第215話 魔人と神聖騎士3

 アルディスは三日間、屋敷で働く事になった。今はフォルトと一緒に談話室に居る。シュンたちには、治療の礼という事にしてあった。

 彼女をボロボロにしたのはマリアンデールだが、それを治したのはフォルトだ。礼には礼を。それが空手家の信条だという建前を使って……。


「おまえの主人は誰だ!」

「お、おじさんです!」


 カーミラは、屋敷の掃除や食事の給仕などが仕事だと言っていた。しかし、その他の仕事を無理やりにやらせていた。その他とは、つまり……。


(カーミラには悪いが、身内にするわけじゃないのに無理やり襲うのはな。それは身内に失礼だ。彼女たちで満足していないと言っているようなものだ)


「おじさんって……。変態?」

「いや。至って普通のおっさんだ」

「こんな事をボクに言わせるとか」

「あっはっはっ! 俺もアルディスの事は見た事があってな」


 元オリンピック候補の女性空手家。日本では家に引き籠っていたフォルトだ。そのため、テレビはよく見ていた。当然、アルディスの事も覚えていたのだ。


「変態でしょ?」

「テレビの向こう側の女性が目の前に居たら、言ってみたくなるだろ?」

「ならないわよ!」

「好きな俳優が目の前に居たら、同じような事をするだろ?」

「し、しないし!」

「今、どもったよな?」

「どもってない」

「ふーん」


 やっていたのは調教ゴッコだ。シェラとやっているような、お医者さんゴッコのようなものである。


「なんでボクが、こんな事を……」

「治療の礼だろ?」

「怪我をさせたのは、そっちの魔族なんですけど!」

「マリを侮辱しただろ?」

「き、気にしてるとは思わなくて……」

「まあ、仕事だ仕事」

「絶対に三日で解放してくれるんでしょうね?」

「俺は約束を守る男だぞ。そちらも守ってもらうがな」

「呪術系魔法ね。言わなきゃいいんでしょ?」

「そうだ」


(言ったら等価交換だからな。その時は、この調教ゴッコが本物になる。ああ、そんな事を考えていたら、ちょっとムラムラと)


「おじさん。目がイヤらしいんですけど!」

「そうだな。アーシャにも言われている。エロオヤジとな!」

「威張るな!」

「あっはっはっ!」


 人と話すリハビリを終わらせたフォルトは、普通に話せるまでになっていた。しかし、タイマーがある。それを克服するのは、まだ先だろう。


「じゃあ、次はっと」

「次とか、やめて!」

「いや、やる。そこへ座れ」

「うぅ。仕方がないわ」

「カーミラ」

「はあい!」


 当然のようにカーミラも一緒に居るので、イチャイチャするところを見せる。これにはアルディスも赤面していた。経験はあるはずだが、耐性は低いようだ。


「シュンと、やっていないのか?」

「そ、それは……」

「アーシャの眼力では、やってるって言ってたけどな」

「そ、その」

「黙っててやるから」

「そうよ! 悪い?」

「いや、まったく。健全な男女でいいじゃないか」

「そ、そう? それより、なんてものを見せるのよ!」

「気にするな。ただ見ておけばいい」

「なんで、ボクが……」

「見ないとマリを呼んじゃいますよお」


 カーミラが満面の笑みでアルディスを脅す。彼女はマリアンデールがトラウマになっている。力の差がありすぎた上に、いたぶられたからだ。

 ルリシオンとアーシャの関係に似ている。しかし、彼女ほど落ちていない。そして、彼女と違って魔族は味方ではない。これが脅せる道具になっていた。


「混ざりたい?」

「そんなわけないでしょ!」

「ですよね。でも、見ておけ」

「うぅ」


(俺は何をやってんだろ。楽しい事は楽しいんだけど……。まあ、リリエラにやったような、御仕置きと同じだな。そう思う事にしよう)


