第212話 再会の勇者候補チーム6

 時は、フォルトとギッシュが話をする前に戻る。


 シュンたちの泊まっている小屋の近くで、アルディスは汗を流していた。フォルトの屋敷へ来て一日たったが、森の奥へ行く算段がついていない。


「てやっ! たあっ!」


 各自で方法を考えるのだが、少々頭をリフレッシュしたくなった。そこで、空手の稽古をしているのだった。


「精が出ますね」

「見られると、恥ずかしいんだけど」

「とても興味深いです。駄目でしょうか?」

「冗談よ。見られるのは慣れてるわ」


 ラキシスが見物をしている。こんな稽古など見ても面白くないだろうと思うが、興味があったようだ。

 彼女へ答えた通り、見られる事に抵抗はない。観客の居る会場で試合はやっている。テレビの中継もされていた。それに、モデルの仕事もあった。


「やっ!」


 アルディスが演武を披露する。拳での突きや、足での蹴り。それから受け身と言った基本動作を、緩急をつけておこなう。四、五分の演武だが、乱れのない流れるような動作なので、ラキシスは見入っていた。


「ふぅ。ちょっと休憩」

「あ……」


 ラキシスは、目だけを倉庫へ向ける。肉や野菜などを保存している倉庫だ。最初にシュンたちが来た時、泊まった場所だ。

 アルディスは知らないが、その倉庫のどこかに、シュンとエレーヌが居るはずだ。その場へ邪魔が入らないように、監視をするのがラキシスの役目だった。


「どうしたの?」

「い、いえ。休憩をしたら、また稽古を?」

「うん。ボクの限界突破だからね。調整はしておかないとさ」

「息を整えて差し上げます」

「信仰系魔法? いいよ。こういうのは、自然に任せないと駄目なの」

「そうなのですか?」

「苦しいのを体が覚えないとね。そうしないと、感覚がマヒするのよ」

「で、では、やめておきますね」

「それよりさ。なんか、いい手は浮かんだ?」

「私は、戦いの事は分かりませんので」


 ラキシスは神殿で過ごしていた神官だ。巡礼には出たが、基本的に戦いなどやった事がない。当然のように、作戦など考えられるはずもない。


「昨日は、いい風呂だったわ」

「そ、そうですね」

「ラキシスさんは細いよねえ。ソフィアさんみたい」

「聖女様ですか?」

「いやねえ。元聖女様よ」

「そうでした。今は聖女ミリエ様でしたね」


 ラキシスは異世界人ではないので、ソフィアの事を気軽に呼べない。会った事もなかったので、ずっと聖女として見ていた。

 宮廷魔術師グリムの孫なので、とても緊張してしまう。それは、仕方がないかもしれない。彼女は普通の神官なのだから。


「ああ、寝た寝た。おう、空手家。精が出るな」


 ラキシスと話していると、ギッシュが小屋から出てきた。彼は正面突破を主張しているが、受け入れられていない。頭を使う事は苦手なようで、それ以外の事は考えていないようだ。


「ギッシュに期待しちゃ駄目よね」

「なんだと! オメエは考えたのかよ?」

「考え中よ。浮かばないけどね」

「そんなのは、魔法使いに任せとけよ。俺らは戦うだけで十分だ」

「一緒にしないでちょうだい。ボクは頭がいい方なんだよ」

「けっ! 頭を蹴られすぎて、パーになってんじゃねえのか?」

「残念でした。ボクは頭部への攻撃を、全てシャットアウトしてたよ」

「ちっ。まあいい。俺は、泉の方へ行ってくるぜ」

「顔でも洗うの? いってらっしゃあい」


 ギッシュはグレートソードを担いで、聖なる泉へ向かった。武装を外してもよいのだが、彼は常に緊張感を持っている。何時いつ襲われても大丈夫なようにだ。


「さて、休憩は終わり! 次はスキルの練習ね」

「スキルですか?」

「うん。『気功破きこうは』ってのを覚えてね」


 マードックの道場で修得したスキルである。今のアルディスでは威力がない。稽古によって使えるようにする必要があった。


「こんな感じ。『気功破きこうは』!」


 アルディスは腰を落として、小屋の近くにある木へ向かって正拳突きを放つ。すると、そこから気と呼ばれるものが飛び出して、木へぶつかった。

 威力は小さく、木へ当たった瞬間に、パーンと音がした。残念ながら、木の枝が少々揺れたくらいだ。


「きゃ」

「覚えたばかりだし、威力がないけどね」

「すごいですね」

「そ、そう? ボクも最初は、そう思ったよ」

「へえ。貴方、気を覚えたのね」

「え?」


 ラキシスと話していると、近くから女性の声が聞こえた。アルディスはギョッとして辺りを見回す。すると背後に、銀髪をツーサイドアップにして、二つの大きなリボンを付けている女性を発見した。


