第249話 下準備1
双竜山の森へ戻ったフォルトは、ソフィアの部屋に居た。弟が産まれた事で、気持ちが
「っぁ。もっと、いいですか?」
「もちろんだ」
(こういうのを、相乗効果というのか? いつもと違うソフィアを感じて、俺も
普段より長く行為を続け、いつものようにベッドで休む。ソフィアの頭を胸に置き、頭を
「そう言えば、弟の名前は決まってるの?」
「はい。レオンだそうですよ」
「レオンか。カッコイイな」
「ふふ。でも、嫡男が産まれてよかったです」
「そうだな。これで、グリム家も安泰か」
「はい。後は、スクスクと育ってもらえれば」
「なるべく、ソフィアのように育ってもらいたいもんだ」
「そ、そうですね」
グリム家を準身内に格上げしていても、これである。人間は、生まれながらにして罪を背負っている。キリスト教でいう原罪の事だ。無神論者なのでキリスト教自体は信じていないが、その事だけは肯定していた。
「まあ、あの家族なら平気だろう」
「ありがとうございます」
「それより、ソフィア」
「はい?」
「魔族は殺した事があるの?」
「あ……。いえ、ありません」
「やっぱりか」
ソフィアが魔族を殺した事があると思ったのは、あくまでも希望であった。当時は十歳の子供だったので、トドメなど刺させてもらえなかっただろう。
そこまで弱っている魔族なら、勇者や仲間がトドメを刺す。そんな事は分かりきっていた。
「と、なると」
「大丈夫ですよ」
「そうか?」
「相手次第ですけど、私も死にたくありませんしね」
「強いな」
フォルトは魔人にならなければ、人殺しなどやれなかった。最初に殺したエジムは、
やらなければ自分が死ぬと理解しているのだ。この事に対して、彼女の強さを感じた。しかし、それには危惧を
「盗賊でも捕まえるから、殺してみる?」
「あ、あの。そういうのは困ります」
「ですよね」
「戦闘になればの話ですよ」
「ははっ。分かっているさ」
「本当に分かっているのかしら?」
「分かってる、分かってる」
ソフィアの髪へ指を通すと、体を寄せてきた。柔らかい感触に心地よさを感じ、物騒な話をしているとは思えない時間を過ごす。
(やっぱり、悪魔崇拝者か悪い傭兵団あたりが妥当か? 悪魔崇拝者は探すのに時間がかかる上、レベルは弱い可能性が高い。そうなると……)
「悪い傭兵団とか知らない?」
「ごめんなさい。心当たりはないです」
「謝らなくていいよ。この世界の傭兵団って、なにをしてるの?」
「兵の模擬戦の相手とかは、やってもらってるはずですね」
「へえ。他には?」
「冒険者で対処できない、大量の魔物の駆除とか」
「ふんふん」
「魔族狩りとか」
「っ!」
魔族の国ジグロードが滅びた後、生き残った魔族たちは散りぢりになって逃げていた。人間の居ない山奥や森などに、隠れている者が多い。『
それらを見つけ出して殺すのが魔族狩りだ。魔族は人間よりも身体能力に優れ、魔力も高い。そのため、傭兵団などが好んで狩っている。数の力があれば倒せるからだ。
「ふむふむ。魔族狩りかあ」
「それが、どうかしましたか?」
「魔族の名家であるローゼンクロイツ家の当主としては、見過ごせないな」
「建前ですよね?」
「うん」
「ぷっ!」
「ははっ」
情報がなければ動く気はないが、方針としてはいいだろう。おっさん親衛隊の実力を見るいい機会だ。それに、闘技場へ出場するレイナスの調整にもいい。
「まさに、一石三鳥」
「よく回る頭ですね」
「では、テラスで吟味するかな」
「嫌。後、五分だけ。ちゅ」
「そうでした」
ソフィアの催促は分かっている。この催促が五、六回あるので、その間は抱き締めてマッタリとする。
いつものようにスキンシップをしていると、
◇◇◇◇◇
ローイン公爵領にある光都ソレスタンの役所では、何度か人事異動があった。下級貴族の下に付けられたジオルグは、その人事異動の度に役職を上げているのだった。
「ジオルグ」
「はい。局長」
ジオルグと呼ばれた額の広い中年男性は、召喚されたばかりの異世界人だ。頭がよく回り機転が利く者で、役所の仕事を簡単にこなしていた。そして、こいつは使えると思った局長が、自分の部屋へ呼んでいたのだった。
「おまえを副局長にする」
「ありがとうございます」
「ワシの右腕となって、精一杯働いてくれ」
「喜んで」
局長とは、役所で一番偉い人物だ。ジオルグは、その片腕ともいうべき副局長に
「しかし、よく不正を見抜けたな」
「運がよかったです。たまたま書類を発見しまして」
「謙遜するな。そのおかげで公爵様から、お褒めの言葉をいただいた」
この異例の出世にはわけがある。役所の上役にあたる者は貴族だが、普通に働く者は平民である。当然ジオルグも、その中の一人であった。
彼が役所で最初におこなった事は、この平民たちから信頼を得る事だった。その信頼は、仕事の効率を教えたり、相談にのってあげる事で築いている。または、仕事を変わってあげたりだ。
「それはよかったですな」
「うむ。公爵様に目をかけていただければ、ワシの将来も明るい」
「………………」
それから次の仕事に取り掛かった。自分の上司になった者を、リガインが手に入れた情報を使い失脚させている。不正を暴いた書類などだ。しかし、すぐに後釜は見つからないものである。
