第250話 下準備2

 テラスの自分専用椅子へ座っているフォルトは、隣に座っているマリアンデールと密着していた。同じテーブルには、ルリシオンとシェラが居る。

 カーミラは帝国へ出張中だ。双竜山の森へ帰ってきたばかりなので、調達する物が多いのだ。


「後頭部が寂しそうねえ」

「そうなんだが、その前にな」

「どうかしたのお?」


 ルリシオンが肩ひじをテーブルへ置いて、キュウリスティックをポリポリ食べている。つまらなそうなわけではなく、話を聞きたいようだった。


「魔族狩りについてな」

「魔族狩りぃ? あのカスどもが、どうかしたのかしらあ」

「カス……」

「身のほどを知らないクセに、向かってくるからねえ」

「ほんと、見つけ出して殺したいわ」

「ははっ。逆に人間狩りか」

「ふふ。やらせてくれるのかしら?」

「近いな」

「え?」


 フォルトの言葉に、姉妹とシェラは驚いた表情をする。人間とは敵対したくないと言っていたのだ。それに変化でもあったのだろうかといった顔だ。


「ソフィアの限界突破は知っているな?」

「レベル二十以上の人間でしょ」

「神もおつな事を伝えたもんだわあ」

「たしかにな。それもあって、聞きたい事があるんだが」

「いいわよお」

「ローゼンクロイツ家が、魔族を助けてもいいのか?」

「好きにすればいいんじゃなあい」

「頼ってきたら助けてやればいいの。こっちから出向く必要はないわ」

「ああ。困窮者のようにか」

「そうよ。シェラのようにねえ」

「マリ様、ルリ様」

「うん? もしかして……」


 帝国から逃げて石像になっていたシェラを救い、フォルトの身内にさせたのは姉妹の計らいである。その時から、家の名を名乗らせるつもりだったようだ。


「ははっ。手玉に取られてるなあ」

「ふふ。もう、過ぎた事よ」

「そうだな。それで、出向いて助けると家格が下がるとか?」

「わざわざやらないだけで、別に下がらないわよお」

「ホルノス家はやってたけどね」

「オカマだっけ?」

「そうねえ。帝国に居るって言うなら、助けた魔族も多いでしょうね」

「ふーん」


(オカマの魔族か。マリの兄弟子だったな。双竜山の森へ来たらしいが、もう来なくてもいいぞっと、それより……)


「そっか。なら、好きにしていいな」

「ふふ。それで、魔族狩りの何を聞きたいのかしら?」

「そうだな。ルリはニャンシーと会った時に、逃げてたんだよな?」

「そうよお」


 ニャンシーは新天地を探している時に、国境付近の山でルリシオンと出会った。その時は、魔族狩りから逃げていたようだ。マリアンデールとはぐれたと言っていたが、その前の話が聞きたかった。


「その山から降りた先に、人間の町を見つけてね」

「そうそう。機嫌が悪かったから、燃やしちゃおうってねえ」

「で、魔力を考えずにガンガン殺してたのよお」

「そしたら、武装した人間どもが現れてね」

「何人かは殺したんだけど、魔力が切れちゃったのよねえ」

「そこで面倒になっちゃってね」

「後で会いましょうって事で、さっさと逃げ出したのよお」

「な、なるほど」


 聞いた話は姉妹らしい話だ。勝手気ままに戦って、勝手気ままに逃げただけだった。ルリシオンは山へ戻ったのだろう。その彼女を、ニャンシーが連れてきたというわけだ。そして、マリアンデールが追いかけてきたのだった。


「その時の武装した人間って」

「鎧とかはバラバラだったわね」

「見た事のない紋章があったから、傭兵じゃないかしらあ」

「ふーん。ビンゴか」

「傭兵の事が聞きたかったのね?」

「そうだ。傭兵なら、レベル二十以上のやつも居るだろ?」

「居ると思いますわよ。追いかけてきた帝国の兵士も、それぐらいですし」

「ちっ。シェラを追いかけていたやつらか」

「ふふ。報復しようにも、すでに石像の状態で砕いちゃったわあ」

「そ、そうだったな」


 身内になる前だが、シェラを追いかけるなど許せなかった。しかし、ルリシオンが殺してしている。そのため、表に出そうになった憤怒ふんぬも下火になった。


「あ、そうだ。魔族の一般的なレベルってどれぐらい?」

「また……」

「デ、デリカシーね。平均ならいいだろ?」

「そうねえ。成人なら、オーガよりは強いわよお」

「高いな!」

「人間と比べちゃ駄目よお」


 最近では強さに慣れてしまっていたが、オーガの推奨討伐レベルは二十五だ。エウィ王国の国民の平均は八。一般兵で十五だ。それから考えれば、人間が魔族を恐れるのは分かる。

