第220話 利用する者、される者4
中型の魔獣が入っている檻に、車輪が取り付けられていく。その作業には、五十人程度の吸血鬼たちが従事している。一つの檻に十名が集まり、片側を持ち上げているのが見えた。
「執事さん。悪いね」
「いえ。さっそく作業に入らせてもらいました」
テラスでくつろいでいるフォルトは、ソフィアとともに、バグバットの執事をもてなしている。
アルバハードから人足を呼び寄せて、魔獣を運んでもらう礼である。全員が馬に乗ってきており、車輪を付け終わった檻から、
「材料は足りる?」
「資材も持ってきておりますので、大丈夫でございますよ」
「ほんと、悪いね……」
ブラウニーが作った檻なので、何個か壊れそうになっていたそうだ。それを見越して補修資材も持ってこさせるあたり、とても優秀な執事だった。
「執事さんって、名前がないんだよな?」
「そうですな。吸血鬼に名前はありません」
「へえ。なんで?」
「名前とは、世界につなぎ留める糸でございます」
「誰かに聞いた事があるな」
「わ・た・し・で・す!」
隣に座っているソフィアの頬が、ブクッと
たしかに、ソフィアから聞いた。この世界へ召喚され、シュンたちとともに説明を受けていた時だ。日本での名前を覚えていない理由であった。
「世界に留まる吸血鬼は、真祖であるバグバット様だけでございます」
「なるほどなあ。それで名前がないのか」
「はい。それに、名前がなくても不便はございません」
「ふーん」
(名前がなくても不便はないか。吸血鬼は面白いな。俺は逆に、名前がないと不便だけどな。名前で呼ぶとムードが……。でへ)
ソフィアの名前を呼んで見つめ合いたいが、執事が居るので自重しておく。それは、会話が終わった後だ。
「ところで、フォルト様」
「なに?」
「今後の魔物や魔獣についてなのですが」
「どうかした?」
「中型までであれば、アルバハードで預からせていただきたいのです」
「それは、こっちとしても助かるけど……。いいのか?」
「はい。闘技場へ送られるまで、見せ物として使用したいので」
「ああ、なるほどなあ。よく考えるもんだ」
アルバハードにしても他の町にしても、町の外は普通の平原だったりする。そこへ魔物や魔獣を置き、娯楽の一つにしたいという話だった。
「日程などで縛ると、フォルト様が自由に動けませんからな」
「うぐっ! よく分かってらっしゃる」
「アルバハードであれば、捕縛した段階で連絡をいただければ」
「それはいいな! そうしよう」
「ありがとうございます。それで、料金の方ですが」
「料金?」
「はい。見せ物での収益から、二割でどうでしょうか?」
「要らない。全部、そっちの金でいいよ」
「そういうわけには……」
「使わないしなあ。あっ! ならさ」
ここでフォルトは、ある提案をする。すると、執事は笑顔で
「でも、すぐに闘技場へ運んじゃうんだよな?」
「まだ、デルヴィ侯爵の物ではございません」
「と、言うと?」
「数体ほど運べば、よろしいようで」
「ちゃっかりしてるなあ」
「お褒めの言葉と、受け取っておきまする」
フォルトの捕まえた魔獣は、各種類とも数が多い。執事の見積りでは、各種二体も居れば十分だという話だ。足りなくなったら、その時に運べばいい。
「なら、あれの方は頼むね」
「はい。戻ったら、人を派遣いたしまする」
「よろしくね」
「それでは、シュン様たちの所へ戻ります」
執事は席を立って、シュンたちの居る小屋へ向かった。魔獣は随時、運ばれている。後は、一緒に帰るだけだろう。
「フォルト様も、ちゃっかりしていますね」
「人聞きの悪い事を言うなあ。この方がいいだろ?」
「そうですが、お金も持っておいた方が……」
「奪うからな。どうせ、帝国の町へ仕入れにも行ってるし」
調味料など細かい物は、帝国の町から奪っている。そのついでに金もだ。奪われた人間は、カーミラの『
「御主人様! オヤツですよお」
「もう!」
その奪っている張本人がやってきた。これにはソフィアも、首を振っている。小言のように、何度も
カーミラが来た事でソフィアは席を立ち、同じテーブルの他の席へ座った。フォルトの隣を譲るためだ。
「シュン様たちが、出てきたようですよ」
「そのようだな。もう歩くのは面倒だし、ここへ来てもらうか」
境界線と決めた場所まで歩いてきたシュンたちへ、手招きをして呼び寄せる。彼らも出発をする時間だろう。
「おっさん、世話になったな」
「怪我をさせたがな。彼女の具合はどうだ?」
「完全に治ってるぜ」
「執事から聞いたか?」
「ああ。もう、ここへ来る事はねえよ」
執事の話は、彼らが来なくなる事と同義だ。魔物や魔獣はアルバハードで受け取り、そのままハンへ戻ればいい。アルディスの限界突破も終わった。
今後も会う事になるかは分からないが、フォルトは
「それより、いつまでソフィアさんは居るんだ?」
「え?」
「何の問題があるかは知らねえけど、
「そ、そうですね」
