第225話 エルフの里3

 フォルトはセレスとシェラを連れて、エルフの里を歩く。そこかしこにエルフが歩いている。まさに、夢の楽園である。しかし、気になる事があった。それは、お店というものがない。


「セレスさん。エルフって、商売とかしないの?」

「やりませんね。食料などは共有していますし、物は分け合っています」

「へえ」


 エルフ族は排他的な種族であり、同族意識が高い。エルフ族全体で一つの家族と認識しているようだ。生活に必要なものは、全てを補い合う。

 大陸で流通している通貨は持っているが、全て国庫へ納められている。必要な時に、必要な分だけを配るようだった。旅に出るエルフが居れば、国庫から金を引き出している感じである。


「人間では考えられないな」

「そうでしょうね。考え方が、まるで違うと思います」

「どうやって、金を稼いでるの?」

「討伐隊への参加や、素材の販売とかでしょうか」

「へえ」


 通貨の取得手段はあるが、他種族との取引に限っていた。エルフ族の中で使い道はない。個人が里の外で稼いだ場合は、戻ってきた時に国庫へポイだ。

 他人との競争といった意識は低く、一人でうまい目を見ようとは思わない。個人の自由を認めない全体主義とは違い、個人の自由は認めていた。しかし、エルフには欲がない。ある意味、完成された社会であった。


(俺には馴染なじめないな)


 フォルトの周りも完成されている。好きな身内と自堕落に生きている。魔人の力と召喚魔法に頼るところが大きいが、楽しく生きるには困っていない。いまさら、社会に馴染なじむ必要もなかった。


「フォルト様。クローディア様が、お待ちですよ」

「ああ、そうだった。ほら、シェラ」

「は、はい」


 夕方まで寝たフォルトは、シェラと一緒に城へ向かった。今は、セレスに案内をされている最中である。エルフの品定めのため、ゆっくりと歩いてしまった。

 他の身内は、セレスの家で待っている。カーミラは食料の調達。ベルナティオとレイナスは日課の修行をしているだろう。


「ここが、エルフの城です」

「へえ」


 そして、クローディアの待つ城へ到着した。外観は城ではなく遺跡である。城門があるわけでもなく、地下への通路があった。そこを通って行くと、目の前に見える遺跡の中へ入れるらしい。直接は入れないようだ。


「これは、セレス様」

「ご苦労さま。クローディア様は?」

「来たら通すように言われております」

「ありがとうございます。では、フォルト様」


 地下への通路を守っているのは四人。そのうちの一人が案内に立ち、フォルトたちを連れていく。地下は整備されており、王宮の通路のようだった。窓はないが、魔道具が取り付けてあり、辺りを明るくしている。


「へえ。すごいね」

「ドワーフのおかげですね」

「ドワーフの技術かあ」

「はい。完成させたのはガルド王です」


 遺跡は三百年以上前から、改修をしていたそうだ。当時から何回も引き継いで、完成させらしい。最後の担当者が、王になる前のガルドだ。それには歴史を感じてしまう。フォルトは、歴史も好きなオタクであった。


「こちらで、お待ちください」


 そして、地下通路から出て城の中へ入る。そこから奥へは行かず、近くにある部屋で待つようだ。その部屋は簡素で、木の椅子やテーブルがあるぐらいだった。


「通路とは、えらい違いだな」

「打ち合わせとかに使う部屋ですからね」

「なるほど」

「見た目が重要なのは、通路と謁見の間ぐらいですよ」

「謁見の間ねえ。フェリアスは女王だっけ」

「はい」


 三国会議には出席していなかったが、フェリアスの代表はエルフの女王だ。女王と言っても、各種族を統括するだけの存在である。

 各種族の大族長をまとめている存在で、大大族長と考えればいいだろう。王制ではないので、支配をしているわけではない。


―――――コン、コン


 セレスと話していると、部屋の扉がたたかれる。そして、クローディアが入ってきた。三国会議でも見たエルフだ。緑色の髪をなびかせている。


「よく来てくれましたね」

「来ていいって話だったからな」

「バグバット様から、何か預かっていないですか?」

「い、いや。なにも」

「そうですか。手紙のようなものは?」

「預かってませんよ」


 クローディアは残念そうだ。バグバットの言った通り、彼にゾッコンのようである。それには、苦笑いを浮かべそうになった。


「セレスからの手紙では、エルフに興味があるとか?」

「興味津々ですね」

「どのあたりが?」

「見た目が」

「はい?」

「あ、いえ。ただの好奇心です」

「そうですか」


 本音を言いそうになってしまった。それを言うと、敵対する事になるだろう。エルフと敵対するのは、絶対に嫌だった。


「ところで、フォルト殿は魔法使いだとか?」

「誰に聞きましたか?」

「バグバット様です。恋文に書いてありました」

「恋文?」

「失礼かと思いましたが、フォルト殿について問い合わせをしました」

「それは、恋文と言わないのでは?」

「そそそ、そうですね。失礼しました」


(問い合わせねえ。三国会議の主催者だったバグバットには、答える義務があるのか。でも、魔法使いと答えたって事は……。魔人の事は隠してくれているな)


「その問い合わせは、他の国も?」

「送っていると思いますよ。答えているかは分かりませんが」

「分からない?」

「答える義務は、ありませんので」

「あ……。ないんだ」

「きっと、私だから答えてくれたのです!」

「そ、そうですね」


 バグバットは中立である。他国へ配慮する必要はないのだ。主催者と言っても、会場を貸しただけ。三国のうち、どの国が主催しても問題が起こる。どの国にも配慮しないアルバハードの領主だからこそ、主催者となり得たのだ。


