第254話 魔族狩り3
城塞都市ミリエからグリムブルグへ向かう途中の街道で、二つの集団が戦いを演じていた。一つは、シュンたち勇者候補チームだ。もう一つは、血煙の傭兵団であった。
「おらあ! かかってこんかい!」
「だ、団長! あいつ、固すぎますぜ」
血煙の傭兵団の前に立ちはだかるのは、グレートソードをブンブンと振り回しているギッシュだ。目の前に居る三人を相手にしている。
傭兵団の人数の方が多いが、彼は体格が大きいため、なかなか近寄れない。それに三人以上で取り囲むと、逆に剣が振れず邪魔になるのだ。
「後ろには行かせねえぞ!」
「こっちはボクが相手だよ!」
「だ、団長! あいつら、強えですぜ!」
ギッシュの横を固めるのが、シュンとアルディスだ。馬車へ向かおうとする者を
シュンは斬りかかってくる者を、押し返しながら戦っていた。一度斬り結んだら、大きく
「よっしゃ! 抜けたぜ!」
【ファイアボール/火球】
「う、うおおおお! ぎゃ!」
人数が多いので、シュンとアルディスを抜ける者も居る。しかし、その抜けた者たちはノックスの餌食だ。覚えたての中級の火属性魔法を使い、抜けた者たちに命中させていた。
エレーヌも下級の土属性魔法などを使って、同じように倒している。ラキシスは馬車から降りて、防御魔法をかけ直していた。
「降参しろ!」
「けっ! 嫌なこった。オメエら、アレを使え!」
「「へい!」」
「ギッシュ!」
シュンの降伏勧告を拒否したグランテは、団員に指示を飛ばした。その内容に警戒して、ギッシュへ声をかけたのだった。
「な、なんだ? こいつら、急に……」
「おら! つぶれちまえよ、デカブツ!」
「
「テメエの相手は、俺がしてやるぜ」
急にギッシュが力を解放したところで、シュンの前にグランテがやってきた。他の団員より格が違うようで、その威圧感を肌で感じる。
(ちっ。こいつ、結構強いな。さっきまで弱そうだったのに……。傭兵団だから戦いになれば強いってか? それは、こっちも同じだぜ!)
そう思ったところでギッシュを見ると、簡単に押し返せていない。やはり、何かが変わったようだ。それでもギッシュを倒すには、力が足りなかった。
「おら、こっちを向けや!」
「しょうがねえ。神聖騎士の強さを見せてやるぜ!」
シュンは盾を前方に出して構える。グランテは剣を両手で持って構えた。そして、両者ともジリジリと近づく。その時、傭兵団の後ろから声が聞こえた。
「おまえたち、何をしておるか! 剣を降ろせ!」
「な、なんだ?」
向かってきたのは、エウィ王国の鎧を着た騎士の集団だ。馬に乗って向かってくる。それを確認したシュンは、仲間たちに戦闘の中止を伝えた。
「戦いは終わりだ! グランテと言ったな。剣を降ろせ!」
「ちっ。騎士団かよ。分かった、分かった」
シュンは不意打ちを警戒しながら、剣を降ろす。グランテも剣を腰に差して両手を上げる。それを見たギッシュや団員たちも、戦闘を停止した。
「おまえたち、武器を捨てろ!」
「へいへい」
「分かった」
騎士団の先頭は、魔法使いらしき者だった。その者から武装解除を言い渡されて、全員が武器を捨てた。
「私はグリム領領主代行のソネンだ。おまえたちは?」
「俺はデルヴィ侯爵旗下、神聖騎士のシュンだ」
「けっ! 血煙の傭兵団団長、グランテだ」
「デルヴィ侯爵? まあいい。おまえたちも、こっちへ来い!」
ソネンはノックスやエレーヌを近くへ呼び寄せた。そして、連れてきた騎士たちに周りを取り囲ませる。妙な動きをすれば、即座に捕まりそうだ。
「グリム領での私闘は禁止されている。それが分かってるのか!」
「「………………」」
「だが、即刻に解散するなら見逃してやる」
「へへ。話が分かるな」
「口を慎め!」
「へいへい」
グランテが軽口をたたくが、ソネンに一喝される。いくら傭兵団でも、国に所属する騎士が相手では分が悪すぎるのだろう。大人しく言う事を聞いていた。
「それで、シュンと言ったな」
