第228話 女王の呪い2

「バフォフォフォフォ!」


 女王の部屋の中心は、バフォメットの火嵐のせいで焼け焦げている。そこには、護衛のエルフたちが消し炭になっていた。

 バフォメットはベッドの前に浮かび、フォルトたちを笑っている。実力差があり、いつでも殺せると思っているようだった。


「カーミラ、扉を」

「はあい!」


 カーミラに命じて扉を閉めさせる。せっかく邪魔にならないよう、クローディアたちを逃がしたのだ。戻ってこられたり、謁見の間に居た戦士たちが来ても困る。戦い方も見せられない。


「ここを死地と定めるか?」

「まさか」


(さて、どうやって女王を確保するか。時空魔法は痛いんだよなあ。ティオを調教したような褒美でもないと……)


「でへ」

「こんな時でも、目がイヤらしいです!」

「あ……。ついな」

「バフォフォフォフォ! 気をつけて攻撃するのだな」

「なに?」

「あまり派手な攻撃だと、エルフの女王が死んでしまうぞ」

「ぐっ」


 バフォメットは余裕を見せている。上級魔法で吹き飛ばしたいが、それをやると女王が死ぬ。だからと言って、弱い魔法だと倒せるか分からない。


「くそ。どうするか」

「来ないのか? なら、こちらからやるとしよう」

「ちっ」



【マジック・アロー/魔力の矢】



 先制攻撃などされたくはない。フォルトは迷わず魔法を使った。いつも使っている無属性の下級魔法だが、この魔法は目標を追いかける魔法である。

 それを、十本の光弾として放った。魔人であるフォルトが魔力を込めれば、下級も上級と変わらない威力を出せる。


「バフォ?」



【シールド・ウォール/盾壁】



 フォルトの魔法に合わせて、バフォメットも魔法を使った。放った十本の光弾の威力を削ぐ気だ。


「バフォ? フォ? フォ? フォ! フォォォ!」


 バフォメットの魔法は威力を削ぐだけで、完全に防ぐ魔法ではない。そのため、威力を殺された光弾が命中している。

 しかし、死ななかったようだ。光弾で殴打された場所は傷ついているが、変わらぬ笑みを浮かべていた。


「死なないか」

「バフォメットは、結界の悪魔ですからねえ」

「結界?」

「そうでーす!」


 カーミラは『隠蔽いんぺい』を解除して、リリスの姿に戻った。それを見てもバフォメットは笑みを崩さないが、少々下がってベッドに腰かける。


「リリスか」

「そうだよお」

「同じ悪魔と、まみえるとはな。バフォ!」


 バフォメットが気合を入れた声を出すと、ベッドを中心にピラミッド型の結界が張られた。


「それが結界か」

「バフォフォフォフォ! この結界は破れんぞ」

「やってみないと、分からないだろ?」

「御主人様、駄目でーす!」

「あれ?」

「あの結界は、悪魔王の結界ですよお。魔人でも破れませーん」

「えぇ!」


 この状況でも、カーミラはニコニコしている。秘策でもあるのかと思っていたが、何もないようだ。それを見ているバフォメットも笑い出した。


「バフォフォフォフォフォ! 魔人であったか」

「そうですよお。バフォメットちゃんは、『契約けいやく』中みたいだねえ」

「バフォフォ。その通りだ」

「知り合い?」

「直接は知りませんよお」

「悪魔同士だと、争わないとか?」

「そんなわけはないぞ。邪魔をすれば滅ぼす。バフォフォ」

「えへへ。面倒なので、停戦した方がいいでーす!」

「停戦? してもいいのか」

「バフォフォ。どうせ、この結界は破れん。魔人だとしてもな」


 バフォメットの結界は、悪魔王の結界。魔神でしか神を傷つけられないように、魔神でなければ傷もつかない結界だ。


「ちっ。こっちは、エルフの女王さえ帰ってくればいい」

「それは無理な相談だ」

「なぜだ?」

「女王の呪いは、『契約けいやく』だからだ。バフォフォ」

「『契約けいやく』か」

「悪魔は『契約けいやく』にうるさいと、リリスから聞かなかったか?」

「言っていたな」

「えへへ。『契約けいやく』は絶対でーす!」


 代償を支払う事で、悪魔と『契約けいやく』を結ぶ。その取引は絶対であり、破る事は死を意味する。悪魔から『契約けいやく』を破棄する場合は、相手が違反をした時だ。


(って、事は……。契約者を、なんとかすればいいのか? 結界に入られたら、手が出せないようだしな)


