第230話 (幕間)雌伏の時と異世界人の絆
「レイナ、ヘルメス。よくぞ戻った」
その少女は、魔王スカーレットの娘であるティナだ。隣にはジュノバ・ローゼンクロイツが立っている。
「はっ! 姫様に再会できた事、嬉しく思います」
「レイナも、よく無事だったな」
「スカーレット様とともに、死にたかったですが……」
「その忠義。私に向けてもらうぞ」
「はっ!」
ティナへ頭を下げたのが、魔王軍六魔将の一人であるレイナだ。髪の色は青く、ショートボブの美しい魔族の女性である。
女性用のブレストプレートとスカート型の腰当を装備して、肩幅の広いマントを羽織っている。腰にはレイピアとワンドを差していた。
「姫様は、スカーレット様の力を受け継いだとか?」
「ヘルメス。私が上では気に入らないか?」
「いえ。ジュノバにも勝てませんので」
「ガハハハッ! 今なら勝てるかもしれんぞ」
「それは、ジグロードを再興した時にしましょう」
ヘルメス。魔王軍六魔将の一人で、上半身が裸の魔族の男性だ。下半身はブカブカのズボンである。長身で筋肉質だ。
特徴的なのは、縦に一本の線が引かれたような額の傷か。武器は手に持っている
「姫様。トリトフは死にました」
「ヘルメス、それは本当か?」
「ともに戦線から離脱しましたが、勇者との戦いで受けた傷が深く……」
「
「はい。死体は人間に渡さないよう、私が処理しました」
「そうか」
ティナは
「これで、後一人だな」
「あと一人ですか? ユノが居ないようですが」
「南東の平原だ。もうすぐ戻るだろう」
六魔将最後の一人は、すでに合流している。しかし、現在はゼノリスの跡地に居ない。人馬族を連れて、平原で狩りの最中だった。
「ジュノバ。魔族の生き残りは、どれほど集まった?」
「まだ五百人ほどですな」
「ちっ。アクアマリンからの連絡は?」
「今は南方小国群へ」
「そちらに避難した魔族が居ればいいが」
「アクアマリンが見つけてくれると思いますぞ。ガハハハッ!」
「ゼノリスの跡地へ集まった者たちは?」
「
魔導国家ゼノリス。魔人グリードに滅ぼされた国で、フェリアスの北にある。徹底的に破壊されているので、隠れるにはもってこいであった。
フェリアスと接しているため、隠れていたり、
「今の十倍は居ないと無理だな」
「帝国方面にも居ると思われますので、捜索範囲は広げます」
「『
「はい。ですので、時間が必要です」
「分かった。残った者たちは、人馬族と連携を取れるようにしておけ」
魔王スカーレットの力を継いだティナの目的は、各地へ散った魔族を集結させて、魔族の国ジグロードを復興する事だ。そのために、人馬族を配下へ加えた。まだ時間はかかるが、いつでも戦えるようにしておく必要がある。
「それと、トリトフの代わりが必要だ」
「難しいですな。彼ほどの実力のある魔族は……」
「筆頭殿の娘たちなら平気では。生きているのでしょ?」
「レイナの言う通りだが、マリとルリは受けんな。ガハハハッ!」
「おまえの娘だろ」
「ヘルメスも知っていると思うが、俺の命令なんぞ聞かねえぞ」
マリアンデールとルリシオンは、誰の命令も聞かない。帝国軍と戦えとは言われていないにも拘らず、勝手に出向いていた。魔王の命令だと嘘を言っては、司令官たちを困らせていたのだった。
しかし、戦果が大きいので、強く
「ソレイユから聞いたが、結婚させたのか?」
「いや。勝手に
ジュノバの答えに、ヘルメスは
「聞けば、相手は人間でしょ?」
「レイナ。人間だろうがゴブリンだろうが、力のある者が上だぜ」
「分かっています。ですが、あの姉妹が認めたとなると」
「強えかも知れねえな。ガハハハッ!」
