第227話 女王の呪い1

「御主人様!」


 通路を歩いていると、後ろからカーミラが追いかけてきた。その隣には、遺跡の入り口で会った衛兵のエルフが居る。


「あなたは?」

「クローディア様の客人という話でしたが?」

「たしかに、見た事がありますが……」


 クローディアは三国会議で会っていたので、一緒に居たカーミラの事を思い出したようだ。それはそれとして、彼女は鋭い目で衛兵をにらみつける。

 本来なら遺跡へ入れる前に、真偽の確認をするはずだ。そのため、にらまれた衛兵は、ギョッとしている。


(魅了か? まあ、どうでもいいか。食料の搬入が終わったのなら、さっさと用事を済ませて、暴食ぼうしょくを満足させたいな)


「えへへ」

「よく来たな」


 カーミラの頭を撫でると、はにかんだ笑顔になった。とてもまぶしい。隣に居るシェラと同様に、片手で引き寄せて腰へ手を回す。


「飢えた狼のようですね」

「あ、はは……」

「あなたは戻りなさい」

「はっ!」


 クローディアに命令された衛兵は、走って戻っていった。後で、こっぴどく怒られるだろう。同情はしない。


「もしや、バグバット様から手紙でも?」

「なんにもないですよお」

「そ、そうですか。では、急ぎましょう」


 そこまで気になるのかと思いつつ、クローディアの後を歩く。彼女の隣にはセレスも居るので、二つの桃を見ていた。


「ぁっ。旦那様」

「もっといいですよお」

「おっと」


 悪い両手が悪さをするが、こちらの桃も素晴らしい。その悪い手と意識をつなぎながら歩いていると、目の前に大きな扉が見えてきた。その手前には、二名のエルフが立っている。残念ながら男性だ。


「こちらが謁見の間です。その奥が、女王の部屋になっています」

「ほう。入っていいの?」

「今は使われていませんからね。他に行く道がありません」

「なるほど」

「開けなさい」

「「はっ!」」


 抜け道ぐらいはあるだろうが、フォルトたちを通すほどの信用はない。クローディアは、扉の前のエルフに命じて開けさせた。

 中へ入っていくと、たしかに謁見の間だ。部屋の奥の中央には玉座というべき椅子があり、フェリアスの旗が何本もかかげられている。ガルド王の屋敷とは、えらい違いだった。


「使われてないんじゃ?」


 謁見の間には、エルフの戦士たちが並んでいた。騎士団ではないが、森の戦士というべきエルフたちだ。緑色の皮鎧を装備して、弓を背負っている。腰には鉄の剣を差していた。その数は二十名である。


「見栄えですよ、見栄え。訓練も兼ねてます」

「ああ。そういう……」

「それにバグバット様の知り合いとはいえ、私たちだけでは」

「なるほど」


 見栄えという事は、普段から使っていないのだろう。他国の重要人物が来た時にだけ使っているようだ。昔であれば魔族。現在であれば、人的交流が始まった人間だろうか。


「そこの四名は、ついてきなさい」

「「はっ!」」


 クローディアの命令で、並んでいたエルフから四名が前に出た。そして、フォルトたちの周りを取り囲む。

 謁見の玉座の間の隣にも扉があった。そこから向かうようだ。クローディアとセレスを先頭にして、扉の奥へ歩いていく。


(女王かあ。のじゃロリ系? いや、ニャンシーとかぶるな。女王ってくらいだから、キリっとした美人系か? さすがに女王を拉致したら、まずいよな?)


