第214話 魔人と神聖騎士2
シュンは迎えにきたレイナスとともに、屋敷にある談話室へアルディスを連れてきた。そこには、フォルトと赤い髪の女性が待っていた。
バグバットの執事も連れてきたが、彼は頼りになる。主人であるバグバットの面目があるので、シュンたちへ不利にならない助言をしてくれる。
「これでいいか?」
「それでいい。今日中に治しておこう」
「本当に治せんのか?」
「無理だと言ったら、諦めてくれるのか?」
「ふざけるな! アーシャを治したように、アルディスも完璧に治せ」
「やるだけやってみるだけだ」
「ちっ。期待しておくからな!」
フォルトが不安を
「どうした? 早くやれよ」
「見せられないと言っただろ。早く出ていけ」
「そんなに大事なものか? 誰にも言わねえからよ」
「しつこい。出ていかないなら、この話はなしだ」
「ちっ! 分かったよ。アルディスに、変な事はするなよ?」
「ギクゥ! 変な事なんてしないわ!」
「どうだか」
シュンはフォルトが嫌いである。殺意すらある。しかし、今は利用する必要があった。彼の周りには、強者が多すぎる。魔族の姉妹やレイナスだ。
他にもチラっと見ただけだが、ポニーテールの女性も居た。初めて見た女性だが、小屋の前でギッシュを止めた。彼女からは、元勇者チームのプロシネンと同じ威圧感がしたのだ。
(まったく。おっさんの周りはどうなってやがる。ハーレムなのもそうだが、戦力がありすぎるんじゃねえか? やっぱ、レベルが三のはずはねえな)
「どうした? 早く出ていけ」
「分かった、分かった。だが、屋敷の前には居るからな」
「仕方がない」
「アルディス……」
「シュ、シュン」
アルディスの頭を
「なあ、執事さんを置いていっていいか?」
「私をですか?」
「おっさんを信用したわけじゃねえ」
「構いませんが、私はフォルト様の味方かもしれませんよ?」
「分かっている。だが、デルヴィ侯爵様への義理立てもあるんだろ?」
「左様ですな。では、フォルト様さえよろしければ……」
「まあ、いいだろう。話が進まないからな」
「じゃあ、アルディス。何かあれば、執事さんを頼れ」
「う、うん」
一抹の不安があるが、これが最大限してやれる事だろう。シュンたちの同席が駄目なのだ。執事しか頼る者が居ない。
そして、シュンは談話室を出て、屋敷の外へ向かった。これで、後はフォルトに任せるしかなくなった。しかし、何かあれば飛び込めるように、屋敷の前で待機しておく。そこには、他のメンバーも待機していた。
「よお、ホスト。どんぐれえかかるって?」
「今夜中らしい。まだ、夜にもなってねえ」
「
「そうしねえと、おっさんが治してくれねえんだ」
「知り合いなんだから、別にいいよねって思うけどな」
「まったくだぜ。まあ、執事さんを置いてきた」
「な、なら平気ですね。執事のおじさんは誠実ですから」
「そうだな。俺らは、ここで待機だ」
「許可が取れたんだな?」
「ああ。アルディスの悲鳴が聞こえたら飛び込む」
それぞれの疑問に答えたが、彼らも不安に思っているようだ。今まで仲間として長く行動してきた。ともに戦ってきたので、友達以上の感情はあるはずだ。
ラキシスも賊から助けた時からは、一緒に行動していた。似たような感情は持っているだろう。
「ノックス。
「やめといた方がいいよ。ほら、あの人」
「あいつは強えぞ。やめとけ」
屋敷への入り口には、レイナスが居る。そして、談話室の窓の前には、ポニーテールの女性が居た。
全員で戦えば、レイナスは突破が可能かもしれない。しかし、ポニーテールの女性は無理そうな感じがした。やはり、プロシネンと被る。
「おとなしくしとくか」
「中には魔族も居るしね」