魔族にとっては力が全てだ。その魔族である姉妹が認めたならば、
「マリとルリが駄目なら、そいつでもいいかもしれんな」
「姫様の言う通りですな。ですが、その前にぶち殺します」
「
「俺が認めていませんからな。ガハハハッ!」
「当主自らが力を試すという事か」
「いえ。本気でぶち殺します」
「ふふ。ジュノバらしいな」
ジュノバは
ならば、どちらが当主か決める必要があった。手加減をするつもりはない。それは、家の誇りに傷を付ける行為なのだから。
「そこで、さっそくぶち殺しに行ってもいいですか?」
「筆頭殿は馬鹿ですか? 駄目に決まってるでしょう」
「ガハハハッ! トリトフの代わりが必要だろ?」
「だから、筆頭殿が出向いてどうするのです」
「そうだぞ、ジュノバ。まだ人間に気取られたくはない」
「そうでしたな。ガハハハッ!」
冗談か本気かは分からないが、ジュノバは六魔将筆頭としての責務に忠実だ。だからこその筆頭なのだが、これも場の雰囲気を
「今
「準備が完了次第、ジグロードへの道を確保しませんとな」
ジグロードへの道。その道がある領土を奪還するだけなら、今の戦力でもやれる。六魔将のうち五名がおり、魔人の力を受け継いだティナも居る。
しかし、維持するのは無理だ。多方面から再び奪還に来られると、すぐ明け渡す事になるだろう。今は戦力を充実させる算段を、練る事にするのだった。
※魔王軍六魔将
ジュノバ、アクアマリン、レイナ、ヘルメス、ユノ、トリトフ(死亡)。
◇◇◇◇◇
「すみませーん!」
城塞都市ミリエに戻ったシュンたちは、自由行動を取っていた。なぜ戻ったかというと、シュナイデン枢機卿の護衛であった。商業都市ハンから帰還するという事で、シュンたちが指名を受けたのだ。
「好きな席についてね!」
シュンとシュナイデン枢機卿は、神殿で話があるらしい。そこで自由行動なのだが、アルディスとエレーヌは、ある場所へ来ているのだった。
「本当にアメリカ人だね」
「そ、そうね」
「メニューがあるわ。何にする?」
「フリフリチキンって、聞いた事があるね」
「ハワイの名物じゃなかったっけ? でもこれ……」
二人は城塞都市ミリエにある、料理を出す店へ来ていた。冒険者ギルドからの紹介なのだが、この店の主人に用があった。
しかし、今の時間は混んでいるようだ。そこで、食事をしながら待つことにする。アルディスはメニューを見て、難しい表情をした。
「ぽいって……」
「似てるだけかしら?」
「と、とにかく頼んでみようか」
「そ、そうね」
その店で給仕をしてるのが、アメリカ人の女性だ。アルディスは手を挙げて、その女性を呼び料理を頼んだ。それから
「ヘイ! フリフリチキンっぽいチキン。お待ちっ!」
「ありがと。えっと、クレアさんだっけ?」
「へ? そうだけど、どこかで会ったかしら?」
「初めてだけど、冒険者ギルドから紹介されてね」
「あっ! フリッツに用があるのね?」
「そうそう。客が居なくなったらでいいわよ」
「オッケー。後で呼んでくるよ」
アメリカ人の女性は、シルビアやドボとともに召喚された異世界人だ。召喚当初のアルディスとエレーヌは勇者候補だったので、城から退去した彼らには会った事がない。
「じゃあ、食べようか」
「うん」
二人はゆっくりと味わいながら食べる。客が居るので、急いで食べても待つ事になるからだ。本場のフリフリチキンには及ばないが、それでもおいしく作ってある。これには満足した。
「城の食事とは、えらい違いね」
「そ、そうね。これだったら、外で食べればよかったね!」
「無理無理。タダで食べないと、貯金なんてできなかったわ」
