第209話 再会の勇者候補チーム3
勇者候補チーム一行は、アルバハードで吸血鬼の執事を乗せ、再び幽鬼の森へ入った。この執事が居ないと、無数のアンデッドに襲われてしまうのだ。
「気を修得されたようですな」
「はい! 紹介してくれて、ありがとね」
アルディスが執事に礼を言う。彼に紹介されなければ、こんなに短期間で修得するのは不可能だっただろう。
「いえいえ。道場を取り上げる代わりでしたからな」
「し、師匠って……」
「あの土地は貸しただけです。滞納がひどかったですからな」
「あれ? じゃあ、代わりって」
「デルヴィ侯爵様への贈り物ですな」
「そ、そうなんだ。いいのかな?」
「隣接する領地の領主様です。仲良くするのは、当たり前でございます」
マードックの滞納金など、たいした金ではない。それよりも、デルヴィ侯爵へ恩を売った方がよい。その程度の判断は、バグバットから任されていた。
「それで、森のどこにファントムが居るんだ?」
「それは、フォルト様の屋敷へ着いた後で」
「言えねえのか?」
「いえ。屋敷より先ですから」
「ああ、そういう事か」
「まずは、作戦を練られるとよろしいでしょう」
「そうだな。でも、作戦って言ってもな」
「私は行きませんので、アンデッドが襲ってきますよ」
「来てくれねえのか?」
「残念ながら。そのような話は、受けておりませんので」
「た、たしかにそうだけどよ」
「私は、バグバット様の執事でございます」
シュンは期待していたが、言われてみれば執事の言う通りだ。フォルトの屋敷までの案内は受けたが、それ以上の事はやれない。
やってもらうには、執事の上司に許可をもらう必要がある。つまり、アルバハードの領主であるバグバットだ。
「それなら、打ち合わせは必要だな」
「おじさん、来てくれないのかあ」
「いいじゃねえか。アンデッドなんて、俺がグチャグチャにしてやんよ」
「ギッシュに任せるわ! ボクは触りたくないからね」
「いや。戦えよ」
「嫌よ! ボク、素手だよ? あんな腐った死体なんて触れないよ」
「はははっ。ギッシュの負けだな」
「けっ! いいよ、やってやんよ!」
ギッシュは落ちついたようだ。普段と変わらないやり取りになった。シュンの事を見定めているだろうが、トラブルになる事はなさそうだった。
「そう言えば、信仰系魔法を使えるようになったの?」
「使えるぜ。治癒や防御魔法だな」
「すごいね!」
「初級だけどな。これも、聖神イシュリルの導きってやつだ」
「ちょっと。宗教にハマんないでよね」
「そうは言っても、実際に声が聞こえるからな。なあ、ラキシス」
「神は実在します。ですが、信仰を強要するものではありませんよ」
「そういうこった」
シュンは、聖神イシュリルの信者になっている。称号の「神聖騎士」は、その証とも言える。信仰系魔法が使えるのも、そのためだ。
「強要されなきゃいいよ。目的は変わらないんでしょ?」
「そうだな。勇者級を目指すのと、魔物の討伐だ」
「魔物……。魔族は?」
「魔族もだ。まあ、無理な戦いは仕掛けねえよ」
「シュンは慎重派だからね」
「そうだぜ。もう無理な戦いはしねえ」
「もう?」
「ああ。おっさんの近くにいる魔族とちょっとな」
「へえ。初めて聞いたけど?」
「負けた事を言うのが、恥ずかしかったからな」
「おう、ホスト。どっちに負けたんだ?」
「安心しろ。大きい方だ」
魔の森での出来事は黙っていた。たしかに恥ずかしいが、それ以上にアーシャを見捨てた事を話せなかったからだ。
しかし、今後も会う事になりそうなので言ってしまう。もちろん、見捨てた事は言わない。おそらくアーシャも、仲間に言う事はないだろうと考えている。
(アーシャは……。アルディスたちには言わねえな。あいつにとっても恥ずかしい出来事だ。冒険者を殺し、馬鹿にしてたおっさんを頼ったなんてな)
「んじゃ、あの魔族の女どもは共通の敵ってわけだ」
「共通と言っても、ギッシュは小さい方だろ?」
「おうよ! 大きい方はくれてやんよ」
「皆様方は、ローゼンクロイツ家を御存知で?」
ギッシュと話していると、執事が話に割り込んできた。この執事は、シュンたちの知らない事を知っている。ここは、話すべきだろう。
「聞いた事はねえな」
「シュン。座学で……」
ノックスがツッコんでくる。そう言われると、聞いた事もあったかもしれない。シュンは座学に関して、
「ま、魔族の名家と聞いていますよ」
「そ、そう、それだ! エレーヌも知ってたか」
「当たり前よ。アルディスは知らないだろうけど」
「へへ。空手家に、何を期待しているのかな?」
「もう!」
シュンを含め、前衛の三人は脳筋だ。しかし、誰かが知っていればいいので、その事については気にしていない。聞けば済む話なら、別にいいのだ。
「よろしいですかな?」
「あ、どうぞ」
「ノックス様のおっしゃった通り、魔族の中でも上位の家でございます」
「それで?」
「話に出ていた姉妹は、そのローゼンクロイツ家の御令嬢です」
「へえ」
「魔族は力のみで家格が決まります。よって……」
「げっ。まさか、超強いって事?」