「それでも、アルディスの悲鳴が上がったら覚悟を決めろ」
「う、うん」
(こうは言ったが、戦う気はねえよ。今の俺たちじゃ絶対に勝てねえ。レイナスを突破しても、魔族が居るからな。その場合は、どうするか……)
最悪の場合は、戦う事になるかもしれない。その場合は、負けるだろうと思っている。言葉では覚悟を決めさせたが、本気で戦うつもりはなかった。そして、首に下げた銀のメダルを握り締め、神へ祈るのであった。
◇◇◇◇◇
「ふう。出ていったか」
フォルトは談話室の入り口を見て
「マリも、やり過ぎな気もするが」
「お、おじ、さん……」
「うん? 寝ていていいぞ。まだ、治療は始めない」
「………………」
身代わりになる者を用意していない。召喚した魔物が駄目なので、どうするか考えている最中だ。
「捕まえた魔獣にするか?」
「でも、闘技場で使うんですよねえ」
「一体ぐらい傷ついてもいいと思うが……」
北の平原で捕縛した魔獣の数は多い。キラーエイプだけでも十体は居る。この魔獣であれば、アルディスの傷を移したところで、死なないだろう。
「でもでも、運んでこれませんよお?」
「そうなんだよな。屋敷へも入らないだろうし」
「檻の前でやると、見られちゃいますしね」
運ぶにはマモンが必要だが、彼らが居るので見せられない。中型の魔獣なので、屋敷へも入れられない。アルディスを連れていくと、いろいろと知られてしまう。傷移しの魔法は、対象が遠くでは使えないのだ。
「何か、問題があるようですな」
フォルトとカーミラが悩んでいると、執事が声をかけてきた。
「いや。ちょっとな」
「私で力になれるのでしたら、言ってみてください」
「力と言っても……」
「御主人様。執事ちゃんならいけると思いまーす!」
「ええっ! でも、さすがにそれは……」
「えへへ。聞くのはタダですよお」
「それは、人としてどうなんだ?」
話には割り込んだが、内容の分からない執事は首を
「ちょ、ちょっと来て」
「はい」
フォルトは
「とても頼めるような内容じゃないんだが」
「どうぞ。仰ってみてください」
「アルディスの傷を、執事さんへ移したいのだが……」
「傷を移す……。呪術系魔法ですかな?」
「よく知っているな」
「知識だけですな。あの傷は物理的な傷です。大丈夫ですよ」
「は?」
「吸血鬼は、魔力のこもった攻撃しか効きませんので」
「移すだけだから、魔力はこもってないが……」
「ほっほ。フォルト様の力になるように仰せつかっております」
「俺って、めちゃくちゃな事を言ってるな」
「そのような事はございません。恨みにも思いませんので」
「そ、そうか」
これが吸血鬼だ。真祖であるバグバットも、ポロに食べられて平気だった。その一族の吸血鬼も同じようなものだ。彼より強力ではないが、魔力がこもっていない攻撃なら、すぐに再生してしまう。
「大丈夫ですよ。吸血鬼はアンデッドですので、痛覚がありません」
「なるほど。分かった。なら、貸しにさせてもらうよ」
「ほっほ。魔人様に貸しですか。吸血鬼
(ほんと俺って、人でなしだな。まあ、大丈夫なら借りておこう。バグバットにも返さないとな。ああ……。なんか、駄目男の借金返済のようだ)
借りては返すの繰り返し。消費者金融のいいカモである。しかも、返せているならまだいいが、返していない。バグバットに頼まれたエルフの女王の件を、やっていないのだ。
「じゃあ、戻ろう」
「はい」
フォルトは執事を連れて、談話室へ戻った。そこへカーミラが寄ってきて、耳打ちをしてきた。
「御主人様、ゴニョゴニョ」
「ふんふん」
「ゴニョゴニョ。ちゅ」
「でへ」
「どうですかあ?」
「いいね。じゃあ、食堂に居るから呼びにきて」
「はあい!」
