第213話 魔人と神聖騎士1
「クソクソクソ! ふざけやがって!」
【ヒール/治癒】
シュンも信仰系魔法の治癒を使った。神聖騎士になって、使えるようになっている。アルディスは重症だ。右手から骨の破片が飛び出し、顎がつぶれ、右足は変な角度に曲がっている。
シュンとエレーヌ、それとラキシスが治癒の魔法を使っている。そのおかげで、痛みは引いてきたようだ。しかし、ぐったりとしている。
「あの野郎、殺してやる!」
「シュン様、待ってください。やったのは、あの方では」
「黙れ! ここまでされて、黙ってるわけにいくか!」
「あの小せえのを
「今すぐに
「シュン! 今はそれどころじゃ」
「分かってる! まずはアルディスの治療だ」
シュンは鬼の形相だ。しかし、治療に専念する事で、落ち着きを取り戻していく。重傷だが死んではいない。
「シュ、シュン」
「しゃべるな。今は横になっていろ」
「う、うん」
アルディスの痛みが消えたようだ。骨が見えている部分の出血も止まった。しかし、まだ安心はできない。痛みと血が止まっただけで、骨は砕けて破片は体の中に残っている。
「これは……。骨とかは駄目なのか?」
「は、はい。最低でも中級、もしくは上級の治癒魔法が必要です」
「ラキシスは?」
「心苦しいですが、使えないのです」
「エレーヌは?」
「私も無理よ」
「くそっ! 俺も無理だ。手術か?」
勇者候補チームの治療役は、全員が初級までであった。これでは、アルディスは治せない。右足は手術をして、時間をかければ治るかもしれない。しかし、
「えっと、手術は……」
「駄目なのか?」
ラキシスが言う通り、残念ながら医療は発展していない。信仰系魔法があるので、必要がないのだ。医者は居るが、変わり者の変人という扱いであった。
(これじゃ、アーシャと同じじゃねえか! クソクソクソ! )
魔の森では、アーシャを捨てた。このままなら、今回もアルディスを捨てるだろう。治る見込みがなければ、ただの荷物である。
(神殿に寄付なんて無理だ。神聖騎士なら、多少の割引ぐらいはしてもらえるか? いや、それよりも……)
中級魔法であれば、寄付金を稼げるかもしれない。神聖騎士としての権力も使うつもりだった。しかし、そこまで考えたところで、ある人物を思い出す。
(待てよ? アーシャの顔は治っている。おっさんの仕業だよな? なら、元に戻るか? 手を出したのは、あいつらだ)
本来なら謝罪をさせて、治療までさせたい。しかし、マリアンデールの態度を見ると、謝罪は不可能だろう。
「ギッシュ。アルディスを小屋の中へ」
「おう!」
「エレーヌとラキシスは、治癒を続けてくれ」
「「はい!」」
「ノックスは、身の回りの世話を」
「分かったよ」
「アルディス、安静にしとけ」
「う、ん」
シュンがテキパキと指示を出し、彼以外のメンバーは小屋へ入った。そこへ、バグバットの執事が近づいてくる。
「大丈夫ですかな?」
「見ての通りだ。クソ!」
「伝え損ねたようですな。失礼をいたしました」
「なにをだ?」
「マリアンデール様についてです」
「そう言えば……。馬車の中で、何か言おうとしてたな」
「はい。マリアンデール様は、小さい事を気にしていらっしゃいます」
「そうなのか?」
「それを指摘されると、彼女のような目に合わされます」
「やりすぎだ!」
「いえ。かなり手加減をされている御様子」
マリアンデールの
同じ魔族でも似たようなものだ。殺すまではしないが、再起が不能になる者も居たという。人間であれば、なおさらだ。
「ちっ。厄介な女だ」
「どうなさる、おつもりで?」
「おっさんに治療させる」
「ローゼンクロイツ家を頼りますか」
「頼るんじゃねえ! 責任を取ってもらうだけだ」
「駄目でございますな。人間の貴族でも同じでしょう?」
