第205話 姉妹覚醒3

 ルリシオンはフォルトたちと別れ、一人で西の平原へ向かった。目線の先には、マリアンデールが向かった方向と同様の魔獣が、殺到するように向かってきていた。彼女は魔力探知を広げて、その数を把握する。


(多いわねえ。一つだけ反応が違うけど、これがマンティコアかしらあ? なら、残りは全滅でいいわねえ)


「あらあ? 後ろから……」


 魔力探知に、後ろから来る何かが引っかかった。相当な魔力量だ。これには、ルリシオンの口角が上がる。


「あはっ! マモンかしらねえ」


 フォルトを魔力探知すると、そこまでの大きさはない。魔力を抑えているからだ。カーミラも同様である。そうなると、考えられるのは一人だった。

 空を見上げると、どうやら正解のようだ。褐色肌の女性が、彼女のところまで向ってきていた。それを腕を組みながら待つのだった。


「よう。まだ始めてなかったか」

「まだ遠いわよお。どうせ来るのだから、ここで待ってたところねえ」

「そっか」

「何をやりに来たのかしらあ?」

「邪魔はしねえよ。捕縛だ」

「あらあ? キラーエイプは捕まえたわよねえ」

「それ以外だな。狼やら虎が居るだろ?」

「ふふ。もしかして、倒してくれるのかしらあ?」

「オメエがやるんじゃねえのか?」

「人間じゃないし、面倒なのよねえ」


 姉のマリアンデールは一人で片付けたが、妹のルリシオンは面倒になった。マモンが来なければ一人で戦っただろうが、来たのなら利用したいのだ。


「いいぜ。マンティコアだけやるんだよな?」

「そうよお。それだけ残してもらえればいいわあ」

「チョロいぜ」

「あはっ! さすがはフォルトの悪魔ねえ」

「褒めんなよ。んじゃ、さっそく……」



【ヒデュン・トラップ/隠された罠】



 マモンが魔法を唱えると、前方に多数の魔法陣が浮かび、それが地面へ吸い込まれていった。それを確認した彼女は、地面の上に寝っ転がる。


「それは、どういう魔法かしらあ?」

「あん? まあ、見てろよ」

「あはっ! 面白そうねえ」


 ルリシオンはマモンの近くへ行き、地面へ座る。聞いた事のない魔法のため、一応の安全対策である。フォルトの大罪の悪魔なら、身内が危ない目に合う事を許さないだろう。しかし、巻き込まれたくはない。


「危険はないから安心しな」

「分かったわあ」


 それからしばらく待っていると、魔獣の群れが近づいてきた。魔獣たちにも二人が居るのが分かったのか、走っている勢いのまま、襲いかかってきた。



――――――パチン



「「ギャオオ!」」


 マモンが指を鳴らすと、魔法陣が消えた地面が光る。そして、ポッカリと穴が空いた。魔獣たちは、いきなり作られた穴の底へ、落ちていったのだった。


「あはっ!」

「ははっ! チョロいだろ?」

「さすがは強欲の悪魔ねえ」

「捕縛は得意技だぜ。さてと……」


 全ての魔獣が落ちたので、マモンが立ち上がる。そして、穴の底を見に行った。ルリシオンも彼女を追いかけていく。


「まあ、深くはねえからな。死んじゃいねえよ」

「それは助かるわねえ」

「マンティコアは……。お、居た居た。あれだろ?」


 マモンが穴の底を顎でしゃくると、そこにはしわくちゃな老人の顔をした魔獣が居た。他の魔獣も入っているが、穴を登ろうとしている。

 残念ながら、登る事は不可能だ。爪を引っかける場所がない。しかも、魔力で覆われているので、ツルツルと滑るようだ。


「その穴のやつらは、全部殺しちゃっていいぜ」

「いいのお?」

「ああ、他の穴のやつらを数匹でいい」

「なら、やっちゃうわねえ」


 ルリシオンが満面の笑みを浮かべながら、マンティコアの落ちている穴の淵に立つ。そして、彼女が得意なスキルを使った。


「死になさあい。『炎獄陣えんごくじん』!」

「「ギャアオオッ!」」


 ルリシオンを中心に、火力を最大にした『炎獄陣えんごくじん』が発現する。地獄の炎とでも呼べるような圧倒的火力だ。

 その炎が魔獣たちへ立ち昇った。それから穴の底はもちろん、周囲が炎に包まれる。そして、彼女を中心に茶色い地面だけが残ったのだった。


「ほう。いい炎だぜ」

「お褒めにあずかり、恐縮ねえ」

「嘘を言え。まあ、見事なもんだ」

「マモンの方は、どうなのかしらあ?」

「捕まえたぜ。後は持って行くだけだ」

「ご苦労さまねえ」

「ははっ! 苦労でもなんでもねえぜ」


 マモンはというと、なにやら魔力のワイヤーのようなもので、魔獣を引き上げていた。体じゅうをグルグル巻きにされて、身動きが取れていない。

 中型なので、それなりに大きいが、魔法で浮かせているようだ。マリアンデールがシェラの石像を運んだような、浮遊させる魔法だろう。


「んじゃ、戻るか」

「そうねえ。フォルトが待ってるわあ」

「運んでやるか?」

「助かるわねえ」

「んじゃ、つかまっとけ」

「あはっ!」


 ルリシオンは、マモンの片手に座る。片手で、お姫様抱っこ状態だ。そして、降り落とされないように、彼女の首へ腕を回しておく。相手は強欲ごうよくの悪魔だが、なんとなく、フォルトに抱かれているような感じがしたのだった。