 それからしばらくアルディスと遊ぶ。やる事はやっているらしいが反応が面白い。こういう反応は見ていて飽きない。

 そして、満足した後は向かい合った。彼女には、これからやる事がある。それについて聞いてみたのだった。


「そういや、限界突破だったな」

「そ、そ、そ、そうよ!」

「いや、もう終わったから」

「そ、そ、そうね!」

「えへへ。顔が真っ赤でーす!」

「うるさい!」


 反応を見る限り、シュンと恋愛をしているのかが疑問だった。疑問に思っただけで、他のカップルの実情に興味はない。


「行く方法は考えついた?」

「そ、そうだわ! シュンが、おじさんに話があるって言ってたよ」

「そうか。んじゃ、今日の仕事は終わりでいいぞ」

「こ、こんなのは仕事じゃないでしょ!」

「仕事だ。それとも参加するか?」

「結構よ! じゃあ、ボクは行くね!」


 アルディスは談話室から出ていこうとした。しかし、それを止める。今、出ていかれるとまずい。


「あ、待って」

「なに?」



【カース・アブソルート・オビーディエンス/絶対服従の呪い】



「え?」


 フォルトの使った魔法は、アーシャにも使った絶対服従の呪いだ。本来は効きづらい魔法だが、完全に不意を突いたので効いてしまった。


「な、なにそれ?」

「服従の呪いだ。俺の呪術魔法の事は誰にも伝えるな」

「はい……。え?」

「安心しろ。それだけを規制する魔法だ」


(絶対って付けると、アルディスを征服したように聞こえるからな。呪術系魔法の事だけ言えないようにしたと言えば、納得するだろう)


「し、信用がないのね」

「まあ、うっかりしゃべられても困るからな」

「それぐらいならいいわ。じゃあ、行くね」

「なら、シュンを呼んでくれ」

「はい、はい」


 アルディスはムスッとしながら談話室を出ていった。これからシュンたちの居る小屋へ戻るだろう。

 それにしても、呪術系魔法の恐ろしさを知らないようだ。もし、ただの服従であっても解呪をするまでは効果が持続するのだ。本来なら、もっと怒ってもいいはずだった。


「御主人様は恐ろしいですね。すてきです!」

「そうか? まあ、保険さ。埋伏の毒だったか?」


 埋伏の毒。敵に味方を取り込ませて、機を見計らって内部で混乱を起こさせる計略だ。その気がアルディスになくても、命令一つで可能になった。


「さてと、シュンと話をするかあ」


 フォルトはアルディスの後を追うように立ち上がる。そして、カーミラと手をつないでテラスへ向かうのであった。



◇◇◇◇◇



「おっさん。ちょっと、頼み事があるんだけどよ」


 フォルトはポーカーフェイスをやれないが、なんとかニヤけるのだけは防いだ。ギッシュがシュンを納得させたのだろう。


「なんだ?」


 もともとギッシュに頼まれていたので、この頼みを聞くつもりだ。しかし、適当に渋ってから受けた方が、ありがたみが増すというものだ。


「アルディスの限界突破に行きてえんだが」

「それで?」

「レイナスちゃんを貸してくれねえか? 双竜山の森の時のようによ」

「アンデッドが多いのでは?」

「レイナスちゃんが居れば抜けられそうだ」

「ふーん」


 たしかにレイナスが居れば抜けられる。一人だとシュンたちと同じだろうが、彼らと一緒なら平気だと思われる。しかし……。


「だが、断る!」

「なんでだよ!」

「俺にメリットがないな。そう思わないか?」

「アルディスに仕事をさせてるだろ!」

「あれは、本人が治療の礼だと言っていたぞ。やらせてるわけじゃない」

「ぐっ! そ、その通りだが……」

「なんかメリットはあるか?」


(この程度の返しは、シュンだって分かってるはずだ。ほれ、なんかないか? 俺を楽しませるメリットをよこせ!)


