第206話 アーシャ日記2

「あたしの限界突破よ!」


 幽鬼の森へ戻ったアーシャは、レベルが三十になっていた。北の平原でカーミラとマモンを待つ間に、何回か魔獣に襲われた。

 マリアンデールとルリシオンを基軸にして、それをせっせと倒したのだ。一緒に居たソフィアも後衛のため、なんの危険もなくレベルを上げたのだった。


「ほう。あれで上がったのか」

「うん! 上がってたよ」

「レベル三十までは、パワーレベリングでいいのかな?」

「パワーレベリングって何?」


 横で寝ているフォルトへ顔を近づけながら、分からない言葉の意味を聞いた。実は知っているが、彼を喜ばせるために聞いたのだ。


「強い者と一緒に、自動狩りをやるようなもんだ」

「へえ。よく知ってるね! ちゅ」

「でへ。まぁ、ゲーム用語だからな」


(もう離れないよ! フォルトさんより強い男なんて、居ないっしょ。ルリ様と戦ったような、あんな思いは嫌!)


 周りが身内だけなら、フォルトは『変化へんげ』を使い、若い姿で居てくれる。おっさんが好きになったわけではない。今でも虫唾が走るほど嫌いだが、彼だけは特別だ。他のおっさんが言い寄ってくれば、ボロクソに言う事だろう。

 そして、彼の強さは目に焼きついている。そばから離れなければ、この世界で生きていける。


「じゃあ、シェラに神託を聞かないとな」

「うん! 後で聞いてくるよ」

「後で?」

「運動しよ? 運動」

「でへ。いいよ」


 こういう事は嫌いではない。しかし、日本に居た頃はガードが固かった。初体験はシュンだ。ギャルだからと言って、尻が軽いわけではない。見た目で誘われたが、すべてそでにしていた。


「んあっ!」


 行為の最中でも、フォルトには手を抜かない。それは、つなぎ留めるためであり、自分のためでもあった。お互い満足をするのが、彼の望みでもあった。

 そして、彼とむつみ合った後、アーシャは寝室を出ていく。その先は風呂だ。服は汚れずとも、体は汗ばんでいる。直通の扉から行けるので、とても楽だ。


「あれ?」

「あら、アーシャ。終わったのかしら?」

「うん!」

「なら、私と交代ね。汗を流したら行くわ」

「ティオさんの修行って大変みたいね」

「そうね。でも、強くなった実感はあるわ」

「へえ。レベルは?」

「三十三ね。さすがに上がりづらいわ」

「魔物と戦わないと、限界っしょ」

「そうね。でも、あの者たちが来た後だわ」

「うぇ。また来るんだよね。嫌だなあ」

「ふふ。今度はフォルト様も居ますわよ」

「そうね! ラブラブなところを見せつけよっと」


 たわいもない話をしながら、体を洗っていく。服は脱いでいるので、お互い裸だ。フォルトが見たら、タオルを投げつけられるだろう。


(シュンかあ。初めての相手だったけど……。ちぇ。もう少し待ってればよかったな。でも、いっか。あいつより愛してくれるし)


「そう言えば、朝の基礎訓練の時に、限界突破とか言ってましたわね」

「うん! フォルトさんにも報告したよ」

「シェラは、テラスに居ましたわ」

「サンキュー、レイナス先輩!」

「ふふ。レベルが近くなりましたわね」

「実感がないなあ。剣術じゃ、アッサリ負けるし」

「役割が違いますわ。アーシャは「舞姫」ですしね」

「そういうもんかあ。よく分からないや」


 戦闘に関して、アーシャは器用貧乏である。総合的なレベルは近づいたが、個別の技術では劣ってしまう。剣ではレイナスに遠く及ばず、魔法ではソフィアに及ばない。しかし、それがフォルトの育成方針だった。


「フォルト様の方針に。間違いはないですわよ」

「そうね。私たちのために、いろいろ考えてるのは分かるよ」

「戦闘に関しては、遊びとして楽しんでらっしゃるわ」

「ほんと、そうよね。オタクだわ」


 これはののしっているわけではない。オタクに優しいギャルといった感じだ。彼の趣味は認めているし、受け入れてもいる。


「それじゃ、シェラさんのところへ行ってくるよ」

「私はフォルト様のところへ」


 アーシャは脱衣所を通って廊下へ向かう。すでにフォルトは骨抜きにした。もう、復活しているだろうが……。

 そして、後ろを見ると、魔法学園の制服を着たレイナスが、梯子を登っていた。それに笑みをこぼして、テラスへ向かうのだった。



◇◇◇◇◇



「と、いうわけなのよ!」


 シェラに限界突破の神託を聞いたアーシャは、フォルトへ伝えるのを食事の時間まで待った。なぜかと言うと、限界突破の内容が特殊だったからだ。


「戦神の指輪ねえ」


 アーシャの限界突破は、魔物を倒す事ではなかった。戦神の指輪と呼ばれるアイテムを入手する事であった。


「大変、珍しい神託ですが……」

「ですが、例がない事はないですね」

「ふーん」


 フォルトは興味がないように聞いているが、それが違うのをアーシャは知っている。あの言葉を言う時は、いろいろと頭の中で考えているのだ。


(フォルトさんって、意外と頭がいいよね! 適当な事を言ってるようで、終わってみれば、なるほどなあと思う。本当に適当な時もあるけど)


