第210話 再会の勇者候補チーム4
「来たようじゃぞ」
テラスでくつろいでいるフォルトは、膝の上に座っているニャンシーの頭を
「大型の馬車か」
「御爺様から貸していただいてる馬車と同型ですね」
「じゃあ、あれも高いのか」
「そうですね。ところでフォルト様。『
「そうだった。『
隣に座っているソフィアから指摘を受けて、おっさんの姿に戻る。横幅が太くなり、おなかがポッコリと出てきた。そして、ニャンシーを地面へ降ろし、そのおなかをポンポンとたたく。
「ふふ。プニプニしています」
「恥ずかしいからやめてくれ」
「
「俺の影に隠れていてくれ」
「うむ。分かったのじゃ」
ソフィアとの初めては、おっさんの姿だった。そのためかどうか分からないが、おなかをプニプニするのをやめない。
それはそれとして、そろそろ出迎える必要がある。フォルトはニャンシーを隠し、ソフィアの手を取って立ち上がった。
「あら、出迎えるのですか?」
「仕方なくな。一応、屋敷の主だし」
(焼き肉騒動の時に会ってるしな。俺の身内たちだけで会わせて、またタガを外されても困る。引き籠りのリハビリもやれてるしな)
「最悪は、ルリとバトンタッチだ」
「いいわよお。燃やしちゃうかもしれないけどねえ」
「ルリがやらなくても、私が斬りますわよ」
「物騒な事を言う。ほら、二人もついてこい」
同じテーブルに居た、レイナスとルリシオンも連れていく。他の身内は屋敷の中だ。カーミラには、雑用をしてもらう。
「さて……」
テラスから離れたところで出迎える。そこが境界線という事だ。彼らには、その境界線より手前で活動してもらう。
馬車を見ると、御者はおとなしそうな女性だった。たしか、エレーヌと聞いた記憶がある。その隣には、シュンが乗っていた。
そして、馬車が止まる。フォルトは、その場から動かない。すると、馬車の中から、バグバットの執事が降りてきたのだった。
「久しぶり」
「これは、フォルト様。前回はあいさつもできず、申しわけ……」
「いいって。俺が居なかっただけだからな」
「今回も御世話になりまする」
「歓迎する。でも、ここが境界線だ」
「分かりました。その旨は徹底させていただきます」
執事とは、バグバットの屋敷で世話になった。優秀な執事だと知っているし、バグバットとも良好な関係を築けているので問題はない。
「よう、おっさん。久しぶりだな」
執事と話していると、シュンを先頭に勇者候補一行が降りてきた。そして、シュンだけが近づいて話しかけてくる。
「シュンか。いろいろと複雑だが」
「その件については謝るさ。すまなかったな」
「そうか。そちらから謝罪があるなら、受け入れるよ」
「勝手に屋敷へ入ったしな。レイナスちゃんも悪かったな」
「フォルト様が受け入れるなら、私としては何も」
頭を軽く下げただけだが、シュンは謝罪をしてきた。事を荒立てたくはないので、それは受け入れておく。しかし、内心ではポーズだろうと思っている。日本に居た頃の、動画投稿者の謝罪が思い出された。
これについての
「今回も、倉庫を貸してくれるのか?」
「いや。簡単な小屋で悪いが、作ってある」
「おっ! 気が利くな」
「あそこだ。まあ、六人なら平気だろう」
フォルトの指した場所には大きな小屋があった。召喚された時のロッジは狭かったが、この小屋は大きく作ってある。
しかし、木材の質が悪いので、住み心地は悪そうだった。幽鬼の森の木は、生命の息吹を感じないほど枯れているからだ。
「あのロッジよりはマシだろう」
「そ、そうか。まだ怒ってんのか?」
「当たり前だと言いたいが、それについては水に流しといた」
心が狭いので、本当は水に流したくないが、もう幸せなので気にしなくなった。現金なものと思っているが、いまさら蒸し返す気はなかった。
「そっか。悪かったな」
「執事には言ったが、ここより屋敷へ近づくなよ?」
