第十六章 女王の呪い

第217話 利用する者、される者1



【サモン・レイス/召喚・死霊】



「げっ!」


 談話室にいるフォルトは、目の前にレイスを召喚する。恐怖に歪んだ人間の顔だけの死霊だ。それを見たアーシャが、背中に隠れて抱きついてきた。


「あたしの前で、また召喚してんじゃないわよ!」

「でへ」


 アーシャが怖がりながら、背中に柔らかいものを押し当てる。大きくはないので、密着度が素晴らしい。それには、顔の筋肉が緩む。


「またボクの前で、イチャイチャして……」


 そして、隣に居るアルディスがブスッとしている。なぜ彼女が隣に居るかというと、これからファントムの討伐に向かうからだ。


「これがレイスな」

「気持ち悪い」

「そう言うな。便利なんだぞ」


 レイスは霊体のため、魔法か魔力のこもった攻撃しか効かない。それに、空を飛べる。しかも、壁などをすり抜ける。とても便利なアンデッドだ。



【サモン・ファントム/召喚・地縛霊】



 今度はファントムを召喚する。ファントムはレイスと違って、人間の形をしている。そして、透き通っている。少々目を凝らさないと、見逃すかもしれない。残念ながら、召喚した魔物では、限界突破はやれない。よって、ただの確認だ。


「これがファントムな」

「へえ。見えにくいわね」

「だから、召喚してるんじゃないわよ!」

「でへ」


 アーシャが、さらに密着してくる。もう、隙間などほとんどない。


「よし、消えていいぞ」

「「オォォォォォ」」


 両アンデッドの違いを確認したところで、どちらも送還する。フォルトもアルディスも、ファントムを見るのは初めてだ。


「召喚魔法って、すごくない?」

「便利だが……。これも黙っとけ」

「はい……。え?」

「どうした?」

「な、なんでもないわ」

「フォルトさん。それって……」


 アーシャは気づいたようだが、アルディスは気づかない。この絶対服従の呪いは、アーシャにも使ったので気づいたようだ。


「ははっ。まあ、これでファントムは間違えないな」

「そうね。おじさん、ありがとう」

「最後になんだが」

「何?」

「戦神の指輪というアイテムをだな」


 シュンにも言ったが、アルディスにも伝えておく。シュンを信用していないからだ。口約束だけで、探すわけがないのだ。そこで、アルディスへ命令した。


「ふふん。ボクに任せてよ!」

「いい子だ」

「子供扱いするな!」

「はい、はい。それじゃ、戻って準備をしておけ。後で行く」

「分かったわ。じゃあ、後でね!」


 呪いの事を知らないアルディスは、なんの違和感もなく命令を受諾する。これで、エウィ王国側の情報を集めてくれるだろう。そして、彼女を見送ったフォルトは、アーシャを抱き寄せた。


「エグい事をしたのね」

「ははっ。これでシュンたちに、戦神の指輪は任せられるだろ」

「シュンは、絶対に探さないからね」

「そういう事だ」

「あはっ! さすが、フォルトさん。ちゅ!」

「むほっ!」


 アーシャは嬉しそうだ。限界突破に必要な戦神の指輪の事は、なんとかしてと頼まれていた。そこで、なんとかしたつもりである。何の情報もないのに、動きたくはない。よって、彼らを利用するのだ。


「それで、誰が行くの?」

「おっさん親衛隊で行こうかなと」

「って事は、あたしも?」

「そうなるな。嫌か?」

「いーえ! イチャイチャするところを、見せつけたかったからね!」

「そ、そうか。では、行くとしよう」


 フォルトは談話室を出て、外のテラスへ向かう。そこには、おっさん親衛隊のメンバーが居る。アーシャも連れてきたので、全員がそろった。


「待たせたな」

「きさま、遅いぞ!」

「もう、師匠ったら。フォルト様、準備はしてありますわ」

「私も一緒で、よろしいのでしょうか?」


 それぞれの身内が出迎えてくれる。ソフィアもパワーレベリングのおかげで、レベルが二十八まで上がっていた。一人なら無理だが、おっさん親衛隊としてなら問題はない。


「パワーレベリングだと、実感がないのかな?」

「そうだな。体が慣れるまでは、しばらくかかるだろう」

「ほう。経験があるのか?」

「私はないがな。フィロが言っていた」

「あの、ウサミミ少女か」

「一緒に旅をしていた時だがな」


 強敵と相対するだけでも、その恐怖が体に染み込む。通常は、戦いながら恐怖を克服してレベルが上がる。しかし、パワーレベリングだと、その感覚が麻痺まひするのだ。体は覚えているが、感覚がついてきていない状態である。