「こちらです」

「開けなさい」

「「はっ!」」


 頭の中をお花畑にしていると、どうやら到着したようだ。女王の部屋の前にもエルフが二名居た。この戦士たちは女性だ。身の回りの世話を兼ねているのだろう。女性のエルフを見て、フォルトの頬が緩む。


「旦那様。セレス様の方が……」

「そ、そうだな」


 なぜかセレス推しのシェラが話しかけてくる。神は違えど司祭だからか。それでも品定めはおこたらない。どちらも奇麗なエルフである。他人種は同じに見えるではないが、似たような見え方をしていた。


「では、女王様の部屋へ」


 頬が緩んでいる間に扉が開いた。フォルトの考えている事など知らないクローディアは、部屋の中へ入るようにうながしてくる。この場に止まっていても仕方がないので、中へ入って行くのであった。



◇◇◇◇◇



 女王の部屋。部屋の奥にベッドが置かれ、その上にエルフが眠っていた。フォルトの顔は無表情だ。

 寝ているエルフは仮面をかぶっていた。よって、見た目は分からない。体つきはエルフらしい華奢な体である。緑色のドレスを着ていた。銀色の長い髪で、神秘的な感じがする。


(まさか、仮面をかぶっているとは。どうせ、手を出せないエルフだからいいか。それにしても……。呪いって、どう見ても仮面のせいだろ?)


 女王の仮面。誰が見ても禍々しく感じるだろう。石で作られてはおらず、木で作られた仮面だ。


「この仮面は?」

「それは、ジュリエッタ様の趣味です」

「は?」

「趣味です」

「この仮面のせいじゃないの?」

「いえ。首飾りが原因かと思われます」

「あ、そう……」


 女王の趣味に唖然あぜんとしてしまったが、首には質素な首飾りを付けていた。さっそく、どんな効果かを調べる事にする。


「鑑定魔法を使うね」

「はい。お願いします」



【アプレイザル・オールマジックアイテム/鑑定・全魔法道具】



 レイナスの制服へ魔法付与した時に使った、上級の鑑定魔法だ。これにより、どのような魔法効果があるかが分かる。


「御主人様、すごいです!」

「でへ」

「どのような効果だ?」

「待ってね」


(この首飾りを装備すると、呪いが発動するようだな。効果は……。仮死? 寝ているんじゃないのか)


