第226話 リリエラ日記4

「どりゃあ!」


 人の顔だけの魔物。チョンチョンへ走り込む男性が居た。屈強な体をした男性で、少々丸みを帯びている。

 その男性は、肩を突き出してチョンチョンへぶつかった。まるで、相撲のぶちかましのようだ。その魔物は吹き飛ばされて、地面へ激突した。そこへ、ナイスバディの女性が上空から降ってきた。


「はあっ!」

「ギャァァ」


 その女性に剣で突かれたチョンチョンは、額から地面へ貫かれた。バタバタと耳を動かしていたが、すぐに動かなくなったのだった。


「ヘイ! シルビア」

「ヘイ! ドボ」


 チョンチョンを倒した二人は近づいて、お互いの手をたたく。パーンという大きな音が、森へ響き渡った。


「リリエラ。こいつでいいのかい?」

「そうっす。そいつの耳と髪の毛が材料っす」

「んじゃ、切り落とさねえとな」

「それは、ドボに任せるよ」

「へいへい」


 リリエラたちは、ドワーフの集落へ辿たどり着いた。そこで宿を決め、服飾師のところへ向かったのだ。

 クエストの達成に必要な物は作れる。しかし、材料が足りなかった。そこで、シルビアとドボを連れて、素材を集めるために原生林へ入ったのだった。


「顔は要らねえのか?」

「要らないっす。顔はあげるっす」

「そうは言ってもな。ギルドへ持っていけねえぞ」

「捨てときな」

「へいへい」


 魔物の部位を持ち帰ると、冒険者ギルドから報奨金が支給される。微々たるものだが、討伐依頼とは別に支給されるのだ。よって、ほとんどの冒険者は、依頼と合わせて持ち帰ってくる。

 しかし、現在の場所はフェリアスだ。冒険者ギルドは人間の組織のため、この国にはない。持ち帰るとしても、腐ってしまうだろう。


「さすがは、Cランク冒険者っす!」

「上がったばかりだよ」

「でもよ。チョンチョンなんて、Dランクの魔物だぜ」

「どうせ、ギルドに報告しねえんだ。なんでもいいさ」

「違えねえ」

「それより、何体分必要なんだい?」

「後五体っす。大丈夫っすか?」

「平気だよ。チョンチョンが一体居れば、近くに十体は居る。すぐさ」

「そうっすか。任せるっす!」


 チョンチョンは雑食だが、弱いので虫や小動物が主食である。虫が大量に居る場所には、チョンチョンも集まっている。しかし、群れてはいないので、一体を集中して攻撃できるのだった。


「取れたぜ」

「じゃあ、預かるっす」

「次、行くよ」


 それから三人は、今と同じように素材を集める。ドボはアメフト選手だったので、その突進力が武器だ。シルビアはチアリーダーだったので、その身軽さが武器である。なかなか面白いコンビだ。


「ふぅ。終わったぜ」


 素材を集め終わった三人は、ドワーフの集落へ戻った。ガルド王が不在のため、宿屋に泊まっている。門から入ってすぐ右にある宿だ。一階が酒場になっていて、二階が泊まれる部屋だった。


「女将さん、エールをくれ!」

「はいよ」

「リリエラは、すぐに向かうんだっけ?」

「そうっす。コルチナさんが工房で待ってるっす」

「なら、持ち帰りの弁当も一つな。大急ぎで頼むぜ」

「はいよ。数分だけ待っておくれ」

「リリエラ。夕方には迎えに行くからね」

「はいっす!」


 フォルトから出されたクエストの期限は一カ月。ドワーフの集落へ来るまでに時間だけが過ぎていた。休んでる暇などないのだ。

 リリエラは持ち帰りの弁当を受け取って、服飾師であるコルチナの所へ向かった。コルチナはドワーフの女性である。もちろん、髭も生えている。


「コルチナさん。戻ったっす!」

「お帰り、リリエラちゃん。取ってきたかい?」

「チョンチョンの耳と髪の毛が、六体分っすね」

「よしよし。それだけあれば、作れるね」

「でも、私が作っても大丈夫っすか?」

「そんなに難しくはないよ。それに、金もないんだろ?」

「そ、そうっす」

「なら、自分で作るしかないね」


 今回のクエストは条件が厳しい。クエストの達成に必要な物を買う金を、もらっていない。つまり、自分で稼いで買う必要がある。


(お金を稼ぐには時間がないわ。マスターの事だから、手に入れる手段はなんでもいいはずね。でも、盗んだり、持ち逃げをするのはちょっと……)


 手に入れる手段は、いくらでもある。しかし、リリエラはガルド王と知り合いなので、犯罪に手を染められない。フォルトの知り合いでもあるので、余計な波風を立てる事もまずい。そこで、自分で作る事を選んだのだ。


「それじゃ、そこに座って弁当を食ってな」

「はいっす!」


 リリエラは作業をする机の前に座らされた。机の上には、針やら糸やら布やらが置いてある。素材を手に入れてきたが、時間がないので、在庫から出してもらっている。その代わり取ってきた素材は、全てコルチナのものだ。


「にゃ」

「ん?」


 弁当を食べていると、影からケットシーが飛び出して紙を置いた。そして、すぐに影の中へ戻っていった。


「これは……。っ!」


 置かれた紙を見ると、絵が描いてあった。アーシャの描いた絵で、なんとも破廉恥である。しかし、最初にもらった絵も破廉恥なので、いまさらであった。


(よくもまあ、次から次へと……。マスターの好みは分かっているけど、これが一番難しいわ。きっと、ティオ様の服ね。他のは、まあ……)


