第229話 女王の呪い3

 バフォメットとの戦いから数日後。セレスの家で世話になっているフォルトは、二階の窓から外をながめていた。隣にはベルナティオがおり、昼食が出されるのを待っているのだった。


「そこだ。もっと触れ」

「う、うむ」

「それにしても、まだ帰らないのか?」

「もうちょっと居たい。やっぱり、エルフはいいなあ」


 窓の外では、エルフたちが歩いていた。それを眺めているだけだが、とても幸せだ。男性のエルフも視界に入っているが、意識は女性のエルフにしか向いていなかった。


「そんなに、エルフがいいのか?」

「うん」

「私よりか?」

「まさか。身内とは違うぞ?」

「ぁっ。そ、そうなのか?」

「まあ、玩具だな。人形のように飾っておきたい感じだ」


 フォルトのエルフがほしいという欲望。それは、身内にしたいのではない。持って帰ってでるためだ。日本で遊んでいたゲームキャラのように、アバターなどで遊びたいのだ。


「どうせ、身内にするのだろ? 私と同じように」

「どうだろうな。その時がきたらって感じか」

「どっちでもいい。私の責任を取ってくれるならな」

「そうしよう」

「んあっ!」


 それだけ言ったフォルトは、ベルナティオを抱き寄せてベッドへ雪崩れ込む。その後はカーミラが呼びにくるまで、彼女を満足させていた。


「御主人様! ご飯ですよお」

「ティオ。起きられるか?」

「当たり前だ。また、時間を取れ」

「もちろんだ。じゃあ、食堂へ行くぞ」


 ベルナティオを起き上がらせたフォルトは、カーミラと三人で一階へ降りていく。香ばしい肉の匂いが漂っており、フォルトの暴食ぼうしょくが刺激された。さっそく食堂へ突撃して、自分の席へ座るのだった。


「フォルト様」

「なんですか? セレスさん」

「声を……」

「あ、ティオ」

「仕方がないだろう。とりあえず、飯を食え!」


 あっけらかんとしているベルナティオが、肉を口へ運んでくる。それを受け入れつつ、セレスとの話を再開した。


「あーん、もぐもぐ。セレスさんって、総司令官として忙しいの?」

「いえ。里へ帰ったので、役目は終わりました」

「そうなんだ」

「本来は、やるはずのなかった役目ですので」

「やるはずのない?」

「ええ。討伐隊への参加は、戦士隊や隊長の仕事ですよ」

「そうなの?」


 エルフの里には、里を守る戦士隊が数隊ある。討伐隊の司令官などは、そのいずれかの隊の隊長が務める事になっていた。


「ええ。たまたま出払っていたので、私が引き受けました」

「へえ」


(セレスって、偉い人じゃなかったのか? 獣人族とか、敬称で呼んでいたと思ったが……)


 フォルトの疑問は当然だが、エルフ族はフェリアスの盟主である。世界樹を守っている種族でもあるので、他種族からはうやまわれているのだ。

 寿命も長い。千年は生きる種族なので、他種族から見れば、敬称を付けるに値する。ただ、それだけの事だった。


「なるほどね。エルフの中では?」

「森司祭ですからね」


 自然神を信仰する種族なので、森司祭であるセレスはうやまわれる。人間が神官に向かって、敬称を付けるのと同じだ。森司祭は他にも居るので、別に彼女だけがうやまわれているわけではない。


「ふーん。じゃあ、もらってもいいのかな?」

「今、なんと?」

「いや。森を出る気とかないかなと」

「ありませんね。重責から離れたので、ゆっくりとしたいところです」

「あ、そう」

「それで、弓を教えるのでしたね?」

「そうそう。飯を食ってからでいい?」

「構いませんよ。ですが、里の案内は?」

「もういいや。十分にながめたしね」

「そうですか? では、食事が終わったら教えますね」

「よろしく!」


 フォルトは笑顔で、飯を平らげていく。ここまでの話で、セレスが居なくなっても問題がなさそうだ。後は平穏無事に、彼女を手に入れるだけである。


「あ、そうだ。限界突破の件なんだけど」

「限界突破ですか?」

「シェラの限界突破があってね。神託を受けたいんだけど」

「シェラさんは、暗黒神デュールの司祭では?」

「自分の神託は駄目ですので」

「そうだったかしら? では、私が」

「いや。他の司祭に頼んでもいいかな?」


 ベルナティオには玩具と言ったが、身内にする可能性もある。そうなると、堕落の種を食べる事になるのだ。二人とも悪魔になると、信仰系魔法が使えなくなる。そう思ったので、別の司祭を頼りたいのだ。