(義務はない? なら、魔法使いと答えた事には意味があるか。それにしても、バグバットには感謝しかないな)


「そうです。魔法使いです」

「やはり。それも、高位の魔法使いだとか?」

「それも?」

「はい。バグバット様と対等に話せる方ですもの。当然でしょうけど」


 グローディアは勘違いをしているが、これもバグバットへの好意からだろう。それはそれとして、彼のおかげで、フォルトの立ち位置を決められる。

 今後、レベル三という言い訳は通用しない。それに対して、強さの基準を示してくれた。高位の魔法使いなら、人間の強者と呼べる範疇はんちゅうである。


「そうですね。バグバットには、よくしてもらっています」

「だから恋愛の相談なのですね。よく分かりました」

「い、いや。それは」

「ですので、私も積極的に!」

「あ、あぁぁ」


 手遅れである。すでにクローディアは、その気になっている。しかし、この件に関しては、解決しろと言われていない。おそらく、バグバット当人がなんとかするつもりだろう。


(まあ、変化を楽しむとか言ってたしな。これ以上、俺が深入りするのはよくない。うん、よくないな。後は任せた、バグバット)


「そ、それで。俺を里に入れた理由は?」

「ローゼンクロイツ家の当主であり、高位の魔法使いですので」

「ほう」

「少々、相談に乗っていただきたく存じます」

「相談ねえ」


 フェリアスは魔族に好意的である。戦争は不幸な出来事だったが、昔からの隣人だ。そのため、ローゼンクロイツ家に対しても好意的である。

 そして、クローディアの相談は想像がつく。これこそ、バグバットに依頼された件だろう。


「先読みでもしてるのか?」

「なにか?」

「いえ、なんでも。それで、相談というのは?」

「その相談の前に、フォルト殿は人間ですよね?」

「そ、そうですが」


 エルフは人間を嫌っている。その嫌っている相手に、相談は難しいと思われる。話す前に、いろいろと確認しておきたいのだろう。


「どこかの国に仕えていたりは?」

「エウィ王国の、グリムの爺さんの客将になっているな」

「あのクソじじいの客将……」

「え?」

「い、いえ。宮廷魔術師であるグリム様の客将ですか?」

「はい」

「では、どこにも仕えてないという事ですね」

「そうなるのかな? 俺自身は、国民とも思っていないし」

「そうですか。これから話す事は、ローゼンクロイツ家への相談です」

「なるほど」


 人間のフォルトではなく、ローゼンクロイツ家当主への相談。それは、魔族へ相談するという事だ。そして、人間には知らせるなという無言の圧力でもある。


「その……。呪いについては御存知かしら?」

「呪いですか」

「対象を深い眠りにする呪いはありますか?」

「はて……。心当たりはないですね」

「そうですか。呪いの解呪は可能ですか?」

「解呪ですか。一応、上級魔法の解呪は使えます」

「上級魔法! さすがは、高位の魔法使いですね」

「そ、そうですか?」


(よかった。高位の魔法使いなら、上級の魔法を使えても変じゃないようだ。そう言えば、勇者チームの魔法使いは、上級を使ってたとか聞いたな)


 その話は、ソフィアからである。勇者チームの魔法使いであるシルキーは、上級の爆裂魔法を使った事があると聞いた。

 威力は魔力に比例するので、フォルトほどの破壊力はない。よって、ライノスキングの頭は吹き飛ばせないだろう。


「誰か、呪いにでも?」

「ええ。その方の呪いの解呪を、やってほしいのです」

「ふむ」

「報酬は、お支払いします」

「あ……。金とかは要らない」

「そ、そうですか? 何か、望みがあれば……」


(望み。エルフを一体ほしいと言ったら、どうなるのかな? 種族が家族と思っているようなエルフだ。さすがに無理か……)


「シェラ、何かある?」

「そうですね。セレス様に弓を教えてもらえば……」

「なるほど。そういう事?」

「ええ。魔法使いの旦那様なら、きっと有用かと思いますわ」


 シェラが旦那様と呼んでくれた。さすがに、いつもの魔人様ではまずい。そこで、双竜山の森へ置いてきた、ドライアドと同じ呼び方をさせた。

 フォルトは、彼女の言葉の意味を理解した。フォルトの望みを知っている彼女だ。ならば、その言葉の意味は、そう言う事なのだろう。


「じゃあ、セレスさんに弓を教えてもらおうかな」

「その程度でいいのですか?」

「見た目通り、動きが鈍いからね。素早く射られれば、身を守れる」

「なるほど。たしかに……」


 エルフの二人は、フォルトの小太りな体を見て納得した。ちょっとだけ傷付くが、自分から言った事なので腹は立たない。


「で、誰の呪いの解呪をやればいいんだ?」

「女王様です」


 バグバットの依頼は、女王の件を頼まれたら受けてやってほしいである。これで確定をした。女王の呪いの解呪をやるのが、フォルトの役目という事だ。


「では、女王様の部屋へ」

「エルフの女王かあ」


 話が終わったので、女王の部屋へ向かう。エルフの女王と聞いて、フォルトの心は踊っていた。手に入れる事は無理だろうが、一度は見ておきたい。そして、目に焼き付けたい。そんな事を思いながら、通路を奥へ向かい歩くのだった。



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