第207話 再会の勇者候補チーム1
「はあっ!」
皮鎧を着た女性が、背中を見せながら回転して蹴りを放つ。その蹴りは、模擬戦をしている男性の顔面を
「ふん!」
その男性は片手をあげて、蹴りを受け止める。しかし、女性は蹴りの勢いを止めずに、もう片方の足で蹴りを重ねた。コマが回転したような感じだ。
「はっ!」
「ぬんっ!」
受け止めた男性は、追撃できた蹴りを、反対の手のひらで弾く。これで両足を弾かれた女性は、背中から床へ落ちていった。
「よっ!」
しかし、女性は片手を地面へ付け、そのまま男性とは反対方向へ転がった。そして、素早く起き上がるのだった。
「ふぅ。当たったと思ったのになあ」
「甘いぞ、アルディス! だが、いい蹴りだったぞ」
「ふふん。気の使い方はマスターしたよ!」
「そのようだ。ワシも、骨を
「マードックさんは、手加減がないからね」
「ふん! 短期間で修得させるのだ。手加減をしたら、身につくまい」
マードック。アルバハードで道場を開いている格闘家だ。筋肉の塊ではないが、ガッシリした体格である。歳は五十歳をこえているそうだ。アルディスは、バグバットの執事に紹介されて、この道場の門をたたいたのだった。
シュンたちが戻ってくるまでに、気を修得するためだ。本来であれば何年も必要だが、彼女は元オリンピック候補の空手家だ。基礎はやれている上、格闘家としても成熟していた。
「まさか、半月で修得するとはな」
「へへ。おぼろげには分かっていたからね」
「マードック流を名乗る事を許してやる」
「い、いえ。遠慮しておくわ」
「なぜだ!」
「そ、その……。ダサいし」
「なんだと!」
マードック流。残念ながら、門下生は居ない。なぜかと言うと、彼の鍛錬についていけないのだ。手加減を知らず、常に全力投球で教えるのだ。マードック流の門をたたいた者は、全員が逃げ出した。
「カードを見てみろ」
「え?」
「いいから」
「は、はい」
アルディスは、道場の端に置いてある荷物の中から、カードを取り出す。そして、いろいろと確認した。
「げっ!」
「名乗ってもいいぞ」
「称号に、「マードック流免許皆伝」って書かれてるんですけど!」
「だははははっ! 免許皆伝だ!」
「だから、書いてあるって!」
そっと荷物へカードを戻したアルディスは、諦めたように首を振る。こんな称号は見せられないとでも言いたげだ。
「しかし……。女性のくせに、ここまで強いとはな」
「女性は余計よ。ボクだって戦えるんだからね!」
「まあ、居ない事はないからな」
「へえ。誰?」
「エウィ王国の、リゼット姫の御付きのやつだ」
「名前は?」
「たしか……。グリュー、グリュー」
「グリューさん?」
「格闘家ではないがな。戦うという意味だ」
「なるほど」
「他にも、たくさん存在する。〈剣聖〉なんかも女性だな」
「〈剣聖〉? って、居るんじゃない!」
「だははははっ! ワシが知っている中でだ」
「はぁ」
マードックは、いつでも元気がいっぱいだ。とても五十歳をこえているとは思えない。しかし、これも気のおかげらしい。
うまく制御する事で、若さを保つという話だった。それは肉体的であって、老化を防ぐものではない。それは、日本を思い出すと理解できた。
(肉体を鍛えているおじさんなんかは、見た目も若いからね。それが気によって、余計にそうなるって事よね)
「では、最後に。この板を割ってみろ」
「はい!」
マードックが持ってきた板は、細い棒に取り付けられて、道場の中心へ置かれた。それを見たアルディスは、深呼吸をして腰を落とす。そして、右手の拳を引いたのだった。
「『
アルディスは、板へ向かって正拳突きを放つ。これが新しく覚えたスキルだ。このスキルは、気を飛ばすというものだ。
彼女の拳から飛ばされた気は、板へ直撃した。しかし、細い棒がしなり、板とともに奥へ
「飛ばせるだけで十分だ」
「そうなんですか?」
「ワシぐらいになれば、棒がしなる前に割るがな」
「修行を続けろって事ですね」
「その通りだ。武の道に終わりはない。常に修行だ!」
「分かりました!」
マードックは、仁王立ちで腕を組んでいだ。とても熱血漢である。記憶にある誰かを思い出してしまった。
「それと、これだけは伝えておく」
「なんですか?」
「この世界には、〈狂乱の女王〉という魔族が居る」
「へ、へえ」
「絶対に戦うな。『
「ええ!」
「驚くな。上には上が居る。居るが、戦おうとは思うなよ」
「は、はい」
〈狂乱の女王〉には、心当たりが大ありだ。これからシュンたちと合流して向かう場所に、居るはずであった。
「それと」
「一つじゃないんですか?」
「うるさい! オカマの魔族が居る」
「はい?」
「オカマの魔族だ。これも、戦うな」
「はぁ……」
オカマの魔族には心当たりがない。しかし、オカマでも魔族なので、いずれ戦うかもしれない。勇者は魔王を倒した。ならば、勇者候補であるアルディスは、魔族と戦う必要があった。
「アルディスが勇者候補でもな」
「でも、魔族は討伐するんですよね? 国からは、そう言われていますよ」