 人間でもレベル三十以上がゴロゴロいると聞いたが、全人口から考えれば微々たるものだ。中級騎士以上や上級騎士。そして、隊長格クラスの者だろう。冒険者であればBランク以上だが、やはり数は少ない。


「んじゃ、傭兵団の団長やら隊長クラスか」

「そんなところじゃなあい?」

「ふふ。ソフィアに殺させるの?」

「そういう事だ」

「私たちの出番は、なさそうねえ」

「ただなあ。闇雲に襲うと、グリムの爺さんに迷惑がかかる」

「だから、魔族を助けるついでって事ね」

「正解だ。俺は、魔族の貴族であるローゼンクロイツ家の当主だ」

「あんっ! ちょっと!」


 かっこよく決めたところで、悪い手もマリアンデールに決めた。見事である。何を決めたかは言うまでもない。


「よし。なら、ニャンシー」


 ここまで聞けたところで、ニャンシーを呼ぶ。すぐ近くで魔法の先生をしているので、すぐに寄ってきた。


「なんじゃ? 主」

「シルビアとドボを呼んできてくれ」

「あの人間どもか。居場所は、前のままじゃったな」

「そう言ってたな」

「では、すぐに行ってくるのじゃ」

「よろしく!」


 命令を受諾したニャンシーは、さっそく魔界へ移動していった。彼女の立っている場所に召喚陣が作られて、目の前でパッと消えるところが面白い。


「戻ってくるまでは、ご褒美だな。三人とも行くぞ」


 情報をくれた褒美と称して、姉妹とシェラを連れて屋敷へ戻る。情報がなくても褒美をあげるので、たいした違いはない。夕飯を作るまでには時間があるので、それまではゆっくりとするのだった。



◇◇◇◇◇



 シュンたち勇者候補一行は、一路グリム領へ向かっていた。エウィ王国内の東に位置するデルヴィ侯爵領から、西に位置するグリム領まで行くので結構な長旅になる。王家の直轄領を通るので、城塞都市ミリエに立ち寄っていた。

 ラキシスは神殿に用があるので、先に降ろした。城内へ入ったのは、残りのメンバーである。その者たちは、馬車の中で話を始めるのだった。


「んじゃ。交代で見張りな」

「城内へ入ってまで野宿かよ!」

「じゃあ、この品を持っていくか?」

「い、いや。メンドクセエ。仕方ねえなあ」


 馬車を城内に入れて、馬繋場ばけいじょうへ駐める。このまま騎士訓練所の方へ行きたいが、グリム家へ渡す祝いの品が乗っていた。明日には出発するので、持ち運びが面倒である。そこで、交代しながら見張りをする事になった。


「そうそう。アルディスたちと同時期に召喚されたやつらって」

「知らないわよ」

「わ、分かりませんね」

「知るわけねえだろ。俺らは城に残ったんだからよ」


 召喚された四人の中に勇者候補が居なければ、全員が放り出される。居た場合は、その者以外が放り出される。

 城内へ残った勇者候補は、すぐに訓練や座学に入るのだ。それが毎日のように続き、給金の低さもともなって、城外へ出る事はほとんどなかった。当然のように、二度と会う事はなかったのだった。


「いや。どんなやつらだったのかなって」

「そういう事ねえ。警官、学生、保母さん」

「た、たしか……。フリーター、会社員、記者さんだったかな」

「覚えてねえなあ。オタク、オタク、オタク」

「はあ?」

「なんかのオタクどもだよ。いちいち覚えてられっか!」


 ギッシュに期待しても無駄だ。それに、全員が名前を言わなかった。最初の紹介だけだったのだろう。この世界へ来てから、もう二年はたっている。覚えているわけがない。


「従者にしなかったのか」

「そこまで頭が回らなかったよ」

「わ、私もです」

「要らねえよ。オタクだぜ、オタク。どう使えってんだ」

「やれやれ」

「四人とも知ってるって、僕たちぐらい?」

「どうだろう。でも、ギッシュの言う通りだしな」

「おっさんだけ放り出したんだったね」

「ちっ。言うなよ」

「ごめんごめん。でも、変な因果だねえ」


(まったくだぜ。もう何度目だ? 高位の魔法使いとか、放り出した後に魔法学園にでも入った……。わけねえよなあ。すぐに魔の森へ行ったらしいし)


