第198話 勇者召喚1
エウィ王国にある城塞都市ミリエ。そこにある王城の一画で、勇者召喚がおこなわれようとしていた。
この場所は王城の地下であり、結界で守られた部屋である。普段、立ち入れない場所だ。現在は、結界が解除されている。部屋の中には何名もの兵士が武装をして、待機していたのだった。
「配置につけ!」
「「はっ!」」
兵士の武装とは異なる、銀の鎧を着た騎士が命令を下す。部屋の中央には見た事もない魔法陣が描かれており、それを取り囲むように兵士が配置についた。
「アーロン様、配置につきました」
兵士の一人が、銀の鎧を着た騎士に声をかける。アーロンと呼ばれた騎士は、この場の警備を担当する者だ。見た目は四十代後半。大柄でガッシリとした体格だ。左目に眼帯をしており、隻眼のようである。そして、とても強面だ。
「よし、しばし待て」
「「はっ!」」
待機の命令を出した後は、その場で腕を組んで動かない。兵士たちも、槍の柄を床へ付けて、微動だにしない。
どれぐらいの時間が過ぎただろうか。兵士たちは、よく訓練をされているようで、動く者は一人も居なかった。
「ここですか?」
部屋へ入ってきたのは、聖女ミリエだ。こちらも左右に騎士を連れている。アーロンはミリエと向き合い、深々と礼をした。
「はっ! こちらが、勇者召喚の間となっております」
「あなたは?」
「王国〈ナイトマスター〉、アーロンでございます」
「〈ナイトマスター〉様ですか」
「いや、お恥ずかしい名乗りです。これを言うのは、陛下の命令でして」
「ふふ。お顔に似合わず、面白い方ですね」
見た目が隻眼の強面なので、もっと怖い人物だと思っていたようだ。しかし、ミリエは、エウィ王国の全てが大嫌いである。最近は表情に出さないが、内心はムカムカとしているのだった。
「アーロン殿、準備はできているようですね」
「これは、教皇カトレーヌ様」
その聖女ミリエに続いて入ってきたのは、聖神イシュリル神殿の教皇であるカトレーヌだ。人のよさそうな婆様である。教皇だけに許された服を着ている。
次回の教皇選に出馬する予定だが、シュナイデン枢機卿に押されているようだ。しかし、その人柄のおかげで、まったく勝算がないわけではなかった。
「今回も四名ですか?」
「いえ。神託によれば二名ですね」
「はて、珍しいですな」
「そうですね。ですが、聖神イシュリルの言葉ですので」
「では、いつものようにですか?」
「はい。異世界人には悪いとは思いますが」
「仕方がありますまい。暴れる者もおりますからな」
勇者召喚。フォルトたちが居た世界から、無理やり召喚する儀式だ。いきなり召喚されるので、その者がどういう状態かは分からない。フォルトのように寝てる者も居れば、勇者アルフレッドのように戦闘中だった者も居る。
そこで、召喚されたら、すぐに武器で取り囲むのだ。そうしないと、暴れたり、逃げ出そうとする。そうなると、殺す事も視野に入ってしまうのだ。
「私は、初めての経験ですので」
「ミリエ様は、教えた通りにやれば大丈夫ですよ」
「はい……」
ミリエは、中央の魔法陣とは違う魔法陣の中へ入る。そして、持っている杖を両手で持ち直し、そのまま祈りを
「始まりましたな」
「はい。アーロン殿……」
「おまえたち、槍を構え!」
「「はっ」」
アーロンの命令で、兵士が槍を持ち構える。そして、
「来るぞ!」
「「はっ!」」
「さて。今回の異世界人は、どういう者かしらね」
「『
ミリエの声が響くと、中央の魔法陣が光り輝く。その光は増幅していき、凝視すると目がつぶれそうだ。ミリエ以外の者は、手で目を隠しながら、指の隙間から魔法陣を見ている。
やがて、光が集束して消えていく。すると、中央の魔法陣に、一人の人間が立っているのであった。
◇◇◇◇◇
「うーん。ここをこうして」
「んぁ。ちょっと、邪魔しないで!」
フォルトはアーシャとともに、彼女の部屋へこもっている。秘密の服のデザインを考えているところだ。後ろからデザインを眺めつつ、ああしろこうしろと指示を出していた。
「アーシャって、日焼けしやすいよな」
「へへ。ガングロにはしないけど、これぐらいが好みっしょ?」
「うん。最高」
「この服もいいっしょ?」
「マジ、最高」
「へへ」
アーシャは、リリエラが持って帰ったエルフの服を着ていた。レイナスが手を加えて、シンプルだったものが、多少はマシになっていた。
露出だけはあるので、それを見て楽しんでいる。彼女もまんざらではないようだ。露出した小麦色の肌と合わさって、実にエロい。
「ねえ、フォルトさん」
「どうした?」
「捕まえる魔物って、フロッグマンだけ?」
「自動狩りに行きたいのか」
「違うよ。シュンたちが、また来るでしょ?」
「そう聞いたな」
「何回も来られるよりはさ。もう一体、渡しちゃえばってね」
「なるほどなあ。たしかに、それはあるな」
「でしょ。それに、いきなり来られるよりさ。日程を決めちゃえば?」
「それもあるな。そうするか」
「でも、フォルトさんは
「頻繁だとあれだが、アーシャのためならいいぞ」
「え、マジ? やった!」
アーシャの考えは、よく分かった。日程を決めておくのは重要だろう。その日に合わせて、屋敷に居ればいいのだ。たとえ日程が合わずに出かけていても、大罪の悪魔を置いておける。
「じゃあ、何を捕まえようか」
「フロッグマンしか知らないけど?」
「俺もだ」
「マリ様かルリ様。後は、ソフィアさんなら知ってるんじゃない?」
「そうだな。じゃあ、後で聞いてみるか」
「今は、服のデザインねえ。その後は……」
「分かってるさ。その後の後だ」
「ちょっとだけよ? フォルトさんも好きねえ」
「ぶっ! 言い方、言い方」
「へへ。じゃあ、くい込ませた方がいいとして……」
こんな感じでデザインを仕上げていく。アーシャは、昭和の匂いを
「そう言えば、ティオさんにも言ったけど」
「どうした?」
「フォルトさんの強さを、実際に見てないんだよねえ」
「見たいの?」
「て、手加減はしてね! 聞いた話だと、とんでもなさそうだからさ」
(実際の強さを見て、安心がほしいってところか。まあ、そうだよな。いつもアーシャは、「あたしを守ってね」と言っている。もしかして、トラウマか?)