「なるほどな。まあ、俺も行くから平気だ」

「あら。行かれるのですか?」

「うん。戦力の分析を兼ねてな」

「ふふ。そういう事は、お好きですね」

「ははっ。楽しいぞ」


 最近では、趣味が怠惰たいだを上回るようになっていた。おそらく、闘技場の完成が近いからだろう。

 プロレスや相撲など、格闘技を見るのは大好きである。引き籠りのおっさんには、よくある趣味だ。テレビやパソコンしか、楽しみがなかったのだから。


「えへへ。森の中を、お散歩です!」

「そういう事だ。シュンたちは……。お、出てきたな」


 当然のように、カーミラも一緒だ。おっさん親衛隊の引率を兼ねて、フォルトとカーミラも向かう。総勢六名だ。物凄く過剰戦力である。

 屋敷に残るのは、マリアンデールとルリシオン。それに加えて、シェラとニャンシーだ。このメンバーなら、何かあっても対処が可能だ。


「御主人様! 行きますよお」


 カーミラの言葉で、全員が立ち上がる。そして、小屋の方を見ると、執事が近づいてきた。


「フォルト様。行ってらっしゃいませ」

「執事さんは、残るのか?」

「はい。戻られる頃には、アルバハードから人足が参ります」

「分かった。じゃあ、適当に過ごしといて」

「はい」


 執事を見ると、アルディスの傷を移した時の事を思い出す。横になって、彼女と同じ傷を受けた。顎が砕け、手がつぶれ、足が折れた。

 しかし、再生していったのだ。笑みを浮かべていたので、本当に痛みはなかったようである。これには脱帽したものだ。


「借りは、いずれな」

「畏まりました」


 執事はまったく気にしていないが、それがフォルトを悩ませる。借りてばかりで、申しわけがないと。

 しかし、それは置いておく。シュンたちも、歩いて向ってきたからだ。それを確認したフォルトたちは、近づいてくるのを待つのだった。



◇◇◇◇◇



「おっさん。こんなに人数は要らねえぞ」


 フォルトたちはシュンたちとともに、屋敷の裏手から北へ向かっていた。まだ聖なる泉が近いので、アンデッドは近づいてこない。しかし、しばらく進めば襲ってくるだろう。


「体力切れを心配してるのだろ?」

「そうだけどな」

「なら、チームで交代した方が休めるだろ」

「まあな。でも、チームって?」

「聞いて驚け。おっさん親衛隊だ!」

「はあ?」

「シュンたちにあやかってな。俺もチームを作った」

「な、なるほど?」

「後は、治癒を使える者を加えれば完成だ」

「何してんだか……」


 シュンを見ると、呆れた顔をしていた。他の者も盗み聞きしているようで、同じような顔だ。


「でも、なんでソフィアさんが入ってんだよ!」

「グリムの爺さんに頼まれてな」

「は?」

かくまっているついでに、鍛えてやってくれとな」

「魔族を使ってか?」

「そ、そ、そうだ!」


(よかった。勘違いをしてくれた。俺が鍛えていると思われたら面倒だしな。鍛えてるのは、ルシフェルとニャンシーだが……)


 ソフィアを狙っているという話は、アーシャから聞いている。すでに身も心も自分のものとは言えないので、適当にはぐらかしておく。わざわざ、喧嘩の種をまく必要はない。


「最初は任せてもいいんだろ?」

「いいぜ。疲れたら交代してくれ」


 さっそく、戦力の分析をやれそうだ。今は、おっさん親衛隊の方が強いはず。しかし、いずれ追いついてくるだろう。成長が早いとされる「召喚されし者」の称号を持っているのだから。


