第216話 (幕間)エウィ王国の受難

 エウィ王国、ローイン公爵領。国の南西に位置する領地で、王国三大都市の一つがある領地だ。デルヴィ侯爵領にある商業都市ハンと並ぶ、光都ソレスタンがローイン公爵の拠点であった。


「では、その書類を片付けてくれ」

「畏まりました」


 その光都には、領内の政務を担う役所がある。そこには、異世界人であるジオルグが配属されていた。


(さて。なんとも簡単だが、まずは、ローイン公爵に取り入らないとな)


 上司の貴族から書類を受け取ったジオルグは、言われた事をこなしつつ、探りを入れていた。配属当日からなので、すでに情報は集まっている。

 こんなに簡単でいいのかと思うが、しょせんはザル仕事。上司の貴族も、名前を覚える必要のない人間だった。


「終わりました」

「早いな! では、休憩に入ってよし!」

「ありがとうございます」


 言われた仕事を終わらせて休憩に入る。ジオルグは役所の外へ出て、ある人物と会う事になっていた。


「よう、ご苦労さん」

「リガイン。そっちはどうだ?」


 これも同じく、異世界人のリガインだ。同時に召喚されたが、協力関係を結んでいた。彼は町の警備に配属され、衛兵をやっている。


「馬鹿馬鹿しくて話にならねえな。ほらよ」

「どれどれ?」


 ジオルグはリガインから書類を受け取り、その内容に目を通す。本当に馬鹿馬鹿しい。どいつもこいつもペラペラとしゃべる。FBI捜査官だったリガインからすれば、簡単に手に入る情報ばかりだった。


「はははっ。局長がねえ」

「そいつから賄賂を受け取ったやつらは、すでにドップリだぜ」

「なら、さっさと蹴落とすか」

「もうやるのかよ!」

「俺の方も、情報は集まっている。合わせれば簡単だ」

「今まで、そうやってのし上がったのか?」

「はははっ。おかげで、いい思いをしてきた。金も地位も女もな」


 宗教を利用して、うまい汁を吸っていたやつを蹴落とす。そして、自分がうまい汁を吸う。ジオルグは、一度きりの人生を、楽しまないと損だと考えている。

 そう考えている人間がほとんどだろうが、ジオルグの場合は規模が違う。軍事組織を作り、国を相手に喧嘩を売るのも楽しみの一つだった。


うらやましいこった。もうちょっと、情報を集めた方がいいんじゃねえか?」

「こういう事は、早い方がいい。慎重にやるのは、上に立ってからだ」

「それは任せるけどよ。上がったら、おまえの近くに置いてくれんだろ?」

「そうだ。衛兵なんて稼げねえだろ?」

「あんな、はした金じゃなあ。前の方が稼げてたぜ」

「FBIも渋いって聞いたぞ」

「渋いぜ。まあ、それ以下って事よ」


 衛兵の給金など、たかが知れている。食事は支給されるが、その分を残したとしても貧乏である。遊びに使える金にはならない。


「ところで、味方は作れたか?」

「余裕だ。十名も居りゃいいよな?」

「十分だ。最初の手足は、それぐらいでいい」

「これ以上は要らねえか?」

「要らん。甘い汁は、少人数で吸うものだ」

「へへ。たしかにな」

「そいつらを使って、次はローイン公爵の息子を調べろ」

「養子のブルマンか?」

「公爵か息子。どっちに取り入るか決める」

「仲を裂く気かよ」

「さあ? それは息子次第だろうな。野心があるなら、使わせてもらう」

「怖え、怖え。オメエが味方でよかったぜ」


 リガインは味方と言っているが、信用しているわけがない。それは、お互いさまだ。利用して、利用される存在同士である。それは、同じ異世界人であっても同じ事。邪魔になった時点で、用済みである。


「そういやよ。南方の小国群なんだが」

「どうした?」

「ベクトリア王国が中心になって、同盟を結びまくってるってよ」

「ほう。俺の国と似てるな」

「ロシア……。ソ連か!」

「はははっ」


 出身国は聞いていたが、年齢を考えると、そっちが本命だ。崩壊してから三十年も経過しているので、リガインの頭からは、すっぽりと抜けていたようだ。


「まさか、オメエがやってた事って」

「種が割れれば簡単だな。火種だ、火種」

「ちっ。裏で糸を引いてやがったのか」

「中東をアメリカの好きにはさせんと言う事だ」

「ほんと、怖えな。KGBか」

「そういう事だ。まあ、楽しみと合致したからな」


 KGB。ソビエト社会主義共和国連邦の国家保安委員会だ。この国の崩壊と同時に解体されているが、裏では動いているとされる。国境警備から海外の情報収集、潜入捜査から暗殺まで、なんでもござれの組織だ。

