第219話 利用する者、される者3



【ターンアンデッド/死者浄化】



 ラキシスが朽ちた木の間から飛び出して、アンデッドが密集している場所へ浄化魔法を使う。これにより、ゾンビやスケルトンなどの低位アンデットが浄化されていった。


「「オォォォォ」」


 それでも、全てを浄化する事は無理だった。ラキシスはレベル十二の神官だ。魔力もなければ、レベル差もない。浄化させるには、魔力が高い事が必須だが、レベル差も必要だ。レベルが近かったり負けていると、浄化の効果はない。


「きゃあ」

「ラキシス、戻れ!」

「はい!」


 ラキシスが、追いかけてくるゾンビやスケルトンを引き連れて、仲間の居る方向へ逃げていく。距離感はバッチリで、アンデッドが追いつく頃には、ギッシュが間へ割り込んでいた。


「行ったな」

「うん! じゃあ、ボクも行ってくるよ」

「そうか。では、行ってきますの挨拶あいさつをしろ」

「はい……。ちゅ」

「でへ」

「え? ちょ、ちょっと!」

「早く行け。それと……。今、俺たちと話した事は二度と考えるな」

「はい……。行ってくるね!」


 絶対服従の呪い。真面目に恐ろしい魔法だ。どんな命令にも服従してしまう。記憶の操作はやれないので、考えないようにさせる事で、同じような効果にしているのだった。


「ちょっと、フォルトさん?」

「あ……。ははっ。つい、な」

「ちゅ」

「でへ」

「上書きね!」


 アルディスに口づけされた場所へ、アーシャが口づけをする。近くでは、ソフィアが難しい表情をしていた。


「あの、そのような事をされるのは……」

「実験も兼ねてな。ほら、こっちへ来い」

「は、はい!」


 ソフィアは嫉妬しっとをしていたようだ。近くへ呼び寄せ、腰へ手を回して密着する。実際、先程の行動の半分は実験だ。

 絶対服従の呪いの使い方を、確かめるためである。本来は別のやり方で実験する予定だったが、なんとなく気分で変えた。


「あたしの呪いも、あれなんだよね?」

「うん? もう解除してあるぞ」

「あ、あれ?」

「ははっ。今まで二回しか使ってないからな」

「お手と、帝国の女を殺す時だけね」

「そうそう。もう必要ない」

「あはっ! そうよ。もう必要ないよ!」


 アーシャも空いた腕につかまってくる。完全にフォルトへ依存しているので、呪いがなくても服従しているのと同じだ。


「御主人様。あの女、頑張ってますね!」

「興味がない。終わったら教えて」


 アルディスから目を離したフォルトは、その場に座った。それからアーシャとソフィアを触りながら、今までの分析を始める。後頭部の担当はカーミラだ。


「まあ、シュンたちも隠していたようだなあ」

「そうですね。ですが、魔力探知の事は知らなかったようです」

「シュンが、聖神イシュリルの信者にねえ」

「ホストが宗教とか、笑えないっしょ」


 これは全て、アルディスから聞いた事だ。絶対服従の呪いの効果である。その事を伝えたアルディスに、話した事を考えないように命令した。


「いい玩具が手に入ったな」

「頑張って、戦神の指輪を探してほしいね!」

「ははっ」


 シュンたちは人間だ。人間を見限っているので、同郷の日本人であっても見限っている者たちである。魔人としての自覚も出ているので、扱いもそれに準じている。悪へかたむいている事も大きい。

 シュンたちとの差は、フォルトが魔人だと知らない事だ。同郷の日本人という意識から離れていない。同じ人間とも思っている。この差は、物凄く大きい。


「フォルト様」

「どうした、ソフィア?」

「彼らの扱いを、もう少々……」

「ソフィアなら、そう言うだろうけどな。あの女から聞いたように」

「あいつらも隠してたからね!」

「カーミラの言う通り。信用するだけ無駄だ」

「えへへ」

「でも、ソフィアからの頼みだしな。多少は考慮しよう」

「ありがとうございます」


 ソフィアの頼みを極力聞く。これが、完全に悪へ堕ちきらない理由の一つだ。ブレーキになっているのが分かるが、これでいいと思っている。


(悪へ堕ちても、理性が残ってればな。最初から考えている通り、獣になるつもりはない。楽しさを謳歌おうかするには、理性が必要だ)