「俺らが解決をしてやってもいいぜ」
「い、いえ。御心配には及びません」
「俺はデルヴィ侯爵様へ仕えてるからよ」
「デルヴィ侯爵? 王家じゃないのか」
異世界人の所属は王家のはずだ。つまり国家の所属である。デルヴィ侯爵は領主であって王家ではない。個人へ仕えるのは、少々おかしい。
「成り行きでな」
「ほう」
「レベルが四十前なら、配属も変えられるんだそうだ」
「へえ。まあ、俺には関係がないがな」
「働けよ!」
「嫌だ! 働かせたいなら、ローゼンクロイツ家を屈服させる事だ」
「ちっ。まあいい。それより、話の続きなんだけどよ」
話が
「はい?」
「国内で問題があるなら、デルヴィ侯爵様へ頼んでもいい」
「そ、それは……」
(その問題が、デルヴィ侯爵なんだがな。本当にソフィアを狙ってるか分からんが、すっかり忘れてたな。そっか、デルヴィ侯爵にねえ)
デルヴィ侯爵の狙いは、ソフィアを玩具にする事。そう思っている。グリム家も同じ考えなので、フォルトに庇護させたのだ。
しかし、彼の老練さと、会った時の感じでは不明だ。狙っているとしても、もう身内なので手は出させない。シュンへ渡すつもりも毛頭ない。
「グリムの爺さんの頼みだからな」
「そ、そうです。御爺様が状況を変えてくれるはずです」
「そうか? まあ、頼る場合は連絡をくれよ。すぐに飛んでくるぜ」
「分かりました。その時は、お願いします」
どうやら、ソフィアを取られたと思われていないようだった。ホストなら分かりそうなものだが、希望的観測なのかもしれない。
「んじゃ、俺らは行くぜ」
「ああ。気をつけてな」
「私も、これにて」
「あの吸血鬼たちは、何回か往復するんだろ?」
「はい。彼らは与えた仕事しかやりませんので」
「分かった。放置しておく」
話が終わった後、執事やシュンたちは、馬車へ乗り込んで出発をした。だいぶ長く居座られたが、一週間ぐらいを見積もっていたので、予定通りではある。残った吸血鬼の人足は、勝手に檻を運んでいくだろう。
「行ったな」
「はい。本当の事を言った方が、よかったと思いますが」
「いや。あれでいいよ。なあ、カーミラ」
「えへへ。戦神の指輪の件があるのでえ」
「
「あの女たちだけじゃ、時間がかかっちゃいそうでーす!」
「そういうわけだ」
絶対服従の呪いを受けたアルディスとエレーヌ。ギッシュも貸しを作ってあり、こちらに好意的だ。三人が言えば、嫌々でも情報を手に入れるだろう。
「さあて、次はエルフの里だ!」
「もう行かれるのですか?」
「まさか。一週間ぐらいは休みたい」
「ふふ。今回は動きましたからね」
「そうそう。まあ、有意義だったけどな」
「あいつらの強さは、どうでしたかあ?」
シュンたちの情報を手に入れたフォルトは、嬉しそうにカーミラを抱き寄せる。アルディスは、知ってる事をペラペラと話してくれた。
「シュンは治癒魔法の他に、防御魔法。称号が「神聖騎士」か」
「神殿へ仕えるのに、デルヴィ侯爵なんですねえ」
「つながってるんだろ? シルビアとドボの報告ではな」
「そうでしたね!」
ここで、冒険者のシルビアとドボが仕入れた情報とつながる。デルヴィ侯爵とシュナイデン枢機卿が、頻繁に会っているという情報だ。なかなか面白い話である。今は関係のない話だが、いずれ何かに使えるかもしれない。
「ギッシュは『
「言ってましたねえ」
「ノックスは、中級魔法の一部が使えると」
「火属性に
「火属性の方が、効く魔物が多いからな」
「対ルリは考えてないようですねえ」
「ははっ。来る時に、戦うなと言っていたらしいからな」
「執事ちゃんがビビらせたせいですね!」
こんな感じである。アルディスには、話した事を考えるなと命令してある。考えなければ疑問にも思わず、話す事もしないのだ。今までの事で、勇者候補チームの戦力は丸裸である。これにはニヤけてしまった。
「今のところは、まるで脅威にならないな」
「おっさん親衛隊で十分ですね!」
「そうだな。出会うのが嫌なのは、元勇者チームの面々か」
「プロシネンたちですか?」
「うん。いい勝負がやれるのは、ティオだけだ」
「そうですね。レベルも五十をこえていますし」
「闘技場とか、出場するのかな?」
「しないと思います。そういう事には、興味がない人たちでしたからね」
「よしよし。では、ひと眠りするかあ」
シュンたちが帰った事で、自堕落生活へ戻れる。三人は席を立ちあがり、屋敷の中へ入っていった。さすがに、今からは本当に寝るつもりだ。
寝室へ入ったフォルトは、ベッドへダイブをする。連れてきた二人は、添い寝をしてくれるようだ。それに満足をしつつ、目を閉じるのであった。
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Copyright(C)2021-特攻君
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