「それは、他の強い者に任せておけばいい。いいな、戦うな」
「強いんですか?」
「〈狂乱の女王〉の兄弟子って話だ」
「げっ」
「出会ったら、姉弟子と言ってやれ。そうしないと殺される」
「は、ははっ……」
「だははははっ! 冗談だ」
マードックは笑っているが、アルディスは笑えない。最低でも、〈狂乱の女王〉とは会う可能性がある。前回は幽鬼の森に居なかったが、戻っている可能性が高い。気を覚えた事で、〈狂乱の女王〉の恐ろしさが分かってきた。
「アルディスの仲間が来るまでは、修行を続けるぞ」
「はい!」
マードック流に休みはない。常に修行だ。休憩ぐらいは入れるが、それも短時間で済ませる。それでも、日本で在籍していた実業団よりは、
とにもかくにも、気を修得した。次は限界突破のために、ファントムを討伐するだけだ。アルディスはシュンが迎えに来るのを楽しみにしながら、修行に明け暮れるのであった。
◇◇◇◇◇
「カーミラ。マリとルリなんだが」
幽鬼の森へ戻ったフォルトは、カーミラとともに、捕縛した魔物の檻の前を歩いている。二十個ほど作ってあったが、全ての檻が使われていた。
「駄目でーす!」
「駄目なんだ」
「堕落の種を食べたらいいですよお」
「ああ、そういう事か」
「えへへ。マリとルリは強いですけどね!」
マリアンデールとルリシオンのおねだり。それについて聞いてみたが、今の状態では駄目らしい。この件については、カーミラが了承しなければ、やらないつもりだった。それは、姉妹にも伝えてある。
「じゃあ、堕落の種を食ったらだな」
「はい! ただの確認だったみたいですね」
「なるほど。計算高いな」
「姉妹らしいです!」
「そうだな」
姉妹はプライドが高い。そして、家の名に誇りを持っている。そのおかげでローゼンクロイツ家を名乗るようになったが、すべては計算ずくだ。しかし、それも笑って許してしまえるほど、彼女たちを愛している。
「ところで、トロールはいいんですか?」
「あ……。そう言えば、居なかったな」
「オーガ並みの知能はありますからね。魔獣に混じってはこないですよ」
「もう行く気はないけどな」
「パワーレベリングのついでで、いいと思いまーす!」
「そうだな。マリとルリには言っておこう」
「絶対に忘れるので、私が伝えますねえ」
「あっはっはっ!」
フォルトは笑いながら、カーミラを抱き寄せる。この小悪魔は、本当に居なくては困る存在だ。完全に依存していた。
「主よ」
カーミラとイチャイチャとしだしたところで、ニャンシーが現れる。リリエラには同行させずに、屋敷へ残ってもらったのだ。
「きゃー! ニャンシーちゃん、もふもふ」
「こ、これ、カーミラよ。やめるのじゃ! にゃあ」
「ゴロゴロ」
「ゴロゴロ」
フォルトから離れたカーミラは、ニャンシーに抱きあげる。そして、いつものもふもふ成分の補充だ。相変わらず、愛くるしい。
「ゴロ……。では、ないのじゃ!」
「どうかしたか?」
「どうもせぬが、報告じゃ」
「リリエラか」
「うむ。
「そっか。なら、いい」
「過保護じゃのう」
「ははっ。ロストをしたくないだけさ」
「それ以外の報告は要らんのじゃろ?」
「うむ。それは、リリエラから直接聞く」
フォルトは、身内以外を信用していない。ニャンシーは屋敷へ残したが、眷属のケットシーに監視をさせていた。
もし危険な場合は、ケットシーの能力で、リリエラを逃がすためでもある。ニャンシーの眷属は弱いが、潜伏能力だけは超一流だ。
「それと、あの人間たちじゃがな」
「うん」
「アルバハードへ到着したようじゃ。そろそろ来るの」
「そっか。この魔獣たちとも、お別れだな」
「飼いますかあ?」
「いや、要らん」
「「グルルルル」」
いくら
「ニャンシー。引き続き頼む」
「魚を要求されたのじゃ」
「眷属なのにか?」
「仕事はするが、やる気の問題じゃな」
「猫だしな」
「猫、言うな!」
(眷属のやる気かあ。そういや、ルーチェとクウだな。ルーチェは好き勝手に研究してるからいいが、クウが暇そうだな)
クウの管理している魔の森の奥地は、グリムの飛び地だ。このあたりも、そろそろどうにかしたい。フォルトとの約束をグリムが守っているので、その返礼の意味で配置しているだけだ。客将になったので、対応を変えたいところだった。
「グリムの爺さんと言えば、ソフィアだな」
「はあい!」
「うむ。課題をやっておるはずじゃ」
ニャンシーはレベル三十だが、持っている魔法は多種多様だ。
そんな彼女とカーミラを連れて、考え事をしながら魔獣たちに背を向ける。最近のフォルトは、持っている戦力を分析していた。それは身内だけではなく、眷属も含めてだ。
「さて、配置と組み合わせか。理想は、こうして、ああして……」
これからエルフの集落へも行くので、屋敷を留守にする事が多くなる。戦力の配置などを考えるのは必須だ。これは、ゲーム感覚なので飽きる事はない。その配置をどうするか考えながら、テラスへ向かうのであった。
――――――――――
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