「私でも可能ですが?」

「セレスさんは、俺に弓を教えてもらうからね」

「なるほど。でしたら、紹介状を書いておきます」

「悪いね。シェラは、紹介される司祭から受けてきて」

「はい。分かりましたわ」


 取ってつけたような嘘を言って、適当にはぐらかす。セレスからすれば、誰がやろうが問題はないので、何の疑問も持っていなかった。


「では、片づけをしたら裏庭へ行きますね」


 食事を済ませたフォルトは、一度部屋へ戻り、準備を整える。シェラはベルナティオとレイナスを連れて、自然神の司祭の所へ向かわせる。彼女に何かあっても、二人が居れば大丈夫だろう。

 そして、フォルトはカーミラを連れて裏庭へ向かう。訓練所のような立派なものではないが、弓の練習がやれる場所だ。的も立ててあり、セレスの真面目さがうかがえる。彼女を待っている間は、カーミラとイチャイチャするのであった。



◇◇◇◇◇



「フォルト様、何を……」


 食事の片づけを終わらせたセレスが、裏庭へ来てフォルトを見る。彼女には刺激的だろう。カーミラと抱き締め合っていたのだから。


「あ、セレスさん。早かったですね」

「あ、あの。そのような事は、部屋で……」

「準備運動のようなものです。さあ、弓を教えてください!」


 セレスは冷静なように見えるが、モジモジしている。嫌がらせになっていそうだが、この反応が見たくてやっている事だった。


「い、いいのですか?」

「いいよお。御主人様を貸してあげる!」

「貸す……」

「えへへ。好きにしちゃってください!」

「っ!」


 カーミラが追い打ちをかける。今度は頬が赤くなった。実に楽しい。種族が違うせいか、セレスもフォルトをさげすんだ目で見ない。よって、調子に乗っていた。


「で、では、弓を……」


 セレスが弓を立てかけてある場所へ歩き、それを持ってフォルトの近くへきた。そして、弓を渡してくる。それを受け取り、つるを引いてみた。それから構えて離す。とりあえず、格好だけだ。


「なかなか、力が要りますね」

「そうですね。まずは、手本を見せます」

「はい」


 今度はセレスが弓を構える。とても美しい姿勢だ。背筋を伸ばして、弓のつるを引いた。そして、それを離す。


「こんな感じです」

「ふむふむ。とりあえず、射てみますか」

「でしたら、こちらを」


 セレスが、ベルトの付いた矢筒を渡してきた。その中には数十本の矢が入っている。その中の一本を取り出して、弓を構えて実際に射てみた。すると、矢があさっての方向へ飛んでいってしまった。


「ありゃ」

「始めは、そんなものですよ」

「姿勢ですかね?」

「そうですね。では、もう一度構えてください」

「はい」


 フォルトは、先ほどと同じように構える。すると、セレスが後ろから手首を持った。背中に柔らかいモノが当たって、思わずデレッとしてしまう。


「むほっ!」

「フォルト様?」

「失礼。ふむふむ、やっぱり姿勢ですか」

「はい。背筋を伸ばして、そのままつるを引いて、そこです!」

「ふん!」


 今度は真っすぐに飛んだが、的の端っこに当たって矢が落ちてしまった。射線の悪さと、威力がないせいだ。


「ありゃ」

「ふふ。ですが、前へ飛びましたよ」


 こんな感じの事を続けて、短時間の休憩に入る。始めたばかりなので、サッパリ的に刺さらない。しかし、弓をマスターしたいわけではなかった。


(さて、どうやって手に入れるか。そう言えば、おっさん親衛隊で治癒のやれる者がほしかったな。エルフでも反則にならないかな?)