 おそらく、カーミラも同じ事を考えているだろう。それは、今が楽しいからだ。以心伝心ではないが、そう思えるシモベという絆があった。


「ほらほら。御主人様の好きなものですよお」

「でへ。ナイス後頭部」

「まったく、緊張感がないわねえ」

「ないからな。ティオとレイナスが警戒してるし」

「そう思うと笑っちゃうわ。シュンたちを見てよ」

「うん?」


 アーシャにうながされて、シュンたちが戦っている方向を見る。最初の浄化で数は減ったが、それでも多数のアンデッドと戦っていた。


「ははっ。ご苦労さま」

「ぷっ! で、でも、負ける事はないわね」

「さすがにな。だが、そろそろ戦ってるフリをするか」

「そ、そうね。じゃあ、レイナス先輩の方へ行くわ」

「私はティオさんの方へ」

「うん。適当に片づけたら、戻ってきて」


 戦っているシュンたちは、フォルトたちの様子を見る余裕がない。一応、周りの警戒を頼まれているので、それとなくやっておく事にした。今、周りから挟撃をされればキツイだろう。そのために頼まれていたのだった。


「さて、アルディスはっと……」


 そして、アルディスの方を見る。彼女はファントムとタイマン中だ。気をマスターしているので、体じゅうにまとわせて戦っている。

 そのため、蹴りや殴りは当たっているようだ。しかし、ファントムは浮いているため、なかなか致命打を与えられない。


「頑張ってるな」


 限界突破の作業は手伝えないので、見ている事しかやれない。戦いが始まっているため、支援魔法も使えない。負けそうなら助けてもいいが、今はアルディスの戦いをながめているのだった。



◇◇◇◇◇



「ふぅ。疲れたあ」


 屋敷へ戻ったフォルトは、テラスの椅子へ座った。その隣には、帰りを出迎えてくれたマリアンデールを座らせている。カーミラは後頭部を担当だ。


「ふふ。ご苦労さま」

「まあ、俺はいつも通りだけどな」

「いいのよ。それに、合格点だわ」

「そ、そうか。よかった……」


 ローゼンクロイツ家の当主として振る舞え。そう言われていたフォルトは、そう振る舞っていた。それを認めてくれたようだ。


「あいつらは?」

「小屋で一休みだな。シュンたちでは疲れただろ」


 自分が疲れたと言っていたが、魔人なので本当に疲れていない。おっさんとしての癖だ。椅子へ座る時に、どっこいしょと言う事と同じである。

 アルディスの限界突破は終わった。時間はかかったが、なんとか勝利している。その後は、歩いて帰ってきたのだった。


「アンデッドとか、多かったのかしら?」

「多かったな。でも、途中から面倒になってな」


 帰りに数回だけ襲われた。しかし、それはフォルトの狙いだ。面倒だったので、向かう時の最後の方は、召喚したブラッドウルフたちを使った。シュンたちに隠れて召喚する機会など、いくらでもあった。

 それらが、近づいてくるアンデッドを蹴散らして回ったのだ。その結果、楽に帰ってこれたという寸法だ。


「やつらは、何も知らないのねえ」

「隠す事が重要だな。では、褒美をくれ」

「いいわよ。なら、寝室へ……。あら?」

「どうした?」

「あいつらの仲間の一人が近づいてくるわ」

「ほう。あいつは……」

「何かするのでしょ? 夜まで、お預けね」

「待ち遠しいな」

「ふふ。ルリちゃんの所へ戻ってるわ」


 シュンたちが入っている小屋から、エレーヌが向かってきた。境界線をこえる事になるが、素通しさせる。歩いていってとがめるのは面倒くさい。それに、ある用事もあった。


「カーミラ、隣へ」

「はあい!」


 後頭部を刺激していたカーミラを、隣へ座らせる。用事があるのはエレーヌなので、そのまま椅子に座りながら待つのだった。


「あ、あの。おじさん」

「シュンたちはどうした?」

「い、今は寝ています。さすがに疲れたようなので」

「それで?」

「ま、魔法の事を聞きたいのですけど」

「いいぞ。なら、座れ」

「は、はい」


 これは、シュンたちに隠れて来たという事だ。一人で来ると言えば、絶対に止められるだろう。しかし、彼女の好奇心が、それを上回ったようだ。


(やれやれ。隠れて来るほど、魔法の事を聞きたいのか? それとも、別の狙いでもあるのかな? まあ、ソフィアに言われた通り、多少は優しくしてやろう)