「はい」
「デルヴィ侯爵旗下の者が、何用でグリム領へ来た?」
「侯爵様より、出産祝いの品を届けるために来ました」
「むっ!」
シュンには渡りに船だ。このソネンこそ、祝いの品を渡す人物である。それならば、これ以上の
「血煙の傭兵団と言ったな。グリムブルグを拠点にしている傭兵団か?」
「おう」
「こんな場所で、何をしておった?」
「魔族狩りでさあ」
「それがどうして、この者たちと戦っておるのだ?」
「邪魔されたからですよ」
シュンはグランテを見ている。
「そうか。なら、行っていいぞ」
「落とし前をもらわずに、帰れっかよ!」
「捕縛されたいのか?」
「ちっ。オメエら、行くぞ!」
「もう、問題は起こすな!」
「分かったよ」
このグリム領でソネンへ手を出せば、お尋ね者になるだけである。それが分かっているグランテは、団員を引き連れて左の林へ歩いていった。魔族狩りを続けるのだろう。
「シュンたちは一緒に来い。屋敷で歓待しよう」
「ありがとうございます」
どうやら、デルヴィ侯爵の使者として認められたようだ。異世界人であるシュンたちの事は知っているはずだった。勇者候補は、国の切り札なのだから。
その後は馬車へ戻り、ソネンたち騎士団とともにグリムブルグへ向かった。そして、グリム家で歓待を受けるのだった。
◇◇◇◇◇
「来たか……」
テラスでレイナスを触りながらくつろいでいるフォルトは、森の奥からシュンたちが来たのを確認した。案内してきたのは、ゴブリンたちである。
出産祝いの受け渡しが済んだシュンたちは、紹介状をもらって双竜山の森へ来た。それをゴブリンに見せれば、案内する
「レイナス。ここまで連れて来い」
「はい、フォルト様。ちゅ」
「でへ」
レイナスは名残惜しそうに頬へ口づけをしてから、シュンたちを出迎えに向かった。隣が空いて寂しいので、近くのテーブルに居るソフィアを呼び寄せる。
「ソフィア。こっちへ」
「行きたいのですが……」
「ああ、そうだった。シュンは、ソフィアを狙ってるんだったな」
「知られてもいいのでしたら」
「うーん。まだ、勘違いさせておこう」
「ふふ。分かりました」
「カーミラ」
「はあい!」
「ティオは横に立ってて」
「後ろでいいか?」
「そ、そうだな」
心の狭いフォルトは、いまだにムカムカしている。口では水に流したと言ったが、まだまだ収まる気配はなかった。
ソフィアは同じテーブルの席へ移動させて、後頭部を刺激していたカーミラを隣に座らせた。後ろにはベルナティオを配置しておく。シュンたちが来たので後頭部を刺激しないが、首筋に指を
「ちょっ!」
「いいじゃないか。なあ、カーミラ」
「えへへ。御主人様は嫌ですかあ?」
「て、適度にな」
「分かった」
女性の指で触られると気持ちがいい。そんな事を思っていると、レイナスとシュンが近づいたので、それぞれ椅子へ座らせた。
「よう、おっさん」
シュンは満面の笑顔で話しかけてきた。なんというか、ちょっと気持ち悪い。ホストスマイルは、おっさんが受けるものではなかった。
「久しぶり……。と、言うほどではないか」
「だな。でも、ゴブリンを迎えに寄越すとか、勘弁してくれ」
「新鮮だろ?」
前回ワイバーンを倒しに訪れた時は、ソフィアが案内してきた。シュンたちにとって、ゴブリンは倒すべき魔物という認識だ。そのゴブリンに道案内をされて驚いていた。
「ってか、戻ってたのかよ」
「ソネンさんたちの出産があったからな。里帰りも兼ねて連れてきた」
「へえ。言ってくれりゃ、迎えに行ったぜ?」
シュンはフォルトから視線を逸らしてソフィアを見る。そして、懐から大きな袋を取り出して彼女の前に置いた。なんとなく、どこかで見た覚えがある。
「これは?」
「出産祝いの金貨だ」
「えっと、実家に渡されたのでは?」
「そうなんだけどよ。デルヴィ侯爵様が、ソフィアさんにも渡せってさ」
「はぁ……」
シュンとソフィアの会話を聞いたレイナスが、溜息を漏らした。この袋に入った金貨の意味を、理解したのだろう。
