第222話 利用する者、される者6

 デルヴィ侯爵との面会に来たシュンは、一度通された事のある応接室で待っていた。相変わらず、成金趣味な部屋である。

 そして、待っている間に考える。「神聖騎士」になってから初めて会うのだ。シュナイデン枢機卿から話は通っていると思うが、シュンをどう思っているかが分からない。


「枢機卿猊下げいかは、安心していいと言っていたが……」


(おっさんの事を問い詰めにきたが、それでいいのか? 俺たちに伝えなかった事には、何か理由があるはずだ。もしかして……)


――――――トン、トン


 シュンが考え込んでいると、応接室の扉がノックされる。席には座らずに、立ったまま、入ってくるのを待った。


「戻ったか」

「はい。デルヴィ侯爵様」


 シュナイデン枢機卿の前でやったように、姿勢を正して、右手を胸のあたりにドンと付けた。それを見たデルヴィ侯爵の表情は変わらない。


「ワシに仕えるそうだな」

「はい。聖神イシュリルの言葉でございます」

「ふむ。それは歓迎しよう。すでに陛下へ通知を出しておる」

「はっ! ありがとうございます」

「まあ、座れ」

「はっ!」


 シュンは緊張をしているが、勧められるがままソファーへ座る。その対面には、デルヴィ侯爵も座った。


「続々と魔獣を運んでくれているそうだな」

「はい。まだおりますが、運ばせていただいております」

「結構。闘技場のオープンが近い。魔物や魔獣は必須だ」

「対人戦の方は?」

「それは後だな。まずは人間と魔物の戦いで、盛り上げる予定だ」


 最初にやる事は、魔物や魔獣を人間と戦わせる事だ。人間同士だと、まだ出場選手がいない。手始めに強い魔物たちを人間が倒す事で、観客をヒートアップさせるつもりのようだ。


「帝国では、盛り上がっているようだがな」

「おそらく、大丈夫だと思われます。元の世界でも、この手の事は……」

「盛り上がったか?」

「はい」


 日本ではそれほどでもないが、海外では大いに盛り上がっている。アメリカでおこなわれるボクシングなどは、会場が観客で埋め尽くされていた。

 中世のコロシアムでは、奴隷を使って殺し合いをさせていた。肉食獣との戦いもあったという。それは、この世界でも通用するだろう。


「話がれたな。ところで、其方の話はなんだ?」

「い、いえ」

「どうした? 言ってみろ」


 デルヴィ侯爵は目を細めて、値踏みをするようにシュンを見る。とても不快に思われる行為だが、あえてやっているようだ。


「いえ。輸送後の命令を聞いておこうと思いまして」

「ふむ。フォルト・ローゼンクロイツは、どうであった?」

「っ!」

「ほほっ。ワシを問い詰めに来たのであろう?」

「い、いえ。そのような」

「それで、どうであった?」

「それが……」


 シュンは本当の事を言う。何も包み隠さずだ。シュンはデルヴィ侯爵へ仕える事になっているが、より覚えをよくしておこうとしていた。

 この権力者に、かわいがってもらうためだ。侯爵の内部人員は知らないが、その中では上位に食い込んでおきたかった。


「なるほどな。やはり、〈剣聖〉が居たか」

「〈剣聖〉?」

「〈剣聖〉ベルナティオ。其方が言っておった女剣士だ」

「あの女が……」

「どうであった?」

「力は到底及びません。ですが、いずれ力をつけて……」

「みなまで言わなくてよい。〈剣聖〉には勝てん」

「い、いえ! 時間さえもらえれば」

「気概は認めるがな。わが身を大事にしろ」

「は?」

「ほほっ。時間をかけて、ゆっくりと強くなれ。それでよい」


(なんだ? えらく優しいな。いや、絶対に裏がある。この老人は、金と権力の化け物だ。きっと、俺を試して……)