 それを思えば、ジオルグのやっていた事は理解できた。民主主義国家では不可能な事を平気でやる。リガインは法の中の人間だが、ジオルグは法の外の人間だ。


「変装してまで、ご苦労なこった」

「はははっ。だが、もう関係はない」

「そうだな。オメエの手腕は納得したよ」

「結構。しかし、ベクトリア王国か。利用させてもらおう」

「怖え、怖え」

「まずは、俺の上司に死んでもらうとするか」

「んじゃ、こっちも情報を集めとくぜ」


 ジオルグは、簡単に事が運んでいるので拍子抜けをしている。楽なら楽な方がいいが、張り合いがないので肩を落とす。そして、リガインと別れ、役所の中へ戻っていくのであった。



◇◇◇◇◇



「今回、集まってもらったのは帝国についてだ」


 エウィ王国の王宮で、簡単な会議がおこなわれていた。参加者は、宮廷魔術師のグリム。そして、ローイン公爵とデルヴィ侯爵だ。他の貴族は居ない。


「ローイン公爵。三国会議で決まった事を履行しておらぬぞ」


 国王であるエインリッヒ九世が口火を切る。三国会議での決定事項として、国境の軍配備の距離を伸ばさせたはずだ。しかし、一向に軍を退かない。それどころか、前に出ては挑発をしてくる。


「再三、使者は送っておりますが」

「退くどころか、軍を増強しているように見受けられますな」


 デルヴィ侯爵が、国境で見た帝国軍の動きを伝える。デルヴィ侯爵領は国境を接している国が多い。帝国はもちろん、フェリアス、アルバハード、南方小国群である。南方小国群の一国は、属国のカルメリー王国だ。

 しかし、全ての兵を、帝国だけに向ける事は不可能だ。そこで、国内警備の担当であるローイン公爵へ、兵の増員を依頼していた。


「そちらへ増員すると、国内が手薄になるぞ!」

「致し方ないのでは? もし国境をこえられると、抑えられませぬぞ」

「だが、進軍してくる様子はないのだろ?」

「ちょっかいは、かけてきますな」

「それは、いつもの事だろう?」


 お互いが仮想敵国同士なので、国境では挑発をやりあっている。そして、使者を送れば退いていく。毎回、それの繰り返しだった。


「爺の方はどうだ?」

「こちらは、ダマス荒野がありますからな」

「諜報員は、そちらから入っただろう?」

「ですが、軍となると……」

「偵察は?」

「森からの報告を、定期的に受けています」

「ローゼンクロイツ家か」

「召喚されている精霊ですがな。ダマス荒野は、いつもと変わらずと」

「なるほど。なら、デルヴィ侯爵領側だけか」


 フォルトはグリム家の客将だ。今はアルバハードへ行っているが、森の管理としてドライアドが残されている。ソフィアを介して、定期的な報告だけは受けられるようにしていたのだ。


「とにかく、兵の増員などできん! ベクトリア王国の件もある」


 ローイン公爵が苛立いらだっている。ベクトリア王国が、南方小国群の国々と同盟を結び始めている。その情報が、諜報部から入っていた。


「ベクトリア王は、何がしたいのだ?」

「おそらく、公国制を敷きたいのだと思われますな」

「公国制?」

「わが国と比肩する国を造りたいと思われまする」

「そんな事は許さん。即刻使者を送り、やめさせるのだ!」

「難しいですな。カルメリー王国のような、属国ではありませぬぞ」

「なら、攻め落とすまでだ」

「それも、難しいですな。今は帝国軍の方が……」


 ベクトリア王国と戦端を開けば、帝国が攻めてくるだろう。そうなれば、挟み撃ちである。エウィ王国の国力は随一だが、二国を相手に戦えるものではない。

 それでも、ベクトリア王国は小国なので、先につぶせばいいだけである。しかし、帝国方面は押されてしまうだろう。そうなれば、被害が尋常ではなくなる。下手をすると、デルヴィ侯爵領が取られる可能性すらある。