「ねえ、セレスさん」

「はい?」

「セレスさんがほしいんだけど」

「え?」

「俺と一緒に来てくれないかな?」

「どうしたのですか? やぶから棒に」


 考えるのが面倒になったフォルトは、いきなり本音を話し出す。それに対し、セレスもよく分からず答えていた。


「俺、魔人なんですよ」

「は?」

「セレスさんが来てくれないと、里を滅ぼしたくなるなあ」

「え、え?」

「カーミラ」

「はあい!」


 カーミラも『隠蔽いんぺい』を解除してリリスに戻る。セレスは情報の多さに目を回しそうになっているが、かすれた声で叫んだ。


「あ、悪魔!」

「おっと、騒がないでほしいな。エルフが滅びてしまうよ? 『変化へんげ』」

「なっ!」


 今度はフォルトが『変化へんげ』を使い、いつもの若い姿になった。しかも、翼を出しておく。見た目で魔人だと錯覚させるためだ。


「つ、翼が……」

「まあ、翼があるのが魔人かはさておき。来てくれるかな?」

「………………」


 セレスは黙っている。軽率な行動に出ないのは正解だ。休憩に入って近くに居るのだ。殺す事も可能だし、捕らえる事も可能だ。彼女の武器は弓だが、今は手放していた。


「な、なぜ、私を?」

「ほしくなった。それだけだ」

「なぜ、ほしいのかと!」

「この里で、一番奇麗だったから」

「え?」

「後は、気に入ったからかな」

「気に入った……」


 フォルトは体に魔力をまとわせる。大きな力だが、マリアンデールやルリシオン程度に抑えていた。周りから感づかれても、ローゼンクロイツ家の当主としてやり過ごすためだ。


「そんな理由で」

「俺にとって、理由はそれだけで十分だ」

「私を連れていって、何をさせる気ですか!」

「俺と一緒に、永遠を生きてもらう!」


――――――ズキューン!


「ん?」


 なにやら幻聴が聞こえたが、セレスを見ると動いていない。目はフォルトを見ている。手のひらを顔の前で振っても、その視点は動いていなかった。


「あ、あれ?」

「………………」

「カーミラ?」

「どうしたんでしょうかねえ。ペシペシ」


 カーミラがセレスの頭を軽くたたくが、やっぱり動かない。フォルトとカーミラは顔を見合わせて、お互い首をかたむけていた。


「死んではいないよな?」

「あ、あの……」

「お、生きてたか」

「では、旅の準備をしますね」

「え?」

「その前に、クローディア様の許可をもらわないと」

「はい?」

「あ、その前に初夜を? 私は初めてですので」

「………………」


 セレスが止まらない。モジモジとしながら、矢継ぎ早にしゃべり始めた。どうも演技ではなさそうだ。顔を見合わせると、頬を赤くして目を逸らす。


「セ、セレスさん?」

「あっ! これだけは言っておきます」

「な、なんでしょう?」

「永遠に愛してくださいね!」

「え? あ……。うん」

「きゃ!」


 魔人と悪魔の事は頭になく、どうやらプロポーズと受け取ったようだ。セレスの頭の中は、完全にお花畑になっている。キャラのブレがひどい。


「あ、あの、セレスさん?」

「なんでしょうか?」

「魔人と悪魔なんですけど」

「細かい事を気にしたら負けです」

「は?」

「愛に種族は関係ないのです!」

「あ、そう……」


 なんだかよく分からない展開になったが、とにかく一緒に来てくれるらしい。エルフが旅に出るには許可が必要だが、それは後日に改めるそうだ。


「ほ、本当にいいのか?」

「ほしいと言われたのはフォルト様。なにか、問題が?」

「いえ」

「私にも、やっと春が!」

「え?」

「とにかく、フォルト様の事を詳しく!」

「そ、そうだな」

「ベッドの中で……」

「は、はい」


 セレスがフォルトを抱きしめてきた。これには面を食らうが、カーミラと視線を合わせると、クスクスと笑っていた。

 そういう事なら、さっそく望みをかなえる事にする。三人は弓の訓練事など忘れて、さっさと家の中へ戻っていったのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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