「なんだと?」
「無礼を働いただけで、平民は殺されます。それと同じ事ですな」
「そ、それは」
「魔族は、人間を格下と見ております」
「ちっ。頭を下げろって事か? 向こうに非があるんだぞ!」
「名家の令嬢を不快にさせた。それだけでも……」
「格差か」
「はい」
貴族が平民を
しかし、自分たちの身に降りかかると、なんと理不尽な事か。病気などでもそうだが、自分の身に降りかかって初めて分かるのだ。
「すまねえが、一緒に来てくれるか?」
「そうですな。仲裁ぐらいはさせていただきます」
「うし! 行くか」
シュンは執事とともに、フォルトの待つテラスへ向かう。この始末をどうつけさせるか考えながら、両手で頬をたたき、気合を入れるのだった。
◇◇◇◇◇
(さて、向かい合ったのはいいが……。どうしたもんか)
フォルトは、シュンと向かい合って座っている。場の空気を読んで、隣にはレイナスとソフィアを置いた。椅子の隣が寂しいが、他の身内は屋敷の中だ。この状況でイチャつくのは、さすがに
「あの女は平気か?」
「平気なわけがねえだろ!」
「ああ、そういう意味では」
「けっ。死んじゃいねえよ」
「それは、よかった」
シュンが怒っているのは分かった。話は終わったとばかりに切り上げたいが、そうはいかないだろう。まだ、話は始まったばかりだ。
「この落とし前は、どうつけんだ?」
「落とし前?」
「アルディスをあんなにしやがって」
「こちらも、マリの心が傷ついたからな。おあいこだ」
「はあ? 何、寝言を言ってやがる!」
ハッキリ言って、マリアンデールが傷つくわけがない。たしかにコンプレックスを指摘されたが、アルディスを痛めつけた事で気が晴れている。しかし……。
「魔族の貴族の事は知っているか?」
「知らねえよ。滅亡した国の貴族なんて、ゴミ以下だろ」
「言葉には気をつけろ。穏便に済ませたいならな」
「ちっ」
「魔族は力が全てだ。謝罪をさせたいなら、力で勝つ事だな」
「なんだと!」
「それでなければ、マリは謝らん。もちろん、俺もな」
「ふざけてんのか? おっさん!」
「今は、ローゼンクロイツ家の当主として話をしている」
「うっ」
テラスへ戻ってきた時に、簡単ではあるが、マリアンデールとルリシオンから手ほどきを受けた。それが、この偉そうな態度だ。
「ソフィアさんも、なんとか言ってくれ!」
「シュン様。この場に私が居るのは、二人が異世界人だからです」
「どういうこった?」
「こちらの世界で通用しない事は、多々ありますので」
世界が違うので常識が違う。それは身に染みているはずだ。しかし、知らない事も多いだろう。そのためのソフィアである。
面倒でも、シュンたちは殺せない。彼らと戦う事になる時は、本格的に敵対した時だろう。それまでは、穏便にだ。
「フォルト様の申された通り、魔族は力が全てです」
「………………」
「上位の貴族の風下に立ちたくなければ、力で倒すのが魔族なのですよ」
「なんだそりゃ。倒せば言う事を聞くのか?」
「そうですね。人間では想像もつきませんが」
「じゃあ。おっさんを倒せば、言う事を聞くんだな?」
「え? なぜ、そうなる」
「当主だろ? 今、自分で言ったじゃねえか!」
(た、たしかに言ったが、そんな結論になるのか? シュンには丸く収めようって気がないのか? これだから、若いもんは……)
この事について、若者は関係がないだろう。しかし、この言葉を使う事自体が、おっさんだと自覚させる。頭を抱えそうになるが、ふんぞり返っておく。
「あなたは、私に負けたわね。それで、フォルト様と戦う気ですか?」
「レ、レイナスちゃん」
「フォルト様が相手をする必要はありませんわ。私だけで十分ですわよ」
「そうだな」
「シュン様。落ち着いてください」