 器の小さいフォルトは、捨てられた時の恨みを晴らしている。誠実に対応するのは、身内か近しい者たちだけだ。その中にシュンは入っていない。

 フォルトは人間だったので、自分が人間のみにくさを持っているのを自覚している。自覚しているからこそ、悪びれずにやっているのだ。カルマ値が悪へかたむいている弊害でもあった。これには隣のカーミラも喜んでいる。


「メリットか……。逆に、なんかねえか?」

「それを俺に聞くのか?」

「思いつかねえからな。だが、アルディスの限界突破は必要な事なんだ」

「そうだなあ」


 しかし、言われたところで何もない。フォルトから見て彼らは非力すぎる。召喚した魔物より使えないだろう。以前カーミラが、弱い悪魔は要らないと言っていた。まさに、その通りであった。


「あ……。そうだ」

「なんかあるか?」

「戦神の指輪を知っているか?」

「なんだそりゃ?」

「その指輪がほしい」

「持ってねえよ!」

「探してくれ。情報だけでいいぞ」

「はあ?」


 アーシャの限界突破に必要な品だ。探そうにも、どこにあるかも見当がつかない。シュンたちは幽鬼の森から帰れば、自由に行動しているという。ならば、探させるのがいいだろう。


(まあ。受けたところで、こんなのはやるわけがないがな。しかし、俺にはアルディスが居る。探させるさ)


「いいぜ。情報だけでいいんだろ?」

「そうだ。手に入れてから持ってきてもいいけどな」

「考えといてやるよ。とりあえず情報だけな」

「なら、手伝うとするか。出発は三日後だ」

「へへ。助かるぜ。んじゃ、俺は戻るぜ」

「十分な戦力を用意してやる。安心しとけ」

「ありがとよ」


 これで話は終わった。三日間、アルディスと遊んだ後に出発だ。森を散歩するのと同じなので苦にはならない。


「行きましたね」

「さて、誰を連れていくか」

「御主人様が行くんですかあ?」

「珍しいか?」

「珍しいですけど、闘技場の件ですよね?」


 闘技場の魔物を集めているという事は、そろそろオープンが近いはずだ。レイナスだけを出場させるつもりだったが、団体戦があれば、おっさん親衛隊の出場も視野に入る。


「分かってるな。シュンたちが出場するか分からんが……」

「えへへ。分析とか好きですもんね」

「たいした事はないと思うけどな」


 強敵になり得る人間の情報収集は必須だ。MMORPGの対人戦で、これをやらない者は上位へ入れない。


「アーシャも、なんだかんだで限界突破だしな」

「そうですねえ」

「シュンも信仰系魔法を使ってたしな」

「成長していますねえ」


 シュンたちは異世界人の勇者候補だ。今は弱いと思っていても、成長が速いので強敵になり得る人材だと思っていた。アーシャを見れば分かる。


「そういう事だ。情報収集は重要だぞ」

「そうなんですかあ?」

「力があり過ぎると、これをおこたる。足元をすくわれたくはない」

「御主人様は平気ですよ。魔人ですからね!」

「レイナスたちもな。ちょっとしたミスでも死ぬだろ」

「人間ですからね」

「そういう事だ。せめて、ティオぐらいになるまでは……」


 過保護。フォルトは自分でもそう思っている。しかし、失うわけにはいかないのだ。堕落の種が芽吹くまでは、手厚いサポートをしてやりたい。

 レベルも三十をこえたばかりで、まだ人間離れとはいかない。日本に居る人間に比べれば、魔法やスキルがあるので超人的だ。しかし、この世界では人間という種族の力の範疇はんちゅうだ。


「さてと、飯でも食うかあ」

「はあい」


 シュンが小屋へ入ったのを見届けてから、フォルトたちも屋敷へ戻っていった。そして、飯を食べながら分析に入る。

 もう、レベル三では通用しない。ローゼンクロイツ家の当主も名乗った。デルヴィ侯爵の使いなので、今後も絡みがあるだろう。そんな事を考えながら、素晴らしき身内たちと食卓を囲むのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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