◇◇◇◇◇



「終わったわあ」


 フォルトは、マモンに抱かれているルリシオンを笑顔で迎える。迎えると言っても、寝転んだ状態のままだ。


「ご苦労さん」


 ルリシオンはマモンから降りて、そのまま歩いてくる。駆け寄ってこないのは、彼女の性格か。その彼女の後ろには、マモンに引っ張られていた魔獣たちが、浮いているのだった。


「ルリちゃん! 大丈夫だった?」

「お姉ちゃんは早いわねえ。私の方が早いと思ってたのになあ」


 フォルトが立ち上がらなくても、マリアンデールがルリシオンに抱きつく。この光景があるので、立ち上がる必要はないのだ。姉妹の邪魔をするのは野暮というものである。


「マモンも、ご苦労だったな」

「たいした事はねえぜ」

「それじゃ、もう一体をよろしく」

「もう一体だあ。どれだい?」

「マリが行った東へ行ってもらえるか」

「なんか居るのか?」

「マンティコアを捕縛したらしい」

「ほう。まあ、余裕はあるからいいぜ」

「じゃあ、カーミラもよろしく。そのまま、運んじゃってくれ」

「はあい! マモンちゃん、行くよお」


 マモンの後ろの魔獣たちは、魔力のワイヤーみたいなもので巻かれて、フワフワと浮かされている。それを見ると、小さな気球を思い出してしまう。


(それにしてもマモンは、奪ったり運んだりが得意だなあ。あんなに固定されて浮かされてるのを見ると、笑ってしまうな)


 魔獣たちは、マモンに引かれて東へ向かっていった。カーミラと一緒に魔界を通って、檻へ入れてくるだろう。


「フォルトさん。あたしたちは帰らないの?」

「四人も運べないんだけど!」

「両手にマリ様とルリ様。前後にソフィアさんと、あたしがぶら下がるのは?」

「寝室ならいいけどな」

「冗談よ、冗談! あはははっ」


 アーシャは冗談と言っているが、意外と本気に聞こえたのは気のせいか。フォルトの力を間近で見たので、魔人なら可能と思っていそうだった。


「やれなくはなさそうだけど、さすがになあ」

「やれそうなんだ……」

「まあ、面倒なんで」

「ですよねえ」


 カーミラが居ないので、ソフィアの膝枕を堪能している。今は動きたくなかった。二人が戻ってくるまでの辛抱である。


「二人の限界突破は終わったよな?」

「終わったわよ」

「レベルは?」

「踏まれたいのかしら?」

「そ、そっち系は勘弁だ。趣味じゃない」

「ふふ。でも、これで覚醒したわ」

「は?」

「何も知らないのねえ。覚醒は……」


 ルリシオンが覚醒について説明する。覚醒とは、何回かの限界突破をすると、ギフトと呼ばれる能力が身につくらしい。ギフトとは、天性の才能や特別な力の事だ。ほとんどの場合は、特別なスキルである。


「へえ。スキルが増えたの?」

「増えたわよお」

「教えて」

「どうしようかしらねえ」

「それも教えられないのか?」

「そんなに、知りたいのお」

「ぜひ!」

「教えてあげてもいいけどお」

「もったいぶるなあ」

「ふふ。それだけ重要なのよ」

「ほう」


 マリアンデールとルリシオンがニヤニヤしている。そして、一緒に寝転び、両腕にもたれかかってきた。その表情と行動を見て、フォルトは苦笑いを浮かべる。


「おねだりか?」

「ふふ。私たちの事を、よく理解してるわね」

「そりゃあな。楽な事で頼むぞ」

「分かってるわあ。ゴニョゴヨ」

「ふんふん」

「ゴニョゴニョ、ちゅ」

「でへ」


(なるほどなあ。たしかに簡単だが、カーミラに聞いてみないと、なんとも言えないな。俺は構わないような気がするが……)


「屋敷へ戻ってからでいいか?」

「カーミラちゃんに聞くのねえ。いいわよお」

「その締まりのない顔を見れば、貴方は平気ね」

「まあな」

「ありがと。ちゅ」

「むほっ!」


 マリアンデールとルリシオンにかかれば、フォルトなど簡単に撃沈してしまう。しかし、それについては姉妹だけではない。この魔人の弱点は、身内に弱い事だろう。アーシャでもソフィアでも、簡単に落とせる。


「そう言えば、ライノスキングの素材はどうしますか?」

「要らないけど……。あ、一応持って帰ろうかな」

「え?」


 ソフィアの顔を見たフォルトは、ある事を思いついた。手間ではないので、戦利品として持って帰る事にする。


「俺は持って帰らないけどな。マモンに、やってもらうさ」

「ふふ。では、二人が戻るまでは……」

「魔物や魔獣がきたら、四人で退治。俺は後ろで、寝ながら見とく」

「エロオヤジ」

「ははっ。アーシャの生足はクセになる」

「嬉しい事を言うね!」


 カーミラとマモンが戻るまでの行動を決めて、適当に過ごしておく。魔物や魔獣が襲ってきたら、アーシャとソフィアのレベル上げに使える。

 おっさん親衛隊だけでは無理な平原でも、この場に残った五人であれば、なんともないだろう。襲われるまでは、適当にイチャイチャしておくのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る