「バフォフォ。諦めろ」

「それこそ無理だ。ちなみに、誰から受けたんだ?」

「言えるわけないだろう」

「女王を仮死にする『契約けいやく』か?」

「いや。女王を殺せと言われた。バフォフォ」

「あれ?」

「殺せと言われたから、永遠とわの眠りかと問い返したのだ」

「なるほど」

「さすがは、バフォメットちゃんです!」

「マヌケなやつであった。バフォフォフォフォ!」


 カーミラが喜んでいる。バフォメットは契約者に誤解を与えて、目的を達成しないようにしていた。その狡猾こうかつさは、カーミラも持っている。だから、喜んでいるのだろう。


「マヌケなやつの悪感情は、とても美味びみである」

「そ、そういう事ね」


 契約者は、女王が生きている事を知っている。裏を返せば、そういう事なのだろう。直球で言わないところも悪魔らしい。


「契約者の身元に関する事が、言えないだけか?」

「後は、呪いの解呪をしようとすれば戦う事になる」

「今のようにか?」

「そうだ。負けそうなら、このように結界へ閉じこもる。バフォフォ!」

「ふむ。呪いの方に手を出さなければ、女王は安全とも言えるのか」

「バフォフォ。頭がまわるな。魔人とは思えんが、その通りだ」

「ふむ」


 この言葉に嘘はないだろう。カーミラが何も言わない。嘘が混じれば、指摘してくれるはずだ。たとえ悪魔でも、彼女の事は信用している。


「契約者を殺せば、『契約けいやく』は解除される?」

「『契約けいやく』の代償は、契約者と、その周りに居た者たちの魂だ」

「複数か」

「バフォフォ。契約者を入れて十一名だったな」

「ダルい!」

「知らぬ。とにかく、呪いの解呪はしない事だ。バフォフォ!」


 その言葉を最後に、バフォメットは消えた。しかし、ピラミッド型の結界は残っている。これで、女王には近づけなくなった。


「ふぅ」

「戦いを続けたかったですかあ?」

「いや。会話に持ち込めたのはよかった」


 あの結界は厄介だ。フォルトの防御魔法と似たような結界で、中からも攻撃はやれないようだ。戦い続けても、千日手になるだけである。


「えへへ。バフォメットちゃんは、最上級の悪魔ですよお」

「ほう。カーミラより上か」

「上ですねえ。悪魔王に近い悪魔でーす!」

「最上級って、あいつ一人?」

「もっと居ますよお。聞きたいですかあ?」

「いや、覚えられん。知りたくなったら聞く」

「ですよねえ」


 最近は動いているが、もともと怠惰たいだなので、簡単に済む方がいい。それにカーミラが居た事で好意的だった。聞けない事も多いが、情報を渡してくれたのだ。 『契約けいやく』を結んだ者を特定する事は言えないが、ヒントは伝えられるようだ。これも悪魔らしい裏切りである。契約者が死ぬ事を、望んでいるのだろう。


「さて……。クローディアたちに説明しないとな」


 フォルトとカーミラは扉を開けて通路へ出た。そして、謁見の間の方へ歩いて行くと、とても騒がしい。こちらへ向かってきていないが、時間がかかれば突撃してきそうな騒ぎだ。