「あれ?」

「おっさん。どうした?」


 しばらく進んでいくと、疑問に思う事があり首をかしげる。それを見たシュンが、怪訝けげんそうな表情で話しかけてきた。


「いや……。ノックス」

「なんだい、おっさん?」

「あれ?」

「どうかしたのかい?」

「い、いや」

「まさか、カーミラちゃんと別れてくれるとか?」

「それはない。諦めろ」

「ちぇ」


 ノックスはカーミラを見ながら、冗談を言ってくる。すでに諦めているようで、草食系男子という言葉を思い出してしまった。


「おい。右から来るぞ」

「なにがだ?」

「アンデッドだ」

「はあ?」

「見てみろ」


 フォルトは右方向へ顎をしゃくる。うながされたシュンが半信半疑で見ると、ゆっくりとゾンビの群れが向かってきていた。


「お、おい! ギッシュ!」

「分かってんよ!」

「ノックスは攻撃魔法の準備だ! 火属性魔法は使うなよ?」

「わ、分かった」

「エレーヌは強化魔法をギッシュへ!」

「はい!」

「ラキシスは防御魔法を展開だ!」

「は、はい」

「おっさんたちは下がってろ!」

「はい、はい」


 さすがはリーダーか。発見は遅れたが、敵を認識した時点で、テキパキと指示を出す。これには、フォルトも目を光らせた。


(ほう。伊達だてにリーダーをやっているわけじゃないか。仲間の動きも早い。早いが……。魔力探知は使えないのか? それとも隠してるのか?)


「魔力探知は……」


 これがフォルトの疑問だ。ノックスは魔法使いである。魔力探知は使えるはずだ。ブロキュスの迷宮で、獣人族の魔法使いたちは使っていた。

 当然、フォルトの身内たちも使っている。範囲に個人差はあるが、戦闘経験の少ないソフィアですら使っている。


「行くぜえ! 『鉄壁てっぺき』」

「俺の強さも見せてやるぜ」



【ホーリー・ウェポン/神聖属性・武器付与】



 ギッシュは『鉄壁てっぺき』を使い、タンクとして前方に立つ。シュンは信仰系魔法の神聖属性を武器に付与した。敵が近づくまでに、態勢を整えている。



【ストレングス/筋力増加】



 そして、エレーヌからシュンへ、筋力を増加させる身体強化魔法が飛ぶ。これにより、シュンの腕力があがった。


「ノックス! 先制攻撃だ!」

「うん!」



【ロック・ジャベリン/岩の槍】



 シュンたちの態勢が整ったところで、ノックスが土属性魔法の槍を放つ。それは、向かってくるゾンビの一体に当たり、体に穴を空けた。


「はぁ……」


 それを見ていたフォルトは、溜息ためいきをついてしまった。視線をベルナティオへ向けると、首を振っている。それからレイナスを見ても、同じく首を振っている。


(ゾンビを相手に、なんちゅうオーバーキルだ。いつも、ああなのか? 目的地まで体力が持たないのは、当たり前だ!)


 前方では、シュンたちが無双をしている。相手が腐った死体であるため、アルディスが下がっていた。しかし、拾った石を投げている。


「きさま。あいつらは大丈夫か?」

「駄目だな。おい、アーシャ」

「なに? フォルトさん」

「魔の森の家に来た時って、あんな感じ?」

「違うよ。ザインさんが居たし、余力を残す戦い方だったかなあ」

「そっか。なあ、ソフィア」

「なんでしょうか?」

「勇者チームも、あんな感じだった?」

「いえ。スキルや魔力は、温存しながらですね」

「だよな」


 フォルトの懸念。シュンたちは本気で戦い過ぎるのだ。この一戦に全てを懸けるではないが、似たようなものかもしれない。おかげで殲滅せんめつは速いのだが、あんな事は数回しかやれないだろう。


「あ、あの、おじさん」

「うん? 君は、たしか……」

「エ、エレーヌです」


 そろそろゾンビの討伐も終わりに近づいてきた時、手の空いたエレーヌが話しかけてきた。マジマジと見たのは初めてだが、とても美しい女性だ。


「おじさんは、魔法使いですよね?」

「そ、そうだが?」

「あ、あの。私の魔法はどうでしたか?」

「ど、どうって言われても……」


(見てないよ! 魔法を使うが、魔人だよ! まあ、それは言えない)


「い、いいんじゃないか?」

「あ、あの。それで、魔力探知って言葉が……」

「ふぅ。終わったぜ!」


 エレーヌの話の途中で、シュンが戻ってきた。バッサバッサとゾンビを倒していたが、少々息を切らしているようだ。


「さすがだな。五十体ぐらいか?」

「そうだったかな? まあ、あれぐらいなら余裕だぜ」


(当たり前だ! ゾンビの推奨討伐レベルって、十ぐらいだぞ! おまえらは、レベル三十の限界突破を終わらせただろ!)


 フォルトは、心の中でツッコミを入れる。あんなゾンビの群れなど、スキルも魔力も使わずに倒せるのだ。これでは先が思いやられると考えながら、シュンの自慢を聞いているのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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