「俺の命は、デルヴィ侯爵様のものです。存分に、使ってください」

「ふむ。ならば、ワシの命令は聞けるな?」

「はい。ゆっくりと、強くならせていただきます」

「合格だ」

「は?」


 シュンは呆気あっけに取られた。気に入られようと答えたのだが、満足しているようだ。しかし、こんな感情は見透かされているはずだ。その上で合格と言ってきた。


「其方が望むのは、権力だな?」

「い、いえ」

「隠すな。ワシに取り入り、後ろ盾になってもらいたい」

「そ、そうです」

「それでいい。では、其方を名誉男爵とする」

「え?」

「物には順序があるからな。まずは、名誉男爵だ」

「だ、男爵」

「名誉男爵は一代限りだ。貴族の中でも、一番爵位が低い」

「い、いえ。身に余る光栄です」

うそを言うなと言っているだろう? まあ、順序だ」

「わ、分かりました」


 いきなりすぎて面を食らう。たったこれだけの会話で、名誉男爵になれた。一代限りで爵位が低かろうが、貴族は貴族だ。しかし、疑問に思ってしまう。


「なぜ、そこまで?」

「ふん。ワシの手足にするためだ。それも、最も近しいな」

「つまり……」

「右腕、左腕。言いようは、いくらでもあろう」

「他には、居ないのですか?」

「居るに決まっているだろう。だが、まだ足りぬのだ」

「………………」

「最後に、覚悟を見せてもらうぞ」

「は、はい!」

「では、ついてこい」


 覚悟。まったく何の事か分からないが、ここまで買ってくれるのだ。最後まで付き合うつもりである。

 シュンはデルヴィ侯爵の後に続き、応接室を出る。そのまま外へと連れ出されて、専用の馬車に乗った。


「どちらまで?」

「いいから黙って、ついてくればいい」

「は、はい」


 馬車は何度も同じ道や建物の前を通りながら、違う屋敷の前で止まった。そして、馬車の床が空く。


「え?」


 なんとも用心深いが、馬車が止まっている道は、マンホールのような穴があった。デルヴィ侯爵とシュンは、その穴に続く梯子はしごを使って、地下へと降りていくのだった。



◇◇◇◇◇



「こ、ここは?」


 地下には通路があり、馬車が止まった前の屋敷の中へ、向かっているようだった。デルヴィ侯爵の後ろをついていくと、多くの扉があるのだった。


「こっちだ」

「はい」


 そして、その扉の一つに入っていった。部屋の中は悪臭がひどく、鼻が曲がりそうである。デルヴィ侯爵を見ると、銅貨を一枚だけ取り出し、床にある箱へ放り投げていた。


「ここは?」

「見てみろ」

「うっ!」


 デルヴィ侯爵の指さした先には、鎖につながれた全裸の女性が居た。汚れてはおらず、傷もない。おそらく、つながれたばかりなのだろう。


「あの女性は?」

「たしか、魔法学園の生徒会長だったか」

「レイナスとは違うようですが」

「そやつは退学しとるだろ。その後に生徒会長となった小娘だ」

「は、はぁ……」

「どうだ? 学園のマドンナと言われておったらしいぞ」

「た、たしかに奇麗ですが。なぜ、ここに」

「名前は言えんが、裏切者の娘だ」

「っ!」

「シュンへ教えるには、まだ早い」


 其方ではなく、名前で呼ばれた。それには嬉しくなるが、やっている事が強引である。裏切者の娘と言うからには、拉致をしたのだろう。今頃は騒ぎになっているはずだった。


「それでな」

「はい」

「「黒い棺桶かんおけ」を知っておるか?」

「たしか、国内最大の裏組織とか」

「そうだ。ワシの金づるなのだが」

「言ってもよろしいので?」

「手足にすると言っただろ。それでな」

「はい」


 デルヴィ侯爵の話では、帝国と南方小国群が騒がしいらしい。国内の警備が手薄になるので、それに合わせろと命令をしていたそうだ。


(まさか、勝手に拉致して届けた? それを俺に伝えてどうすんだ?)


「今、隣の部屋に幹部の一人が来ている」

「では、デルヴィ侯爵様の警備を」

「そうだ。ちょっと、言い聞かせなければならんからな」

「分かりました。身辺警護は、お任せください」

「では、行くかの」


 その話をするためだけに、この部屋へ寄ったようだ。女性の事は気になるが、まずは警護の任務に着いた。

 そして、隣の部屋へ入っていく。そこには、「黒い棺桶かんおけ」の幹部らしい者が座っていた。黒い布をかぶり、ブカブカのローブを着ていた。これでは、誰が誰だか分からない。他にも、四名の部下らしき男性たちが立っている。