新しい上司が決まるまでは、平民たちの推薦がモノをいった。そのおかげで、後釜の席に座った。そこでも実績を作り、同じような事を繰り返したのだった。
(明るいねえ。おまえも暗い監獄の中へ、放り込む予定だけどな。すでにネタは上がっている。不正をしたいなら、周りを固めてからですよ)
「だが、ジオルグよ。せっかく副局長にしたが」
「どうかしましたか?」
「うむ。おまえを捕まえなければならなくなってな」
「それは、どういう事でしょうか?」
「おまえは「黒い
「それは、局長では?」
「ふん! 何の話か分からんな」
局長は
「それに、おまえの言う事など誰も信じない」
「そうですかな?」
「異世界人であっても、おまえは平民だ。貴族のワシの言う事が正しい」
「そうですなあ。この国で、貴族の言う事は絶対だ」
「分かっておるではないか」
「では、どうしましょうか」
「衛兵も呼んである。諦めろ」
――――――ドタドタドタ
局長の部屋の前の通路から、慌ただしい足音が聞こえてきた。これが衛兵だろう。逃げ場は、その通路への扉と窓しかなかった。
「局長!」
「来たか」
案の定、衛兵が中へ乗り込んできた。入ってきたのは六名だ。この場で無罪を訴えても意味はないだろう。ジオルグは力がないので、突破する事もできない。
「この不正は死刑に値する。おまえの顔を見る事は、今後一切ない」
「そうですな。今後一切ありません」
「泣いて助命を請うと思ったが……。連れて行け!」
局長は衛兵へ命令を下す。長々と話さないのは、さっさと連れていってもらいたいからだろう。しかし、衛兵は命令に従わなかった。
「「………………」」
「ん? さっさと連れていけ!」
「すみませんねえ。そうはいかないんですよ」
そう答えた衛兵は、兜を取って顔を見せた。ジオルグのよく知っている顔だ。自分と同時期に召喚されたリガインである。
「衛兵の分際で何を言っている? おまえも投獄されたいのか!」
「いえね。その命令以上の命令を受けていまして」
「だから、何を言っているのだ!」
「ですからね。局長より上の方の命令を受けているんですよ」
「はあ?」
リガインの言葉を理解できなかった局長は、
「局長よ」
「はっ! こ、これはブルマン様!」
入ってきたのは、ローイン公爵の養子であるブルマンだ。ローイン公爵家の跡取りである。切れ目でホッソリとした体格をしており、なんとなくインテリのように見える。まだ十五歳だ。
それを見た局長は固まった。そして、混乱した。この場へ来るはずのない人物だ。それが、なぜか目の前に居る。
「局長を捕まえろ!」
「「はっ!」」
衛兵はブルマンの命令で動き出す。手前に居るジオルグを無視して、局長の周りを取り囲んだ。そして、武器を突き付けて捕縛したのだった。
「な、なぜワシが!」
「ふん。通報があってな。ジオルグ、大義である」
「ははっ!」
ジオルグは
「は、話を聞いてくだされ。ブルマン様!」
「ええい! 見苦しいわ!」
「ワ、ワシではありませんぞ!」
「うるさい! 情報は全て、精査済みだ。さっさと連れていけ!」
「「はっ!」」
ブルマンが再び命令を下すと、五人の衛兵が局長を部屋から連れ出していく。それを見送ったブルマンは、振り返ってジオルグを見る。すると、その隣にリガインも
「これで、ブルマン様の実績になりましたな」
「そうだな。で、その者は?」
「同じく異世界から召喚されたリガインです。彼は役に立ちまする」
「そうか。では、ジオルグに付けておこう」
「ありがたき幸せ」
これは出来レース。全てはジオルグが仕組んだ事だ。リガインに頼んでブルマンの情報を仕入れさせた。その結果をもって、誰の下に付くか決めたのだ。
その結果が、これである。ローイン公爵の下に付くより、養子の方を選んだのだ。彼に実績を積ませて、跡取りとしての
「褒美をやろうと思うが」
「御戯れを。私をどう使うかは、決めていらっしゃるでしょう?」
「はははっ! その通りだ。小気味のいいやつだな」
「ブルマン様の力になれればと存じます」
「なぜ、私を選んだ」
「この世界で生き抜くためですな」
「ほう。
「御冗談を。ブルマン様は、どの御兄弟より優れておりまする」
「私の兄弟? ローイン家には……。っ!」
「はい。どの王子、王女よりですな」
「………………」
ジオルグの狙いは、ブルマンのコンプレックスを刺激する事。第八王子として生を受け、自分だけが養子に出された。その事に不満を持っていると、リガインの情報から分かっている。
「いいだろう。
「ありがたき幸せ」
(簡単すぎだが、これで地位は確保した。後はもっと貢献をして、さらに近くへ置いてもらえばいい。仕上げは、それからだな)
ジオルグはポーカーフェイスだ。隣のリガインも同じである。感情を表に出さない事にも気に入ったのが、ブルマンは大声で笑った。
「はははっ! いいぞ。おまえたちのような者がほしかったのだ」
「「ははっ!」」
ブルマンは笑いながら、部屋から出ていった。ジオルグとリガインは追いかける事をしない。指示を仰いているようでは、用済みにされてしまう。
これからやる事が分かっている。ジオルグはとリガインは立ち上がり、役所のシステムを変えるために動き出すのだった。
――――――――――
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