「はい。魔王の次に強い家でございましたな」
「ございました? 過去形か」
「十年前の当主は、六魔将筆頭のジュノバ様です」
「なるほど。だから、魔王の次か」
「現当主は、今から向かう屋敷の主ですな」
「って事は……。まさか、おっさんか!」
「はい。御存知、なかったので?」
執事は、シュンたちが知っているものと思っていた。三国会議で、各国の首脳や重鎮の前で宣言していたのだから。
しかし、シュンたちは何も知らされていない。今の彼らの状態は、開いた口がふさがらない状態だ。
「マ、マジかよ!」
「デルヴィ侯爵様は、知っておられるはずですが?」
「なんも聞いてねえよ」
「それは、申しわけありませんでしたな。ですが、いずれ知れ渡るかと」
「や、やっぱり。あの人たちはおかしいって!」
「おっさんって、そんな強えのか?」
「強いかどうかは分かりかねます。ですから、過去形ですな」
「な、なるほど。でも、召喚された時は、レベルが三だったぞ?」
(ど、どうなってんだ? あんなキモいおっさんが、強えはずが……。いや、もし強かったと仮定すると……)
シュンは何も聞かされておらず、召喚当時の状態でフォルトを見ている。しかし、それを抜きにすれば、
魔の森に住んでいた事。魔族を手なずけている事。グリムから双竜山の森を提供されている事。召喚した魔物を使役している事などだ。
「それについては、分かりませんな」
「やっぱ、洗脳か?」
「はて。何の話か分かりませんが」
「いや、こっちの話だ」
「あなた方にとって、この世界は特殊だと存じ上げます」
「そうだな。俺らの居た世界とは全然違げえ」
「この世界では、何が起こるか分かりません」
「そ、そうだな」
「私とて、元は普通の人間。吸血鬼になってからは……」
「まあ、あんたも強いんだろ?」
「普通の吸血鬼以上の強さは、持ち合わせておりますな」
「そっか……」
シュンは、考えを改める必要があると感じた。これは、神の声を聞いた事が大きい。執事の言う通り、何が起こるかは分からない。
それに、警戒しすぎるのは悪い事ではない。もし弱いままなら、それはそれでいいのだ。逆に強かった場合、弱いと思い込んでいる方がまずい。
「それと、姉妹の噂は御存知で?」
「いや。そういやソフィアさんが、〈爆炎の薔薇姫〉って言ってたな」
「知らぬは、命を落としますぞ」
「は?」
「たった二人で、帝国軍を
「げっ!」
「軽々に戦うなどと言うものでは、ございませんぞ」
「な、なるほど。忠告をしてくれていたのか」
「デルヴィ侯爵様の使いの方々。死なれては、主の面目に関わります」
「わ、分かった。忠告は肝に命じておく」
「左様ですか」
執事の忠告はありがたい。たしかに知らないままなら、戦いを挑んだかもしれない。今の時点では挑まないが、強さの水準を上げる必要があった。
(あぶねえ。これも聖神イシュリルの導きか? 聞いてなきゃヤベエところだった。慎重に慎重を重ねないとな……。くそ、おっさんめ!)
この事に関しても、フォルトに
「シュン、どうしたの?」
「いや、なんでもねえ。今は戦えねえよ」
「分かってんよ。喧嘩は売らねえ。だが、殺すのを諦めたわけじゃねえ」
「知ってるさ。人間は魔族に勝ってんだ。やれなくはねえ」
「あたりめえだ!」
この話を聞いて、ギッシュが諦めるわけがない。このツッパリは硬派で不器用だ。一度決めた目標を捨てるはずがなかった。
「〈爆炎の薔薇姫〉が居るって事は、あの小さい魔族は〈狂乱の女王〉?」
「左様でございますな。それと……」
「おい! 見えてきたぜ」
「相変わらずの幽霊屋敷だね」
「ま、また倉庫ですかね?」
「だろうな。まあ、今度は風呂も貸してもらわねえと」
「そうだね。数日は厄介になるからね」
「私は初めてお会いしますが」
「俺らと同郷のおっさんだ。近づくんじゃねえぞ」
執事は何かを言おうとしていたが、フォルトの屋敷が見えた事で遮られてしまった。そして、シュンたちは、話そうとしていた事に気付いていなかった。
「まあ、よろしゅうございましょう」
「執事さん。なんか言ったか?」
「いえ。どうか、ご自重を」
「分かってるって。でも、同郷の日本人だ。なんとかなるさ」
「そうそう。おっさんも悪い人じゃなかったしね」
「あのおじさんは、破廉恥だから近づかないわ」
「そ、それはアルディスが悪いんじゃ」
「
「そ、そうですね」
今度はフォルトが居るはずだ。魔族の姉妹は怖いが、彼は同じ日本人だ。多少は警戒するが、そこまで怖くはなかった。
(でも、おっさんがローゼンクロイツ家の当主か。魔族の姉妹を手なずけてるぐらいだ。強さは分かんねえが、警戒は
しかし、シュンだけは違った。日本人だからと気を許せない。それを、この場で共有したくても時間がない。
とにかく、フォルトの相手はシュンがやらないと駄目だろう。そんな事を考えながら、幽霊屋敷へ近づいて行くのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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