 リリエラは顔を赤らめながら紙を置く。自分も着る事になるだろうかと、ヒヤヒヤものである。露出した服装に耐性がないのだ。

 フォルトの事は嫌いではない。しかし、怖い。逃げ出したいが、カーミラと悪魔の契約を結んでいる。逃げたら、周りを巻き込んで爆発するそうだ。


(遊びに飽きられたら死。逃げ出したら死かあ。今は楽しんでいるからいいけど、いずれは……。何か打開策が必要ね)


 そんな事を考えていると、コルチナが戻ってきた。とにかく、考えている事は後回しである。まずは、目先の事をやる必要があった。


「じゃあ、教えるからね。なあに、デザインはあるから簡単だよ」

「そうっすか? 後、これも追加っす」

「どれどれ。こりゃあ……」

「どうしたっすか?」

「奇抜だねえ。これ、私が作ってもいいかい?」

「いいっすけど、お金が」

「代金はいいよ。腕が鳴るってもんだ」

「じゃあ、お願いするっす!」

「任せときな。後は色だね」

「そうっすね。エルフに卸してる服は、緑っすよね?」


 フェリアスの住人も、着られればいいという考えだ。しかし、ドワーフは職人気質なので、デザインにる時がある。今のコルチナは、目を輝かせていた。


「これを着るのは誰だい?」

「えっと、ベルナティオ様っす」

「あの〈剣聖〉かい?」

「そうっす」

「じゃあ、色も任せてもらっていいかい?」

「いいっすけど」

「これでも、自信はあるよ。任せときな」

「なら、お願いするっす!」


 手始めに、コルチナから裁縫の指導を受ける。持ってきたデザインは、似たようなものばかりだ。作り方を教えてもらえれば、数を作るだけである。


「えっと……。ここを、こうやって、いたっ!」

「ゆっくりやりな」


 まずは簡単な裁縫だ。時間がある時にレイナスから習っていたが、それとは違う技法である。これが、なかなか難しい。


「それが作れたら、あっちへ移動だよ」

「はいっす!」


 この作業が終われば、奥に設置されている機材を使って布を作るらしい。見た事もない機材だが、数台が置いてあった。


「あれは?」

機織機はたおりきって言うのかい? 私の旦那が作ったんだけどね」

「すごいっすね」

「集落へ来た異世界人が、そう命名してたねえ」

「そうなんすね」


 機織機はたおりきと言っても、簡単に糸をまとめて布にするものだ。魔法技術がある分、そこまで複雑なものにならない。

 チョンチョンの髪の毛を糸へ混ぜる事で、丈夫な布になるらしい。チョンチョンの耳を使った魔法の液体も使う。それらがなければ、もっと複雑な機材が必要だ。しかし、それを作る技術がない。普段は、もっと手軽な手織機ておりきで作るという話だ。


「その異世界人って、なんていう名前っすか?」

「名前は忘れたね。十年ほど前だから、勇魔戦争の時だね」

「そ、そうっすか」

「アイヤーとか言ってたねえ」

「分かったっす」


(勇魔戦争時の異世界人なら、勇者たちかしら? なら、ソフィア様は知ってるかもしれないわね。一応、覚えておいた方がいいわ)


 そんな事を考えながら、なんとか裁縫は終わらせた。そして、今度は機織機はたおりきの指導を受けていく。たしかに難しくはなく、リリエラでも簡単に覚えられた。


「リリエラ、居るかい?」

「シルビアさん!」

「もう日が暮れるよ。宿へ戻ろうか」

「そうっすね」


 シルビアが迎えにきた。少々顔が赤いのは、酒が入ったからだろう。ドボは居ないようだが、今日は終わりにした方がよさそうだった。


「コルチナさん。今日は帰ってもいいっすか?」

「いいよ。でも、明日から本番だよ。時間がないんだろ?」

「はいっす!」

「朝一番で来るといいよ。徹夜も覚悟しといた方がいいね」

「わ、分かったっす」


 幽鬼の森へ戻る時間も考える必要もある。一カ月を全て、服の製作に当てられないのだ。本当に厳しいクエストである。

 コルチナの工房を後にしたリリエラは、シルビアとともに宿屋へ戻った。さすがに、おなかが減っている。ベッドで横になる前に、食事をとる事にした。


「ドボさんは?」

「部屋で寝てるよ。まったく、飲みすぎだ」

「昼間っから、すごいっすね」

「護衛と言ってもねえ。ドワーフの集落じゃ危険がないからねえ」

「そうっすね。みんな、いいドワーフばかりっす」


 後から聞いた話だったが、ドボが工房を見張っていたらしい。その後、交代でシルビアが見張っていた。そして、時間になったので迎えにきたのだ。


「で、どうだい。間に合いそうかい?」

「多分、平気っす」

「そうかい。手伝いがほしけりゃ、タダで手伝ってやるよ」

「そんな、悪いっす!」

「気にすんな。依頼人を満足させるのも、私たちの仕事だよ」

「そうなんすか?」

「あの日本人なら、ボーナスを弾んでくれるさ」


 シルビアの考えは、リリエラがやっている事を成功させる事で、依頼人であるフォルトを満足させるつもりだ。失敗しても護衛の金はもらえるが、また依頼をしてもらいたい。それに、リリエラの事が気に入っていた。


「ボーナスってなんすか?」

「なんでもねえよ。さあ、食え。んで、明日に備えようぜ」

「はいっす!」


 二人は夕食をとった後、二階の部屋へ入った。隣の部屋からドボの大いびきが聞こえる。これにはクスッと笑ってしまう。


「ふふ。ちょっと早いっすけど、寝るっす」

「はいよ」


 今日は原生林へも行ったので、眠くなってしまった。それに、明日は朝一番にコルチナの工房へ行く事になっていた。リリエラはベッドへ横へなり、すぐに寝息を立てるのであった。



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