「じゃあ、次に捕まえる魔物にでも」
「やった!」
トラウマというほどではないが、そういう事なのだろう。なんだかんだで、アーシャも特殊なのだ。それほどの経験をしたのだから。
それからも、彼女との時間を過ごしていく。ちょっかいを出しつつ、一緒に考え込んだりしながらだ。それが終わった後は、テラスへ向かった。
「あら、フォルト様」
「やあ、ソフィア。お茶かい?」
「ええ。今、入れますね」
「ありがとう」
テラスに居たソフィアが、フォルトのカップへ茶を入れてくれる。いつもテラスには来るので、カップは何個か置いてあるのだ。
「カーミラは?」
「森の偵察ですね」
「なら、すぐに戻ってくるか」
「はい」
カーミラは、定期的に幽鬼の森の上空を飛んでいる。もちろん、『
これは、バグバットから聞いた話だ。一部のヤンチャな者たちが居るのだろう。立ち入りを認めない森ではないので、そういう者も居るとの話だった。
「そのような者たちが居たら、追い返すのですか?」
「いや、放っておく。バグバットも好きにしていいって言ってたしな」
「そ、そうですね」
「助けたい?」
「本音は、そうですね」
「じゃあ、なるべくな。こちらから、わざわざ見つける事はない」
「ありがとうございます。ですが……」
「ソフィアは、それでいい。そういうソフィアが好きだからな」
「まあ」
(ソフィアは、こうでなくちゃな。悪魔になったら変わっちゃうかもだけど、今はこれでいいのだ)
「あ、それでさ」
「なんでしょう?」
「この辺って、フロッグマン以外になんか居る?」
「アーマーゲーターとかは、以前に言いましたよね」
「その辺の地帯ではなく」
「なら、北かしら?」
「ライノスキングだっけ」
「その辺ですね」
「ははっ。デルヴィ侯爵へ送ったら、大変な事になるな」
「ふふ。町がつぶれますね」
これくらいの冗談なら返してくれる。しかし、実際に送ろうとしたら、きっと止めるだろう。それは置いておくとして、知りたいのは、他の魔物だ。
「他に、なんか居る?」
「キラーエイプやトロールなどが居ますね」
「トロールって、巨人だっけ」
「はい。知能はオーガ程度です」
「なるほど。片言でも話せるのか」
「はい」
「へえ。キラーエイプは?」
「猿ですね。それなりに大きいです」
「猿か。ずる賢い?」
「いえ。知能は獣並みです」
大型の魔物が居る地域は、中型の魔物も多数生息する。大型に捕食されるが、中型でも群れれば、大型を倒せたりする。
人間から見れば、別世界に見える地帯である。中型といっても人間よりは大きいので、立ち入るなら相応の覚悟が必要だ。
「マンティコアも居るよね?」
「居ますね。ですが、数が少ないので」
「マリとルリのために必要か」
「はい」
なんとなく、ソフィアの事が魔物大辞典に見えてくる。魔王を倒すために、さまざまな冒険をしたのだろう。詳しく聞くと
「その中だと、トロールかキラーエイプだな」
「闘技場ですか?」
「さすがはソフィア。察しがいいね」
「ですが、危険な魔物ですね。闘技場での扱いが難しいかもしれません」
「ほう。推奨討伐レベルは?」
「トロールが四十、キラーエイプが三十五です」
「お! それって……」
「おっさん親衛隊だと、危険ですね」
「あ……。駄目か」
「ティオさんが居ればいいですが、自動狩りとなると難しいです」
「なるほど。他の魔物でレベルを上げてからか」
「はい」
自動狩りは、バッサバッサと魔物を倒して、数をこなすやり方だ。以前にも、レイナスをオーガと戦わせなかった。それと、同じ事である。
(アーシャに見せるだけならいっか。ついでにマリとルリを連れていけば、限界突破も同時にやれる。一石二鳥なら、俺の腰も軽くなるか?)
アーシャと約束はしたが、まだ腰は重かった。それでも、移動自体は楽だろう。人間が居ないと思われるので、飛んで行けばいいだけだ。
「でへ。ソフィア」
「はい?」
「教えてもらった礼をしたいのだが」
「では……。部屋へ行きましょうか」
先程までアーシャの相手をしていたが、ソフィア成分も必要だ。彼女も望んでいるらしく、すぐさま席を立つ。そして、二人で手を取り合って、屋敷の中へ向かうのであった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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