「あ、あなたは」

「マリアンデール・ローゼンクロイツよ。覚えておきなさい」

「え、あ……。アルディスです」

「人間の名前なんて、どうでもいいわ」

「は、はい。すみません」


 師匠であるマードックから、絶対に戦うなとキツく言われている。双竜山の森でも、何が何やら分からないうちに、蹴り飛ばされた記憶がよみがえった。


「ま、魔族?」

「そうよ。貴方は、聖神イシュリルの神官ね」

「は、はい。ラキ……」

「貴方に用はないわ」


 この場にいる中で一番小さいが、やけに傲慢ごうまんである。なぜ来たか知らないが、アルディスは慎重に対処をする事にした。フォルトの屋敷へ来るまでの馬車で、戦わないと話していたのだから。


「ボ、ボクに何か用ですか?」

「ボク? ふふ。無手の鍛錬をしていたようだからね」

「空手家ですので」

「聞いているわ。私も無手が得意だからね。興味を持って見ていたのよ」

「そ、そうですか」


 アルディスは緊張をしてしまう。周りに居る仲間はラキシスだけだ。ギッシュは泉の方へ向かった。シュンとエレーヌは見かけない。ノックスは小屋の中で頭をひねっているだろう。


「稽古は終わったので、これから休憩に入るところです」

「稽古? 鍛錬ではないのかしら」

「あ……。同じです」


 実際は違う。千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となすと言う。稽古とは技や芸を工夫する事であり、その稽古を長い時間をかけて続け、極める事を鍛錬という。日本的な考えだが、この世界では同じ意味である。


「そう。異世界人だったわね」

「はい」

「ところで、さっきのが『気功破きこうは』?」

「そうです」

「ふーん。『気功破きこうは』!」


 マリアンデールは腰を落とさずに、拳だけを軽く前へ突き出す。すると、目の前の木に穴が空いた。その後ろの木にもだ。力を込めていないので、折れるほどの大穴ではなかった。


「す、すっご!」

「これが『気功破きこうは』よ。何年もの鍛錬が必要だけど、頑張りなさいね」

「は、はい!」


 アルディスの師匠である、マードックより威力があった。魔族であり、〈狂乱の女王〉なのだから当たり前である。しかし、彼女の強さの一端に触れた事で、そのすごさが理解できた。


「すごいですね! どれ程度やれば、極められるものでしょうか?」

「ふふ。あの程度であれば、五年? 人間なら十年かしらね」


 アルディスは、元オリンピック候補の空手家である。自分より強い者には、敬意を払ってしまう。そして、その技を吸収しようとする。

 これが、強くなるための秘訣ひけつだと思っていた。相手を認め、その技を貪欲に自分のものとするのだ。


「小さいのに、本当にすごい……」

「………………」


 その考えが、アルディスに隙を生ませたかもしれない。マリアンデールは彼女の前へ立って、右手を前に出してきた。


「いい心構えね。握手をしましょう」

「え?」

「ほら、早く」

「は、はい!」


 それをラキシスがボーっと眺めてる間に、アルディスとマリアンデールが握手をする。しかし、その瞬間に鈍い音が聞こえた。


――――――バキバキッ!


「ぎゃああああ!」


 アルディスが悲鳴を上げる。彼女の右手は、マリアンデールによって握りつぶされていた。完全に砕けているだろう。


「うるさいわね!」


 その声を聞いたマリアンデールが冷めた表情になり、アルディスの右膝の皿部分を蹴る。すると、曲がってはいけない方向へ曲がってしまった。


「ぎゃああああ!」


 二度目の悲鳴が木霊する中、アルディスは倒れてしまった。マリアンデールは手を放して、ショートカットの髪をつかみあげる。


「い、痛い、痛い!」

「誰が、小さいですって?」


 その状態のまま、マリアンデールが顔を近づける。それから、もう片方の手でアルディスの顎をつかむ。そして、一気に砕いた。


――――――バキバキッ!