「まさか、帝国が裏で糸を引いているのでは?」

「可能性はありますな。ですが、憶測だけでは……」

「では、どうすのだ?」

「この際、南方小国群は放っておくのがよろしいかと」

「聞き捨てならないな。デルヴィ侯爵、その訳を聞こう」


 エインリッヒがデルヴィ侯爵をにらむ。大陸の南部で、エウィ王国に比肩する国家などあってはならないのだ。


「公国になっても、多数の小国が集まるだけでは?」

「そうだな。簡単ではないが、切り崩す事は可能だろう」


 これにローイン公爵が追従する。お互い政敵だが、国を守る事に関しては味方だ。この場でいがみ合っても、なんの利益もないのは分かっている。


「爺は、どう思う?」

「脅威は帝国ですな。南方小国群は、諜報部に任せてもよろしいかと」

「諜報部?」

「はい。内応する国を作っておけば……。」

「なるほど。帝国との問題が落ち着いた後に、じっくりとか」

「その通りですな。表面ではベクトリア王の話に乗っても……」

「はははっ。それでいこう。なら、後は国境の増員か」


 エインリッヒは安堵あんどする。この場に集まった賢者たちに感謝をだ。どのみち、南方小国群は属国にするなり、吸収するつもりだったのだから。


「陛下の命令であれば、増員する事はしますが……」

「国内の警備か?」

「はい。魔物への対処もあります。それに「黒い棺桶」も」

「また、活発に動いているのか?」

「そのようです。取り締まりは強化していますが」

「増員すれば、抑えられないという事だな?」

「その通りです」


 国内最大の裏組織「黒い棺桶」。王国の各地で、違法に手を染める集団だ。これを野放しにしておくと、国力が低下してしまう。

 それとは別に、あまり巨大な組織になりすぎると、国内で蜂起される可能性もある。国家転覆などを裏組織にやられたら、王国は終焉しゅうえんを迎えるだろう。


「いや。ここは増員をしよう」

「ありがたき幸せ」

「ですが……」

「万が一にも、国境を侵されてはいかん」

「か、畏まりました」


 エインリッヒは決断をする。決定がされたからには、その決定通りに動くしかない。ローイン公爵とデルヴィ侯爵は、うやうやしく礼をする。


「ところで、爺。フォルト・ローゼンクロイツはどうしておる?」

「アルバハードで、魔物や魔獣を捕縛しておりますな」

「城へ来る前に、フロッグマンを送ってきましたぞ」

「ほう。闘技場で使う魔物か」

「はい。今も引き取りに行かせております。数がそろえば……」

「ははっ。楽しみだな」

「興行主の入札も始めております。闘技場も、ほぼ完成ですな」

「なら、日程は任せる。派手に祝ってやろう」

「このデルヴィに、お任せください」


 闘技場の利権では、デルヴィ侯爵が一番の稼ぎを出すだろう。三国会議での功績が大きいので、他の貴族は口が出せない。独占はしていないが、その割合は相当なものだった。


「陛下。一つ、気がかりがございます」

「なんだ、爺?」

「〈剣聖〉ベルナティオ。フォルト・ローゼンクロイツの下に……」

「なんだと!」


 グリムの報告を受け、エインリッヒが驚いた。国に仕えるよう、再三にわたって口説いていた人物だ。それが、あろう事か魔族の貴族であるローゼンクロイツ家の下についた。これを聞けば、皇帝ソルも驚く事だろう。


「あいつは、いったい何なのだ!」

「陛下。落ち着いてくだされ」

「これが! いや、そうだな」

「フォルト殿は、客将でござりますれば」

「ふむ。あいつは、アルバハードだったな」

「はい」

「バグバット殿から、何か言われていないか?」

「いえ。まだ、何も」

「やはり、国内へ戻すべきか……」


 エインリッヒは考える。このまま野放しにはできない。戦力が集中し過ぎているのだ。魔族の姉妹だけでも脅威である。その上、〈剣聖〉ベルナティオだ。


「爺……」


 他国へ流れたら、かなりの痛手だ。それにフォルトは、あの性格だ。無理やり戻そうとすると、敵対しかねない。

 帝国や南方小国群への対応を決めたところで、この話だ。エインリッヒは、グリムをうらめしそうに見る。そして、頭を振っているのであった。



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