「心臓はっと」


 疑問に思ったので、耳をジュリエッタの胸へ近づける。すると、クローディアが大声を上げた。


「な、何をするか!」

「生きているかなと」

「心臓は動いている。だが、息をしていない」

「やっぱり?」

「で、効果はなんだ?」

「その首飾りを装備すると、仮死状態になる」

「なんだと!」

「驚くものでもないだろ。見たままだな」


 フォルトは当事者ではないので、あっけらかんとしている。しかし、当事者のエルフたちは女王の危機だ。なんにでも驚いてしまうのだろう。


「では、解呪を」

「やってみるだけだよ?」

「もちろんです。蜥蜴とかげ人族の司祭でも、効果がありませんでしたので」

「へえ」

「とにかく、お願いします」

「はい、はい」


 フォルトたちは女王から離れて、部屋の中央へ移動した。それらしい演出をするためだ。目の前で簡単にやれるが、演技を入れる事で、ありがたみを持たせる。



【アドバンスト・ディスペルマジック/上級・魔法解除】



「え?」


 フォルトが魔法を発動すると、女王のベッドを中心に魔法陣が描かれた。しかし、この上級魔法には、そのような効果はない。


「な、なんだこれは?」

「御主人様、下がりましょう!」

「旦那様!」

「分かった。クローディアさんとセレスさんも下がれ!」

「な、なにが起きたの?」

「いいから、下がれ!」


 カーミラの言葉で危険を感じ、すぐに扉の前まで下がった。クローディアたちも下がり、連れてきたエルフの戦士たちが前へ出た。


「どうなっている!」

「女王様は!」


 エルフの戦士たちが前に出た瞬間、魔法陣が光りだして何かが召喚された。それは黒山羊の頭部と、カラスの翼を持った悪魔だった。


「バフォフォフォフォ! 死ね」



【ファイアストーム/火嵐】



「なっ!」


 目の前に現れた悪魔は、即座に魔法を使った。それに合わせて、フォルトが前に出る。そして、同じく魔法を使った。



【ディフェンシブエリア・トゥ・ブロック/遮断しゃだんする防御領域】



 全てを遮断しゃだんする領域設置型の上級防御魔法だ。この魔法は、有効範囲外からの攻撃を、全て受け付けない。こちらからも攻撃は不可能だ。

 しかし、効果範囲が狭い。そのため、前に出たエルフの戦士たちは、悪魔が使った魔法の直撃を受けてしまった。


「「うぎゃあああ!」」


 部屋の中央で、炎の嵐が渦を巻いている。それをモロに受けたエルフの戦士たちは、黒焦げになって床へ倒れた。火属性の中級魔法だが、ルリシオンの火嵐より火力が高いかもしれない。


「ま、間に合ったか?」

「御主人様、すごいです!」

「た、助かりましたわ」

「クローディアさんと、セレスさんは?」

「ぶ、無事です」

「本当に、助かりました」


 なんとか効果範囲に入れられたようだ。ここで死なれると、物凄く面倒な事になる。あの悪魔も召喚した覚えはない。その弁護を、お願いしたかった。


「魔法は聞いていたと思うが、使ったのは解呪魔法だからな!」

「わ、分かってるわ。でも、あの悪魔は?」


 目の前の炎が消えていく。あの悪魔が消したのだろう。そして、その姿を見せる。どこかで見たような悪魔だ。


(黒山羊の頭にカラスの翼か。バフォメットだっけ? 黒ミサをつかさどる悪魔とかなんとか。サタンやルシフェルも居るんだし、バフォメットぐらい居るとは思うが)


「バフォフォフォフォ! 生きておったか」

「ちっ。呼んだ覚えはないぞ」

「呼ばれた覚えがないからな。バフォフォ!」

「御主人様! あいつは、バフォメットですよ!」

「や、やっぱり……」


 カーミラが答えを言ってくれた。これで確定だ。カーミラも悪魔のリリスなので、よく知っているのだろう。


「どうするか」

「女王様が!」

「シェラ、二人を連れて逃げろ!」

「旦那様は?」

「カーミラと残る」

「分かりましたわ。二人とも、逃げますよ」


 シェラはフォルトに依存している。カーミラも残るので、迷わずに言われた事を実行に移した。残っても、邪魔になるだけと知っているのだ。


「フォルト殿!」

「とりあえず、守りながらだとキツイ」

「ですが!」

「俺はローゼンクロイツ家の当主だ。女王だけでも、なんとかする!」

「わ、分かりました。頼みましたよ!」

「シェラ、頼んだぞ」

「はい!」


 ローゼンクロイツ家の名前を出したので、なんとか納得してくれたようだ。この場に残られると邪魔である。バフォメットの相手が可能なのは、フォルトとカーミラだけなのだ。

 シェラは限界突破が終わっていない。この悪魔が相手では、ちょっとしたミスで死んでしまう。それは避けたかった。


「逃げるのか? よいぞ。さあ、逃げろ。バフォフォフォフォ!」


 口では逃げていいと言っているが、悪魔なので信用などしない。三人が逃げきるまでは、先ほどの防御魔法を使えるように身構えておく。

 後ろをチラリと見ると、クローディアとセレスが戻ろうとしていた。それをシェラが押し返している。パワーレベリングのおかげで、たきましくなったものだ。


「さて……」

「バフォフォ。きさまは逃げんのか?」

「面倒だから、逃げたいけどな」

「バフォ、バフォフォフォフォ!」


 バフォメットは戦闘態勢に入ったようだ。同時にフォルトとカーミラも、戦闘態勢に入る。戦うとしても、物凄く面倒だ。あの悪魔の後ろのベッドには、ジュリエッタが寝ている。普通に戦えば、巻き添えで死んでしまうだろう。

 とにかく隙を作って、彼女を確保した方がよさそうだ。そんな事を考えながら、カーミラと目を合わせるのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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