「風呂を借りてえんだけどよ」
「女性陣ならいいぞ。レイナスを案内に付ける」
「それで構わねえよ。男なんて、そこの泉で十分だ」
その辺の認識は、日本に居た時のままだ。女性優遇ではあるが、その考えは改める必要はないだろう。身内も風呂は好きだ。
「それより、人数が増えたのか?」
「ラキシスだ。神官だから、治癒を任せている」
「へえ。やっぱり、治癒魔法を使える者は必要だな」
「なんの事だ?」
「こっちの話だ。肉を提供するから、ツッパリは頼む」
「あ、ああ。もう暴走させねえ」
(今回は大人しくしてもらいたいもんだ。今のうちに餌を与えるから、近づかないでほしい。っと、後はあれか)
「持っていってもらう魔獣なんだが」
「居るのか? 運ぶのは依頼だから運ぶが」
「あっちに檻があるだろ?」
「ああ」
今度は聖なる泉の近くにある檻を指さす。三十個はあるだろうか。それも、中型が入っているので大きい。
「なあ」
「なんだ?」
「あれ、全部か?」
「そうだな。あれだけ居れば足りるだろ」
「どうやって運ぶんだよ!」
「え?」
「俺らの馬車じゃ、一個しか持ってけねえぞ!」
「あ……」
シュンたちの乗ってきた馬車と、檻を見比べる。たしかに運べないだろう。捕まえる事しか考えていなかったので、運ぶ事を失念していた。
「しかも、デカくねえか?」
「中型だからな」
「四頭引きじゃねえと、無理じゃね?」
「そ、そうかもな!」
「フォルト様。よろしいですかな?」
ここで、執事が間へ入る。まるで、お助けバグバットのようだ。この執事が居ると、なんとなく安心感を覚えてしまう。
「アルバハードから人足を出しましょう」
「い、いいのか?」
「シュン様たちでは、運べませんからな」
「そ、そうだな。なんか、またバグバットに……」
「シュン様も、それでよろしいですかな?」
「俺らは構わねえよ。逆に助かるってもんだ」
「では、これから呼び寄せますので」
「どうやって?」
「ソフィア様を、お貸しください。ハーモニーバードを……」
「は、はい!」
執事とソフィアは、テラスへ向っていく。境界線から入れないのはシュンたちだけだ。風呂は許可したが、その場合は、レイナスの案内を付ける事にした。
「あはっ! 用は済んだあ?」
「ちっ。済んだぜ」
ルリシオンが、顎を上げ腕を組んで、シュンを見下している。まさに、上から目線だ。挑発しているのかと思ってしまうほどである。
しかし、彼女の言葉にシュンは乗らない。舌打ちをして遠ざかっていった。彼は馬車まで戻って、与えられた小屋へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇
「ルリ、喧嘩を売りたかったのか?」
テラスへ戻ったフォルトは、いつものテーブルを囲んで、ルリシオンに話しかけた。ソフィアは別のテーブルで執事と話している。レイナスは隣に座り、もたれかかっていた。
「そんな相手じゃないわあ」
「そうか」
「力不足は分かっているようねえ」
「まあ、デルヴィ侯爵の使いだ。面倒は起こすな」
「人間の貴族なんて、知ったこっちゃないけどねえ」
「ルリ」
「冗談よお。でも、ローゼンクロイツ家の当主であるならねえ」
「あれぐらいはやれってか?」
「あはっ! その通りよお」
「分かった、分かった」
ルリシオンの伝えたい事は分かった。日本という同郷の人間でも、魔族の名家として振る舞えと言う事だ。そう身内が望むなら、そうするべきだろう。
「ふふ。フォルト様は、お優しいですから」
「俺の優しさは、おまえたちだけに向けられているぞ」
「ちゅ」
「むほっ!」
隣のレイナスから、頬へ口づけをされて喜んでしまった。今回は彼女が一番働くだろう。双竜山の森のように、彼らの相手をしてもらう。
「次に挑まれたら……」
「分かっていますわ。適当にあしらって、受ける事はしませんわ」
「それでいい」