「戻ったぞ」

「旦那様!」

「フォルト殿! 女王は?」

「それなんだがな。他の場所で話せないか?」

「むっ!」


 周りでは、エルフの戦士たちが騒いでいる。セレスが押しとどめているが、これでは話をするのも難しい。


「女王に危険はない。だが、ベッドには近づけん」

「なに?」

「片付けるなら、ベッド以外だ」

「わ、分かった。おまえたち! 女王様の部屋の片づけをしろ!」

「「はっ!」」

「連れていった者たちは死んだ。回収して、とむらう準備をしておけ!」

「「はっ!」」

「では、フォルト殿」


 さすがは女王の名代か。フォルトの説明から状況を判断して、テキパキと命令を下していた。

 その後は謁見の間を出て、最初に通された部屋へ戻る。部屋へ入った後は、お互いが向かい合って座った。


「それで?」


 クローディアにうながされたフォルトは、バフォメットから聞いた話を伝えた。悪魔と会話がやれた事に驚いている。しかし、それ以上に、女王の死を望んでいる者たちが居る事にいきどおりを見せていた。


「どこのどいつだ!」

「それは分からん。『契約けいやく』で言えないそうだ」

「悪魔の戯言ざれごとでは?」

「悪魔は『契約けいやく』にうるさい。これは間違いない」

「よく知っているな」

「ローゼンクロイツ家をめるな」

「そ、そうだな」


 とことん家の名前を出す。これは便利だった。家名の使い方を覚えたので、今後も利用させてもらう。マリアンデールとルリシオンに感謝だ。


(ローゼンクロイツ家なら、知っていて当たり前だって事だな。これは反則だ。まあ、面倒な説明をせずに済む)


「しかし、悪魔を使役する者たちですか」

「セレスさんに、心当たりはあるの?」

「いえ。フェリアスの住人ではないと思いますが……」

「シェラ。魔族に心当たりは?」

「ありますけど、十一名って話ですわよね?」

「そう言ってたな」

「でしたら、違うと思いますわ。六魔将の方ですので」

「なるほど」

「個人で使役する方ですね」

「なら……。人間か?」


 単独で悪魔を使役できず、多数で悪魔を使役する者たち。思い当たるのは人間だ。宗教に傾倒けいとうし、欲望のために悪魔を崇拝する者も居るだろう。


「悪魔崇拝者ですか」

「邪教徒とかもあるだろうな。まあ、見つけられるかは知らんが」

「情報を集めねばなりませんね」

「そこまでは手を貸せないな」

「なぜですか?」

「引き籠りだからな。町とか出ないから、情報なんて無理無理」


 そんな情報を得るなら、戦神の指輪の情報の方がほしい。エウィ王国側はシュンたちが探すが、帝国やフェリアスの目途めどが立っていないのだ。


「エルフの里まで来て、引き籠りですか?」

「まあ、趣味が上回っただけだ。本来は幽鬼の森から出ない」

「趣味ですか」

「それに、自国でやり遂げた方がいいのでは? 女王も喜ぶと思うよ」

「それは、そうですが」


 クローディアは残念そうだ。こればかりは仕方がない。フェリアスとは仲良くしたいが、国民ではないのだ。国の事は、国民でなんとかしてもらいたい。


「それより、戦神の指輪って知ってる?」

「たしか、戦神オービス神殿の秘宝でしたか」

「そう、それ」

「盗まれたとは聞きましたが、フェリアスにあるかまでは」

「盗みだったなあ。これも、人間か?」


 人間の事をよく知っているので、どうしても疑ってしまう。エルフやドワーフ、それにリザードマンと会ったが、盗みをやるような種族に見えなかった。ミクロで考えれば居ると思うが、人間の比ではないだろう。


「大族長が集まった時にでも、聞いておきます」

「助かる」

「では、セレス。弓を教えてさし上げて」

「はい」

「呪いの解呪をしてないけど、いいのか?」

「今まで情報すらなかったですからね」

「それはそうだが」

「それとも、セレスがほしいですか?」

「うん」

「え?」


(やばっ。本音が出てしまった。クローディアの冗談だろうが、もうセレスでいいだろう。シェラも、そう言ってたし)


「冗談が、お好きなようですね」

「あ、ははっ」

「なら、今日はお休みになってください」


 どうやら、冗談と受け取ってくれたようだ。しかし、セレスを奪うと決めたからには、なんとか持って帰りたい。そんな事を考えながら席を立つ。

 フォルトたちは、セレスを先頭に家へ帰っていく。クローディアとは別れたため、桃が一つになってしまった。しかし、両隣にある桃を堪能しながら、どうやって彼女を奪うかを考えるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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