 本当に不可解だが、フォルトの強さの基準が分かった。高位の魔法使いであれば、勇者チームのシルキーが近いかもしれない。それに、これから向かうグリム家の当主だ。宮廷魔術師長なら、魔法使いでも上位に入ると思われた。


「ノックス。高位の魔法使いは……」

「おっさんの事?」

「そうだ。シルキーさんと同じぐらい?」

「上級魔法が使えるなら、同じぐらいかなあ」

「上級魔法って?」

「爆裂系魔法なら、ここから見える王宮を粉々にするとか」

「マジか……」

「魔法防壁が展開されてるから、王宮は無理だけどね」


 魔法防壁。王宮もそうだが、重要な場所には展開されている。上級魔法の一撃で終わるのを防ぐためだ。簡易的なものから永続的なものもあり、その強度は千差万別である。

 当然、王宮のような場所は最強の強度を誇る。儀式魔法として、数人の魔法使いが展開したのだ。


「そんなもん。どうやって覚えたんだよ」

「さあ。シルキーさんは使えるって言ってたよ」

「へえ。ノックスも覚えられんのか?」

「術式を理解すればいいんだけど、めちゃくちゃ複雑。まだまだ無理さ」


 フォルトと対決するなら、ノックスかエレーヌの成長が鍵かもしれない。もしくは、自分の成長だ。防御魔法に関しては使える。

 新しく覚えたスキルも防御系だ。それを軸に戦う事になるだろう。しかし、今のままでは一撃で沈みそうだった。


「おじさんって、そんなに強いの?」

「シル…。お、お姉さんと同じぐらいなんですか?」

「さあな。高位の魔法使いって聞いたからよ」

「あの魔族の姉妹と一緒に居るしね」

「ど、どうやって強くなったのかなあ?」

「知るかよ。それより、交代で飯と風呂だ」


 シュンたちは城内の騎士訓練所を使える。そこの設備も使えるので、順番を決めて向いたい。その話し合いをしようとしたところで、馬車の外から女性の声が聞こえてきた。


「あら。この馬車は?」

「人が乗っておりますな」


 シュンが馬車の荷台から顔を出すと、そこには小さな王冠をかぶった女性と、武装をした女騎士が居る。どちらも見た事のない人物だ。


「誰?」

「きさまら。リゼット姫の御前であるぞ!」

「ひ、姫?」

「怪しい馬車だな。姫様は下がってください!」


 リゼットの前に出た女騎士は、剣を抜いた。そして、再び誰何すいかをされた。


「きさまらは何者だ? なぜ城内に居る?」

「お、俺は異世界人のシュンだ」

「異世界人? シュンと言えば、神殿の神聖騎士になったやつだな」

「そ、そうだ。後ろに乗っているのは、俺の仲間だ」

「………………。カードを出せ」

「分かった」


 顔は知られていなかったが、名前は知られていたようだ。懐からカードを取り出したシュンは、女騎士へ放り投げた。


「ほらよ」

「うむ。動くなよ?」

「分かった、分かった」


 女騎士はカードをいじり、その内容を見ている。その間に、リゼットと女騎士を観察した。さすがは王女といったところだ。まだ幼さは残っているが、とてもかわいい。女騎士の方は、少々年下で奇麗だった。


(いいじゃないか。王女に手が出せねえだろうが、女騎士の方は食いてえなあ。御付きってところか? こんな近くに居たのに、会わなかったとはよ)


 シュンはホストスマイルを作り、女騎士を見る。すると確認が終わったのか、カードを返してきた。それを馬車から降りて受け取る。

 それからカードを懐にしまい、ひざまずいてこうべを下げた。それに気づいた他の者も馬車から降りて、同じようにする。それを確認したシュンは、この場に居る言い訳を始めるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る