「そ、そっか。そうだよね。今はマシだけど……」
召喚されたばかりの異世界人の給金は、たかが知れている。今は多めにもらえるが、当時はひどかった。それに、訓練に次ぐ訓練で遊ぶ暇などなかった。
そんな当時を思い出しながら食べていると、フリッツと呼ばれた男性が来た。同じテーブルの席に座り、用件を聞いてくるのだった。
「フリッツだ。まずは紹介状を見せろ」
「これよ」
アルディスは紹介状を取り出して、そのままフリッツへ渡す。それを読んだフリッツは、無造作に懐へ入れた。
「オーケー。んで?」
「ある品物の情報がほしいのよ」
「言えない物か?」
「いえ。戦神の指輪って言うんだけどね」
「なんだそりゃ?」
「勇魔戦争時に、帝国の戦神オービス神殿から盗まれたとか」
「ほう。形とか大きさとか分かるのか?」
「まったく情報はないよ。だから、情報屋に頼みたいんだけど」
「オーケー、オーケー。手に入れろとかは無理だからな?」
「分かってるって。情報だけでいいよ」
「なら、前金で金貨一枚だ。報告後に、もう一枚な」
「ちょ! 金貨二枚もすんの?」
金貨一枚は日本円で十万円だ。戦神の指輪の情報だけで、二十万円になる。二人は、そんな大金を持っていない。
「おまえら、情報屋を使った事がねえのか?」
「ないわよ! 戦ってばかりだったし」
「ああ。もしかして、異世界人か?」
「そうよ。悪い?」
「いや、悪くはねえ。んじゃよ、こうしねえか?」
「こうって?」
「俺を、おまえらの専属にしろ」
「専属?」
「ああ。異世界人同士、仲良くしようって事だ」
フリッツはニヤニヤしながら、交渉を始めた。固定の客を捕まえれば、いろいろと得なのだ。それが同じ異世界人なら、なお得だ。店がたまり場になってくれれば、売り上げにも期待できる。
「それって、どうなの?」
「へへ。この世界の情報屋だと、足元を見られるぜ?」
「え?」
「さっき提示した金額な。ボッてる」
「なっ!」
「金がありゃ、払っただろ? だから、異世界人同士って事だ」
「なるほどね」
フリッツの伝えたい事は、異世界人同士でつながりを持つという話である。多民族国家などでは、よくある話だ。
同じ民族が協力する事で、他民族から身を守ったり同民族の絆を生む。それは安心を生み、信用がおける間柄になるのだ。
「いいよ。でも、商業都市ハンが拠点なんだけど」
「手紙でもいいし、出向いてもいい。後は、この店で飯を食え」
「ぷっ! いいよ。おいしいからね!」
「へへ、決まりだ。なら、前金で大銀貨一枚。報告で一枚だ」
「げっ! 本当にボッてたんだ」
「表の情報だからな。裏はやれねえけど、知り合いは居る」
「へえ。じゃあ、意外と当たり?」
「裏情報は、同じ異世界人からしか受けねえよ」
裏情報は命の危険すらある。そんなにポンポンと受けられない。そこでフリッツは、依頼人を
「ところで、シルビアとドボは知ってるか?」
「いえ。知らないわ」
「同じ異世界人で、この町を拠点にしてる冒険者だけどよ」
「へえ」
「会ったらよ。クレアが寂しがってるから、店にこいって言っとけ」
「いいわよ。特徴だけ教えて」
それから二人の特徴を聞いたアルディスとエレーヌは、店を出ていった。後は城塞都市ミリエから出発する前に、店へ寄ればいいだろう。
ギッシュは別方面から情報を集めているが、そちらはあまり期待できない。しかし、これでフォルトの依頼は達成できる。店から出た二人は何の疑問も思わずに、宿舎にしている城へ戻っていくのだった。
――――――――――
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