第223話 エルフの里1

 スケルトン神輿みこしでフェリアスへ入ったフォルトたちは、ブロキュスの迷宮へ到着した。それにしても、随分と時間がかかってしまった。

 それは、大罪の悪魔が随伴ずいはんしていないからである。ソフィアへ貸し出したため、魔物が襲ってきたのだ。

 同伴しているのがベルナティオとレイナスなので、戦力的には申し分がない。適当に身体強化魔法を使ってあげて、神輿みこしの上で見ているだけだった。


「到着」

「まだ、間引きをやってるみたいですねえ」

「すぐ終わるものではないだろうしな」

「当たり前だ! 普通は、数カ月かかるものだぞ」

「ほう。さすがはティオ。よく知ってるな」

「ふん。きさまが知らなすぎなだけだ。ちゅ」

「むほっ」


 ベルナティオは悪態をつきながら、頬へ口づけをしてくる。この場所へ来ると、彼女を調教した記憶がよみがえる。何度、思い出してもいいものだ。もう一度ぐらい、やってみてもいいかもしれない。


「やる?」

「頼む」

「それでしたら、私も……」

「冗談だ。セレスさんのところへ行こう」

「ちっ」

「残念ですわ」


 二人とも堕ちているので、通常運転である。それはさておき、セレスの居るテントは分かっている。周りに獣人族がチラホラと居るが、誰何すいかをされる事もなかった。ベルナティオは有名であり、フォルトの格好も記憶に残っているだろう。


「よお。久しぶりだな」


 セレスのテントへ近づくと、獣人族の男性が話しかけてくる。男性の事は忘れてしまうので、問い返してみた。


「誰だっけ?」

「スタインだよ。忘れたのか?」

「えっと」

「迷宮蟻で」

「ああ! 久しぶりだな」


 ブロキュスの迷宮の一層で、迷宮蟻と戦っていた部隊の隊長だ。鉄の剣をもらった記憶がよみがえる。あの時は観察していなかったが、彼は犬人族のようだ。犬のような耳が特徴である。


「魔族の姉妹はどうした?」

「今回は置いてきた。セレスは居るか?」

「居るぞ。ちょうど、打ち合わせが終わったところだ」

「それは重畳。ではな」

「おう。後でな」


(後なんかないんだけど! なれなれしいと言えば、そうなのか? でも、獣人族は人間と違って、好感が持てるしなあ)


 ドワーフもそうだが、フェリアスの住人はみにくい部分が少ない。正直者が多く、裏を感じさせないのだ。

 それは人間よりも、自然に身を任せているからだろう。獣人族などは、獣の感性を持っているからか。そんな事を考えながら、テントの中へ入った。


「やあ、セレスさん」

「あら、フォルト様。それに、ベルナティオ様も」

「エルフの里へ来ていいって連絡を受けてね」

「そうですか。では、これから向かわれるのですね?」

「一緒にね」

「え?」

「里を案内してくれるんだよね?」

「そ、そうですが。まだ、間引きの方が……」

「ああ、司令官だっけ」

「はい」


 セレスは討伐隊の総責任者だ。いきなり連れ出せるはずもない。先触れでも出すべきだったかと後悔をした。


「いつ、終わるの?」

「そうですね……。後、一週間は」

「一週間!」


 フォルトは大声を上げてしまった。一週間も待ってはいられない。それに、きっと頼み事をされる。間引きの手伝いなど、やりたくない。


「どうした? セレス殿」


 その大声を聞きつけたのか、熊の耳を持った獣人族がテントへ入ってきた。なんとなく見覚えがあるが、すぐに名前が出てこない。


「おまえは、ローゼンクロイツ家の」

「えっと……」

「ヴァルター殿だ。本当にきさまは、物覚えが悪いな」

「あ、ははっ……」

「ベルナティオ殿も来ていたか」

「うむ。フィロは元気か?」

「相変わらずだ。今しがた、迷宮から出たところだぞ」

「そうか」

「それで、さっきの大声は?」


 セレスがヴァルターに説明をすると、大声を出して笑った。それを見た彼女は、キョトンとする。


「それならば、後はやっておくぞ」

「よ、よろしいのですか?」

「三層までの間引きは終わったからな」

「では、割り振りを」

「精鋭部隊を、スタインの部隊に組みこめばいいだろう」

「そうですね。それなら、早めに終わりそうです」

「神翼兵団も応援にきたしな」

「え?」

「ホルン殿が到着しているぞ。連れてこよう」

「あら」


 ヴァルターは一度テントを出る。そして、茶色い長い髪の女性を連れてきた。背中には白い翼がある。


(あれは……。有翼人か? 神翼兵団とか言ってたな。白銀の騎士って感じだ。たしか、ホルンだったか……。若いな)