「執事さん。申しわけないが、食堂へ」
「はい?」
せっかく戻ってきたが、カーミラの話でやる事が変わった。本当に、彼女は楽しませてくれる。食堂で、オヤツを食べていれば終わるだろう。
「やらないので?」
「後でな。ワインが残ってるから、休憩しよう」
「はぁ……?」
「ルリ、オヤツとワインをちょうだい」
「あらあ? もう終わったのお?」
「いや。これからだけどな」
「いいわよお。座って待っておいてねえ」
フォルトと執事は休憩に入った。食堂の中には、マリアンデールとルリシオンしか居ない。他の者は見当たらないが、自分の部屋にでも居るのだろう。
そして、オヤツとワインが運ばれてきた。それを執事と味わいながら、カーミラが呼びに来るまで、ゆっくりと待つのであった。
◇◇◇◇◇
「アルディスちゃんだっけ?」
カーミラは、ソファーで横になっているアルディスに問いかける。その顔は満面の笑みだった。きっと、フォルトは喜んでくれるだろう。
「は、はい」
「えへへ。緊張しないでいいよ。今の自分の姿は見た?」
「い、いえ」
アルディスは片言しか話せない。顎が砕けているからだ。そこで、カーミラは鏡を取り出して彼女へ見せる。
「今は、こんな感じでーす!」
「うっ! うぅぅ」
死者に鞭を打つような行為だが、鏡を見たアルディスの目に涙が浮かぶ。空手家と言っても、やはり女性である。治してもらえると知っていても、現状の顔には絶望をしている。
「御主人様が治すんだけどお」
「うっ、うっ……」
「治す方法を黙っててもらわないと、駄目なんだあ」
「うっ、うっ……」
「そこで、黙っててもらう契約を結んでほしいんだよね」
「け、けいや、く?」
「簡単な契約だよ。でも、人に伝えたら、マリをけしかけるよお」
「ひっ!」
「どう? その顔で生きる? それとも……」
悪魔の『
アーシャのようなドン底ではないので、自分が悪魔だと伝えるには状況が弱いのだ。彼女がやっているのは、ペテンである。
「………………」
「三日間だけ屋敷で仕事をしたら、信用して契約を破棄してあげる」
「え?」
「ブラウニーと一緒に、掃除でしょ。料理の給仕もかなあ」
「そ、そんな、事で?」
「他にもあるけど、簡単でしょ?」
「そん、なので、いいなら……」
「えへへ。限界突破は、その後でいいよね?」
「そっちが、よけれ、ば」
「はい! 契約成立!」
カーミラのスキルは発動しない。ただの口約束だ。信用などしていないので、契約が切れたら言うだろう。しかし、それでいいのだ。
「じゃあ、御主人様を呼んでくるね! すぐ治るから安心してねえ」
「は、はい」
カーミラは、アルディスへ笑顔を浮かべながら、談話室を出ていった。向かうところは食堂だ。
(えへへ。他にある仕事の方が多いんだけどねえ)
カーミラは食堂へ近づくにつれて、邪悪な笑みに変わっていく。もしかしたら、アルディスは言わない可能性もある。しかし、そんな事はどうでもよかった。
「御主人様、終わったよお」
「早かったな。でも、いいのかなあ?」
食堂へ入ったカーミラは、フォルトに近づいて完了の旨を伝える。それから腕を引っ張り、立ち上がらせた。
「どっちでもいいですよお。でも、知られるとまずいですよねえ」
「そうなんだがな」
そう。シュンたちに見せなくても、治療を受けるアルディスが見てしまう。魔法で眠らせてもいいが、もっとよい案をカーミラが提案したのだ。
後の判断はフォルトに任せる。御膳立てはしたが、フォルトの決定なら、どちらを選んでも楽しいだろう。そんな事を思いながら、談話室へ向かうのであった。
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