「ぎゃああああ!」

「ふん! 口には気をつけなさい」


 これが、ほんの数十秒の出来事だ。いきなりの事で、ラキシスは座って震えている。マリアンデールは髪の毛から手を放して、アルディスから離れた。彼女は地面へ倒れて、もがき苦しんでいる。


「マリ!」

「テ、テメエ!」


 その時になって、フォルトたちが到着をした。ギッシュがグレートソードを抜き放つ。その瞬間に彼の首元へ、ベルナティオの刀が突きつけられた。


「やめておけ」

「うっ!」

「死にたくはなかろう?」


 ベルナティオの刀に力が入る。その行動は、ギッシュの首に痛みを伝えた。それをもって、彼は動きを止める。


「マリ! 何をして」

「あいつが、私を、その……」

「何?」

「ゴニョゴニョ」

「ああ」


 マリアンデールはフォルトを引き寄せ、顔を近づける。そして、耳元で何かをささやいた。アルディスは、言ってはいけない言葉を言ったようだ。もがき苦しんでいるが、生きてはいる。手加減をしたのだろう。


「やれやれ。治癒は……」

「ア、アルディスさん!」

「アガッ、アガガッ」



【ヒール/治癒】



 正気に戻ったラキシスが、アルディスへ近づいて、治癒魔法を使う。その間に、今の騒動を聞いた者が集まってきた。


「ア、アルディス!」

「アルディス!」

「ど、どうしたの?」


 なぜかシュンとエレーヌが倉庫から出てくるが、彼は鬼の形相で走ってきた。今は剣を持っておらず、丸腰である。その後ろからエレーヌが走ってきて、これもアルディスへ近づき、治癒魔法を使った。


「おい、おっさん! これはどういう事だ!」

「やったのは、その人ではありません!」


 剣を持っていたら、斬りかかってきたかもしれない。そんな勢いだが、素手なので胸倉をつかんできた。しかし、ラキシスの言葉で、殴り掛かってはこない。


「マリが侮辱されたようだ」

「なんだと!」

「ふん! せっかく『気功破きこうは』を見せてあげたのにね」

「ふざけるな!」


 シュンはフォルトから手を放して、マリアンデールに殴り掛かろうとした。しかし、今度はフォルトが、その腕をつかんだ。


「マリに手を出すな」

「て、てめえ。おっさん! これはやり過ぎだろ!」

「そんな事を言ってる場合か? 彼女を見てやらなくていいのか?」

「ぐっ! 覚えてろ!」


 フォルトの言葉で、シュンはアルディスのそばへいった。彼も優先順位ぐらいは分かる。彼女が落ち着いたら、何をされるか分からないが……。


「ティオ。ギッシュを放してやれ」

「うむ。おまえもいけ!」

「死んでねえだろうな?」

「生きてるよ。治療してやれ」

「ちっ」


 ギッシュは舌打ちをして、同じくアルディスのそばへいく。しかし、軽く見ただけだが、彼女は重症だ。下手をすると、ショック死をしていたかもしれない。


「マリ……」

「侮辱されれば、当然よ」

「そうだな。まあ、テラスへ行くか」

「ふふ。だから、貴方は好きよ」

「シュン! 後でテラスへ」

「分かった」


 シュンたちにとっては、仲間のアルディスが苦しんでいる。彼らは、治療に専念するようだ。快方へ向かったら、テラスへ来るだろう。


「さて、どうしたものか」

「怒られるかと思ったわ」

「マリの方が大事だって知ってるだろ。何があっても、マリの味方だ」

「ふふ。後で、ご褒美をあげるわ」

「カーミラ」

「はあい!」

「レイナスとティオも行くぞ」


 フォルトたち五人はテラスへ向かう。面倒事と言えば面倒事だが、身内が一番大事である。たとえ、マリに非があっても味方である。しかし、この状況はアーシャと重なる。それに、アルディスの傷は重症だ。

 その後は、さまざまな事を考えながら、テラスへ到着した。それから他の身内を呼び、先程の出来事を、話しておくことにするのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る