「ですが、何日ぐらい居るのかしら?」
「アルバハードの人足次第だと思うぞ」
「すぐに準備は、無理だと思われますわね」
「そういう事だ。アルディスの限界突破次第もあるな」
「一週間ほど見ておけばいいですわね」
「それぐらいかなあ」
(多めに見て、そんなもんか? 前ほど拒否反応は少ないからいいが、さっさと帰ってもらいたい。でも、魔獣は捕まえすぎたか……)
フォルトは反省をする。マモンの性能がよすぎたため、調子にのってしまったようだ。一種類につき二体で十分だったかもしれない。
「あの魔獣たちって、人間でも勝てるよな?」
「闘技場でしたら、出場する人間によっては勝てますわね」
「キラーエイプの推奨討伐レベルは三十五だったな」
「そうよお。同レベル以上の一対一なら、いい勝負をすると思うわあ」
「そっか。まあ、興行主次第だな」
「人間が死ぬ方が盛り上がるわよお」
「それは魔族……。いや、そうだな。人間も盛り上がるか」
闘技場の雰囲気は独特だ。格闘技の試合とは違う。生々しい肉と血が飛び交う檻の中である。観客のアドレナリンは大量に分泌され、熱狂とともに、死の現場で酔いしれるだろう。
「救いようがないなあ」
「救う気なんてないでしょお?」
「言葉のあやだ、あや。救う気なんて、これっぽっちもない」
「それでしたら、そろそろ出場を目指して準備ですわね」
「準備?」
「準備といいますか、目標ですわね。そこへ目指して調整しますわ」
「そうだな。そのあたりは、ティオの方が詳しいだろう」
「ええ。調整の仕方などは、聞いておきますわ」
ベルナティオは、帝国の闘技場で優勝した猛者であり、出場を禁止された者だ。彼女に匹敵する者が居ないのが原因である。
「そう言えば、人間の強者って居るの?」
「居ますわよ。国の中枢へ入っているので、出場は無理ですわね」
「たとえば?」
「エウィ王国ですと、〈ナイトマスター〉のアーロン様」
「ふむふむ。カッコいいな」
「帝国であれば、帝国四鬼将筆頭〈鬼神〉ルインザード様」
「帝国……。ルリは戦った事がありそうだな」
「ないわよお。帝都に引き籠っていたわあ」
「前線に出なかったのか」
「当時の皇帝がビビッて、出さなかったって聞いたわよお」
「マリとルリは、どんな暴れ方をしたんだ?」
「それは、ベッドの中でねえ」
「でへ」
〈剣聖〉ベルナティオが居るように、数は少ないが、人間にも強者は居る。元勇者チームのプロシネンも居るし、砂漠の国の王セーガルも強いらしい。魔剣を持っている人間だ。弱いはずはないだろう。
「中堅どころも、ゴロゴロ居ますわよ」
「なるほどな。人間も捨てたもんじゃないと?」
「捨ててもいいですわ。私も悪魔になって捨てますので」
「そ、そうだな!」
――――――ピィ、ピィ
そこまで話したところで、ソフィアの召喚したハーモニーバードが飛んでいく。それと同時に執事が立ち上がり、フォルトへ近づいてきた。
「フォルト様。数日後には到着すると思われます」
「すまないな。ほんと、バグバットには……」
「お気になさいますな。主人は楽しんでおられます」
「そ、そうなんだ」
「では、私はこれにて」
何を楽しんでいるかは分からないが、バグバットはフォルトの理解者のように見える。信用をしたわけではないが、魔人だと知っている者だ。各国へ流布されていないので、約束は守っているようだった。
(まあ、人生の先輩って感じだしな。おっさんになってから、そういう者に出会うとは思ってもいなかったが……)
フォルトにとってのバグバットの立ち位置が分かってきた。何百年と生きている吸血鬼の真祖なので、習う事は多そうだ。
わざわざ手ほどきを受ける気はない。しかし、よき関係を築いておこうと、心の中で思っておくのだった。
――――――――――
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