「そ、それでですね。行く時に、聞きそびれた事なんですけど」

「なんだっけ?」

「魔力なんとかって」

「魔力探知の事か?」

「それって、なんですか?」

「魔力探知は、周囲に敵が居ないかを探る事だな」

「そ、そんな事が可能なんですか?」

「可能と言うか……。エレーヌは魔法使いだよな?」

「称号では「賢者の卵」ですけど、魔法は使えます」

「賢者ねえ」


 何も隠さず、素直に話してくる事には好感が持てる。それも演技だと思っているので、本気にはしていない。しかし、うそは言っていないだろうと思われた。


「ノックスも知らないのか?」

「え、ええ。知ってれば、教えてくれるはずです」

「付き合ってるの?」

「ち、違います! 魔法の先生というか、そんな感じです」

「ふーん」

「私は魔法学園に入学していないので」

「なるほど。なら、魔法学園では教えてくれないようだな」

「卒業した後は、他の魔法使いの弟子になったり?」

「そうなんだ」

「卒業後にチームへ合流してたので、習っていないのかな?」

「ふむふむ」


 魔力探知が使えない事は、アルディスから聞き出しているので間違いない。魔法学園では教えてないようだ。レイナスも、ルリシオンから習っていた。


「最近では、シルキーさんに師事しましたけど」

「誰それ?」

「元勇者チームの、お姉さんです」

「お姉さん?」

「ま、魔法使いの方です」

「そ、そうか……」

「で、でも、シルキーさんからも習っていません」

「ほう」


(これは……。最近師事したって事は、ある程度の戦いは経験した後だ。なら、知っていて当然と思われたんだろうな。よくある勘違いか)


 このフォルトの読みは当たっている。シルキーの特訓は、魔法の種類を増やすものだったらしい。ノックスが土属性魔法を使ったのも、その中の一つだった。


「そ、そういう事もあって、教えてもらえないかなと」

「なるほどな。なぜ、そんなに魔法を覚えようとするんだ?」

「し、死にたくないからです!」


 エレーヌの声が大きくなった。誰も死にたくないだろうが、彼女のそれは、人一倍大きい。生への執着は、シュンよりも大きいだろう。

 シュンたちに黙って来たのも、それが原動力になっている。それが分かったフォルトは、ある計画を実行する事にしたのだった。


「分かった」

「じゃ、じゃあ」

「なに、簡単な事だ。まずは目を閉じて」

「は、はい」


 エレーヌは言われた通りに目を閉じる。


「じゃあ、魔力を高めてみて」

「こ、こうかな?」


 そして、言われた通りに魔力を高めた。


「次は、魔力を消して楽にしてみて」

「は、はい!」



【カース・アブソルート・オビーディエンス/絶対服従の呪い】



「え?」


 エレーヌにも、絶対服従の呪いを使う。素直に言う事を聞いていたので、簡単に効いてしまった。


「な、なんですか。これ?」

「こっちにこい」

「は、はい」

「ふむふむ。大きいな」

「ちょ、ちょっと!」

「動くな」

「は、はい」


 フォルトはエレーヌを近くへ呼び、その胸に顔を近づける。貧乳派だが、たまには大きいのもいいかもしれない。そんな事を思いながら、元の位置へ戻す。


「下がれ」

「は、はい。って、何をするんですか!」

「今の出来事を、二度と考えるな」

「は、はい」


 これも、アルディスへやったような命令をする。これで、今の出来事に対しては、何も考えなくなった。


「で、なんだっけ?」

「えっと、魔力探知のやり方をですね」

「カーミラ、教えてやれ」

「はあい! やり方はねえ」


 フォルトはカーミラが教えてる間も、実験をやっておく。視界に認識させない事や、いろいろだ。

 そして、戦神の指輪の事も命令する。これでシュンが探そうとしなくても、彼女たちが反対をするだろう。

 それでも探さない場合は、彼女たちが探す事になる。玩具と実験結果が手に入ったフォルトは、笑顔でエレーヌを小屋へ戻すのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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