「待たせたな」

「いえ。奴隷へ流す前に、お持ちしました」


 声の感じは男性だろう。目の部分には穴が開いており、シュンを値踏みするように見ている。表情は分からない。


おさは元気かな?」

「元気も元気です。デルヴィ侯爵様に、よろしくと」

「ちっ!」

「なっ! ぎゃああああ!」


 幹部がデルヴィ侯爵の名前を出した瞬間、シュンは剣を抜いて男を斬った。完全な致命傷だ。それを見た相手の部下たちが動こうとするが、剣を向けて怒号を上げたのだった。


「動くな! おまえたちも斬られたいか?」

「「なっ!」」

「おまえらは馬鹿か?」

「「なんだと!」」

「どんな場面であれ、名前を出すなと言う事だ」

「「………………」」


 どこに耳があるかは分からない。この屋敷まで来たやり方を見れば、デルヴィ侯爵の用心深さがうかがえる。だからこそ、シュンは迷わずに斬ったのだ。


「それに、この方を不快にさせるな!」

「どういう意味だ?」

「今は大人しくしていろと、言われなかったか?」

「俺たちでは分からん」

「なら、おさに伝えておけ」

「な、何をだ?」

「長く付き合いたいなら、不快にさせるなとな」

「わ、分かった」

「その死体は持って帰れ。不快にさせると、こうなるとも言っとけよ?」

「「………………」」


 幹部の部下たちは、死体を持って部屋から出ていった。先に入っていたのなら、屋敷の出入りは許されている。なら、勝手に出ていくだろう。

 それを見送った後に、デルヴィ侯爵を見る。すると、その顔は嬉しそうにしていた。腕を後ろに組んで、うなずいている。


「やはり、ワシの目に狂いはなかったようだな」

「ありがたき幸せ」

「よく、殺すところまでやれたな」

「デルヴィ侯爵様は不快に思っています。それだけで、万死に値するかと」

「ほほっ。それに、後の始末も満足できる」

「利用できる組織です。脅すだけに留め、利用できるうちは……」

「その通りだ。ワシの考えも、よく忖度そんたくしておる」

「ありがとうございます」

「ならば、あの娘は好きにしていい」

「よろしいのですか?」

「他にも回す者たちがいる。生娘だからな。先にやっておけ」

「分かりました」


 これで、デルヴィ侯爵に認められたようだ。最初は腕を見込まれたと思ったが、どうやら違う。もちろん腕も見込んでいるが、それ以上に、身の回りへ置ける人間かどうかを見ていたらしい。


「では、ワシは先に帰る。シュンも終わったら、仲間のところへ戻れ」

「はい」

「ほほっ。部屋に魔法学園の制服がある」

「っ!」

「レイナス嬢には、遠く及ばないだろうがな」


(お見通しかよ! さっき名前を出しただけだぜ? それだけで分かるもんなのか。恐ろしいが、デルヴィ侯爵に仕えていれば……)


 それからデルヴィ侯爵とシュンは、別々の部屋へ入っていった。当然シュンは、隣の部屋だ。レイナスへの欲望を、この鎖につながれた女性を使って晴らすつもりだった。


「へへ。悪く思うなよ? これも、聖神イシュリルの導きだ」

「い、嫌。来ないで……」

「いいねえ。じゃあ、制服を着させるか」

「や、やめっ」


 この女性は、今日だけでいいだろう。デルヴィ侯爵も言っていたが、今後はさまざまな男性に犯される。この女性が生きるか死ぬかは分からない。しかし、そんな事はどうでもよかった。

 そして、日が落ちる頃には屋敷の外へ出た。この屋敷には多くの抜け道がある。そこを通れば、屋敷に居た事は分からない。


「ふぅ、満足。やっぱ、初物はいいねえ。もう出ねえよ」


 そんな事をつぶやきながら、自分の屋敷へ戻っていく。これでも勇者候補であるが、この世界の勇者は力だ。その力をもって、エウィ王国の敵と戦えばいいのだ。


(俺は運がいいな! 後は、この運でつかんだものを離さなけりゃいい。聖神イシュリルに感謝を。デルヴィ侯爵様に感謝をだ!)


 シュンは名誉男爵へなれる事にニヤけてしまう。デルヴィ侯爵からは、順序があると言われている。これで、出世の道も明るくなった。

 とりあえず、爵位の授与があるまでは秘密だ。しかし、それでも体は正直なのか、足取りを軽くして帰宅するのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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