「レイナス。それは、受け取っていいの?」
「おっさんに渡すんじゃねえぞ」
出産祝いなので、これはグリム家へ送られる物だ。フォルトが口を出すものではない。しかし、どうしても気になった。
「一応な。レイナス、聞かせて?」
「フォルト様次第ですわ」
「俺?」
「返礼を持ってこい。話があると言う事ですわね」
「それだけ?」
「礼を知る者かも判断されるので、今後の扱いに影響しますわね」
「はぁ……」
レイナスの話を聞き、同じく溜息を漏らす。普通に呼べばいいものを、わざわざ金貨を使うデルヴィ侯爵に対してだ。しかし、呼ばれても行かないので、それを見越した対応だとすると侮れない。
これには意味があるのだ。出産祝いには返礼が必要である。内祝いというやつだ。のしをつけて返すと言うように、必ず夫婦の連名で子供の名前をつけて返すのが常識であった。まるで日本の風習だが、この世界での常識らしい。
「のしは、ソフィアさんに書けませんわね」
「そうだな」
「ですので、フォルト様と二人で持ってこいとの話ですわね」
「へえ。そんな意味がねえ。レイナスちゃんは、よく知ってるな」
「ちっ」
馴れ馴れしくしくするシュンが気に入らないのか、レイナスが舌打ちをする。それには笑ってしまいそうになるが、なんとか
「なんだ。シュンは何も聞いてないのか?」
「まあな。いい事を聞いたぜ」
シュンの笑顔は変わらない。やはり気持ち悪いが、納得したように首を縦に振っている。しかし、そんな事はどうでもよかった。
「礼と言われると弱いな。仕方がない。受け取れ」
「はい」
義理に弱いフォルトは、袋をソフィアへ受け取らせた。それに自分はよいとしても、ソフィアに礼儀がないと思われるのは気に入らなかった。
「ところで、おまえ。戦闘でもあったのか?」
「え?」
「その男。鎧に傷があるぞ」
後ろに立っているベルナティオが、シュンへ指摘する。その指摘で改めて彼の鎧を見ると、たしかに多く傷が付いていた。
「いやよ。グリム領へ入ったところで、傭兵団に襲われてな」
「傭兵団?」
「魔族狩りの邪魔をしちまってな。その報復で戦うハメになった」
「なるほど。傭兵団の名前は?」
「血煙の傭兵団だったかな。まあ、おっさんには関係ないだろ?」
「そうだな」
(血煙の傭兵団ねえ。シュンたちと戦ったのか。じゃあ、この近くに居るって事だな。なら、そいつらを使うか?)
正直に話さなくてもいい事だが、話してもいい事だったのだろう。偶然だが、話の流れとして情報が仕入れられた。
「それは大変だったな。今日は泊まっていけ」
「そのつもりだぜ。俺はデルヴィ侯爵様の使者だからな」
「………………」
「十分にもてなせよ? じゃあ、あそこの小屋を使うぜ」
シュンは以前に泊まった小屋を指した。屋敷の中でと言われずホッとしたが、まだ戦神の指輪の件を聞いていなかった。
「戦神の指輪は?」
「後でアルディスを向かわせるから、直接聞いてくれ」
「それは、それは」
「夕飯は肉を頼むぜ? 食堂へ行くからよ」
「はぁ……。はい、はい。レイナス」
「分かりましたわ」
デルヴィ侯爵へ仕えてるシュンは、それを盾に威張っている。フォルトから見れば侯爵はどうでもいい者なのだが、情報を知りたいので了承した。
そして、レイナスに小屋へ案内させる。また勝手に動き回らないように注意させるためである。
「カーミラ。もっと寄れ」
「はあい」
「ティオ」
「ふん! きさま、これが恋しくなったか?」
フォルトはレイナスの後ろ姿を見ながら、隣のカーミラを引き寄せる。それからベルナティオに、後頭部を刺激させた。
この後はアルディスから情報を入手する必要がある。その情報をどこでどうやって聞き出そうかを、カーミラの好きな表情で考えるのであった。
――――――――――
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