 見た目は、二十代前半の女性だ。ミスリルの装備で固めていて、なかなか強そうだ。フォルトの守備範囲ではある。


「神翼兵団、団長のホルンです!」

「ブロキュスの迷宮、討伐隊総司令官のセレスです」

「哨戒任務が終わりましたので、手伝えと命令を受けました」

「シュレッド様ですか?」

「はい」

「それは助かりますが……」

「訓練も兼ねてこいと言われました」

「なるほど。シュレッド様らしいですね」

「はい。地上戦も経験しておけと」


 有翼人はフェリアスの空をになっているが、それだけでは国は守れない。ずっと飛べるわけではないので、地上戦もやれなければ、有事への対応が難しいのだ。


「そういう事らしい。部隊の再編さえ終われば、後は俺だけで十分だ」

「なら、お任せしようかしら」

「次の討伐隊は、俺が総司令官だしな」

「そうでしたね」


 討伐隊の総司令官は、各種族で持ちまわる。今回はエルフ族が担当なので、セレスか総司令官なのだ。次回は場所が変わり、獣人族のヴァルターが担当する。


「なら、任せます」

「今のうちに、慣れておきたいからな」

「ふふ。では、フォルト様。御一緒しますね」

「それは助かる」

「セレス殿。その人間は?」


 フェリアスに人間が居るのが珍しいのだろう。ホルンはフォルトの事が気になったようだ。人的交流は始まっているが、討伐隊に参加する人間など居ない。ベルナティオは参加していたが、修行という特殊な事情のためだ。


「フォルト・ローゼンクロイツ様です」

「ローゼンクロイツ……。あの、魔族の貴族ですか?」

「ええ。人間ですが、姉妹が認めていましたね」

「〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉ですか?」

「はい。この目で確かめましたので、確かです」

「セレス様が確認されているなら、間違いはないですね」

「俺も見たからな。信じていいぜ」

「ヴァルター様もですか」


 二人の話で、ホルンは納得をしたようだ。どちらも総司令官を任されるなら、各部族では発言力のある者たちだろうと推察できる。

 ヴァルターからは、ブロキュスの迷宮での出来事も伝えられた。これでも間引きに参加したのだ。好意的に受け止めてもらえるだろう。


「おじさま。この近辺で、空を飛ぶ怪しい者たちを見ませんでしたか?」

「今、なんて?」


(今、おじさまって呼ばれたよな。気のせいか? いや、気のせいだろう。初めて見る有翼人だ。テンションが上がって、幻聴を聞いたのだ)


 ホルンを見ると、何も変わっていない。毅然きぜんとしており、神翼兵団団長として凛々りりしいぐらいだ。


「あ、あの。もし見かけたら、御一報ください」

「分かった」


 ホルンの言う怪しい者たちには、心当たりがあった。あり過ぎるくらい知っている。フォルトの隣に居る二名が、その怪しい者たちなのだから。


「えへへ。出発できますね!」

「うむ。きさま、早く行くとしよう」

「まあ、待て。セレスさんは、すぐに行けるのか?」

「明日でいいですか? 引継ぎなどをやりますので」

「では、どこかのテントを貸してくれ」

「分かりました」

「んじゃ、外で待っとくか」


 さっさとエルフの里へ向かいたいが、すぐに連れ出せる人物でもない。それは分かっているので、三人を引き連れてテントを出る。すると、開けた場所に、有翼人の兵たちが見えた。


「あれが、神翼兵団か」

「えへへ。そうらしいですね」

「ホルンと、翼の色が違うな」

「あれは、ホルン殿が違うのだ。きさまは、何も知らないのだな」

「初めて見るしな。じゃあ、レアものか」

「魔人様。レアものとは?」

「珍しいものって意味だ」


 ゲーム用語が通用するのはアーシャだけだ。しかし、こうやって説明するのは気分がいい。マウントを取った感じがするからだ。


「でも、いまだに探していたのか」

「見られたのは、一瞬だけですよお」

「そうだぞ。気づかれる事はないだろう」

「いや。警戒心が強いなと思ってな」

「そうですねえ」

「まあ、いっか。さて、ゆっくりと休むとしよう」


 フォルトたちは、近くの木の下に座った。テントを用意してくれるので、呼ばれるまで待つつもりだ。カーミラに膝枕をさせて、ベルナティオとシェラを触る。


「そう言えば、ウサミミ少女は?」

「んくっ! フィロか? ヴァルター殿が居るなら、迷宮の外のはずだ」

「会ってきてもいいぞ」

「いや。気持ちがいいから、このままでいい」

「そ、そうか。でも、怪しまれるからな」

「それもそうだな。では、行ってくる」


 ベルナティオとフィロは仲がいい。それは、討伐隊の者たちも知っている。近くに居るのだ。会わないと、変に勘繰られるだろう。彼女はフォルトに言われたとおり、討伐隊が休憩している場所へ向かっていった。


「手に入れちゃいますかあ?」

「ウサミミ少女をか?」

「そうでーす!」

「今は要らないな。まずはエルフだ」


 エルフを手に入れる。そのためにエルフの里へ行くのだ。しかし、穏便にしないと駄目なのが難点だった。


(さて、明日には出発か。どうやって手に入れるかは、道中に考えるとするかな。最低でも、バグバットの依頼を達成してからだろう)


 エルフを手に入れるには、バグバットの依頼を終わらせる必要があった。到着早々に拉致などすれば、彼に借りを返せない。そんな事を思いながら、セレスの居るテントをながめているのだった。



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