今度は執事がシュンをなだめる。今の彼は、正常な判断が難しいだろう。リーダーとして落ち着いてるように見えても、内心は違うはずだ。
「そ、そうだな。冗談だ。争う気はねえ」
「そうですか。冗談も、時と場合を考えるとよろしいですわ」
「ちっ」
これが、レイナスを隣に置いた理由だ。マリアンデールかルリシオンを置いてもよかったが、それだと神経を逆なでするだろう。
そこで、シュンに勝っているレイナスを置いたのだ。同じ人間なので、落ちつかせるのに役立つ。
「ま、まあ。ローゼンクロイツ家の当主と戦いたくば、周りを倒す事だ」
「女に守られてんじゃねえよ!」
「ふふ。その女に負けたわね」
「………………」
「レイナス。その辺にしておけ」
シュンを
「それにしても、あれでは限界突破は無理だろうな」
「当たり前だ! それより、おっさん」
「なんだ?」
「アーシャの顔を治したんだろ? アルディスも治せよ」
「え?」
「それでチャラにしてやる。それで、どうだ?」
「俺はレベル三だ」
「そんなわけねえだろ!」
(もう隠すのは無理だなあ。なら、どれほど強いかを隠そう。それなら、なんとか
今後、レベル三という言い訳は通用しないだろう。逆に、今まで通用していた方がおかしい。そうなると、強さの基準を決める必要があった。
しかし、それはまた今度の話だ。今はアルディスの傷を治せと言ってきている。治すのは簡単だが、呪術系魔法については知られたくない。
「うーん。俺は、信仰系魔法は使えないぞ」
「なら、どうやって治したんだよ?」
「秘密だ」
「ちっ。でも、治せるんだな?」
「神殿じゃ無理なのか?」
「中級魔法か上級魔法が必要だ。寄付する金がねえ」
「ふーん。どうなの? ソフィア」
アーシャの顔は、上級の治癒魔法が必要だった。アルディスの傷は、それよりひどくはないように見えた。そこで、ソフィアの判断を仰ぐ。
「骨折と、右手と顎がつぶれたという話でしたね」
「そう見えたが……。シュン、どうなんだ?」
「その通りだ。右足の骨はくっ付くかもしれねえが、右手と顎は駄目だ」
「どういう感じですか?」
「右手は完全につぶれてる。顎も握りつぶされていた」
「でしたら、上級が必要でしょう」
「中級は?」
「おそらく、骨の形が変わってしまいます」
「なるほどな。なら、上級か……」
「白金貨十枚ですね」
「アーシャと同じかあ」
生きるだけなら、中級でもいいだろう。上級よりも安く済む。しかし、戦い続けるなら駄目だろう。それに、アルディスは若い女性だ。アーシャと同様に精神が病んでいくだろう。
「チャラにするなら、やってやってもいい」
「そう言ってんだろ。じゃあ、すぐに……」
「待て待て。すぐには無理だ」
「なんでだよ!」
(傷を移す相手が居ないなんて、言えないよ!)
残念ながら、呪術系魔法を召喚した魔物に使えない。フォルトの魔力を渡しているので、保護をされている感じだ。物理的な火属性魔法などで殺す事は可能だが、呪術系となると駄目らしい。
「準備をするから、時間をくれ」
「どれぐらいだ?」
「夜までには準備しよう」
「分かった。どうすればいい?」
「屋敷へ連れてこい。やり方は見せられないからな」
「付き添うぞ」
「駄目だ。それを受け入れないなら、この話はなしだ」
「くっ。わ、分かった」
「よし。話は終わりだ。レイナスを迎えに行かせる。戻ってやれ」
「必ず治せ」
シュンは立ち上がり、執事とともに小屋へ戻っていった。それを見届けたフォルトは、溜息をついて立ち上がる。そして、レイナスとソフィアを連れて、屋敷の中へ入って行くのだった。
――――――――――
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