引が可能となる。


「そこに、戦神の指輪が出品されるらしい」

「ほう。持ち主から奪えばよいのではないか?」

「そうなんだが、名前は分かるが偽名という話だ」

「なんじゃ。たいした情報ではなかったのう」

「まあな。だが、落札した人物が分かれば、そいつから奪える」

「なるほどのう。ならば、さっそく伝えてくるのじゃ」

「すまんな」

「気にするでない。わらわが主の一番の眷属じゃからな」

「そ、そうだ。ニャンシーが一番だ!」

「にゃ。では、行ってくるのじゃ」

「………………」


 ニャンシーは笑顔で椅子から飛び降りて、その場から魔界へ向かった。一番最初に眷属としたので、一番には違いない。ルーチェやクウはまったく気にしていないのだが、彼女が喜ぶなら、それでいいだろう。


「旦那様は、いつも行き当たりばったりですね」

「ははっ。その通りだ」

「それで、傭兵団の件はどうするのですか?」

「それは夕飯の時に話そう。その前に、リリエラを呼んできてくれ」

「いいわよ。あたしが行ってくる」


 カーミラと決めた事を、さっそく終わらせる事にする。リリエラにもクエストを発生させて、今回の件に使うつもりだ。

 そして、二人きりになったところで、セレスの猛攻撃が始まった。それをフォルトは受け入れつつ、ルーチェも呼ぶのであった。



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