「最初の限界突破だから、入手が無理ってわけじゃないのよ!」

「へえ。シェラ、どうなの?」

「そうですわね。アーシャさんに伝えた通りですわ」

「でも、どこにあるか分からないのよ!」

「それは困ったなあ」


 アーシャは、困ったフォルトの事も知っている。あれは、本当に困っていない。一緒に生活するのが長くなって、よく分かっていた。


「それで、伝えるのを待ったの!」

「ははっ。誰かが知ってるかもしれないしな」

「そうそう。なんか、心当たりがないかなあ?」


 一人一人に聞いてもよかったが、これもフォルトの事を思っての事だ。身内と額を付け合わせて考える事が、彼を喜ばせる事であった。実際、困った顔をしておらず、楽しそうに笑っていた。


(あーあ。日本で会ってればなあ。って、無理か。最初に会った時と同じようにけなしちゃうね。運命って、ほんと分からないわ)


「戦神オービスは、帝国の国教です」

「ほう。ソフィア、詳しく」


 そんな事を考えていると、ソフィアが話し出す。彼女が言う戦神オービスは、力と勇気をつかさどる神だ。実力主義のソル帝国なら、言わずもがなである。戦神の指輪は、帝国にある神殿の秘宝だったらしい。


「らしい?」

「勇魔戦争のどさくさで、盗まれたそうです」

「へえ。マリ、ルリ」

「ちょっと! 私たちは盗んでないわよ」

「フォルトぉ。私たちは、帝国軍を蹂躙じゅうりんしてたのよお」

「ははっ。冗談だ、冗談」


(人間を……。それも帝国軍を蹂躙じゅうりんしてたとか、マリ様とルリ様って恐ろしいわね。でも、今は味方よ! 同じ身内だわ)


 敬称は外せない。身内に危害を加えないのは知っているが、もうクセになっていた。双竜山の森でフォルトと寝た後からは、優しくしてもらっていた。

 意地悪をされる時も多いのだが、それは日本に居た時の友達と遊んでいるような感じだ。今の関係は、絶対に崩したくはなかった。


「盗まれたのなら、誰かが持ってるって事だよね?」

「アーシャさん。それが分かっていれば、動きがあったと思いますよ」

「でもさ。よく知ってるね!」

「あの戦争では、人間が結束していましたから」

「報連相は、国をこえてってやつ?」

「ふふ。そういう事ですね」


 勇魔戦争時は、国家機密ですら開示していたという。人間より圧倒的な力のある魔王や魔族に勝つには、隠し事をして、お互いを牽制けんせいしている場合ではなかったらしい。それは理解できた。


「と、いうわけでえ。フォルトさん! なんとかして?」

「なんとかと言われてもなあ」

「もっと、サービスしてあげるからさあ」

「でへ。なんとかしたいのは、山々なんだけどな」

「ほらほら。ここを……」

「い、今は……。ちょっと!」

「あはっ! ほらほらほら」

「わ、分かった! 分かったから!」

「ふっふーん。あたしの勝ち!」

「あっはっはっ!」


 フォルトが笑い出した。こういう冗談が通じるところは大好きだった。彼とは、なんだかんだで相性がいい。


(遊びが何もないから、余計に楽しいわ。レイナス先輩となら、訓練だって楽しいしね。永遠に楽しませてあげるわ。だから……。捨てないでね!)


 万に一つもないだろうが、それでも捨てられる可能性を否定するのは難しい。それは、アーシャが日本人だからだ。

 この世界で生きていた身内とは違う。日本に居る友達などは、付き合っても、すぐに別れたという話は珍しくない。多少は変わってきているが、その思考は残っていた。


「後で、一緒に考えようねえ」

「そうしよう」

「あはっ! ほら、あーん」

「あーん」

「見せつけるな! 私もやりたくなる」

「ティオさんも、やればいいじゃん!」

「そうだな。きさま! ほら、食え!」

「ムードが……。ぷぷっ」


 ベルナティオに、フォルトが餌付けをされているように見える。これには笑い出しそうになった。彼の周りは本当に楽しい。


「平和ねえ」


 アーシャはつぶやきながら、食事を続ける。そして、フォルトを見ながら考える。それは、限界突破の事ではない。


「今度は、口移しでもする?」

「そ、そんな積極的な!」

「んー」


 アーシャの考える事は、一つだけである。フォルトから見捨てられないためには、自分がどうあるべきか。ただ、それだけであった。そんな事を考えながら、肉を口に含み、顔を近づけるのであった。



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